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放課後TwilightZone 作者:水夜ちはる

1. セーラー服の復讐者

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第7話:「吸血鬼の告白」

現代ファンタジー・吸血鬼モノの伝奇ライトノベルです。
 しんと静まり返った校庭と微動だにしない草薙とその影。まるで時間が止まった写真のようだと裕也は思った。彼はその世界に無理に入っていくように足音を奏でた。するとその止まっていた時間はあっさりと崩れ落ちる。ハーフコート姿の草薙が笑った。

「やあ、来たねー」

 何も力の入ってない言葉。いつも教室で聞いていたような声。裕也は懐かしさを感じた。だが、何日も姿を見せなかったり、誰も居ない深夜の学校という場所と言うだけでまったく別の印象を受けた。
 裕也はとにかく草薙の姿を見て安心した。そして次に心配し、次いで軽い怒りを覚えた。

「ごめんね」

 草薙が悲しそうにつぶやいた。裕也が心配と怒りを足して二で割ったような表情をしていたからだった。

「草薙……一体どうしたんだよ?」

 裕也の言葉は短かったがいろんな意味を含んでいた。告白されてから今までという空白の時間。そして今現在、この場所に居るという事。何故こんな時間に呼び出したのか。

「うん、そうね。それを話さなきゃいけないから、春日井君を呼んだんだったね」

 草薙は悲しそうに笑った。空を見上げる。その視線は遠く、このどんよりした雲まで届きそうだった。彼女の心情がこの空に映し出されているようだった。

「春日井君、今街で連続殺人事件が起こっているのを知ってる?」

 その事件をこの街で知らない人なんているんだろうか。裕也は怪訝そうに頷いた。

「春日井君はその連続殺人犯が憎い?」
「なんでそんなこと聞くんだ?」
「いいから」
「わからないな、正直。身勝手な言い方かもしれないけど、殺されてる人は見ず知らずの人たちだし、たまたま近所で起こっているだけでさ……知り合いでもないのに悲しいとか、憎いとかそう言うのは感じないかな」

 裕也は生真面目に答えた。彼にとって連続殺人事件は近くで起こっていることとは言え、まだ他人事の領域だった。その答えに草薙は少し目を細めて微笑んだ。納得したような安心したような表情だった。
 草薙はゆっくりと裕也に向かって歩いた。柔らかな表情。少しだけ紅い光を含んだ綺麗な瞳と裕也の視線が合う。裕也の目前に彼女の顔が近づいてくる。まるで吸い込まれそうな錯覚を覚えた。

 裕也の胸に置くように草薙が額を触れさせた。裕也はどきりとして顎を上げた。顎を下げれば草薙の髪の毛に触れそうだったからだ。胸が高鳴る。無理もない、これだけ女の子が密着する事など千明を除けば初めてだった。
 裕也はどうしていいか分からずに固まっていた。

「ねえ……これを見て」

 彼女は小さくそうつぶやくとコートのボタンをはずしてこの寒空の下、コートを脱ぎ始めた。

「え?」

 裕也は驚いて草薙を見た。
 そのコートの下から現れたそれは彼が今までよく見ていた草薙の制服姿だった。ある一点を除いては――。

 声が出せなかった。

 草薙の制服はおびただしいほどの血で染まっていた。

 灰色のセーターベストは血と混ざり黒ずみ、純白のはずのブラウスは赤黒く斑になっていて特に袖の辺りがひどい。

「私が殺人鬼なのよ」

 一歩、裕也から離れた草薙が言った。
 その声に裕也ははっとして彼女の顔を見た。

 紅い――人の物とは思えないほどの紅い光を放っている。酷く強く、酷く悲しい光。

 どれくらい時間がたったか、裕也は喉がカラカラになっていることに気が付いた。彼女の言葉を否定する言葉が出なかった。
 いや違う。彼は草薙が浴びたであろうその返り血を見てそれを否定する事ができなかった。口に残る唾液を何とか飲み下して何とかかすれた声を絞り出す。

「どうして……」

 その声に草薙は少しだけ笑った。

「どうしてかな? それは春日井君だって知ってるはずよ。ううん、動物ならみんな知ってる。生きる為には何かを食べなきゃいけない」

 裕也には草薙の言葉が咄嗟に理解できなかった。

「……それがたまたま私は人間だっただけ」

 抑揚のない声。その声に裕也はぞくりとする。寒さではない悪寒が彼を襲った。

「そんな、馬鹿な」
「そうね。馬鹿げている。私もつい最近まではそんなこと思いもしなかった……でも、一度その衝動に駆られてしまったら、もう止められないのよ。そう、もう私は人間じゃないの……吸血鬼……そういう種類になってしまったのよ」

 草薙の紅い目が裕也を捕えていた。裕也は記憶を辿るが、草薙はこんな目をしていただろうか。彼の記憶の中にはそう言った彼女は残されていなかった。いや、ひとつだけ。新しい記憶だ。あの夕暮れ二人で居たとき――。
 あの時の言葉と瞳、それはよく覚えていた。

「俺に何か用があったんだろ?」

 裕也は草薙の言葉を否定せず、いや無視して尋ねた。わざわざこんな時間に学校に呼び出し、血に塗れたクラスメイトがそんなわけの分からない冗談を飛ばすわけがない。何処までが真実か証明する手段はないが、草薙は至って真剣だと彼は思った。

