表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/20

第09話Part3 戦場の凪

神よ…主は何故に我等を御見捨て給うたか…


1927年 戦場に残された日記より



現在時刻1538時 場所マウアー諸島本島 野戦飛行場上空


結局は空母に補給に降り立った俺達に、再出撃の命令は下らなかった。


代わりに下った命令は奪取した敵飛行場に降り立ち野営しろと言うもの。


朝まで敵が所有していた飛行場に俺達が降り立つとは敵には一等酷い皮肉だろう。


俺達が攻撃を仕掛けた時は穴だらけだった滑走路は排土板を取り付けた戦車群の活躍で元通りに舗装されていた。


滑走路に人がいないことを確認し、着陸態勢に入る。


接地寸前で失速ギリギリまで速度を落として身体に軽い衝撃を感じて愛機は着陸。


そのまま機体を操り駐機場に移動。

…しようとしたが、既に味方機でそこは埋め尽くされていたため手近な滑走路脇の野原に移動する。


めぼしい場所を見つけブレーキを利かせて停止しエンジンを止める。


三枚のプロペラがゆっくりと回転を緩め、やがて完全に止まった。


それを確認し風防を後ろに滑らせて主翼に足を下ろす。


地面から高い場所から眺めると彼方ではいまだに黒煙が立ち昇っている。


海岸の方角でも最前線の方角でもだ。


最前線ではまだ戦闘が続いているんだろう。

その証拠に微かにだが、爆音が耳を打つ。


それが敵のものか、それとも味方のかは判らないが、戦闘が続いているのは確かだ。


だが、日が落ちれば少しはそれも小康状態になるだろう。


一時だけ海からの風が止むように、戦場でも戦闘が止む“凪”がやがて訪れる。


「隊長ォ〜降りて来て下さぁ〜い!」


オリビアが俺を呼ぶ声が聞こえ、その方向に視線を向けると彼女を始め、三人の部下と指揮下の飛行隊の隊長達が集まってる。


主翼から飛び降りて、そこへ走って向かう。


到着すると隊長達が敬礼をしたため俺も敬礼を返した。


「…取り敢えず今日はここまでだ。各隊の機体の整備をして、後は…まぁ…適当に休んでくれ」


了解の言葉を隊長達から聞き、解散を命じた。

が、ひとつだけ忘れていた事があったため留まるよう言うと全員が怪訝そうな表情で俺に振り返る。


「…忘れてたが…昼間みたいな事はするなよ…?」


少しだけ殺気を込めて言うと、数人は苦笑したが、アンダーソン隊長以下の全員が一気に顔を青くした。


その反応に満足した俺は改めて解散を命じると、蜘蛛の子を散らした様に逃げて行った。


ザマァ見ろ!


「…アッ…アレックス?」


「たっ隊長!ごめんなさいっ!!」


フンっ!!少しは良い薬になったみたいだな?


ここでまた昼間みたいにブチ切れないよう、心を落ち着けるために胸ポケットから煙草を取り出し火を点ける。


「…まぁ…良いや。…俺もいつまでもグチグチ言うのは嫌いだからな」


そう言うとあからさまにホッとした表情をする二人に改めて釘を刺した。


「…だが…二度目は無いぜ…?」


一気に顔を青くする二人。

まだ、恐怖は残ってるみたいだな?


「「りっ了解!!」」


「判った…。ほら、ぼうっとして無ェで補給部隊からテントと毛布を配給して貰って来い」


命令するとダッシュで調達に行く二人。

あのスタートならそこら辺のアスリートに負けないな。


「フフッ…」


オリビアが急に笑ったため、視線を向けた。


「…どうかしたか?」


「…だって隊長ってば、子供みたいにムキになっちゃって…。可笑しくて…。」


……子供みたい……

まかり間違っても今年で25歳になる成人男子に言う台詞では無いが、少々と言うか…かなりショックだ…。


やっぱ…大人気なかったか…?


