第11話 陥落の後
1941年10月1日
現在時刻1530時 場所ミッドウェー島基地
やっと帰ってこれた。
ほぼ一ヶ月、俺達はこの島を離れて戦場であるマウアー諸島や洋上の機動艦隊空母で翼を休めていた。
機体の整備、医療設備は不十分、そして途切れる事を知らない緊張を強いられた。
いまだ戦中だが、やっと一息がつける。
愛機を掩蔽壕を兼ねている格納庫に納めて、帰還報告をするためオリビア司令の下に向かった。
途中でマックス達も合流し四人揃って歩き出す。
この面子とも長い付き合いになったな。
「−しかし珍しいなアレックス。お前が煙草吸って無ぇなんて」
「…これから司令へ報告しに行くのに吸えと?俺はそこまで神経図太くないぞ」
そう言うと笑いだす三人。
そんなにご希望なら吸ってやろうかな?
まあ、それも出来そうにないな。
オリビア司令を見つけた。
滑走路脇で彼は俺達、飛行隊の帰還を待っていたんだろうか。
とにかく俺達は報告のため進む足を速めた。
司令の下に着いた俺達は四人は一斉に敬礼。
彼も綺麗な敬礼を返してくれた。
「報告します。アレックス・ササキ大尉以下、飛行隊の面々、ただいま帰還いたしました」
「よくやってくれたササキ少佐。…未帰還の将兵のことは聞いている。…とにかくご苦労だった」
…そうだ。“未帰還”つまり戦死した飛行兵も幾人か存在する。
柄では無いが、彼等の安らかな眠りを心から祈りたい…。
そして、司令の言葉を頭の中で確認すると疑問が…。俺は…大尉…だよな。
部下の三人も同じ反応だ。
それに気付いた司令が苦笑いしながら口を開く。
「ササキ大尉は本日付けで少佐に昇進したんだ。本来、少佐への昇進には試験を受けなければならないが、戦時下だ。免除するらしい。そして君達も昇進だ」
そう言って司令は心持ち居住まいを正し、再び口を開いた。
「まず、マックス・ブライアン大尉は同じく少佐に昇進。次にカレ…失礼。オリビア中尉は大尉に昇進」
そして残るはオズワルドだけ。
このまま順当にいけば、兵曹長か?
そう思い俺達は視線をオズワルドに向ける。
…なんだかオズワルド緊張してるみたいだな。
「そしてガスト・オズワルド曹長は…少尉に昇進。おめでとう将校の仲間入りだ」
「えっえぇぇ!?」
驚愕するオズワルド。
死んでもいないのに二階級昇進とは、縁起悪い。
呆然としているオズワルドの目の前で手をひらひらと動かしてみるが……反応なし。
意識がどっかに飛んじまってるみたいだ。
司令に苦笑しながら肩を竦めてみせると彼も苦笑を返した。
「とにかく皆ご苦労だった。色々あったと思うが、今夜は羽目を外すして構わん。1800に食堂へ集合だ。以上、解散」
そう言って司令は他の部隊の帰還報告を受けるためどこかへ行ってしまった。
「…昇進…か…」
「どうしたんだアレックス?」
呟いた言葉にマックスが疑問を感じたのか問い掛けてくる。
「いや…。少佐になったら、色々と面倒臭いことが増えるかな、と」
「決算書類?」
俺が呟いた言葉の真意は違うが少し茶目っ気を出してみた。
間違いなく待遇は良くなるだろう。
なにせ佐官なんだから。
その代価が、おそらく発生するだろう膨大な書類の山。
これだけは嬉しくない。
そして少佐へ昇進すれば俺は飛行中隊指揮権を得られる。
もしそうなれば…その中から今作戦での未帰還の者のような奴が出るかも知れない。
……まったく。俺も随分とネガティブになっちまったな…。
「いつまで黄昏れてんだアレックス。置いてくぞ!」
いろいろ考えている内に仲間達とずいぶん距離が開いていることに気が付いた。
