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永友古書店 作者:松本 由樹彦
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12 だって茉莉子関係ねーじゃん!

 繰り返す波音がなければ、時間が止まっているんだと言われても信じたかもしれない。俺は悲しく混乱し、世界は現実感を失っていた。
「茉莉子は、もう家に帰ったよ」
 長い静寂を打ち破ってどうにか俺が絞り出せたのは、まるで意味のないただのでまかせだった。
「嘘。さっき電話で茉莉子ちゃんの声聞いたよ」
「その後、すぐ帰った」
 晴香ちゃんはあきれた顔をして、左腕に巻いた腕時計を月にかざした。
「ねえ、つまんない嘘はもういいよ。いとこじゃないのもばればれだし。もうとっくにロマンスグレーなおじさまたちが、茉莉子ちゃんを連れ去ってるから」
「……家の中にいるの連れてけるかよ」
「そうかな?あの子、簡単に開けてくれるんだよね」
 そうだよ、あの天然。今朝も勝手に未来入れたし。このご時勢に無用心なんだよ。
「茉莉子拉致って、どうするつもりだよ」
 晴香ちゃんはやれやれと首を振った。
「おじさんがかわいい女の子さらってきたら、次にすることなんてひとつしかないじゃない。そんなこともわからないの?」
 俺は奥歯を噛みしめて、じりっと足を動かした。たったそれだけの動きにもSPが反応して、晴香ちゃんを守るように身をせり出す。
「でも心配だなぁ。昨日話してて思ったんだけど、茉莉子ちゃんって、ああ見えて結構気が強いよね?」
「……知らねえよ」
「おとなしくしてくれてたらいいんだけどね。言うこと聞いてくれないと、殴られちゃうんじゃないかな。そういうのが好きなおじさんもいるからね」
 そんなことを言いながら、晴香ちゃんはもう楽しくて仕方がないというように笑った。背筋がぞくりとした。こんなふうに晴香ちゃんにぞくぞくするときがくるなんて、それこそ思ってもみなかった。
「でも、大丈夫だよ。明日の朝にはちゃんと服着せて返してあげるからね。あの子、永友くんの顔見たら、きっと泣いちゃうんだろうな。ちゃんとなぐさめてあげてね」
 茉莉子の泣き顔が自動的に、いやに鮮明に浮かんできて、どうやっても振り払えない。
「先に言っておくけど、どこに連れて行ったのかは教えないよ。それから、警察にも言わないほうがいいと思う。もしそんなことをしたら、茉莉子ちゃんのかわいい写真とか動画を無料で閲覧できるようにしちゃうから。そんなのあの子が傷つくだけだよね。黙ってたら、今日だけで終わりにしてあげる」
「……なんで茉莉子なんだよ」
 晴香ちゃんは、んー、って言いながら人差し指をあごに当てた。
「私ね、昨日会っただけだけど、茉莉子ちゃんのことが大嫌いみたいなの。あの子の若さとか、無邪気さとか、永友くんとの距離とか、そういうの全部に腹が立つの。だからめちゃめちゃにしてやることにしたの。そのほうが永友くんもダメージ受けてくれそうだしね」
 強い風で砂が舞い、俺の脛をぴしぴしと打った。
「……晴香ちゃん、どうかしてるよ」
「どうもしてないよ。私はずっとこんな感じ。永友くんは私のことなんか何にも知らないじゃない。私に弟がいるのかどうか、それさえも知らないくせに」
「なんで茉莉子なんだよ?茉莉子は関係ないだろ?」
「関係おおありだよ。なんなのあの子?」
「だから関係ねーよ!俺をボコればいいだろが!」
 吠える俺を威嚇するように、右のおっさんが金属バットを構えた。晴香ちゃんは声を上げて、うれしそうに笑った。
「きたきた。それが見たかったんだ。そういうすぐに熱くなるところ、好きだったな。ねえ、一年生の夏休みに入るちょっと前、ちょうど今頃だね。三年生が私に水鉄砲撃ってきたときのこと覚えてる?」
