第三章・運命の邂逅 1
グリウスは朝から賑わっていた。
一口に治世一五年といっても、民にとっては安穏な日々ではなかったろう。グリュック王家に守られて生きてきた者達が、突如として現れたシェバ皇帝に従うことになったのだ。
税金も上がった。
王家が滅ぼされた戦乱で、街の一部も破壊された。
混乱の最中では盗賊が横行し、治安は一気に乱れた。未だにその名残は消えることなくグリュックに深い傷跡を残している。
それでも、十五年続いた平和を、民人は謳歌しようとしていた。
人が集まれば商売も繁盛する。関税が上がったとしても、グリウスで商売する価値は十分にある。グリュックの港には世界各国からの荷が集まるのだ。物売り達にとってはかつてない好機である。
中央街道筋は、そんな商売人達が集まって、早朝だというのに既に露店が開かれていた。それに乗じて、採れたての野菜を売る者、朝から大道芸で身をたてる者、街道は人であふれ始める。
シャオンとウェルは、ずっと無言で歩いていた。
シャオンは顔をしかめたままで、街に出てから一言も言葉を発しない。時おり左の髪を撫で付けて顔が隠れていることを確認するほかは、腕も組んだままだ。一方、ウェルも辺りを見回してはいるが、何も言わなかった。
ただ、珍しい風貌の二人を、道行く者が振り返る。
一人は黒髪で左半分の顔を隠している。右半分に覗く顔は、怒りを堪えた様にしかめっ面だ。もう一人は、そうお目見えできないような美貌の持ち主。若い娘などはウェルをあからさまに指差して囁きあうほどだ。
トラオから裏路地を抜け中央街道に出て暫く歩くと、グリウスの中心と思しき広場に出た。
朝だというのに、そこはさらに大道芸人や旅芸人達も集まり、人だかりがいくつも出来ている。
同じだけ、役人の数も半端ではなかった。一様に肩から赤い布をかけ、剣を腰に差して、二人一組で歩いている。それを目に留めて、初めてウェルがシャオンに話しかけた。
「あの、役人は……」
柳眉をひそめる相棒に、シャオンもウェルの見ているものを見ようとした。
「なんだ?」
ウェルはある一組の役人達をじっと見ていた。
彼らには表情というものがない。義務のように、行進するように、ゆっくりと歩いているだけだ。木偶か土偶が、手と足だけを動かして歩いているようにも見えた。かといって彼らの動きが別段ぎこちない訳ではない。
「なんか、違和感ある役人だな」
「あれは、人間ではなく人形ですね。魂がないのですよ」
ウェルはシャオンとともに木偶人形に出来るだけ自然に背を向けた。
一組の役人達が後ろを通り過ぎて行く。
十分通り過ぎるのを待って、ウェルが言った。
「シェバが妖獣だというあなたの主張も、あながち嘘ではないようですね」
「そうだって言ってんじゃねえかよ、しつけえな──で? それとあの役人と、どう関係あるっての?」
「あれは、目の役割を果たしているのです。どこにいても街の様子が知れる。あの形代には闇の力を感じます。妖術ですよ。妖獣の使う力です」
「と、いうことは?」
「グリュックの城には、あれを作ることの出来る妖獣か、もしくは妖術を使う者がいるということですね」
「シェバがもうすぐ来るんで街を監視してるってのか?」
「正解」
ウェルは出来の良い生徒を褒めるように、にこやかに言った。
「あのおっさんはもちろん知ってんだろうな」
「だから私を必要としているのでしょう? 妖獣に対抗できる、剣ではない力を、です」
二人は小さく溜息をつき、再び歩みを進めた。そのまま真っ直ぐに進めばグリュックの城、グリウス城である。
すでに見上げると城壁が視界に飛び込んでくる。小高い丘に聳え立つ、壮麗な石造りの建物だ。
シャオンが憎らしげに城を見上げた。
「何でこんなことになっちまったんだ」
その時だった。
シャオンがすれ違った人間を慌てて振り返った。
「おい、待てよ」
通り過ぎる人間の肩を無遠慮に掴む。掴まれた方は驚いたようにシャオンを見た。
互いの目が合う。
瞬間その人間は、しまったと言う様に舌打ちをし、踵を返そうとした。が、シャオンがしっかりと腕を掴んでいたので逃げることはかなわない。
男は頭に布を巻き、角ばった顔の頬には小さな切り傷があり、ゆったりとした衣服の胸元は大きく膨らんでいた。そこから一瞬小さな耳が覗く。
「あいつの匂いだ」
「どうしたのです、シャオン」
怯えたような仕草を見せた男は引きつった笑みを浮かべると、素早く腰の辺りに手を滑らせて短剣を突き出した。
シャオンは剣先を瞬時にかわして後退った。
周囲から悲鳴が沸き起こる。
「シャオン、ここで騒ぎはまずいですよ」
ウェルは素早く辺りを見回し、役人が傍にいないか確認しながら囁いた。
だが、シャオンはウェルの忠告など聞いてはいなかった。
「泥棒め。盗んだ金返せ」
「なんのことだ」
男はわざとらしく大きな声で叫ぶ。
膨らんだ胸元から怯えたように、それが顔をのぞかせた。
斜めに生えた耳と、大きな瞳が覗く。瞳は薄い青色でガラス玉のように輝いている。一見して猫のようだ。
「ヴァル!」
シャオンの声で、男は駆け出した。男が短剣を持ったままだったので、さらに周囲から悲鳴が沸き起こった。
「待ちやがれってんだ!」
シャオンもわき目を振らずに後を追う。
「全く、まだ金を諦めてなかったのですね」
ウェルは仕方ないという風に息を吐き、後を追った。
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