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時の守人  作者: 冬木ゆあ
5.北の荒野
13/21

 四人は黙々と荒野を歩いた。


 陽が落ちると辺りの気温はより寒さを増す。

 吹きすさぶ風は肌を刺すような冷たさだ。

 焚き木になる枝などなく、しかたなく古着を燃やして暖をとった。

 四人は身を寄せ合うようにして火の回りを囲っている。

 持っていた干し肉を分けあって食べた。


 眠る時はテントを張った。

 風を防ぐことはできたが寒さはどうしようもない。

 四人は身を寄せ合い、毛布にくるまってなんとか眠りについた。


 翌日も同じように荒野を歩いた。

 景色は変わらず、生き物の気配もなく、水さえも見当たらない。

 手持ちの水も底を尽きかけていた。

 誰ともなく地面に座り込む。


「こんなところに人なんか住んでいるもんか」


 ホセがぽつりと言った。

 しかし誰もなにも言わなかった。

 今、口を開けば弱音だけが零れてしまいそうだ。

 カルロスは天を見上げ、フィオナは地面に手をつき、イリスは呆然と座っていた。


「戻ろうぜ」


 ホセが言った。

 カルロスが首を横に振る。


「吊り橋がないんだ。戻れない」

「せめて水が欲しいね」


 フィオナが渇いた唇を舐めた。

 食料はまだしも水の残りが少ない。寒くて睡眠もままならない。

 四人の体は限界に近づいていた。


 イリスは唇を噛んだ。それから辺りを見回す。

 なんでもいい。荒地ではないものを見つけたかった。

 するとイリスたちのいる場所から北西の方向になにか看板のようなものが立っているのが見えた。

 ここからでは何が書かれているのかまでは見えない。

 イリスは隣にいるカルロスの袖を引っ張った。


「どうした?」

「ねぇ、あれ。なにか見える」


 イリスが指さす方向をカルロスが見た。


「なんだ? あれ」


 ホセとフィオナも顔を上げた。

 イリスの見つけたものに近寄る。それは木でできた看板だった。

 フィオナがその看板を前にして尋ねる。


「ねぇ、なんて書いてあるの?」

「文字は苦手だ」


 カルロスは難しい顔で看板を見ていた。

 ホセはぽかんとそんなカルロスを見ている。

 イリスはフィオナとカルロスの間から顔を覗かせた。


「『最果ての街ダフネ。暖かい食事、宿あります。ここから北東へ半日ほど』って書いてあるよ」


 四人の顔がみるみるうちに明るくなっていく。


「街があるのか!」

「助かったね!」


 カルロスとフィオナが言った。


「行ってみよう」


 イリスがそう言うと、カルロスとフィオナとホセが力強く頷いた。



 看板の通りに北東へ進みはじめてしばらくすると、遠くに街影が見えた。

 そして日が暮れるころには街の前に辿り着いた。

 四人は街の外壁を見上げる。

 石を積み重ねてできたそれは立派なものだった。街もそれなりに大きい。

 荒野に似つかわしくないものがそこにあった。

 フィオナが尋ねる。


「どうする?」

「怪しくねぇか?」


 そう言うのはホセだ。

 カルロスが頷いた。


「俺もそう思う。だが、水ももう尽きるし、必要なものも買い足したい」

「それに体を休めなくちゃ。行きつく先は生き倒れだよ」

「そうだけどよう……」


 カルロスとフィオナは街に寄ることに賛成のようだ。

 しかしホセはまだ不満そうに街を見上げている。