「うん、そうね……春日井君、私の事好き?」

 予想外の切り返しに裕也は返答に窮した。草薙はそれを見て無邪気に笑った。これが殺人鬼の顔か。裕也はあまりにかけ離れたイメージに混乱した。

「あはは、殺人鬼だの吸血鬼だの言っておいてそれはないよね」
「そうだな、俺が知ってる……クラスにいた草薙なら好きになったかもしれない」

 これは裕也の正直な言葉だった。そして、今ここにいる血まみれの草薙の姿を暗に否定していた。それは普通の女の子である草薙真奈美でいてほしいと言う、彼の願望でもあった。
 草薙の笑いが止まった。

「春日井君、助けて」

 縋るような瞳。それは裕也を貫いて離さなかった。今視線をそらす事は彼女を裏切る事になるような、そんな脅迫めいた強い視線だった。

「私、本当に吸血鬼になってしまったのよ。一週間前、ううん、もうちょっと近いけど、街で倒れていたことがあるの。その前後は記憶が曖昧でよく分からないけど、それから普通の食事を受け付けなくなって……人の血が欲しくて欲しくてたまらなくなった。そして、気が付いたら人を殺していたわ。とても暖かくて美味しくて……まるで浴びるように」
 草薙の目が焦点を失っていく。口元にはわずかに笑みが浮かぶ。その光景を思い出していたのだ。
 草薙は両手で顔を覆った。指の間からかすかに赤い瞳が覗く。

「一度その味を知ってしまったら、もう止め様がなかった。どんなに理性を保とうとしてもね、その衝動に勝つことはできなかったの」

 草薙の告白は続く。

「食事の後、私は我に返るの。今の私みたいに血だらけの姿で、まだ湯気が出ているような食い散らかした人間の死体の上で……分かる? 私の気持ち」

 俺なら発狂する。裕也はすぐに思った。草薙の顔はこわばるように笑っている。もう彼女は狂ってしまったのだろうか。

「あー、やっぱりダメかも」

 草薙は苦しそうに胸を押さえた。顔一面に冷や汗が浮かんでいる。それでも口元の引きつったような笑みは消えない。草薙は息を必死で整えていた。

「春日井君を襲わないように、先に一人食べてきたのに、もう……」

 草薙は紅い目を裕也に向けた。
 裕也は背中に冷たいものが流れて行くのを感じた。
 彼はその場に踏みとどまる事ができなかった。

『先に一人食べてきたのに』

 裕也はその言葉ですでに草薙が違う「種類」になっていることを悟った。だが、裕也は草薙が怖くて逃げ出したのではなかった。そんな草薙をもう見ていられなかったからだ。

「お願い、私を殺して!」

 走り去る裕也に草薙が叫んでいた。裕也はその言葉を受け止けとめられなかった。彼は歯を食いしばり一目散に逃げ出した。



 まるで心臓が爆発しそうで、膝は今歩みを止めたらとたんに崩れそうだった。足は重く視界は狭い。ペース配分などまったく考えずに裕也は全力疾走していた。体力の限界を超えて、そのスピードははじめに比べ随分と遅くなっていた。
 草薙は裕也を追わなかった。裕也もそれに気づいていたが、彼は体力が続く限り走りつづけ、ついに足が絡まって倒れた。

 気が付けば公園だった。噴水の前の、昼間に沢渡と会った場所だった。
 裕也はベンチに這い登り、空を仰いだ。荒い息の向こうに月が見える。いつの間にか雲は晴れ、月が空に浮かんでいる。あまりに静かなその月が心とはまるで正反対で無性に腹が立った。
 裕也はどうしようもない思いを叫びたくなったが、その時足音に気が付いて反応した。

「こんばんは」

 その足音と声は森川恵理だった。この寒空に似合わないセーラー服姿で彼女は佇んでいた。
 裕也は深く息をついて心を落ち着かせた。彼は思った。ここで彼女の登場は意外ではない、と。

「草薙さんに会ったの?」
「森川さん、あんた何を知ってる?」

 裕也は知らず知らずのうちに彼女を睨みつけていた。それに対して恵理は少し困ったような表情を形のいい眉で表現した。しばらくの沈黙が続いた。

「春日井君の知らないことをいろいろと知ってるわ」

 沈黙を破った恵理の声には抑揚がなかったが、この時彼女は少し困惑した表情を浮かべていた。恵理はそれだけ話して続けなかった。裕也は少し苛立った。だが、恵理が話を続けない理由が自身にあることに裕也は気が付いた。
 裕也は感情のすべてをぶつけるかのように、恵理を睨みつけていたからである。

「俺、余裕ないんだな」

 裕也は冷静になって、一度深呼吸をして苦笑いを浮かべた。それを見て恵理も少しだけ表情を緩めた。
 次に裕也は助けを求めるように恵理を見つめた。

「俺、草薙に会ったよ。あいつ、自分のこと吸血鬼だと言ってた……そして今ここで起こってる連続殺人事件の犯人だとも……」

 恵理はそれを表情一つ変えずに聞いていた。それはすでに既知のことだと言わんばかりに。
 そして彼女は目を細めて静かに言った。

「言ったでしょ? 私、草薙さんとは顔見知りかもしれないって」
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