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第06話

あれから1ヵ月が経ち、遂に俺達は出撃の日を迎えた。


この1ヵ月、俺達は毎日、昼も夜も飛び続け、空戦機動の技術習得に明け暮れた。


オリビアもオズワルドもよく耐えて技術を習得したと思う。

現在、俺達はブリーフィングルームで中佐の訓辞を受けている。


中佐の訓辞が終わりに差し掛かった時、中佐の口からある“命令”が下された。

それは最もシンプルで最も困難な“命令”。


「…現在、我が国は戦時下であり皆さんは軍人です。『大より小の犠牲を』、『祖国と国民に忠誠を安寧を勝利を』、これらは既に皆さんの骨身に染み込んでいる言葉でしょう。…確かに軍人とはそう在るべき存在なのです。ですが、あえて言います。…皆さんは一軍人である前にひとりのパイロットです。『機体は消耗品』、『パイロットが生還すれば大勝利』、この言葉も皆さんの骨身に染み込んでいるでしょう。……もう多くは語りません。…必ずこの場所に帰還しなさい!これが私の“命令”です。それ以外は認めません。そして拒否権もありません。……分かりましたね?」


全員が無言で、だがはっきりと頭を縦に振り了解の意を告げた。


それを確認した中佐は、真剣な眼差しで俺達を一人一人見つめた。

そして遂に中佐の口から出撃命令が下された。


「第208戦術戦闘航空隊はこれより出撃。任務はミッドウェー島への異動。パイロットは自機にて待機。直ちに取り掛かれ!」


全員が、了解!、と声高らかに了解の意を伝えブリーフィングルームから駆け出して行く。

俺は部屋を出る直前に中佐へ向き直り、直立不動で敬礼をした。中佐も真剣な面持ちで敬礼を返した。

敬礼から直った俺は部屋を駆け出して格納庫へ向かった。





格納庫に到着した時には既に全員がそれぞれの機体に入って自機のチェックをしていた。


俺も急いでチェックを終わらせるために愛機の操縦席に入る。

三舵、電器系統、油圧系統、その他計器、異常なし。


チェックをしている時に、ふと顔を上げると主翼に整備班班長のガイア曹長がいた。


「整備班全員が徹夜で大尉達の機体を整備しました。たぶん異常はありません。あと全機に現在、増槽を取り付けています」


「…ありがとう曹長。…この日を迎えられたのは貴官達のお陰だ。…本当にありがとう」


そう言うと曹長は決まり悪そうに指先で頬をかいた。


「いや…そこまで感謝されるとなんだかこそばゆいな…。それに変な台詞を言わないで下さいよ。縁起でもない。まるで死にに行くみたいじゃないですか」


…そう言われると…確かに縁起でもない台詞かもしれないな…

そう思って苦笑していると曹長は真剣な表情で俺を見た。


「必ず…この基地に戻って来て下さい。…でないと私の楽しみがひとつ減ってしまいます。…それに娘の旦那候補をせっかく発見したのに逃げられるのは忍びないですしね」


おそらく前者は真剣に。

そして後者は冗談まじりに言ったのだろうが、顔が熱くなっているのが手に取るように分かる。


俺があたふたしているのを見た曹長は笑いながら俺の肩を数回、叩いて主翼から降りた。


まだ顔が微熱っているのが分かるが、時間があまり無いので無視して最後に無線の調子を確認する。


「こちら1番機。無線の確認をする。各機、応答せよ」


『こちら2番機だ。良く聞こえるぜ』


『こちら3番機。感度良好です』


『こちら4番機。大丈夫です。良く聞こえます』


無線の調子は良好。

特に問題は無しだ。