 今まで何もなかったこの荒野にこんな立派な街があることに違和感はある。なにより一体どうやってこんなところに街を作ったのだろうか。

 イリスは首を傾げた。


「どんな人が住んでいるのかしら」

「国を追われた者や旅人とかかな?」


 ホセが答えた。

 イリスは少し考えるように頬に手を当てる。


「荒野の魔女がこの街に住んでいるってことはない?」

「それはないよ。人と魔女では生きる時の早さが違う。一緒には暮らせない」


 イリスはそう言ったフィオナを見た。

 フィオナは一緒に旅をはじめて間もない頃、イリスの数倍は生きていると言っていた。

 姿かたちはイリスと同じかそれよりも幼く見えるのに。


「ならここには魔女はいないってことか?」


 カルロスの問いにフィオナは頷く。


「でもここになら北の荒野の魔女について知っている人がいるかもしれない」

「行ってみる価値はあるってことか」


 ホセも覚悟を決めたように言った。



 四人は街へ入る門を探して外壁沿いを歩いた。

 しばらくすると門はあったが固く閉ざされている。

 カルロスが試しにノックしてみるが返事はない。


「誰かいませんかー?」


 ホセが大声で叫んだ。


「珍しい。旅人か?」


 外壁の上から声が振ってきた。見張り台から男が顔を出している。

 カルロスが外壁を見上げて叫んだ。


「看板を見てきた。中に入れるか?」

「ああ。待ってな」


 男はそう言うと見張り台の中へ引っ込んだ。

 しばらくすると重い音を立てながら門が開いた。

 そこにはレオーネの街でよく見かけた厚着の服装をした人たちが立っていた。

 数十人という街の人が集まっている。


「ようこそ、最果ての街、ダフネへ」

「旅人なんて何年振りだろう」

「さぁさ、疲れただろう。中へお入り」


 街の住人がイリスたちを取り囲む。

 イリスたちは予想外の大歓迎ぶりに驚きながら、促されるまま街の中へ入った。

 背後でまた重い音を立てて門が閉じた。


「さぁ、宿屋はこっちだよ」


 男がイリスたちを案内するように歩き出す。人垣が分かれた。

 その先には石畳の町並みが広がり、ここが荒野のど真ん中であるとは思えない景色が広がっている。

 一軒の宿屋の前に着いた。大きな宿屋だった。

 案内された部屋も豪勢なもので四つのふかふかのベッドが横一列に並び、暖炉が置かれていた。

 そしてゆったりとしたソファーまであった。

 カルロスが困惑顔で店主の男を見る。


「あまり所持金はないんだ」

「お金なんていいよ。旅人のために建てた宿だ。なんなら街の子供たちに旅の話などしてやってくれ。

 ――食事と風呂も用意するから寛いでいて下さい」


 男は部屋をあとにした。部屋の扉がぱたりと音を立てて閉じた。


「怪しいどころの話じゃないぜ。荒野のど真ん中にある街。盛大な歓迎に、宿はタダときた! タダだぜ? タダ! この言葉以上に恐ろしいものはないぜ!」


 ホセが青い顔で言った。

 カルロスはソファーに座り、顎に手を当てた。


「たしかにきな臭いな」

「ホセみたいにあたしたちのお金を盗むつもりかな?」


 フィオナはカルロスの向かい側に座って言った。


「そうは思えない。だとしたら街ぐるみってことだろう? レオーネに住むホセでさえこの街の存在を知らなかったんだ。他の街や国と物流がないのなら旅人から金を盗ったところでなにに使う? それに旅人の所持金なんて底が知れている」

