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放課後TwilightZone 作者:水夜ちはる

1. セーラー服の復讐者

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第8話:「月とセーラー服と」

現代ファンタジー・吸血鬼モノの伝奇ライトノベルです。
 月が明るい。その月を背にして恵理は立っていた。
 裕也は記憶の中から雨の夜、裏路地から恵理がずぶ濡れで出てきたことを思い出した。その時、彼女は草薙と会っていたのだろうか?

「春日井君、あなた、草薙さんの恋人?」

 裕也は恵理の顔を見た。彼女の表情はまるで能面のような無表情だった。その表情からは意外な質問だった。
 裕也は彼女の真意を読み取れず、しどろもどろとした。

「どうなんだろう。いや、恋人、じゃないと思う。俺は……まだ答えを返してないから」

 裕也の答えに恵理は首をかしげた。

「俺は草薙に告られたけど、俺はまだその返事を返してないんだ」

 裕也は現状を正直に言った。彼の言葉通り、二人は恋人同士とは言えない。一方的に草薙が裕也に告白しただけで、付き合っているわけではない。それに裕也の脳裏には血塗れの草薙の姿が強く残っている。それは今まで彼が知っている草薙ではなかった。
 恵理は少し横を向いて、横目で裕也を見た。

「もう、草薙さんとは会わないほうがいいわ」

 彼女の顔にはわずかだが悲しげな感情が浮かんでいた。

「え?」
「彼女はもう、人ではないの……信じられないかもしれないけど、彼女は人とは違う種類になってしまったのよ」

 恵理の言葉に裕也は生唾を飲んだ。

「吸血鬼?」

 恐る恐る訊く。草薙の言葉、そして恵理の言葉。一致すれば認めざるを得ない、裕也はそう覚悟した。

「本人から聞いたのね? そう、その表現にとりあえず間違いない。彼女は吸血鬼、人ではないの」

 裕也は愕然とした。裕也の中ではその事実を認めざるを得ないのと、認めたくない感情が葛藤した。彼は草薙が人を襲う所を見たわけではないのだ。

「でも、草薙はいままで俺たちと暮してきたんだ」
「そう、いままで彼女は人間だった……と言うべきでしょうね。おそらく彼女は他の吸血鬼に噛まれ、その下僕の吸血鬼になってしまった。何時からなのか私にはわからないけど、そう言うことだと思う」

 恵理の言葉はひどく飛躍しているものとして裕也の耳に届いた。だが、彼もそれをおおよそ理解していた。彼は草薙自身に会って本人から話を聞いていたし、恵理が真面目な顔でまだ会って間もない裕也にそんな嘘をつくメリットはない。

「森川さん、君は……」
「そうね……春日井君には話しておいたほうがいいかもしれない」

 恵理は瞳を閉じた。彼女は僅かに悲しそうな表情を浮かべた。
 彼女は表情の変化が少ない。だが、感情がないわけではない。感情を表に出すことが非常に少ない少女だった。

「私、草薙さんを殺さなきゃいけない」

 抑揚のない声だったが、その言葉に裕也は驚愕した。

「え?」
「本当は違う吸血鬼を殺しに来た。さっき言ったように彼女はその吸血鬼に噛まれてしまったんだと思う。でも彼女も吸血鬼であるなら私は彼女も殺さなければならない」

 寝静まった街の公園で、セーラー服の少女が放つ言葉。大きくもなく小さくもない声。整った形の唇から発せられる声色はあまりに普通で、それゆえに鋭利に尖っていた。

「どうして……」

 裕也は力ない声で言った。草薙を殺す、という言葉に気脅されていた。

「草薙さんを放っておけばさらに被害者は増える……殺人鬼を野放しにいておくわけには行かないでしょう? 春日井君、あなただって次に彼女に会えばどうなるかわからないわ」