ちなみに、部隊の構成だが、まず隊長である俺が1番機。次に副長のマックスが2番機。そしてオリビアが3番機。最後にオズワルドが4番機。という構成になった。



部隊全機の準備が整い暖気運転のためにエンジンを掛けてプロペラを回し始める。


エンジンが暖まり、手を外に出して手信号で車輪停め(チョーク)を外し、退避するように伝える。

整備班全員が退避したのを確認した俺は全機に手信号で滑走路への地上滑走を命じる。


俺の機体が地上滑走するのを追う形で僚機3機が俺の後ろに続く。



滑走路の離陸所定位置に着きスロットルを閉じ、ブレーキを利かせて停止する。

全機が停止したのを確認し格納庫の方向に眼をやると基地の職員、兵士、整備班が俺達に手を振ったり、帽子を振ったりしている。

それに敬礼で応えて、機体の前方に眼をやり滑走路の脇にいる地上要員の朱旗が振られたのを確認し、ブレーキを踏み込みエンジンを大きくふかす。

ブレーキを緩めてスロットルをゆっくりとひらいていく。


機体は離陸滑走に入り、エンジンを全開にする。

機体は徐々に速度を上げながら滑走路を駆け抜ける。

速度計が離陸速度に達し、操縦桿を引きつける。その直後、車輪が地上を離れた、機器を操作し車輪を機体に納める。


ちらり、と一瞬後方に眼をやると3機とも離陸し、俺の後ろにいるのが見えた。


それを確認しながらゆっくりと高度を上げていく。



現在高度2000m


予定高度に達し、編隊を組む。



まずは、給油するために予定されている基地へひたすら北西へ飛行する。







ニミッツ基地を飛び発って二日目の昼が過ぎた。


途中、三度基地に降り立ち、一度空母に着艦して給油を受けた。


俺やマックスはともかく、残りの二人は長距離飛行は初体験だそうなのでだいぶ疲れが溜まっているだろうし緊張しているだろう。


俺は隣を飛んでいるマックスに手信号で、何か気晴らしになるようなトークを頼む、と伝えた。

マックスはそれに、了解、と返した。


さぁ頼むぞマックス。

二人の緊張を解きほぐしてやってくれ。そう思っていると無線から声が流れてくる。


『…そういやオズワルド。お前って恋人とかいるのか?』


…よりによってそんな話かい…


『えっ?え〜と…いませんね…』


『オイオイ…いくら訓練学校にいたからってそれはないだろう…。もっと人生、楽しめよ』


『はぁ…すみません…』


もっと気の効いたトークは無いのか?、と手信号で伝えると。

これからだ、と返ってきた。

…何がだ?


『まぁそんなに気を落とすな。それに、まだお前なんてマシな方だぜ。俺の知り合いにこんな奴がいるんだ。昔、俺がまだ海軍兵学校にいた頃なんだが、その知り合いは俺の同期なんだよ。そいつと外泊許可を取って夜の街に繰り出した事があったんだ。…そんである賭けって言うか…勝負をしたんだ。一晩に何人の女性をナンパできるか、って言う事をな』


その話を聞いて俺は操縦を誤りそうになった。

…あの野郎…よりによってあの話かよ…


『それで、どうだったんですか?』


…なんかオリビアの声が面白そうなんだけど…


『そうですよ。早く教えて下さい』


…オズワルドまで…もう勝手にしてくれ…


『慌てるなって二人共。勝負の結果は俺の勝ちだった。7人対0人でな。…ただ…奴の場合はナンパはナンパでも…逆ナンは多かったんだよな…。それには俺も負けたよ』


マックスが笑い出したら、残りの二人も笑い出したよ…


…もう…勝手にやってくれ…

ああそうだよ!ナンパするつもりが逆ナンされたのは、この俺ですよ!!

