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永友古書店 作者:松本 由樹彦
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9 おとう…さん、じゃ、ない…、ですよね………?

 で、俺はすぐにでも晴香ちゃんとアポとって、謝りに行こうと思った。電話やメールじゃなくてやっぱり直接会って、土下座でもなんでもする構えだ。それだけ俺はひどいことを言ってしまったし、晴香ちゃんとこのままバイバイっていうのはやっぱり絶対に嫌だった。だってさ、晴香ちゃんが俺のこと好きだったってのがわかった今となってはよ、俺の謝り方しだいじゃどうにかリカバリーが効くんじゃないかって期待したりもするわけで。いまの俺が昔みたいに晴香ちゃんのこと好きじゃないって言ったってそれはいわゆる誤解なわけで、わだかまりが解消されればよりよい関係に発展する可能性もあるわけでさ。未来の手前『遅えよ』とか言ってかっこつけてみたけれど、なんだかんだやっぱり俺の高校時代のアイドル晴香ちゃんですから、いざコンタクト取るとなったら、そりゃ不純な矛盾もしますわさ。でもまだ朝の十時だし、晴香ちゃんは夜のお仕事なんだからきっと寝てる。ひとまず飯でも食って昼過ぎたら電話してみようとか思いながら階段を下りて行って、相変わらずメガネかけてひたすらページめくってる茉莉子の横顔見たらそんなの全部吹っ飛んだ。やっぱ晴香ちゃんのことは明日以降。今日は茉莉子が時間ないから。階段が古いからきしむ。茉莉子が本から顔を上げて、ぱぁっと笑顔に変わる。
「おはよー、店長」
 茉莉子は本を置いて、サンダルぱたぱたいわせながら俺のほうに走ってくる。
「おはよ、ってお前勝手に客上げんじゃねえよ」
「友達なんだからいいじゃない。わー、殴られたねぇ」
 茉莉子は人差し指を突き出して、おそるおそる俺の腫れた左の頬をつんと突いた。
「聞こえたよー、めちゃめちゃ怒ってたね、未来さん」
「怒ってたね、じゃねえよ。奥歯ぐらぐらいってんだぞ。気付いてたんなら止めに来いよ」
「だって私関係ないもん」
 俺は茉莉子が尖らせたくちびるを数秒睨んで、特に反論することもないので頭をかきながら台所に向かった。もそもそ歩く俺を横から茉莉子が抜かしていく。
「ご飯炊いてあるよ。お味噌汁も作ったから、温めなおすね」
「いいよ、それくらい自分でやれる」
「ご飯の世話は私がやるよ。それくらいしてあげないと悪いし」
 世話、って言い方が介護されてる老人みたいで少し気になるがまあいいか。昨夜の気まずさも見事に解消されている。寝たら戻るとは思ってたけど、案外未来のおかげかもな。俺はおとなしくテーブルについて、口の中に指を突っ込みながら鍋に火をかける茉莉子の後ろ姿を見ていた。そしたら茉莉子も明日にはいなくなっちゃうんだなとか思ってしまって、また涙が出そうになった。みんなこの家からいなくなる。母さんも、じいさんも、親父もいなくなった。そしていま、茉莉子もいなくなろうとしている。最後に残るのはいつも俺だ。そりゃ俺だってどこへでも行ける。どこへだって行けるのに、結局、どこにも行こうとしない。
「お待たせ」
 茉莉子がトレイに載せた朝食をテーブルに並べた。白いご飯と卵焼きと味噌汁と麦茶。
「すげーシンプルだな」
「文句あるの?」
 茉莉子は俺の前の席に腰を下ろしながらきっと睨む。
「いや、ないです。いただきます」
 まずは麦茶を一口。やっぱり傷に染みて痛い。てか、
「なんで見てんの?」
「痛そうでおもしろいから」
「食いにくいわ。時間ないんだからさっさと本探しやれよ」
 茉莉子はくちびる尖らせて、「ぶー」連発。それからもったいぶって立ち上がる。
「口痛いからって残さないでよ。残したら私、泣くからね」
 残すわけねーだろが。