「それもそうか……」


 フィオナはソファーに背を預けて天井を見た。

 そこにはシャンデリアが飾られている。


「一体どこからこんなの持ってきたんだろう」

「うん。シャンデリアだけじゃない。この調度品を運ぶには馬がいるでしょう? あの吊り橋では無理だと思う」


 イリスはカルロスの隣に座って言った。

 ホセもフィオナの隣に座って頷いた。


「こんな荒野じゃ手に入らないよなぁ」

「俺たちを招き入れた理由が思いつかない」

「あたしたちが考えすぎているだけでさ、本当に親切心でやってくれているのかも」

「それでもタダはどうだろう。オレでも客寄せで言ったことないぜ」


 ホセがそう言うと、イリスたちは苦笑を浮かべた。


「門も閉まっている。街人たちの真意が分かるまでは大人しくしていよう。――ただし個人行動は控えて、できるだけ二人以上で動こう」


 カルロスの言葉にイリスたちは頷いた。


 そのあと店主が暖かい食事を振舞ってくれた。

 そして暖かい風呂に入った。

 寝巻きを借りて眠る頃には四人の緊張もほぐれていた。


「ああ、こういうのをきっと人は幸せって呼ぶんだろうね」


 フィオナがベッドに突っ伏しながら言った。

 イリスはベッドの上で丸くなって寝息を立てている。

 カルロスとホセはソファーでトランプを楽しんでいた。

 夜が更ける頃には四人はベッドで眠りについた。


 それから一時間も経っていない頃のことだった。


「カルロス、起きているか?」

「ああ」


 ホセとカルロスが声を顰めて言った。

 ホセは忍び足で窓の傍まで寄り、外の様子を伺う。

 窓の外では炎がいくつも揺らいでいた。

 カルロスはイリスとフィオナを揺り起こした。


「なんなんだよ。こんな時間に……」


 フィオナは不機嫌そうな声を上げながら起きあがった。

 イリスも眠そうに目を擦りながら起き上がる。

 ホセも三人の傍へ寄った。その顔は真っ青だ。


「街中の男たちが集まっているみたいだぜ」


 その言葉にイリスとフィオナの顔も引き締まった。

 フィオナは自分のベッドの横に立ててあった樫の杖を手にする。


「なんで? やっぱり物盗り目的?」

「物だといいけどな。全員武器を持ってるぜ」


 イリスはフィオナの傍に寄ってぎゅっと腕を掴んだ。

 フィオナもイリスの手に自分の手を重ねる。


「どうする?」

「戦うしかないだろうな。フィオナ、眠らせる魔法を使えるか?」

「あれは森の魔法だから森の加護のないこんな渇いた土地じゃ、たいして効果は期待できないよ」

「それでいい。この宿から逃げる隙を作りたい」

「分かった。それなら大丈夫だと思う」


 フィオナが立ち上がった。そしてイリスと向かい合う。


「イリスはあたしたちのあとについてきて。大丈夫。あたしたちが守るから」

「私も戦う!」

「相手は人だ。弓を引けるのか?」


 カルロスがイリスの肩を掴んで諭すように言った。

 イリスはカルロスを見上げる。


「守られているだけなんていや。人攫いに攫われたあの日に決めたの。もうカルロスだけに重荷は背負わせない」


 イリスの薄い茶色の瞳が強い光を宿して言った。

 カルロスは戸惑うような表情を浮かべる。

 お茶会で出会ったあの頃の儚い少女の面影は今のイリスにはもうない。

 ルーベンス王国でうつむいていた少女でもなかった。

 イリスはこの旅で格段に精神的にも強くなっていたのだ。

 だが、この少女に人を殺めるという重荷を背負わせたくなかった。


「わかったよ、イリス」


 フィオナが頷きながらそう言った。

 カルロスがフィオナを見るその顔には驚きと戸惑いと責めるような様々な感情が入り混じっていた。

 フィオナが黄金の瞳をカルロスに向ける。


「イリスはなにもできない子供? 違うでしょう。戦う力がある。戦う意志がある。それを無視するとことはイリスのため? カルロスのためじゃないの?」


 カルロスはなにも言えずにフィオナを見た。


「カルロスがイリスを大切にしていることは分かっている。あたしだってそうだよ。けど、イリスは守られているだけの弱い子じゃない。時が止まったことにひとり気がつき、周りになにを言われてもその原因を探し、ここまで来た強い子じゃないか。あたしたちはもっとイリスを信じるべきだ」

「お願い、カルロス。私にも戦わせて」


 イリスは懇願するように言った。

 カルロスは一度瞳を閉じた。

 ずっとイリスを守らなければと思っていた。

 イリスは弱い、幼い子供だと思っていた。

 しかし違ったのだ。フィオナの言う通りだ。


「……分かった」


 再び開いたカルロスの瞳は力強くイリスを見ていた。

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