第03話
……空を飛んでいた……
風防越しに横を見れば、3機の僚機が綺麗な編隊を組んで、蒼い空を飛んでいる……
これから向かう場所は最前線の戦場…
だが、不安は無い。この“震風”と優秀な部下がいる限り俺達は負ける気がしない…
戦闘空域まであと少し。対空見張りを厳にする。
しかし、何処にも敵機の姿は確認出来ない。俺は拍子抜けをした。
肩の力を抜いた瞬間、風防の外から爆発音が響いた。
弾かれたように視線を爆発音がした方に向けると端を飛んでいた僚機が炎の尾を引きながら海に向かって墜ちて行く…
自分の眼を疑っていると、眼の前で残りの僚機が次々と火を噴きながら海へ墜ちて行く…
刹那の瞬間に起きた出来事を俺は、他人事のように感じていた…
一瞬で3人の部下の命が奪われたのだ。
その事を頭で認識できた瞬間に機体に激しい振動が走る!
操縦桿が動かない!?
エンジンの回転数が落ちていく!
高度計の針が下がっていく!
海面が眼の前に迫って来た時、俺は咄嗟に眼を閉じて衝撃が来る瞬間を−自分の最期の瞬間を待った−−
「−−っ!!」
跳び起きた瞬間、眼に入ったのは見慣れ無い部屋の壁。
……思い出した。ここは、ニミッツ海軍航空基地の宿舎の部屋。
そして、現在は…この基地に異動した次の日の朝…
「…夢…だったのか…」
嫌な夢を見たものだ……
おそらく今までの人生の中でも『嫌な夢ランキング』5位の中に入る夢だ…
全く…縁起でも無い!
自分の身体を見ると身体中が汗で、びっしょりと濡れていた…
…それにしても…リアルな夢だった…
そんな事を考えた俺は頭を横に振った。
違う!…あれは、ただの夢。それだけだ!
パイロットは、いつ、いかなる時でも冷静でなくてはならない。
でなければ、空戦の際に機位を失い敵機の攻撃を受けて撃墜されてしまう。
頭の中で整理をつけた俺は、まだ朝飯を食べていない(厳密に言えば、2食分を喰っていない)事を思い出し、脱ぎっぱなしにしていた飛行服を着て、飯を食べるために食堂に向かった。
食堂は宿舎の中にあるためにそれほど時間をかけずに到着した。
朝食のパンとサラダそしてオニオンスープを受け取り、空いている席に腰を下ろした
一応、俺も士官、将校なので士官食堂を利用してもよいのだが、面倒臭いのでそんなことはしない。
第一、あんな静かな所で飯なんか喰ったら美味い飯も不味くなってしまう。
…中佐は別だったが…というか、あの人はもう少し静かに飯を食べて欲しい…
変な事を考えていたら、隣に誰かが座ったようだ。だが、そんな事は気にせずに俺は食事を続ける。
「……3年振りの再会だってのに、無視ってのは無いんじゃねぇか?…アレックス」
−アレックス−軍の中で俺をファーストネームで呼ぶ奴は限られている。 …それにさっきの声には聞き覚えがある…妙に懐かしい声…
俺は、弾かれたように声のした方向に顔を向けた。
「まさか…マックス!」
「ようアレックス!久しぶりだな」
そう言ってマックス−マックス・ブライアン−は俺に朗らかな笑顔を向けてきた。
マックスとは、海軍兵学校時代からの親友兼ライバルだ。
3年前まで俺たちは同じ部隊である海軍首都防空隊に所属していたが、俺は部隊異動となり様々な部隊を転々として現在に至っている。
…記憶では確か…コイツは防空隊の隊長に就任していたはずだ。
…なんでこんな所にいるんだ?
