幻妖帝国〜グリウスの章・青き黎明の灯火(3/27)PDFで表示縦書き表示RDF


幻妖帝国〜グリウスの章・青き黎明の灯火
作:暁さくや



第一章・運命の萌芽 2


 ウェルとシャオンは臭いを辿りながら山を降り、山裾の森を抜け、夕刻になってようやくグリュックの都グリウスに着いた。
 ウェルは目映いばかりの黄金の長い髪を隠すようにフードを目深に被っている。背が高くなければ、ほっそりとすら見える身体は女性と見紛うばかりだ。シャオンは相変わらず黒髪で顔の左半分を隠していた。ともすれば風にあおられそうな髪を、神経質そうに左手で撫で付けて、わざと顔を隠そうとしているように見える。
「何だこの人込みはっ? ここで臭いが途切れてら。これだけ人がいちゃあ判りゃしねえ」
 二人が見た光景は、人々の肩が触れ合うほどにごった返した街道だったのだ。
 街の中央、つまりは王城に続く街道には水路が通っている。人影が見えないのはその水路だけで、水路の左右を結ぶ小さな橋の上も行き交う人で溢れている。両脇には所狭しと露店が並び、街道を通って他国から運び込まれた珍しい商品や食料等が並べられていた。王都の中心まではまだ随分距離があるというのに、こんな街道の外れにも品物を買求める者や、商人達が集っている。
「これでは金泥棒を見つけるのは無理のようですよ。さすがのシャオンでも臭いを辿ることは出来ないでしょう?」
「畜生」
 黒髪を無造作に掻いて腕組みし、シャオンはグリウスの中心へと続く街道に背を向けた。
 グリュックは海に面し、背後には山脈が連なる、天然の要害に守られた国だ。北西と南東を結ぶ街道の合流地点でもあり、産業の重要な要所ともなっている。
 ヨウーワ大陸の南部で最も大きな港があるのもグリュックだ。
 海上からの物資も当然グリュックの都グリウスに集まる。
 もともと人口も領土の割には多い。
 他国の人間の出入りも多い。
 その為に徹底して出入りする人間を管理する関所が街道の両端と港に配置された。
 これを統治してきたのはグリュック王家である。
 他国との交易を優位に進める政治手腕を持つグリュック王家は、長年に渡ってこの地を治めてきた。天然の要害の存在もあり、他国の侵略を許さぬ強力な海軍率いるグリュックは、ヨウーワの中でも一目おかれる経済や軍事力の中心的存在となっていた。
 が、十五年前、不可侵伝説を持つ王家は突如として滅ぼされ、現在はシェバ帝国の統治のもと、グリュック自治区として名を残しているにすぎない。
 しかし、統治者が変わろうとも、そこに生きる者達が変わったわけではない。今も変わらずグリウスはヨウーワ南方の重要地点であり続けている。
「さあ、戻りませんか。私はここにいるのは気が進みません」
「戻ってどうすんだ? 金だって殆どねえし、もう食いもんもねえぞ。飢え死にすんのかよ?」
「だからといって、あの珍しい動物を探すことも出来ないでしょうに」
 シャオンは、歯軋りした。ウェルの戻ろうという言葉にではない。脳裏に、可愛い泥棒の姿が過ぎさった。
 耳は兎ほどではないにしろ斜めに長く、顔は猫科の動物に似ている。目は薄い青のガラス玉の様で、体の大きさの割には手が長く、リスの様に柔らかで丸まった尻尾をしていた。両手の上に乗せるとはみ出しはするが十分乗っていられる大きさだった。
 妖獣のような妖しい気もなかった。
 ただ、言葉は理解しているような素振りではあった。
 それでもまさか金を盗まれるとは考えてはいなかった。シャオンにとって、いま何よりも信頼のおけるもの、何においても重要なもの、それが金だ。金さえあれば食うに困ることはない。それを奪われたとあっては、何としてでも仕返ししなくては腹の虫が収まりそうにない。
「あれは聖霊に近い位置にいる動物で、名をヴァルといいます」
