この時間よ、永遠なれ。
とうとうその日がきてしまったか…
その日、愛用の耳かきがお亡くなりになった。
さじの部分の湾曲が、伸びてしまった。
「どうしよつかな…」
残念ながら、このしなりを持つ耳かきは、現在では発売されてないのである。
「今までお世話になりました」
南無~
耳かきを供養するした。
その時に鏡に写る自分の顔と目があって。
「ついでに髪も切るか」
というわけで耳かきもしてくれるお店も探したのだが、意外と難航した。
店の前までいくが常連客しか入りにくい感じだったり、おしゃれなものしかこの先は通るべからずと思われるような店しかなく。
これは困ったどうしよう、とりあえず暑いからカフェにでもいってから考えるかと思ったら、その途中にその店はあった。
見てすぐに、ここだ!と納得できたのである。
「いらっしゃいませ」
「あの~初めてなんですけど」
「大丈夫ですよ、今日はいかがいたしましょうか?」
「ここは耳かきもしてもらえますか?」
「カットにシェービングも耳かきもついてますよ」
「じゃあ、それでお願いできました」
「かしこまりました、それではこちらにお座りください」
椅子の前には鏡がある、そしてその鏡の棚に耳かきが瓶に入れられてるのだが、すす竹は細く、またさじの薄さも申し分なかった。
むしろ、この耳かきが買えないだろうか?
「今日はどうします?」
髪を濡らされる。
こういうときに人見知りだが、耳かきのために勇気を出した俺には魔法の言葉がある。
「伸びた分だけお願いします」
「わかりました」
この言葉を使えば、「耳のところはどうしましょ?出します?それともかかる程度で?」と聞かれることはなかったりする。
耳かきはしてもらいたい、でもそういう受け答えは最低限にしてもらいたい、俺が編み出した方法である。
まっ、本当はずっと前に担当してくれた人が困ったらしく。
「じゃあ、のびた分だけ切るってことでいいのかな?」
まるで子供に話すようにいってくれた。
そして、これを聞いた俺はこれだ!と思った。
それから何を聞かれても。
「伸びた分だけお願いします」
「わかりました」
これで会話を強制終了させてきた。
そして今日も伸びた分だけ整えられ、シャンプーをするために椅子を移動とあいなった。
襟足を濡らさないようにクロスをかけられ、ガコンと椅子を倒される。
シャ~
頭の上からシャワーの水音が聞こえる。
「熱くないですか?」
「大丈夫です」
全体をまんべんなく濡らされて、シャンプーをチュ~。
シャワシャワと指の腹で頭皮をマッサージするように洗われる。
グッ!
そして不意打ちのツボ押し、そこからのもみ洗い。
どんどんほぐされていく、この時間よ永遠なれ!
「それでは洗い流しますね」
洗い流すときは撫でるように、指の動きは優しく、でもときどきツボを押してくる。
椅子を移動。
ブローされながら、鏡の前の自分はいつもとなんだか違うじゃない?
「お客さんの髪の分け目を考えて切ってみたんですけどもね、これだと朝起きてからすぐにでもヘアスタイル決まりますよ、こういうのをスタイリングカットっていうんですよ、もしもお気にめさないようでしたら、一週間以内にまたご来店ください」
肩をマッサージされながら説明をされたが、半分ぐらいもうトロンとなってるので聞こえてない。
椅子を倒される。
これからシェービングが始まる。
ほかほかの蒸しタオルが顔を包んできた。
シャクシャク
ブラシが固い陶器の中で泡をたてる。
毛穴が開いたところで、蒸しタオルは剥がされ、すぐに濃密な泡が顔の上に乗せられ、それを隅々にまで伸ばしていく。
ちょっと泡が多いかな?と指が泡を少しだけ拭った額から、カミソリは当てられていく。
ショリ…
額、眉間、瞼の上などはふだんあまり触れられる場所ではないので、カミソリが通りすぎるとほっとしてしまい、それがまたひとつ快楽になっていう。
鼻や顎の難しい場所もなんなく剃られ、椅子がまた上がり、襟足にブラシが円を描く、首は皮膚が薄いせいかとてもくすぐったく、そして最後は耳へと移る
「お待たせいたしました」
耳かきの時間です。
まずはさっきまでカミソリを当てられてた耳たぶなどをタオルで拭き取られた。
「耳の中はカミソリをかけてもよろしいですか?」
「もしかして、穴刀ですか?」
「そうです」
ああ、こんなところで穴刀と出会えるとは…
ザリザリザリ
耳の中から何かを削るような音がする、その音はリズムを刻んでいくので、脳の奥まで響き渡る。
それが終わってから耳かきが始まる。
さっきまで耳の中を穴刀が這いずり回っていたせいか、耳垢にまみれた耳毛が穴からどんどん出てくる、出てくる。
そして思うのだが、愛用の耳かきはもう大分お役目を果たせなくなっていたのではないか、耳垢を取り除く能力が落ちていたのではないかと推測される。
穴刀と理容師さんの耳かきの力でも、ここまで耳垢が出まくってるということは、そういうことも考えられるのではないだろうか。
カリ…
大まかな掃除が終わると、耳かきの動きを変えてくる。それは優しいというより、ピンポイントを攻めてくるといぅた動きであり。
コリコリコリ…
撫でるような力加減なのだが、どんどん腰が浮きそうになる。
あっ、こりゃあやばいわ。
「いつもはご自分で耳かきを?」
残念ながらもう答える余裕がなくなってきたようだ。
「…ここら辺でしょうかね、この辺はご自分で掃除をするには、少々難しいですからね」
ズル!
何かが耳から出た。
耳からそんな音も気配もしたの初めてなんですけど。
「おや、また大きいのが」
えっ?何この人、的確にポイント見つけてくるんですけど。
「全部きれいにしちゃいましょうね」
あっ、この人絶対耳かき好きでしょ、さっきまでの声のトーンと全然違うもの。
「ありがとうございました」
俺は終わった後しばらく方針状態だった。
店を出ようとした時に。
「ここは耳かきだけはしてもらえるんですか?」
「すいません、うちは耳かきだけはやってないんですよ」
そうか、残念。
その後俺の耳かき感は変わってしまった。
自分で耳かきをしても全然満足しなくなってしまった。
まあ、その割りには自分でもしちゃうんだろうが、もう行きたくて行きたくてしょうがないんだがな…
髪伸びるまで我慢だ。