 裕也は草薙の言葉を思い出して愕然とした。確かに彼女の言うとおり、草薙は裕也すらも襲いかねない言動だった。
 ふと、恵理が小さく身震いをした。この夜の冷気を防ぐにはセーラー服一枚ではどうにも頼りない。彼女は踵を返してこの場を去ろうとした。

「待ってくれ、詳しく聞かせてほしい。草薙の事、森川さんの事。俺、このままじゃとても納得できない」

 裕也の声に恵理は立ち止まり、少し考えるようなそぶりを見せた後、首を縦に振った。

「わかったわ。そうね、月曜日に学校で。それでいい?」
「今日は行かないのか? 草薙のところへ」
「今日は無理、月が出てきたわ。月の夜は吸血種の力は強くなるの。わざわざ不利な条件で戦う事もないし……今夜はもう帰ることにするわ」

 裕也と草薙があっているころはどんよりとした雲が立ち込めていたが、今は冷たく吹き始めた風にすっかり流されて、月が夜の支配者だといわんばかりに煌々と光を放っている。それはまるで狂ったかのような眩しさだ。
 裕也が月を見上げて、その視線を地上に戻した頃、恵理はすでに歩き始めていた。
 去り際に彼女の瞳が残した光が、まるで草薙のようにひどく紅かったような気がした。それが錯覚だったのか、裕也にはにわかに判断が出来なかった。



 裕也が帰宅した時刻は〇時をすっかりと回っていた。
 もちろん、不機嫌な千明が兄を待ち構えていた事は言うまでもない。

「どこがちょっと、なの?」

 いつもは甲高い千明の声がいやに低い。千明が十二分に怒っている事をあらわしている。裕也は引きつった笑顔を浮かべた。ごまかすのは性に合わないので千明の機関銃のような文句を彼は黙って受け入れることにした。
 裕也は冷静に千明の文句が何分続くのか計っていたが、驚くべきことにそれは十五分間も続いたのである。よくもそこまで言葉が続くものだ。アナウンサーかラジオのDJの才能があるのかもしれないと裕也は思った。
 ともかく千明を心配させたのは反省すべきだと裕也は素直に謝った。

「本当にさぁ……心配させないでよね」

 ひとつ息をついて千明が言う。裕也は気まずそうに頭を掻いた。兄妹は十六年を共にすごしている。妹は感情を言葉にし、兄はそれを態度にする。二人には暗黙の了解だった。

「いつだったっけ、お兄ちゃんが怪我して帰ってきた日……」
「え?」
「ほら、なんだか怖そうな連中に囲まれてた女の子を助けたって言ってたじゃない?」

 裕也は記憶を辿った。

 千明の言う通り、裕也はいつだったか女の子を囲んで脅していた不良グループとケンカをした。どこかのゲームセンターの近くだったかもしれない。
 裕也は正義漢肌でもなく喧嘩っ早い性格ではない。ただ、裕也は路地に連れ込まれそうになっていた女の子と目があってしまった。そこで逃げ出すのも後味が悪いと思ったし、なにより彼女は自分と同じ高校の制服を着ていた。同族意識と言うほどではなかったが、同じ学校の生徒を放っておけなかった。

 不良グループは四人だった。普通に考えればケンカを売って裕也に勝ち目はない。
 だが、裕也は考えるよりも先に走っていた。

 裕也は不意をついて一人の男の後頭部に持っていた鞄を叩きつけた。
 一人はその一撃で昏倒したが、あとは三対一だ。かなうわけがない。だが裕也には未来を見るという能力があり、特に自分の身の危険を感じるときにはかなりの確率で発揮することができる。裕也はその力で善戦した。
 だが、未来の危険が見えたとしても、それを回避する身体能力がなければ意味はない。裕也は三人にかこまれると、たちまち袋叩きにされた。