 ウェルの口調は落ち着き払っていた。フードから覗く表情は何時ものように微笑んで見える。本人は決して笑っているつもりはないらしい。
「知ってたのかよ、あれを」
「もちろんです。でもまさか、ヴァルを盗賊の手先にしているとは考えもしませんでした。あれは利口な動物です。躾によっては当然ぬすみも可能でしょう」
 淡々とした声を聞いて、シャオンはまた舌打ちをして地面を踵で蹴った。悔しさが、足元から血液を沸き立たせるようだった。
「金十枚だぜ? その為に来たくもねえ所まで付き合ったっていうのによ」
「サナオで私達が金を手にするのを見ていたのですよ。でも私達が山に入ってしまったので、仕方なくヴァルを差し向けたのでしょう。山に入って妖獣に襲われる危険を犯すほど盗賊も愚かでないでしょうから」
「へんっ」
「シャオン」
 突然ウェルが声を落とし、街道に背を向けて立っていたシャオンの手を掴んで人混みの中へと足を進めだした。
「おいおい、戻るって言ったじゃねえかよ」
「黙って。さり気無く辺りを見回して御覧なさい」
 ウェルの声は冷えた氷のように冷酷だった。
 シャオンはウェルの手を振りほどき、彼のゆっくりとした歩調に合わせながら、目だけを動かして辺りを探った。
 商品を売り買いする声、他愛もない会話。肌の色の違う者、黒髪の者、金髪の者、鳶色の髪の者、老若男女、様々な人間がいる。
 だがその中に、明らかに役人と思しき者が少なくない数で混じっていた。
 腰に剣を差し、肩から斜めに赤い布をかけている。赤はシェバ帝国の国旗の色だ。ヨウーワの南西から東部にかけての広範囲な領土を制圧した帝国の色。グリュックをも統治下においた国。
「役人?」
 シャオンは眉を寄せ、あからさまに嫌悪をあらわにして言った。
「そうです。サナオにもいましたね。森を抜けた所にも小さな見張り小屋がありました。そこにも同じ格好をした役人がいましたから」
「森の出口に? 気が付かなかったな」
「あなたは臭いだけを追っていましたからね。私が誤魔化しておきましたから大丈夫です」
「それはそれは……」
 シャオンがたいした感情も込めずに面倒臭そうに返答した。
「この先に、知っている宿があるのです。とにかくそこへ行きましょう」
「はあ?」
 シャオンは構わずに路地に入ろうとするウェルの前に立ちはだかった。
「ちょっと待てよ。金が足りねえよ。それにサナオに行く時に言わなかったか? グリュックの近くには行きたくねえから、気が進まねえって。知り合いがいるのかよ、ここに」
「あなたがちょっとグリュックを見てみたいと言うから仕方なく山に入ったのではありませんか」
 責め立てるような口調だ。
「俺の所為かい。あーあ、そうだよっ。でも俺はここが大嫌いだからな」
「私もあなたに習って言うなら嫌いです。でも今は、役人の目が光っています。私達はグリュックに入る通行証を持っていませんからね。不審な行動は慎むべきです。それとも来た道を戻って、また一晩中歩きますか?」
「通行証を手に入れればいいじゃねえかよ」
「簡単に言いますね。領主館で身分を証明できますか? 少なくとも私は無理ですよ」
 ──いやなヤツ。俺だって無理に決まってんじゃねえか。
 ウェルというヤツは、いつも涼しい顔をして返す言葉がないような言い方をする。シャオンは腹の底でこぶしを握っていた。
「とにかく役人の数が多いのが気になります。今日は夜も更けますし、明日でなおしませんか」
「わかったよ。好きにしろってんだ」
 そのままウェルは迷わずに路地を進んで行き、中央街道より一筋奥に入って行った。
 中央の大通りから一筋入っただけで、そこにはもう人通りが殆どない。すでに日は沈みかけ、薄暮が迫っている。そろそろ誰もが妖獣に怯え、家の扉を閉ざす時間である。
 妖獣は人にあらざる異形の生き物だ。