「たっ隊長?!そんなに落ち込まないで下さい!?」


「えっ…?落ち込む…?ハハハハ……」


もう乾いた笑い声しか出せない…。


マックスとオズワルドがテントと毛布の調達から帰って来た後も俺はイジけてた。


二人はかなり驚いてたな。


なんとかイジけ状態から持ち直した俺は部隊全員で、配給されたテントを設営し始めた。


配給されたのは野戦時用のシェルターハーフ型の二人用テント。


設営用のロープを巡らせ、杭を打ち、防水性シートを被せて完成。


簡単な造りだが、無いよりはマシだ。


テントを設営し終わった後は枯木を集めて来て焚火。


オレンジ色の火が立ち昇り、なんとか今日を生き抜いた安心感が生まれる。


しばらく火を見つめながら煙草を吸っていると、やっと俺達にも夕食が回って来た。


夕食と言っても戦闘糧食。

数枚のビスケットとニシンの塩漬缶詰そして水筒に入っている温い水。


簡単だが、飯は飯。


空腹を満たすため火で冷たいそれを温めながら掻き込んだ。


「ア〜ッ…食った食った…。にしても、戦闘糧食も久しぶりだな…」


明らかに満足していないマックスの言葉に俺は相槌を打つ。


「確かにそうだな…。…兵学校での訓練以来か?」


「そうそう!まぁ…あれより味はマシだな」


マックスが昔を顧みるように空を見詰める。


かつて在籍していた兵学校の訓練で食べた糧食の献立は……。


あまり思い出したくないな…。


あれよりも蛇やカエルの方が美味かった。


それくらいマズかった…。


同期揃ってイヤな顔をしていると余り者の二人が怪訝な表情で問い掛けてくる。


「…あの二人揃ってどうかしました?」


「…イヤ…なんでも無い。なぁマックス?」


「ああ…そうだな…」


言葉を濁しても首を傾げる二人。


ふと疑問が生じた俺はオリビアに質問した。


「オリビアも兵学校卒業だよな?やっぱり訓練で糧食を食ったか?」


「はい。食べました。美味しかったですよ」


美味かった!?

あれが!?


「…ちなみに…献立は…?」


俺の隣からマックスが恐る恐る質問する。


「えっと…確か…乾パンに塩漬肉とか缶詰でした。…それが何か?」


「イヤ…なんでも無い…」


あれじゃ無かったのか!?


なんだか世代ってやつを感じる。

そんなに年は離れてないし、兵学校入校も俺達が卒業して直ぐなのに、この違いはなんだ?


