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第09話Part4 時には昔の話を


俺が生まれた後は、まあ…平凡な家族だったよ。

親父が軍人でパイロットである以外はな。


本当に平凡だったんだ。 …いや…俺がそうだと思っていただけなのかも知れないな。


−どう言うことですか?−


俺が、そうだな…5・6歳くらいになった時に気付いたんだ。

…俺達、家族が周りから敬遠されていることに。


−えっ?−


親戚、と言っても母方のだけど…親戚の顔を知ってるのは片手で数えられるだけの人数だ。


お袋の父母、俺から見れば祖父母は親父とお袋が結婚するのを反対していたんだ。

何せ“Yellow Monkey”って言われるくらいの人種だ。

そんな親父と一緒になって娘が苦労するのを祖父母は嫌がってたんだろうな…。


結局、お袋は家族の縁を切られて親父と一緒になった。

当時は、白人主義の風潮が強かった。

二人への周囲の視線も冷たかったろうな。


赤ん坊の頃、お袋と出掛けた時に知らない人間が俺に唾を吐き掛けた事もあったらしい。

『薄汚い“Yellow Monkey”のガキが』

って捨て台詞と共にな。


−…酷い…−


まあ…俺は覚えちゃいないからそれほど苦じゃないけどな。


そういった差別がないのは子供くらいだ。

今思えば、俺は良い幼なじみに恵まれてたのかも知れない。


大人から蔑みの視線や罵声を浴びせらることもなく一緒に朝から日暮れまで遊んでくれた。


…本当に楽しかった…


まあ、それも小学校に上がるまでだったけど。


−まさか…−


そう…イジメだな。

理由は、まあ察しはつくだろうが、俺が倭国人の血を受け継いでいる事だ。

よく“混血児”って同級生になじられたよ。


現在でこそ身体はこんなだが、あの頃は女子よりも小さかった。

それに…恥ずかしい話だが、泣き虫でな。


殴られてもやり返す事が出来なかった。

それが原因でイジメは日に日にエスカレート。


一時は学校に行くのも嫌になったくらいな…。


自分の部屋で塞ぎ込んでばかりの俺を見兼ねて親父が気分転換に自分が隊長を務めてる部隊が所属している飛行場に連れて行ってくれた。


そこで初めて出会ったんだ戦闘機に。


−“運命の出会い”ってやつですか?−


そうかもな。


そして親父と一緒に戦闘機に乗って、初めて空を飛んだ。


あの感覚は現在でも鮮明に覚えている。


翼が大気を切り裂く音。


腹に響くエンジンサウンド。


そして、上空から見る地上の景色を。


それまでは漠然と親父と同じ道を…パイロットになる夢を抱いてた。

それが、あの瞬間に変わった。

俺は操縦桿を握っている親父に宣言したよ。


『絶対にパイロットになる!!』


ってな。

あれから随分と性格も変わった。

少し強気になったの方が正しいかも知れないけど。

そのせいで両親が学校に度々、呼び出される事になっちまったけどな。


−フフッ…−


あんまり笑わないでくれ。

親父には感謝してる。

初めて空を飛んでから、俺は親父から色々な事を教わった。

親父は倭国で本人の話だから本当かどうかは解らないが、そこそこ名が通った剣士だったらしい。


−じゃあ隊長のお父さんはサムライなんですか?−


まさか。

まあ…家系はそうらしいけど。


とにかく親父からは、剣術・格闘術・射撃術から果ては…女の口説き方まで教わったよ。


もっとも、最後のは結局、取得できなかったけど。

それに、今は解らなくても良いの前提で空戦の心得までな。


何時も、親父が言ってた言葉がある。


『“心技体”。技と体は教えられるが、残りの心-Heart-は自分で鍛えるしかない』


とな。


それから、みっちり親父にしごかれた。

辛かったけど、すごく充実してた。


だけど、それも長くは続かなかった。

1926年3月25日までは…。

−中央海戦争が開戦した年…−


そう、俺が10歳くらいの頃だった。

当然、戦闘機パイロットの親父は出征。

残ったのは、すっかり病弱になっちまったお袋と幼い俺。


親父も心配だったろうなぁ。


結局、親父は戦争が停戦になるまで3年間、一度も家に帰って来られなかった。


でも、親父からは時々、手紙が送られてくるから淋しくはなかったし、色々と噂は聞いてた。


倭国人の撃墜王が率いる精鋭部隊の話を。



そして、停戦になって親父が帰って来た時は本当にうれしかった。


これでまた昔みたいに家族全員で平穏に過ごせる。


そう思っていた…。


−“思っていた”ですか?−


停戦になった後も時々、親父が任務で家を空ける事があったけど、たいていは直ぐに帰って来た。


そんな生活が一年くらい続いた。


親父はその当時、異動になって南部の国境警備隊に配属されていた。


ある日、いつも通りに仕事に出掛ける親父に俺はいつも必ず言っている『行ってらっしゃい』を寝坊して言えなかったんだ。


何せ子供の頃から続けていた事だから少し後悔したよ。


でも、帰ってきたら必ず『お帰りなさい』は言おうと思っていた。