だいたい、経験値が0に近い俺があいつに勝てるはずがなかったんだ…


俺の思いも虚しく高度1500mの空中で3人分の笑い声が響き渡ってる。

ったく!誰だこんな話をさせたのは。

…俺か…







時刻1527時 現在高度1500m


時間的には、ミッドウェー島が見えても良いはずだ。

先程、以前の所属地であったオーシャン島が眼下に見えたので距離的にもそろそろのはずだ。


注意深く前方、右方、左方の海面、水平線を見る。


島を探している最中に一瞬だけ空の一点が光ったのが見えた。

飛行眼鏡を額に戻して光った方向を眼を凝らして見ると水平距離約5000m同高度で飛行している機影が5機ほど確認できた。

その機影は真っ直ぐにこちらへ向かってくる。


敵機?と思って全員に戦闘態勢を命ずる。


こちらも真っ直ぐに機影に向かう。

機体を軽くするために増槽を捨てようとした瞬間に、その機影が“隼風”つまり友軍機であることが目視で確認できた。


慌てて翼−バンク−を振る。

すると隼風5機は俺達の進路から散開した。

…やれやれ…もう少しで共食いをするところだった…


散開した隼風は編隊を組み直して、隊長機らしき機体が俺の横に付いた。

無線が開かれてそこから声が流れてくる。


『こちらエスティリア国防海軍第142制空戦闘航空隊“ウィザード隊”隊長のパトリック・アンダーソン中尉だ。先程は申し訳なかった。貴隊の所属と目的地を伝えよ』


「いやなに気にしなくて良い。こちらは、エスティリア国防海軍第208戦術戦闘航空隊。俺は隊長のアレックス・ササキ大尉。目的地はミッドウェー島基地だ」


『歓迎致します。ササキ大尉。私達の基地がミッドウェー島基地なのでご案内致します』


「では、エスコートを頼む」


ウィザード隊の隼風が翼を翻して変針。

俺達もそれに続き変針をする。


しばらく飛行していると眼前に全体的に円の形をした島の姿が見えた。


空から見ると島の東に軍港があり、輸送艦が2、3隻ほど停泊しているのが確認できる。

だが、肝心の滑走路が見つからない。

いったい何処にあるんだ、と思っていると前方を飛んでいるウィザード隊が一斉に緩降下を始めた。

それに続いて行くと滑走路が見えた。

…確かに見えたが…俺は自分の眼を疑った。

滑走路がある場所は、島にある比較的に低い山と山の間なのだ。


どうやってこんな所に建造したのかは全く分からないが、立派な物だ。

長さは約2000m 横幅は50mほどだろうか、それが2つもある。

おそらくは、離陸用と着陸用に分かれているのだろう。そしてこの航空基地には格納庫が無い。その代わりに山の壁面を掘って掩蔽壕バンカーを作って、それを格納庫と防空壕の代わりにしている。