「…ところで防空隊の隊長殿が何故こんな所に?」
「…それなんだけどよ…クビ…と言った方が良いかな?」
「…クビ?」
ますますもって分からなくなる。
戦時下の中で軍人を…特に現役のパイロットを辞めさせるとは訳が分からない…
「…ちょっと言い回しが悪かったな…本当の事を言うと…部隊異動だ」
「…部隊異動?……何処の部隊だ?」
「異動先は“第208戦術戦闘航空隊”だ。…まっ…よろしくお願いするぜ、隊長殿?」
肩を、ポンッ、と叩かれ俺は眼を剥いた。
「なんで…お前が?」
「なんだよ…不満か?」
「イヤ…不満とかじゃなくてよ…確かに辞令書には『隊長への就任』って書いてあったけど…」
俺は、チラリ、とマックスが着ている軍服の階級章に眼をやる。
それは俺と同じ大尉の階級章。
「なんでお前が隊長じゃないんだ?同じ階級だろう?」
「それは簡単だアレックス。お前の方が先任だからだ。…まぁとにかくよろしくお願いするぜ、隊長」
ニカッ、と笑顔を向けられるとどうしようもない。
俺は右手をマックスに差し出し、手を握り合う。「改めてよろしくお願いする。…相棒…」
食堂で俺とマックスは再会の喜びに浸った後、俺達は基地司令官であるシュミット中佐に呼び出しを受けた。
執務室の前に来た俺達は声を張り上げて来訪を告げる。
「アレックス・ササキ大尉入ります!」
「同じくマックス・ブライアン大尉入ります!」
どうぞ、と中から返事が聞こえ、失礼します、と言ってドアを開けて入室する。
入室してまず最初に眼に入ったのは、純白の海軍制服に身を包み、背中まで髪を伸ばした黒髪の女性。
マックスも気になったようで俺の隣で同様に注目している。
「よく来てくれました二人とも」
シュミット中佐にそう言われて俺達は思い出したように中佐に向かって敬礼をした。
中佐も俺達に敬礼を返してくる。
「二人に来ていただいたのは他でもありません。今回、新しく貴方方の部隊に配属になったカレン・オリビア中尉を紹介したかったからです」
そう言って中佐は女性−オリビア中尉−に視線を向ける。
オリビア中尉は俺達に向かい敬礼をして自己紹介を始めた。
「この度、“第208戦術戦闘航空隊”に配属となったカレン・オリビア中尉です。よろしくお願いします」
ハキハキとした口調に俺は好印象をもった。
俺達は敬礼を返し自分達の自己紹介をした。
「アレックス・ササキ大尉だ。“第208戦術戦闘航空隊”の隊長を務めている。こちらこそよろしく頼む」
「俺はマックス・ブライアン大尉だ。一応…部隊では副長ってことになるのかな?まぁとりあえず分からない事があったらなんでも聞いてよ」
そう言って俺達は握手をした。
マックスがオリビア中尉と握手をした時、マックスが中尉の耳元で何か言ったのか彼女の顔は耳まで真っ赤になった。
…少し気になったが聞かないことにしよう…
昔の勝負のことを蒸し返されるだけだ。
そんなことを考えていると突然、中佐が声をかけてきた。
「実は、皆さんの部隊には、あとひとりの隊員が加わるのですがもう少し時間がかかるようなので、その間に皆さんには模擬戦をしてもらいます」
「模擬戦…ですか?」
「そうです。機体は“震風”を使用した一対一の戦闘で、弾頭はペイント弾を使用します。…ササキ大尉とブライアン大尉は昔から散々戦っているそうなので…ササキ大尉とオリビア中尉の模擬戦とします。よろしいですか皆さん?」
はっ!、と俺達は返事をした。模擬戦とはありがたい。この基地に来るまで機体や操舵の癖は分かったが、まだ本格的な戦闘機動を行っていないので勘を取り戻すにはちょうど良かった。
「それでは模擬戦は明日の0900時頃としましょう。では皆さん戻って構いません。特にオリビア中尉、貴方はちゃんと休んで明日に備えて下さい」
「はい分かりました」
「それでは中佐、失礼します」
執務室から出た後、俺達は解散してそれぞれ好きな場所に向かった。