そして5日後、親父は帰って来た。

…確かに帰ってきたよ…棺桶に入れられて、その上に国旗を被せられて…


−どうして…−


…親父は哨戒飛行中に国籍不明機3機と戦闘になった。

全機を撃墜したんだが、最後の1機を撃墜した時、破片が親父の機体に当たって操縦不能になった。


恐らく脱出しようとしたんだろうが、それが出来ずに墜落して殉死。


…親父は…微笑ってたよ。


−…隊長は悲しくなかったんですか?−


……悲しかった……

親父の顔を見た瞬間、恥も外聞もなく泣き叫びそうになった。


…本当に辛かった。


親父の葬儀の後、元々、病弱だったお袋が倒れてしまって俺は途方にくれたよ。


そんな時、中学校の担任が海軍兵学校に入らないかと提案してくれた。


兵学校に入れば、国から金が貰えるから魅力的だったよ。

勿論、親父が殉死して国から助成金が貰えたが、限界があるしな。


それで、試験を受けて兵学校に入って軍人になったんだ。


入った後は、飛行科を選んだ。

オリビアも知っての通り兵学校の飛行科は、他科よりも落第率がとんでもなく高い学科だ。


俺の同期も何人か訓練に耐え兼ねて兵学校を辞めるか別の学科に移って行ったよ。


だけど俺の場合は、訓練よりも差別の方が辛かったな…。


−兵学校でも…ですか?−


ああ…。

同期の連中からの嫌がらせもあったが、特に酷かったのは上級生だ。


何時だったか、人目に付かない場所で10人くらいの上級生に囲まれていたぶられた。


なんでも俺が混血児なのに白人の自分達を差し置いて好成績を出していることが気に入らなかったらしい。


結局、上級生達は俺をボコボコにしたことがバレて退学処分になった。

そして俺は…腕の骨が折れてしばらく飛行訓練に参加できず、座学中心に勉強した。


そして腕が完治して直ぐに、ある奴らに会ったんだ。


−もしかして…−


もしかしなくても、マックスとサミーだ。


マックスとは、以前から顔を合わせていたが、話をした事はなかった。


ある日、あいつが突然、俺に話しかけてきたんだ。


『ササキって混血児らしいが本当なのか?』


って。


それを聞いた瞬間に俺は…恥ずかしいがブチ切れてあいつの顔面に拳を叩き込んだ。


あいつは、鼻が折れて鼻から大出血。


そしてお互い取っ組み合いの大喧嘩だ。


その後、俺達は罰として丸一日、飯抜きで営倉に入れられた。


そして、営倉の中で和解して、それからはちょくちょく話をするようになった。

そんでいつの間にか親友に。


サミーとは、合同訓練の時に会った。

確か…軍格闘術の訓練だったかな。


二人とも譲らずの一進一退の勝負。

訓練そっちのけで、教官と訓練生がどっちが勝つか賭を始めてた。


勝負は、一応俺が勝ったんだが納得できないサミーが再戦を申し込んできた。

そして今度は俺が負けて、今度は俺が再戦を希望した。


何回も勝負したが、その度に決着が着かなくて競い合ってる内、互いに技量を認め合って親友になった。


マックスとサミーも自然と何故か馬が合って仲良くなった。


そして現在に至ってるよ。


−素晴らしいお話ですね−


そうか?


あいつらから見ると俺は親友らしいが、俺から言わせると悪友だな。


まあ、色々あって兵学校在学期間はあっという間に過ぎて行った。


最後の海軍兵学校卒業試験が終わった後、俺達は卒業パーティーに出席した。


これから軍人としての生活が本格的に始まることに俺も同期達も期待と不安を抱きながらパーティーを楽しんでいた。


その最中だ。

学校長が何故か息せき切って俺に一通の電報を渡したんだ。


内容は…お袋が亡くなったと言うことだった。


まるでハンマーで頭を叩かれたような衝撃だった…。


学校長は直ぐにお袋の元に行ってやれと言ってくれた。


俺もそうしようと思って直ぐに荷物をまとめた。

そっちに行くことを幼なじみのおばさんに電話したらお袋から俺への伝言を預かっていると言って来た。


『私の葬儀には出なくて良いから、そのかわりに卒業式に出て立派に兵学校を卒業してから母さんに会いに来てちょうだい。貴方は私達の自慢の息子よ。…アレックス愛しているわ』


お袋からの伝言を聞いて瞬間に俺は泣き崩れた。

電話の向こうでおばさんも鳴咽を堪えてた。


卒業式後、俺は少尉を任官してからお袋と親父の墓参りに行った。

二人の墓は仲良く並んでいてな…。

まるで、生前の二人のようだったよ。


聞いた話では、お袋は親父と同じ様に微笑った顔で逝ったそうだ…。


その後、俺とマックスは首都防空隊にサミーは海兵隊に配属された。


それからは、オリビアも知っての通り現在に至ってる。




「まあ、俺の話はこれくらいかな…」


全部、と言っても所々を端折って話し終わった後、俺は深く息をついた。


あまり昔のことを他人に話したことはないが、良い機会だと思って彼女に話した。


オリビアに視線を向けると彼女は両手で顔を隠しながら身体を震わせている。

両手の奥から微かに聞こえて来たのは鳴咽。


って!なんで泣いてるんだ!?