一抹の疑問を抱きながらも全員の食事が終わった。

時計を見ると針は2019時を指している。

少々早いかも知れないが、寝る事にした。


ここで、ひとつ問題が発生した。

テントの人数割りだ。


配給されたテントは二つ。そして、ひとつのテントに入れるのは大人二人。


別にどうって事は無いが、俺の部隊には女性−オリビア−がいる。


ひとつのテントをオリビアに使って貰い、もうひとつはマックスとオズワルドが寝て、俺は愛機の操縦席で寝ると言う提案をしたが、却下された。


結局は、公平にとオリビアのクジ引き提案が通った。


簡単なクジを引き俺とテントで寝る事が決定した人間は−




「−なんでお前となんだ…」


「そうつれない事言うなよ親友」


バシバシと背中を叩いてくるマックス。

そう、俺と相部屋ならぬ相テントはマックスだ。


相変わらずのクジ運の悪さに自分自身へ悪態付きながら、横になり毛布を被る。


オリビアとオズワルドは俺達の隣に設営したテントで寝る事になった。

オズワルドの奴は顔紅くしてたな。


「アレックス。オズワルドの事、ジェーン兵長に言ってやるか?」


「やめとけマックス。後が恐い」


「了解っと。へっへっへっ…」


絶対言うつもりだな。

それはそれで面白くなるかも知れない。


オズワルドには可哀相だが、しばらくは兵長の工具の雨に耐えてもらうか。


良い感じにまどろんで来てあと少しで眠れそうになった時、突然の乱入者が現れた。


「よぉ二人とも!今大丈夫か!?」


サミー……この野郎……


「…なんだサミーか!敵かと思っちまった」


「失礼だなマックス。ところでそちらの隊長殿は?」


「…うちの隊長は寝そうだな。おい!起きろアレックス!!」


渋々、起き上がる。


「…用件は?」


少し不機嫌な声が出るのはしょうがない。


「…海兵隊を代表して昼間の支援に感謝するササキ大尉。お陰で被害を最小限に食い止める事が出来た」


そう俺の眼を見ながら毅然と感謝の言葉を伝えるサミー。

どうやら公人としてここに来たらしい。


「礼を言われる程の事では無いニコラス大尉。貴隊の健闘も素晴らしかった。これからもよろしく頼む」


そう言うとサミーはふっと微笑った。


「確かに伝えたぜ二人とも。あとの二人…オズワルドとオリビアにもよろしく伝えといてくれ」


そう言い残し、サミーは歩哨に戻ると言って俺達のテントを離れて行った。


……やっと眠れる……

そう思って再び毛布を被り横になる。


再びまどろんで来て眠れそうになったのに−。


「あの〜。隊長、大尉、まだ起きてますか…?」


……オズワルド……

どいつもこいつも……!!


「……オズワルド曹長。俺はもう寝る。用足しに行きたいなら勝手に行きやがれ。…男の子だろ?」


「違いますッ!!」


若干、嫌味を込めてそう言ったが、直ぐに全力で否定された。


「…じゃあなんだ。用件を短く述べたまえ」


「寝る場所を代わって、向こうのテントで眠って下さい」


なんだそんな簡単なこと………

なんだとッ!?


「…なんで…?」


「…実は…緊張したり恥ずかしかったりして眠れそうに無いんです…」


だから、代わってくれと…

無理ムリむり!!

絶対、俺だって似たようなもんだ!!


「代わってやれよアレックス。オズワルドが可哀相だ」


何ニヤニヤしながら言ってるんだマックス!?

俺は可哀相じゃないのか!?

親友だろ!?


「役得じゃねぇか。お前が羨ましいぜアレックス」


人の心理を読んでるんじゃねぇ!!