 聖霊に相反する闇の世界に属し、主に山などの闇の濃い場所を好んで生息している。だが時には夜ともなれば獲物を求めて街に姿を現し、家畜などを襲うことがある。まれには人間を襲いその血肉を食らうことすらある。
 ウェルの言う宿は難なく見つかった。
「トラオ、ね」
 シャオンは掲げられた看板の名を読んだ。
 隣に建つ民家の倍はある大きさだ。
 長い年月で日焼けしたような赤茶けた石が積まれて扉の周囲を飾っている。木造の建物は風雨で多少は色が退色しているが、それがかえって歴史を感じさせる威厳をかもし出していた。
「ほんとに何とかなるのかよ」
 シャオンは訝しげにウェルに視線を投げかけた。
 ウェルはそこで初めて被っていたフードを取った。夕闇にすらまぶしい黄金の長い髪があらわになる。さすがにシャオンも一瞬ではあるが目を奪われた。
「さあ、どうでしょうか。主人の顔を覚えていないもので」
 言いながら扉に手をかけ中に入っていくウェルを、シャオンは呆れ返って見送るしかなかった。
「どういう神経してんだ、こいつ」
 小さく吐き捨てるように言うと、シャオンも宿の中に入った。ウェルが「知っている」と言ったので、知り合いがいるのだとばかり思っていた。当然、タダで食事にありついて、暖かい寝具の上で手足を伸ばして眠れることを期待していたわけだ。
 シャオンが中に入ると、そこでは既に大勢の客が食事をしていた。
 入り口を入ると食堂になっているらしい。
 中は小奇麗に片付いており、窓際には花も飾られていた。いかにも高名な画家が描いたような絵画がいくつも等間隔で壁に掛けられている。調度品は古く歴史を感じさせた。
 すぐに奥から少女が出てきた。
 まだ年の頃は十七、八の、ゆるい癖のある金髪で碧眼の愛らしい顔をした少女だ。
「お食事ですか? お泊りですか?」
 ウェルを見上げた少女は、しばらく彼に目を奪われていた様子だった。頬がうっすらと紅を差す。
 それもシャオンには見慣れた光景だ。誰しもウェルの美しさには目を奪われる。華やかな美しさではないのだが、温雅な風貌は聖人を思わせる。凛々しい目元とは裏腹に微かに湛えた笑が、理知的であるのに柔和という印象を与えるらしい。
 一転、ウェルからシャオンに視線を移した少女は、不審者を見たように警戒心を顕にした。シャオンは反射的に、左の前髪を整えた。
「御主人のトレルオム殿はいらっしゃいますか?」
 その言葉に少女は驚いたようにウェルを見た。
「父のお知り合いの方ですか? 私、娘のトレーネと申します」
「いえ、知り合いというか、昔大変お世話になったものですからご挨拶がしたいと思いまして」
「そうですか……でも」
 トレーネはまた、気になって仕方ないという風にシャオンをちらりと見やった。
「父は、亡くなりました。もう三年になります」
「それは存じ上げませんでした。残念です」
 シャオンはそう抜け抜けと言うウェルの顔とトレーネと名乗った少女の顔を交互に眺めてみた。
 ウェルは表情を動かさず、何時もの様に微笑んでいる。一方トレーネは父親に世話になったという客人をむげにも追い返せずに困ったという感じに見えた。
「では、こうさせて頂けませんか?」
 ウェルは小首を傾げて少女を真摯な瞳で見つめた。
「私は旅の神官です。医術だけでなく薬草についても学びました。聖術も使う事が出来ます。お世話になったお礼に、今日お泊りのお客様の中で、ご要望があれば無償で治療を施すことが出来ます」












ケータイ表示 | 小説情報 | 小説評価/感想 | 縦書き表示 | TXTファイル | トラックバック(0) | 作者紹介ページ


小説の責任/著作権は特に記載のない場合は作者にあります。
作者の許可なく小説を無断転載することは法律で堅く禁じられています。




BACK | TOP | NEXT


小説家になろう