先にウィザード隊の連中が着陸を開始。

俺達もその後に続き着陸した。



機体をランディングさせて掩蔽壕の近くに運んで行き、機体を停め、操縦席の背後からダッフルバックを担ぎ出し、久しぶりの地面に降り立つ。


身体が固くなっているので軽くストレッチをする。


「ちょっと!なんでこんな所に部品置いてあんのよ!!」


−!?びっくりした…なんだ?掩蔽壕の方から聞こえてきたな…

そろ〜と格納庫を覗き込むと数人の男性兵士が女性兵士−階級章を見る限り兵長らしいが−に説教されている。

…言葉を間違えた…説教じゃねぇな…シバかれてんだな。


格納庫を覗いていると肩を叩かれて後ろに振り向くと飛行服を着た人の良さそうな男が立っていた。


「先程は、すみませんでした大尉。…対空電波索敵機に正体不明の影が写ったので我々が迎撃に向かったのですが、まさか友軍だとは思わず…本当に申し訳ありません」


「と言う事は…君がさっきの。名前は確か…パトリック・アンダーソン中尉だったな?」


「はいそうです大尉。改めてよろしくお願いします」


そう言って俺とアンダーソン中尉は握手をした。


「しかし“ウィザード隊”ね…とても“魔術師”ってツラには見えねぇな」


俺の台詞にアンダーソン中尉は少し苦笑した。


「確かによく言われます。ですが、空戦機動は、なかなかの物です」


「それは頼もしいな。…面倒をかけるかも知れないがよろしく頼む」


「いえこちらこそ」


「早速で悪いんだが、着任の挨拶がしたい。基地司令は何処かな?」


俺の問い掛けにアンダーソン中尉は考え込む表情をし、ややあって口を開いた。


「…おそらく今なら…帰還機の確認をしているでしょう…案内します付いて来て下さい」


その場所に向かう前に愛機を置いた所に戻って、隊員全員を連れてアンダーソン中尉の案内に従いその場所に向かった。




俺達が来たのは滑走路脇にある航空機の駐留所だ。

辺りを見回すと機体中を穴だらけにした戦闘機が目立つ。

中には、風防が割られて有機硝子が血で染まっている物もあった。

…出血量から見て…おそらく、あの機体のパイロットは…死んだんだろうな…


アンダーソン中尉によると、今日も帝国軍の攻撃があり、この島から西へ約100kmの空域で空戦があったそうだ。

敵部隊は爆撃機を中心とした部隊で約30機編成。護衛戦闘機も付いていたそうだ。


アンダーソン中尉の話を聞いている途中で彼が基地司令を見つけたらしく、その人物を教えてもらいこの場で彼とは別れた。


1機の隼風の前で整備兵らしき人物と話している将官服の男性に近づき、持っていた荷物を地面に落として敬礼をする。

俺以外の全員も同じ様に敬礼する。


「第208戦術戦闘航空隊。アレックス・ササキ大尉、以下3名ただいま着任しました」


俺の声に気付きこちらに振り返った将官服の男性は俺の顔を見て驚愕の表情となったが、すぐに表情を引き締めて敬礼を返してきた。


「ようこそ大尉。歓迎する。私はこの基地の司令官を務めているクラウス・オリビア少将だ。よろしく頼むよ」


そう言って少将は右手を俺に差し出してきた。少し戸惑いながら俺はその手を握った。

…しかし、どこかで聞いた事のある名前だな…それに以前、どこかで会った事があったかも知れない…


そんな事を考えていると急に背後からオリビアが飛び出して俺の前に立ち、少将を見つめた。

一方の少将は驚いた表情でオリビアを見ている。

…んっ?オリビア?…


「…お父さん…」


「…カレン…!?」


この二人の台詞に俺達、野郎三人組の絶叫が島に響いた。



とんでもない爆弾発言を聞いて俺達はしばしの間、

忘我の境地をさ迷った。


「驚かせてしまったかな?…私とカレンは実の父娘なんだよ」


「すみません隊長…驚かせるつもりはなかったんです」


…それにしても…同じ赴任地に身内が配属されるなんて珍しいな…


「それより…お父さん。ちゃんとお母さんに手紙書いてる?この前、送らてきた手紙に愚痴が一杯書いてあったわよ。『父さんは筆不精で困る』って」


「いや…すまない。手紙は読んでるんだが…時間が無くて書く暇が無いんだ」


父娘の久々の対面を邪魔したくはないが、急にアットホームな空気になったな…俺、もう逃げて良いかな?


そんな事を考えているとひとりの兵士が息せき切って少将に報告をしに来た。

その報告で俺はまた気を引き締める事になる。


「報告します!…4機戻って参りません!帰還したのは23機です…」


報告をしに来た兵士は肩を落としながら背を向けて去って行った。


見送った後、少将は沈痛な表情で西の空を見つめて溜息を深く吐いた。


「…聞いての通りだ…開戦から約2ヵ月これが日常茶飯事になっている。…頭では分かっているつもりなんだがな…我々は戦争をしている…。…こんな時、アイツの台詞を思い出すよ…『この惑星で人間同士が争わなかった時代などない…

歴史がそれを証明している…

この戦争もその1ページに過ぎないことだ…』……全くその通りだな…」


呟くように言った少将の言葉に俺は掛けるべき言葉が見つからなかった。


「…さて…辛気臭い話をしていても仕方ない。君達も疲れているだろう。今日はゆっくり休んでくれたまえ。宿舎はここからも見える様に向こうにある離陸用滑走路の近くにある。…それと…女子宿舎には絶対に近付かない方が良いぞ。…半殺しでは済まないからな」


…半殺しって…それは、ヤル方はどっちですか?少将?それとも女性職員?