その後も、あの手この手で切り抜けようとしたが、残念な事にこのテントには俺の味方はいなかった…。

結局は渋々と隣のテントで寝る事になった俺。


……今夜、寝れっかな……







アレックスがテントを出て行った後、オズワルドはアレックスが寝ていた場所に横たわり、あいつが置いていった毛布を被った。

…なんかスゲー、ほっとしたみたいに。


「随分、安心してるみたいだな?」


からかい半分にオズワルドに問い掛けるとオズワルドは何やら真剣な眼で返答してきた。


「だって…オリビア中尉ってかなりの美人ですよ?そんな人の横じゃあ、とても眠れませんよ」


「…理性が飛んで襲いそうになるってか?」


「そんな訳、無いでしょう!!」


「ハハハ!悪ぃ悪ぃ!!」


怒り出しそうになったため笑いながら謝る。


「…まぁ…なんだ。とにかく彼女と一緒に寝なくて良かったのかも知れ無ェな…」


「なぜですか?」


「彼女は、基地や他の航空隊の連中からかなりの人気がある。…そんな彼女と“ひとつ屋根の下で寝た”なんて事が連中に万が一バレたら…」


「…たぶん…と言うか…」


「…ああ…間違い無く…フクロにされるな」


…ぞっとするぜ。


「そう言えば…隊長も基地の女性職員から結構人気ありますよね?」


「…確かに。当の本人は気付いて無いけど」


当の本人達がいない事を良いことに色々なことをこき下ろしながら夜は更けていった。



……なんでこんな事に……


テントの前で悩み続けること約5分。

元々いたテントから少し離れたここへ来たのは良い。

良いんだが…。


……入れない……。


物理的な問題じゃなくて俺の精神的問題。


一体全体どうしようか……。


「…誰ですか?…オズワルド君…?」


「っ!!」


うわ〜!…驚いた…。

本当に…。


しかしなんて言って入れば…。


そう考えていると、突然テントの入口が開いてオリビアが姿を現した。

いつもと違い、鋭く瞳をギラつかせながら彼女が手にしている物は……!!。


「待てっ!オリビア、俺だ!!」


彼女が持っているのは、拳銃。

彼女が手にしているそれを確認した瞬間に俺は慌ててホールドアップ。


「えっ!?隊長?!」


「そう俺だ!早くそいつを下ろしてくれ!!」


慌ててそう言うと、彼女も慌てて銃を下げた。


「済みませんでした。…ひょとしたら敵か…その…不審者かと思いまして…」


「ああ…いや…気にしないでくれ。俺も悪かった」


本当に済まなさそうに謝る彼女に俺も謝った。

しかし……本気で恐かった…。

もし、彼女に射殺されたら洒落にもならん。

というか…末代までの恥になっちまう。

……心配しなくても家族いないんだった……。


「…え〜と…何か御用ですか?」


恥ずかしそうにオリビアが俺に問い掛けてきたので理由を告げた。所々を端折って、特にオズワルドが恥ずかしいと言って寝るのを拒否した部分を。





……眠れない……


本当に緊張する。


女性と一緒に寝るなんて久々だからな…。


俺だってこの歳だ。

詳しい説明は省くが、経験がないわけじゃない。

そこそこの経験はある。


それなのに…緊張して眠れない。


「…隊長?」


オリビアの声にビクッと身体が震えた。


「眠れないんですか?」


「…ああ…」


彼女の問い掛けに短く答える。


「私もです。戦闘の後だからか、興奮が解けなくて。…隊長もですか?」


「…ああ…」


そう答えると微かに彼女が笑い始めた。

訝しんで首を向けると彼女は既に俺の方に身体を向けて笑っていた。

どうかしたんだろうか?


「“ああ”ばっかりですね」


「…ああ…」


またそう言うと俺は苦笑した。

さっきの彼女からの問い掛け。あれは…嘘だ。

確かに開戦以前は飛行後、興奮冷め止まぬ状態でなかなか寝付けなかったが、現在は戦う事に慣れてしまっていた。

いや…“戦う事”と言うよりも“人を殺す事”と言った方が正しいだろう。


「少しお話しませんか?たぶん話してる途中で疲れて寝ちゃうかも知れませんし」


「…そうだな」


「やっと喋った」


そう言って彼女は再び微かに笑い始めた。

俺も釣られて苦笑。





「そう言えば、隊長のご家族はどうしてるんですか?」


雑談の途中でオリビアが唐突にそう尋ねてきた。


「…少将かマックスから聞いていないのか?」


聞き返すと彼女は首を横に振った。

…何も聞いていないのか。

てっきり父親であるオリビア少将かマックスから話を聞いていると思っていた。


「…端的に言うと…家族はいない」


呟く様に言うと彼女が息を飲んだ。


「…じゃあ隊長は、孤児なんですか?」


「いやそうじゃない。親父とお袋がいた。親父は元々、倭国人なんだ。それで詳しい事は解らないんだが、エスティリアに移民として来て白人のお袋と出会って俺が生まれた」


そう説明すると納得したように彼女は頷いた。


「だから隊長の肌、少し黄色なんですね」


そうだ。黄色の肌は倭国人を始めとする東洋人の特徴であり代名詞。


“Yellow Monkey”

 −黄色い猿−


東洋人たちは、こう呼ばれ蔑まれる事がたまにある。


「それで?」


「えっ?」


「続きです」


呆けていたところに彼女から先を促す言葉が告げられる。


「解った。続きを話すよ。…少し長くなるが、良いか?」


彼女が頷くのを確認した俺は、続きを話すために口を開いた。


ちょっとした昔話を−



第09話Part4に続く

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