 それでも裕也に男たちが絡んでいる隙に、その女の子は逃げ出すことができた。
 その時、小田桐拓郎が通りかからなかったら、と思いだして裕也はぞっとした。騒ぎに気付いた小田桐が一人の男に奇襲をかけて一撃で昏倒させた。二対二になってからは裕也たちのペースだった。それは小田桐がその見かけによらず、滅法ケンカに強かったからである。
 二人は何とか不良グループを追い払うことが出来たが、裕也は随分怪我をしてしまった。彼が帰宅した後、傷だらけの兄を見て千明が泣きながら手当てをしてくれた。

「我ながら損な性格をしているよな。困っているヤツを放って置けないのはってのは」

 そう裕也がぼやくと、千明はくすくすと笑った。

「それ、いつの話だっけ?」
「一年位前かな? 私中学生だったし」

 だが、そんな話をしたせいか、裕也はその時助けた女の子の顔を鮮明に思い出した。裕也が草薙と同じクラスになったのは二年になってからだ。

「あれ、草薙だったんだ……」
「え? 何?」

 千明は聞き返した。だが、裕也はすでに千明にほとんど意識を傾けていなかった。

「悪い、俺ちょっと電話するから」

 裕也は立ち上がって自分の部屋に向かった。

「あ、ちょっと……」

 裕也の後ろで千明が怒りを露わにしていたが、裕也はあっさりと自室のドアを閉めた。 あとでフォローしておかなければならないな、と裕也は思いつつ、携帯電話のメモリからダイアルを探す。
 時計の針は一時近くだった。
 長いコールのあと、元気な声が飛び込んでくる。

「あれ、裕也? どしたの?」
「悪いな、沢渡、寝てたか?」

 裕也がコールした相手は沢渡だった。直接、草薙に話したい事もあったが、どうせ彼女は出てはくれないだろうと判断していた。それに裕也は沢渡に前もって確かめたいことがあったからだ。

「ううん、まあ今寝ようかと思ったとこだけどさ。何かあったの?」
「草薙のことなんだけどさ」
「ほっほー」

 沢渡の含みのかかった声が電話を通ってくる。裕也は彼女の表情が容易に想像できるのが少しいやだった。

「別に深い意味はねえよ……ただ、気になってな、ちょっと相談したくなったんだ」

 裕也はひとまず今夜草薙に会ったことを秘密にすることにした。

「確かにねー。真奈美がここまで顔見せないなんてね。家で何かあったかな?」

「どういう意味だよ?」

「あの子の家さ、あまり上手く行ってなくって、両親は不在かケンカばかりだし、真奈美、その両親からやつあたりみたいなものも受けてみたいだし……なんていうかな、その愛情に飢えてるってやつかな?」

 沢渡の声が暗い。彼女は毒舌上手であるが、それ以上に多感で他人の感情をよく理解する。それゆえに草薙の事情などのも聞きだせたのだろう。そして、草薙がそんな沢渡と仲がよかったのもそんな性格だからだ。

「そうか……」

 裕也は答える言葉を持たず、曖昧に言った。
 草薙は裕也に助けを求めていた。一度、草薙を助けたことのある彼にすがったのは、きっと助けを求めることのできる人物が少なかったからだろうと裕也は思った。
 だが、草薙は自分を吸血鬼だと言っていた。そしてこの町で起こっている殺人事件の殺人鬼だとも。その草薙が彼に最後に叫んだ言葉。

『お願い、私を殺して』

 裕也は髪の毛を掻き毟った。どうすれば良いのかわからなかった。

「裕也?」

 電話を通して沢渡の心配そうな声が彼の耳に届いた。

「ん?」
「裕也は大丈夫なの? 裕也、最近ちょっと変……わかるよ、私だってね」

 沢渡の声は優しかった。裕也は彼女の声を聞くと落ち着く。千明と同じような近さを彼女は持っている。それに今まで何度救われてきたかわからない。

「ありがとな、沢渡。でも、俺は大丈夫だ。それより草薙のことさ。とりあえず今日はもう切るよ。遅いしな」
「え? いいの?」
「ああ、またな」

 裕也は沢渡の返事を待って電話を切った。
 結局、彼は草薙のことを沢渡に話すことができなかった。
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