 それから俺と茉莉子はひたすら本を探し続けた。書き込みのある本はちらほら見つかるものの、茉莉子の母親の筆跡のものはやはりなかった。個人名や住所が書かれているものはメモを取り、電話番号があったらすぐにかけてみた。茉莉子はやっぱりひどく緊張した様子で電話をかけて、相手が出るとさらにテンパりだす。
「あ…、あの、えっと、えっとですね……、おとう…さん、じゃ、ない…、ですよね………?」
 不審すぎ。
 だから俺が代わりにかけてあげたりもしたのだが、確かにこれなんて言えばいいかわからないな。でも一応俺成人男性なので、丁寧にフルネームを名乗った上で『実はある少女の父親を捜しているのですが、大宮美奈子という名前に聞き覚えはないでしょうか?』みたいなことを尋ねるわけなのだが、どう考えてもまともじゃない。当然、ガチャンと切られるか、知らないって言われるか、いたずら電話扱いされるかのどれかだ。知ってても知らないって言うかもな。いまさら母親のいない十七歳の娘が現れたら厄介に思う奴もいるだろうし。うぜ。
「―――はあ、そうですか。そうですよね。ええ、ありがとうございます。はい。すいませんでした―――」
 ピッと。俺は間近で聞き耳を立てていたテンパり茉莉子に顔を向けて首を振った。茉莉子はくたっと脱力して、カウンターにへばりついた。
「八十七歳の爺さんだった。でもいい人だったよ。お父さんみつかるといいねって言ってくれた」
 茉莉子はわずかに顔を上げて、力なく微笑んだ。ふと壁時計を見ると、もう五時を回っている。
「ちょっと休むか?」
 茉莉子はぶるぶると首を振った。
「ま、そんな暇ねーよな」
「わかってきたじゃない」
 俺と茉莉子はニッと笑い合う。
「やるか」


 すでに店の本棚のうち半分は調べ終えた。正直、俺が計算したペースをはるかに上回っている。それが俺の計算ミスによるものなのか、茉莉子の執念が机上の空論を超越したということなのか、理由は定かではなかったけれど、そんなのさして重要ではない。とはいえ、まだ半分だ。なかなか茉莉子には言い出せないのだが、本棚の下にも在庫がどっさり眠ってたりする。まあまあ、考えてる時間も著しく惜しい。悲壮感なんてまったくないし。捜索捜索。カウンターの上で着メロ鳴ってるけど無視だ。鳴り止まないけど無視だ。メロディ二周目だけど完全無視だ。
「店長、うるさい」
「俺じゃねえよ」
「店長の携帯じゃん。出るか切るかしてよ」
 茉莉子が怒るので仕方なく俺はカウンターに戻って携帯持って通話ボタンを押した。こんな時間に電話してくるのは決まって、
「こーたろー、駅行こー」
 あほの脩平くん。
「わり。今日は行けねーわ」
「なーんでだ?」
「なんでもだ」
「茉莉子たんいるー?」
 俺は茉莉子にチラッと目をやる。こっち見てない。
「もう帰ったよ。あした学校だし。つか、たん言うな」
「なーんだー。茉莉子たんも一緒に行こーとおもってたのにー」
「あほか」
「なーんでだ?」
 さてはこいつあほさに磨きがかかってきてるぞ。小学生のころが一番まともだった気がする。
「考えてみろ。あそこで女子高生見たことあるか?いねーだろ、普通」
「あー、そっかー」
 電話の向こうで脩平が女の子みたいにきゃはきゃは笑う。
「とにかく今日は行けねーからさ、また今度な」
「わかったよー」
「んじゃな」
「あ、こーたろー」
「ん?」
「こーたろーいないとさみしいよー」
 切った。まったく俺もよくこんなあほと十何年も親友やってるよ。まあ、いい奴なんだけどさ。俺は携帯をまたカウンターに置いて、さっきの本棚の前に戻った。
「だれ?」
 俺に背中向けて手馴れたスピードでページめくってた茉莉子が俺に尋ねた。
「脩平」
「いま、私の話してたよね?」
 耳ざといな。
「うん。まだいんのー?って。めんどいから嘘ついといた」
「女子高生が普通いないところって、どこのこと?」