「オリビア!?どうかしたのか?」


そう問い掛けても彼女は何も言わずに首を横に振りながら、鳴咽を漏らしている。


「何かマズい事でも話したか?」


また首を横に振り否定するオリビア。

どうしたら良いんだ……。


俺は妙な既視感を覚えた。

泣き虫だった俺をよくお袋が慰めてくれていた時の方法。

泣き止ませる方法なんかこれ以外に知らない。


やってみるか…


俺は彼女の側に横たわり背中に手を回して軽くポンポンと何度も何度も叩いた。


「…よしよし…大丈夫…」


お袋が呟いていた言葉が自然に出て来た。


どのくらいそうしていたか判らない。


本当に段々と彼女の漏らす鳴咽が静かになってきた。


鼻を啜る音が聞こえ、彼女が息を吐く。


「…落ち着いたか?」


「グスッ…済みません…でした」


両手を退けると最初に目尻に溜まっている涙に気付き、次に痛々しいくらい真っ赤に充血した瞳に気付いた。


「…うっわ」


そう呟くと彼女は疑問符を浮かべた。

どうなっているか気付いていないらしい…。


とりあえずと思って、ポケットをまさぐり……あった。


念の為、止血用に持ってきたハンカチ。


それを差し出す。


受け取った彼女は何が何だか判らないって表情をしている。


「涙、拭いたほうが良いぞ。眼も真っ赤だ」





「済みませんでした…」


多少はオリビアの瞳の充血は治ったが、まだジワリと涙が溢れそうに…と言うか既にまた涙が彼女の目尻に溜まっている。


俺は、またポンポンと彼女の背中を軽く叩き始める。


「…あの…隊長?…もう大丈夫ですから…」


「…えっ?あっ!ああ」


そう言われ、慌てて手を引っ込めた。

顔が熱くなってるのは、気のせいではないだろう。


「…悪かった…聞きたくない話をした上に、変なことをして…」


オリビアに謝ると彼女は慌てた様に首を横に振った。


「そんな事ありません!…なんと言うか…その…苦労…したんですね」


「苦労か…そうかもな」


仰向けになり、テントの天井を見上げて我知らず苦笑いが零れた。

苦労だったのかも知れないし、そうでは無かったのかも知れない。


「…隊長、ひとつだけ聞いても良いですか?」


彼女の問い掛けに俺は無言で軽く頷いた。


「…隊長は、差別してきた白人が嫌いですか?」


「はっ?」


言われた瞬間、彼女が何を言ってるのか判らなかった。

真意が判らずなんと答えれば良いか悩んだが、とりあえず俺の素直な気持ちを答える。


「…そうだな。嫌いではないよ。確かに、子供の頃は嫌いだった憎かった。だけどそれを肯定してしまうと、さっき話した俺の幼なじみは白人だ。そしたらその子まで嫌いになってしまうことに気が付いたんだ。…イジメられたことや差別されたことは記憶から消えてくれない。だけど、白人をひと括りに考えることを辞めたんだ。…同じ白人でも考えてることや思っていることは違うんだって…」



そう言って深く息を吐き出した。

彼女が聞きたかったことに答えられたのかは判らないが、これが俺の素直な気持ちだ。


「…よかった」


彼女が呟くのを耳にして俺は再び視線を向ける。


「私も一応は白人ですから…」


彼女が呟く様に吐き出した言葉にやっと得心がいった。

不安だったんだろう。

俺の話を聞いて、自分も白人だから…と。

だけど…


「君が白人であろうと無かろうと、そんなことは関係ない」


「…えっ?」


「俺にとって、君−君達は大切な仲間だ。掛け替えのない、な」


そう彼女に言うとオリビアは安心した様に微笑んだ。

そうだ。彼女だけでなくマックスもオズワルドも俺の大切な仲間だ。


例え、彼女達の肌の色が俺と違っていても…。



「…そろそろお開きにしよう。…おやすみ」


「おやすみなさい…隊長」



昔の話をすると、俺は必ずと言って良いほど悪夢を見てうなされる癖がある。

そのせいで、マックスとサミーにも心配をかけたことが何度かあった。


だけど、何故か今回はその悪夢を見なかった……。




第10話へ続く

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