「今行く!」
そう返して駆け足で彼等の元に向かった。
時刻1700時 場所マウアー諸島 旧マウアー要塞跡
瓦礫まみれの場所で海兵隊や他の陸上部隊が簡単ながらも戦勝パーティーを催している。
俺は喧騒から少し離れ、崩れ落ちたコンクリート片に腰を下ろし様子を見ている。
久しぶりのアルコール解禁。
少しばかり羽目を外してもバチは当たらないだろう。
戦闘服の胸ポケットから煙草を取り出して火を点ける。
…不味い…
いままで一度も美味いと感じたことは無い。
ただ、こうやって不味い紫煙を吐き出すと嫌なことも一緒に出ていくような気がするから吸っているだけだ。
…恐らく親友二人も同じ理由だろう。
独り心地ていると不意に酒の入ったグラスが差し出された。
「…お疲れ様でした隊長」
「…済まんな」
差し出したのは急遽、無線兵となったラリー・アラビンス二等兵。
礼を言いながら俺はグラスを受け取った。
グラスを傾け中身を煽ると焼けるような熱い液体が喉を通り抜けて行くのが感じられた。
ふと視線を上げるとアラビンスは立ったままグラスを傾けていた。
「突っ立って無いで貴様も座ったらどうだ?」
そう言うと済まなさそうに二等兵は俺の傍らに転がっていた瓦礫に腰を下ろした。
「どうだ?」
煙草を勧めるとアラビンスは首を横に振った。
「俺は吸いません。…気になってる娘が苦手なので…」
それはそれは…。
「随分、難儀なことで」
「ええ。…でも彼女は此処にはいません。頂きます」
煙草を一本引き抜いたのを見て、オイルライターの火を借した。
「…しかし…懐かしい匂いです。俺の友人も隊長と同じ煙草吸ってましたから」
何かを思い出すようにアラビンスは虚空を見詰める。
「へぇ。俺の親友にも同じのを吸ってる奴がいる」
笑いながら返すとアラビンスも何処か冗談っぽく笑いながら口を開く。
「まさか隊長のご親友もアレックスって名前じゃないですよね」
…
……
なぬ?
「…奇遇だな。確かに親友の名前はアレックスだが…」
俺の返答に驚く二等兵。
「えっ!?まさか…まさかですけど。ファミリーネームは…」
「…ササキだ」
絶叫する二等兵。
あまりの大声に周りの部下達がこっちを注目する。
それにしても、面白い偶然だな。
現在時刻1835時 場所ミッドウェー海軍基地 同食堂
普段は比較的静かな食堂が今は喧騒の渦中にある。
この基地に備蓄されている殆どの食材、飲料が驚異的な速さで消費されていく。
…明日から飯の量が若干少なくなるかもな…。
ついでに明日はベッドから起き上がれない人間が大量生産されること請け合い。
そして俺の前には、頼んでもいないのにやたら大量の料理が…。
…持って来たのは、俺の隣りにいる既にボトルを二本ほど空にした親友だが。
「アレックス、もっと飲めよ〜」
「あっああ」
こいつのペースにはついていけない。
グラスに注がれたウィスキーに手を延ばさず、目の前にある大盛のフライドポテトを手に取り、口に運んだ。
「アレックス、付き合い悪いぜ〜」
何度その台詞を吐いたんだマックス?
促されるままグラスを傾けていたら、いつの間にか俺もボトル一本空けてしまっていた。
他の奴らはというと…。
オリビアは少し離れたテーブルで他の女性職員達と楽しくやっている。
あっ…別の飛行隊のパイロットが近付いて何か彼女に話し掛け…肩を落として戻って行った。
そしてオズワルドは…。
「Z〜z〜Z〜z」
…酔い潰れてテーブルに突っ伏している。
酔い潰した犯人は、俺の隣り座っている。
風邪ひくんじゃないか?