 それって晴香ちゃんだけじゃなくて、未来とか結構みんなやられてたはずだけど、俺は何も言わずにうなずいた。
「あのとき、怖くて誰も文句言えなかったのに、永友くんは一人で三年生に殴りかかって行ったよね。結局、集団リンチにあって病院送りにされてたけど」
「そんなこともあったね」
「あのときかな?永友くんのこと好きになっちゃったのは。漫画の主人公みたいだったもん」
「漫画の読みすぎだったんだよ」
 晴香ちゃんはクスクスと笑う。
「いいよ、永友くん。あのときみたいに、今度は私に殴りかかってきてよ。そしたら、毎日お見舞いに行ってあげる」
 もう一人のおっさんがバットを頭上に掲げた。俺は拳を固めてあごを引いた。
「後先考えずにその場の感情で突っ走るのが永友くんでしょ?ほらほら、茉莉子ちゃん、いまごろ顔腫らして泣いてるよ?痛いよーって。こーたろーくーんって。あはは」
 俺は鼻をすすり上げた。
 晴香ちゃんは少しの間何も言わなかった。でも晴香ちゃんの驚愕とか落胆とかそういうのは生ぬるい海風に乗って俺のもとに届けられた。きっと二〇一〇年になんか全部ぶっ壊れたマシーンを見るような目で、俺のこと見てるんだろうな。
「ちょっと、泣いてるの?」
 うるせーよ。昨日からこっち涙腺ゆるみっぱなしでどうしようもねえんだよ。
 大粒の涙がポタポタと砂浜に落ちる。落ちた涙の跡を見たらもっと泣けてきた。
「……あきれた。永友くん、本当にだめだめになっちゃったんだね」
 俺は正座するみたいに膝をついて、砂の上に腕を下ろして這いつくばった。どっちかのおっさんが下卑た声で俺を笑った。
「ほんとに牙抜かれちゃったんだ。てゆうか自分で抜いちゃったのか」
「………いやだ」
「はぁ?」
「嫌なんだよこんなの。なんでこんなんなんだよ」
 顔を伏せていても、晴香ちゃんがひき始めてるのがわかる。
「……ちょっと、わけわかんないんだけど」
「おかしいだろ。なんで晴香ちゃんそんなになっちゃったんだよ?私の何を知ってるのじゃねえよ。そりゃ知らねえけどさ、でも絶対こんなんじゃなかっただろ?いかれてるよ!なあ。なんで茉莉子なんだよ?関係ねーじゃん。だって茉莉子関係ねーじゃん!全然関係ねーじゃんよ茉莉子は!とっとと俺をやればいいだろ?それで気が済めよ!俺の指とか詰めりゃいいだろが!なんだったら鼻にロケット花火突っ込まれてもいいよ!なんで茉莉子嫌えるんだよ!あいつすげーいい奴なんだよ!なあ、なんでだよ、晴香ちゃん……」
 俺は砂に頭を押し付けて、大地に叫ぶみたいに無心で声を張り上げた。
「永友くん」
 砂まみれの顔を上げると、晴香ちゃんは野良犬を追い払うように手を振ってた。
「マジうざ」
 俺は右手の甲で鼻水を拭いた。
「……土下座する」
 晴香ちゃんは冷たく鼻で笑う。
「もうしてるじゃない。これ以上私の青春を汚さないで」
 晴香ちゃんは海の上の三日月を見上げた。
「心の底から失望したわ。昨日よりずっと嫌いになった。あなた、本当にあの永友虎太郎くんなの?もう顔も見たくない。早く帰って、朝まで泣きながら茉莉子ちゃん待ってなさい」
 あんたももう俺の晴香ちゃんじゃねえよ、って言いかえそうかと思った。でもそんな憎まれ口はどうあがいても出せそうになかった。俺はふらつく足を砂上に突き立て、砂と涙を拭いながら立ち上がった。体は五十メートルプールを四往復した後みたいに重たかった。最後に俺はぼやけた視界に、本当に俺を見ようとしない晴香ちゃんをとらえて、振り返って泣きながら走った。足がもつれて二回こけた。

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