俺はとりあえず、愛機の調子を見る為に格納庫へ向かった。
狭い操縦席に入り三舵と計器のチェックを終わらせた後、俺は計器盤の目盛りを見るのに困らない場所にお守りを置いた。
このお守りは、俺の親父−シンヤ・ササキ−の形見だ…
親父は元々、移民で共和国から大東海を隔てて遥か東にある島国、“倭国”の出身だ。
そして事情は分からないが、この国に来て軍に入隊しお袋と結婚したらしい。
俺は倭国人とエスティリア人のハーフとしてこの世に生を受けた。
このお守りは特別な意味があるらしい。
親父の親父から、親父の親父の親父からと代々受け継がれてきたこのお守りは、所有者の身を護る物だと俺は親父から教えられた。
…それなのに…そう言った本人が死んでどうするんだ…
墜落した機体から親父の遺体と一緒に出て来たお守りを最初、俺は捨てようと思った。
だが、これには親父との思い出がある…。
それに、親父の形見でもある。
だから捨てられなかった…
そして現在に至っている。
元々、古かったが開戦の際に機体が破壊された為に操縦席から見つけた時は少し焼け焦げていた。
それを修理してこうやってまた機体に付けている。
昔の思い出に浸っていると機体の下から声がかけられた。
「調子はどうですか大尉?」
声の主は整備班班長のガイア曹長だった。
「曹長か…機体の調子はOKだ。後は整備班に任せるよ」
「分かりました。明日までに最高の状態にしますよ。大尉も模擬戦、頑張って下さいよ」
「ありがとう曹長。最善を尽くすよ」
「頑張って下さいよ大尉。……そう言えば大尉に面会人ですよ」
そう言って曹長は親指で格納庫の入口を指した。
指された方向に視線を向けるとそこには、オリビア中尉の姿があった。
「大尉も隅に置けませんね。新隊員を早々にナンパですか」
からかうような口調で曹長は俺に向かってそう言った。
「なっ!//そっそんなんじゃない///」
顔が熱くなっているのが分かる。おそらく、俺の顔は真っ赤になっているだろう。
「ハイハイ分かりました。それじゃ邪魔者は退散しますね」
そう言ってさっさと曹長はどこかに消えた。
俺に用があるのだろうから待たせるのは悪いので急いで中尉の所へ向かう。
「済まない。少し手間取ってしまって…。ところで俺に何か用かな?」
「いえ…用…という程の事では無いのですが…少し聞きたい事がありまして…」
聞きたい事とは何だろう?と思っていると中尉は、おずおずと、口を開いた。
「あの…隊長は海軍兵学校航空学科を首席で卒業なさっているんですよね?」
「ああ…確かに首席卒業している…もう5年も前の話だけどな…」
ずいぶんと懐かしいな…
あの頃はマックスや他の同期生と切磋琢磨しながら技術や学問の取得に励んでいた頃だ…
「学生時代、私達の教官達は隊長とブライアン大尉の事をとても褒めていました。自分達の最も優秀な教え子だって…」
「教官達が!?…それは嬉しいな」
「あの…それでなんですが、明日の模擬戦では一切、手を抜かないで下さい!」
「えっ!?」
「私…実は…一度で良いから隊長と戦ってみたかったんです。教官達がそこまで言う人がどんな人か気になっていて…それで…」
恥ずかしいのかどうかは分からないが、中尉の声は段々と小さくなっていった。
自己紹介のハキハキした口調でも好印象を感じたが、彼女の向学心と言って良いのだろうか?そう言った態度にまた好印象を感じた。
「分かった、明日は一切の手加減抜きで戦わせてもらうよ」
俺の答えは最初から決まっている。
どんな相手でも誠意を込めて全力で挑む。
それが俺の根幹にある物だ。
俺の返事に中尉は嬉しそうな顔で
「ありがとうございます!」
そう言った後、明日に備えてもう休むと言って女性用宿舎に走って行った。
それを見送った後、俺も休む事に決めて宿舎に向かう。
明日の模擬戦では、彼女と良い勝負ができそうだ…
第04話に続く