そう思って彼女を探すと…いた。
ガイア兵長はオリビア達のテーブルにいた。
ついでに愛犬のガストも一緒にいる。
…ちょっと見ない間に少しばかりデカくなったが。
兵長がこっちを見たのを見計らい手招きすると怪訝な表情で近付いて来た。
「何か御用ですか?」
「申し訳ないんだけど、この酔っ払いに毛布かなんか持って来てくれないか?」
そう言うと溜息を吐いてどこかへ向かう兵長。
「なんだなんだアレックス?恋のキューピッド気取りかぁ?」
酒臭い息を吐くんじねぇマックス!
ついでにそのニヤニヤ笑いを止めろ!
「俺がそんな人間に見えるか?」
「いんや?良くて悪魔だろうな。恋人ひとりいないし」
…ぐっさり来た…。
「あっ…悪い。少し言い過ぎた」
「…事実だ…気にすんな」
マックスのグラスが空いているのを見て、近くにあった酒のラベルを確認。
それを親友のグラスに注ぐ。
「ほら、仲直りの一杯だ。飲ってくれ」
「…済まねぇな。じゃあ遠慮なく」
グイ、と喉を鳴らして飲んだマックス。
そして、テーブルに突っ伏した。
…さすがにやり過ぎたか?
…ウォッカだもんなぁ。
「大変そうだね」
いきなり声を掛けて来たのはオリビア少将。
慌てて敬礼しようとしたがやんわりと止められた。
「敬礼はいらんよ。今夜は無礼講だ」
笑いながら少将が持っている物を見せた。
酒だ。
ラベルには、米酒と漢字で書かれている。
俺は一応、親父の影響で漢字や倭国の言語を読み書き出来る。
会話は、日用会話程度だが…。
それにしても。
「よくこんなの持ってますね…」
「シンヤのおかげで、すっかりこれにハマってしまったよ。取りあえず一杯どうかね」
俺は有り難く彼の酌を受けた。
初めて飲むため、恐る恐る口に運ぶ。
…あれっ。結構イケる。
「…中々、美味いですね」
「飲み易いだろ?」
そう言いつつ少将もグラスを乾かしていく。
それを何回か繰り返している途中で、少将が思い出したように真剣な面持ちで口を開いた。
「忘れる所だった。君達に特別任務があってね。さっき命令書が届いたんだ」
その言葉に体に緊張が走った。
いったいなんだ…。
「それで特別任務なんだが…」
生唾を飲み込む。
「明日1100時にある場所へ飛んで貰いたい」
ある場所?
「いったい何処ですか?」
「場所は、共和国首都ダレン。その大統領府だ」
…
……
はっ!
思考が止まってた。
「…申し訳ありません。上手く噛み砕けなかったんですが…」
「簡単に説明すると、勲章授与式に出ろ。というものだね」
…なんだか一気に緊張が抜けた気がする…。
「大丈夫かね?」
苦笑しながら問い掛けて来る少将。
「なんとか…。しかし正気ですか?戦時なのに我々を後方に送るなんて」
「確かにな…。統合参謀本部から直接の命令だ。連中は君達や他の受章者をプロパガンダにでも使いたいんだろう。…君達には良い迷惑だろうが…」
「やはりそうなりますか…」
苦々しい思いで酒を煽る。
さっきまで美味いと感じていた酒が不味い…。
「君達もそれを利用すると良い。少将権限で休暇を出す。わずか10日だが、良い骨休みになると思う」
「…良いんですか?我々だけがそんな事をして頂いて…」
「なに。君達はそれに見合うだけの働きをしたんだ。当然だよ」
そう言って朗らかな微笑みを向ける少将。
邪気が感じられない笑顔には逆らえそうにない。
「…ありがとうございます。休暇使わせて貰います」
久しぶりに実家に帰るのも悪くない。
それに頼んでいた物もいい加減受け取らないとな。
やり取りの後、俺と少将は酒を酌み交わした。
途中、突っ伏しているマックスとオズワルドがデカいくしゃみをした。
…風邪ひいてないよな…?
第12話に続く