意味深な台詞と微笑みを残して少将はどこかへ行った。

とりあえず俺達は機体の整備と補給を頼むために荷物を担ぎ直し、機体を停めた掩蔽壕へ戻った。




「だからっ!そのカウリングはそっち!カバーは向こう!オイルと燃料は奥の方に!ちゃんと火気厳禁の場所に置いてよ!!」


…うわ〜スゲーなオイ…

あの兵長凄いわ…


「男勝りにもほどがあるぜ…なぁアレックス…あそこまで凄い整備兵…女性、見た事あるか?」


「いや…無いな…二人はどうだ?」


「…私もありません…」


「…俺もです…」


あの小さい身体でよくあんな大声出せるな…


ヤベッ!彼女と眼が合った。

近付いて来るよ…

逃げる訳には……いかないよな…


「なにか御用ですか?…そこに居られると邪魔なんですけど…」


…なんか言葉が刺々しいな…


「いや済まない…。ちょっと機体の整備と補給を頼みたいんだけど…。え〜と…」


「あたしは、ジェーン・ガイア。階級は兵長です。…それで貴方は…」


「俺は、アレックス・ササキ。階級は大尉だ。一応、第208戦術戦闘航空隊の隊長を務めている。後ろに居るのは俺の部下だ」


俺の階級を聞いたら顔を青くして敬礼してきた。…まあ軍律で上官への侮辱等は営倉にぶち込まれるからな…


「済みませんでした!失礼な言葉遣いをしてしまって…本当に申し訳ありません!」


「いや…そこまで謝らなくても良いんだけど…。…俺もフレンドリーな方がやりやすいから、気軽に頼むよ」


そう言って右手を差し出す。

少し呆気にとられたような表情をしながら怖ず怖ずと俺の手を握った彼女は、小さな声で、よろしくお願いします、と呟いた。



俺の自己紹介と挨拶が終わった後、他の奴らも自己紹介を始めた。

途中までは順調だったんだが、オズワルドの自己紹介に入ったら、ちょっとした事件が起こった。


「俺はガスト・オズワルド曹長です。整備の心得も少しあるから人手が足りない時はいつでも呼んでくれ」


たぶん俺の部下は何の気無しに言ったんだろうが、彼女には気にくわなかったらしく突っ掛かってきた。


「…いえ貴方なんかに頼まなくても、ここには腕の良い整備兵が山ほど居ます。素人なんか整備の邪魔になるだけです」


「あっ…いや済まない…気に障ったなら謝るよ…」


「…男らしくない上官だなぁ…あんたちゃんと“アレ”付いてんの!?もっとしっかりしなさいよ!!」


…ちょっとズッコケそうになった。仮にも…失礼…女の子がそんなこと言うもんじゃありません…

オリビアなんか顔が真っ赤になってるよ。


「なっ!?なんでそこまで言われないといけないんだ!俺は親切心で言ったのにそこまで言われる筋合いなんかねぇよ!!」


「なによっ!本当のこと言ってあげただけでしょ!気付かせてあげたんだから感謝しなさいよ!!」


…どっちも負けず劣らずだなぁ…俺達が入り込む隙が無い……

というか…ギャラリーが増えてんだけど…


「本当に可愛くない女だな!これじゃ嫁の貰い手なんかいねぇぞ!!」


…それは少し言い過ぎだぞオズワルド…。   ほら彼女が傷ついた表情してるぞ。


「っ!…余計なお世話よ馬鹿っ!!」


…どこかでゴングが鳴り響いた気がした…ちょっとオズワルドが可哀相になったな…

何故かって?あんな強烈なスパンクをくらったんだ。彼女はどっかに行っちゃたし。

頬に真っ赤な痕が付いてるよ…痛そ…


「なぁ…アレックス…どう思う?」


「何がだ?」