 声のトーンが若干下がった気がして振り返ると、本を畳んだ茉莉子が俺に冷ややかな視線を送っている。 
「どこ?」
「なんでお前に言わなきゃいけねんだよ」
「そうだねー。関係ないもんねー」
 そうそう。茉莉子には関係ない。
「エッチいことするお店?」
「違うわ」
「でも、言えないような場所なんでしょ?言ってくれないと想像力豊かな私がいろんな想像膨らましちゃうけど」
「……キャバクラです」
 なんで俺が折れなきゃいけないんだよ。
「なーんだ」
 茉莉子はつまらなそうな顔をして本を開いた。どうやら茉莉子的にキャバクラはセーフらしい。逆に悔しくなった。
「なんだとはなんだ」
「キャバクラって何が楽しいの?」
「楽しいっつか、俺が行ってる所は高校の同級生とかいっぱいいて、なんか同窓会みたいでいいんだよ」
「ああ、そういう楽しみ方か。聞いてるだけだと健全だね」
 ん、妙に言葉にとげがあるぞ。まだなんか疑ってんのかこいつ。横顔覗いてみたらやっぱくちびるとがってるし。まあいっか。意外に気分いい。
「ちなみに今朝俺をボコボコにしてった未来もいる」
「へえ」
「他にも高校時代に毎日遊んでた奴らばっか。憧れの先輩とか、かわいい後輩とか、そういう子たちと思い出話で盛り上がるわけよ」
「ふーん。なんか面白そうだね」
 ようやく茉莉子の表情が柔らかくなってきた。俺ひそかに胸撫で下ろしたり。
「私も夏休みそこでバイトしようかな?店長にお酒出すの」
「お前じゃ無理です」
「なんで?胸?」
 そう言って自分の体を眺める茉莉子。いや、そういうんじゃなくてさ。
「女子高生はいないって言っただろ」
「あーそっか」
 俺たちは作業に戻った。でもすぐにまた茉莉子が声をかけてくる。
「店長」
「なんだよ」
「晴香さんもそこにいるの?」
「あー」
「いるんだ」
「いるよ」
「だから行きたくないの?」
 そういうわけじゃないと思う。俺はしばらく考えてみた。うん、そういうわけじゃない。
「違うよ」
「ありがと」
 俺は本棚の上のカドをちょっと見上げて、それからやっぱり振り向いてみた。茉莉子はさっきよりもひときわ素早くページに目を走らせている。なんの『ありがと』なのかはわかったから、返事は声にしなかった。俺は小柄な背中に微笑みかけた。
 そのとき、空気の読めない俺の携帯がまたしてもカウンターの上で耳障りな着メロを流し始めた。茉莉子は首を回して俺を睨み、あごの先で携帯を差す。俺はため息をついて、なんかいいムードをぶち壊した忌むべき携帯を掴んで液晶に目をやった。おお、久しぶりに見た、『公衆電話』って文字。怪しい怪しいすげー怪しい出たくない。でも茉莉子がずっと睨んでるし、このまま切るのも忍びないので、しぶしぶ俺は通話ボタンを押す。
「もしもし」
「………………………」
「……もしもし?」
「………………………」
「もしもーし、誰ッスかぁ?」
「………………………」
「無言電話ッスかぁ?」
「………………………」
「無言電話なら切りますぉ?」
「………………………」
 無言電話に確定。
 俺は力強く通話を断ち切り、携帯をカウンターに戻した。ったく、自分からアクセスしておきながら何も言わないなんてどういう了見だ。それじゃ一方通行なコミュニケーションすら成立しねえ。無言電話ぼくめーつ。
「だれ?」
 だからなんでお前はいちいち俺の電話相手を知りたがる。
「公衆から無言電話」
「それってなんかホラーっぽいね」
「うるへー」
 俺は茉莉子の頭にかるーく拳をぽすんと落としてみた。てへへという感じに笑う茉莉子。こっちのコミュニケーションはずいぶんスムーズになってきてるんだけどな。って結構最初からスムーズだったか。あーあ、そんなこんなで今日ももう七時です。
「飯にすっかぁ?」
「すっかー」
 ああ、グッドコミュニケーション。

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