「オズワルドと彼女だよ」


言うに事欠いてそんな事かよ…


「さてな…たぶんそんな関係にはならないんじゃないか?」


「甘いなアレックス。男女の関係なんてなにがキッカケで芽生えるか分からないんだぜ」


「それはお前の経験からか?」


俺の問い掛けには答えずにマックスは意味ありげな微笑みを返すだけ。


まぁ機体の方は頼んだからちゃんとやってくれるだろうから、とりあえず俺達は宿舎に向かった。

もちろん呆然としているオズワルドを引きずりながら。





夜食も食い終わり、夜間警戒の搭乗割にも含まれていないので、どうしようかと思っていたら部屋の扉が開かれた。

振り向くと、案の定マックスがいた。


「アレックス、飲みに行かねぇか?」


「はっ?…俺の耳がおかしくなったのか?…今、飲みに行かねぇか…と聞こえたんだが…」


飲みに行く、とは…やはり酒なんだよな…

この基地にそんなもの…

酒保はあるが…この時間は、もう閉じている…


「アレックス、心配しなくてもお前の耳は正常だ。酒を飲みに行かないか、って聞いたんだ」


「…マックス…どこに飲みに行くんだ?この時間じゃあ酒保は閉じてるぞ?」


「ああ、バーだ」


…やっぱり耳鼻科へ行った方が良いかもしれない…

よりによって“バー”って聞こえたよ…


「ほら、つべこべ言わずに来いよ。皆、待ってんだから」


親友に軽々と引きずられながら連行されていく俺を誰か…助けて下さい…。




マックスに連行された場所に確かにバーはあった。

それも宿舎の地下に。

それほど大きくはないが、良い雰囲気を醸し出している。

…店の名前は…


「…“Mistletoe”…“宿り木”ね…」


「良い名前じゃねぇか」


確かにな…

航空基地のバーには良い名前だ。


店の中には他の職員やパイロットが何人か入っていた。

そのなかに良く知っている二人がカウンター席に座っているのを見つけた。


「隊長達、遅いっすよ〜」


「隊長、今晩は…あの…なんとかして下さい…」


オリビアは素面なんだが、一方のオズワルドはもう出来上がっている。


「オリビア…この野郎、何杯飲んだ?」


「えっと…ビールを一杯、ウィスキーの水割りを二杯です」


「それだけでか!?」


俺の問い掛けにオリビアは軽く頷いた。

…予想外だ…

いつか酔い潰そうと思っていたが、これでは面白味がない。


「隊長…どうします?」


「…ほっとけ…」


「…そうします…」


と言う訳で酔っ払いは、ほっといて軽く飲む事にした。

店のマスターに酒を注文する。

ちなみに頼んだのは、俺がバーボン、マックスはテキーラ、そしてオリビアはビールだ。


マックスが乾杯の音頭を取って簡単な宴会?が始まった。

だが、そんなには飲めない。

明日から俺達は、スクランブル要員として配置される。

飛行に差し障りがない程度しか飲めない。


酒が回ったのか、いつもなら物静かなオリビアがほんの少しだけ饒舌になっている。

こんな彼女を見るのは新鮮な気分になる。


「オリビア、あんまり飲み過ぎるなよ。もし酔っ払ったら置いてくからな」


「大丈夫です。オズワルド君みたいに酔っ払ったりしませんから。…でも、もし酔っ払ったら…隊長が部屋に連れて行って下さい」


ブッ!

…噴き出しそうになった…

なんて爆弾発言を…

周りの客が冷やかし半分に俺達を見てるぞ

オリビアは冗談で言ってるのか?それとも本気でか?


「いや〜モテるな色男!俺も酔っ払ったらお前に連れて行ってもらうわ」


「寝言は寝て言いやがれマックス。素面のクセに変なマネしてんじゃねぇ」


恐い恐い、と全く思っていないくせにそんな事を言いやがるこの相棒が酔っ払った場面を俺は見た事がない。


「本当に酔っ払うと危ないですからそろそろ部屋に戻ります」


「大丈夫かいオリビア?なんなら送って行こうか?」


「ありがとうございます副長。でも副長は送り狼みたいですから遠慮しておきます」


…ヤベ…笑いそう…


「酷いなオリビアは、送り狼ってのは、アレックスの事を言うんだぜ」


「マックス!この野郎!!」


「おおっ!恐っ!!おいオズワルド起きろ、部屋に戻るぞ」


怒っている俺を尻目にマックスは、一向に起きないオズワルドを肩に担いで走って行った。

…なんか疲れた…


「それじゃ、私も部屋に戻ります。隊長はどうしますか?」


「…俺はもう少し飲んでから戻るよ」


「そうですか。あんまり飲み過ぎないで下さいね。それじゃあ…お休みなさい…」


「…お休み…」



俺以外の隊員が宿舎に戻った後も俺は、ひとりでカウンター席に座り酒を飲んでいた。

もっとも、ストレートではなく水割りだ。


店内にいた客もまばらになりそろそろ勘定をしようとした時、唐突に声を掛けられた。


「お邪魔じゃないなら隣良いかな?」


声を掛けた人物に振り返った俺は驚いた。


「…閣下!?」


「そんなに驚かなくても…それよりも隣良いかな?」


快く了承すると少将は俺の隣席に腰を下ろした。

そして少将はウィスキーを注文した。


「…しかし…こうして君と一緒に飲める日が来るとは思いもしなかったよ…」


「…と言うと…?」


「…あれは…中央海戦争が開戦する前…確か…18年前だったかな。君は、まだ7歳くらいだったな。その時、君の父親シンヤ・ササキと一緒に私達が所属していた基地に遊びに来たんだよ」


そう言われて記憶の糸を辿ると確かに親父と一緒に基地へ遊びに行った事がある。


「あの時、私は君に質問したんだよ。“大きくなったら何になりたい?”とね。そしたら君は、“父さんと同じパイロットになる”と言ったんだよ。あれには、びっくりしたよ。想像していた答えがそのまま返ってくるなんて。…でも1番驚いたのは、君がシンヤの操縦する戦闘機に乗って私達と空に上がった時、かなり激しい空戦機動をしたのに無線超しに君の歓声が聞こえた事だね」


そう昔を語りながら少将はグラスを傾け、喉を潤しながら話す。


「…だが、1番、君と共に空を飛ぶ事を夢見てたアイツが死ぬなんてな…今でも信じられないよ…」


……俺もあの時は信じられなかった…


親父が死ぬ3日前、何時も通りに自分の任務に就くべく家を出た親父の背中はまだ忘れられない。

俺はあの時、親父に何時も通りに“いってらっしゃい”と言うのを忘れてしまった。

…それが今でも心残りだ…

親父が家に帰って来た時、親父は何時も通りに“ただいま”と言ってくれなかった。

…親父は、棺に納められ、その棺にエスティリア国旗を被せられて帰宅した…

なぜ…あの時に“いってらっしゃい”と言えなかったんだろう…



「…また辛気臭い話をしてしまったな…済まない」


「いえ…気になさらないで下さい。私も父の話が聞けて嬉しかったです」


「…そうか…それなら良かった。……あぁそうだ。忘れるところだった。実は君達の部隊名なんだが…第208戦術戦闘航空隊では長すぎてね、何か略称でも考えてくれないかな?」


そう言われても…

いままで俺が考えた略称はこれまで編入したどの部隊でも不評だった。

なんでもセンスが無いらしい。


「う〜ん…略称ですか…失礼ですが、何かアイディアはありませんか?」


こうなったら駄目もとで頼んでみよう


「…そうだね…私だったらこれを勧めるね」


そう言って少将は何かを軍服の懐から取り出して俺に渡した。

それは古い部隊章ワッペンだった。

…俺もよく知っている部隊章だ。


「なぜ…貴方がこれを…?」


「私はシンヤの親友であり部下だった。その部隊章から呼ばれた我々の略称が君の部隊には相応しいと私は思っている」


渡された部隊章は親父が着ていた飛行服の袖に付いていた物と同じだった。

白地に黒い狼が描かれた部隊章。

それから味方からは“ブラック・ウルフ”と呼ばれ、敵軍からは“シュヴァルッ・ヴォルフ”の異名で恐れられた部隊。


「…本当に我々がこの名に相応しいでしょうか?」


少将は俺の問い掛けには、答えなかった。

だが、はっきりと大きく彼は頷いた。


「…分かりました…この略称で私の部隊を呼ばせて頂きます」


少将の表情が明らかに嬉しそうなものになったのを見つめながら、俺はもう一度、手にしている部隊章に眼を落とした。


この名前を背負うのに俺が相応しいかどうかは分からない。

だが、親父と同じ部隊名で呼ばれるのは不思議な縁を感じた。




第07話に続く

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