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放課後TwilightZone 作者:水夜ちはる

3. 黄昏に立つ者

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第21話:「闇払い」

現代ファンタジー・吸血鬼モノの伝奇ライトノベル。
 恵理の携帯が鳴った。ハンズフリーの器具を装着して、通話ボタンを押す。イヤホンから聞こえるのは夏希の声だった。彼女の声はやや緊張しているように思えた。

「先輩、聞こえます? こっちは予定通りです。さっきセスさんが『外で気配がした』と言って出て行きました」

 恵理は作戦の第一段階は成功したと自分を納得させるように頷いた。

「セスは老人達が仕向けた兵隊達と戦ってるわ。予想通りよ。おそらく一番の精鋭を向かわせたはず……無事だといいけど」
「どっちがですか?」
「もちろん、セスの心配はしてないわ」

 夏希の質問に、恵理は軽く笑みをこぼして答えた。

「たぶん目的は麻衣さんの身柄だと思うから、そっちを気をつけて」
「了解です。麻衣さんには草薙さんがついてます。あと、小田桐先輩と明彦君が『侵入』の準備を始めてます。可憐さんも協力してくれました。ただ、少し落ち着きがないように見えますけど……」

 夏希の感性、特に人の態度を見る力は特筆すべきものがある。恵理はその彼女の能力を信頼していた。

「当然よ。彼女にとっては親に逆らうも同じ意味なんだから。まあとにかく、負けられないわね。今回ばかりは……小田桐君と明彦君に伝えて。成功させなくてもいい。混乱させて少しでも隙を作ってくれれば、私はやりやすくなるから、って」

 恵理は優しい声で言った。夏希たちを安心させるように、余裕のある落ち着いた声で。

「はい……先輩も頑張ってください」
「ありがとう。電話はこのままにしておこう。切れたときには仕方がないけど、何かあったとき、すぐにお互い連絡が取れるように」
「はい」

 夏希の声も少し落ち着きを取り戻しているように思えた。
 恵理は再び表情を締めると、ビルの正面玄関へ向かった。




 それは現代的なオフィスビルを思わせる、ガラス張りの大きな玄関だった。森川家の本当の総本山である。表では財閥の戦略を取り仕切り、裏では闇払いとしての行動を決定する。
 黒いスーツを着た男が何人か歩いている。門番をかねた見張りだ。

 恵理は颯爽とした足取りで真っ直ぐ入り口を目指す。
 こんなところを歩く女子高生など普通はいない。彼女は見張り達の目にすぐ止まった。

「恵理様? 何故このようなところへ? ご来訪の連絡は受けておりませんが」

 恵理よりはるかに大きな男たちが取り囲み、威圧のある声で言った。明らかに好意的な対応ではない。
 本来恵理は彼らの主である。たとえそれが形式的なものであったとしても、今まではこのような対応を取られることはなかった。当然、彼女が吸血鬼化し、森川家から排除される存在としての認識が末端まで伝わっていると言うことだ。

「手帳に書いてある未来がすべて現実になれば、誰も苦労はしないでしょうね」

 彼女はそう言うと、僅かに重心を低くし、その反動で目の前の男に飛び掛った。手にした小月の鞘を鳩尾に叩き込む。見事な速さだ。それは人間の速さを超越している。

 男は何の抵抗もできずに崩れ落ちた。
 恵理を取り囲んでいた男たちは狼狽した。彼女が思ったより強行的な行動に出たこと、そしてその動きに。その一瞬の隙は恵理にとって狙い通りの隙だった。彼女は棒立ちの彼らを、次々と倒して行った。

 恵理は進路が開くと、全速力でビル内へ侵入した。
 ビルのロビーは高級ホテルのようだった。
広いロビーは豪奢に飾られ、三階まで吹き抜けになっている。そこには多数の男たちが武装して駆けつけていた。防犯カメラは入り口の様子を捕らえており、訓練された優秀な兵たちがすでに対応し始めていたのである。

「熱烈な歓迎、痛み入るわね。でもこれでは仁侠映画の殴りこみだわ」

 数々の銃口で迎えられた恵理は小声で皮肉言った。だが、歩みを止めず、中央に上のフロアへ続くエスカレータへ一直線に向かった。

 男達はその恵理に向かって引き金を引いた。ためらいのないその行動はプロのものである。
 恵理もそれを知っていて、発砲と同時に全速力で駆けた。

 人を超えた速度は男達の予想外だった。エスカレータの手前にいた数人をなぎ倒し、低い大勢のままエスカレータを駆け上がる。
 銃弾が火花を散らして彼女のあとに続くが、常識外のスピードにそれは目標を捕らえることはなかった。
 二階に転がり込んだ恵理は辺りの気配を探った。すぐに廊下から大勢の足音が聞こえる。

「半分以上は屋敷に向かったと思うけど、ずいぶん人を集めていたものね」

 恵理はつぶやくと上層階へ直通するエレベータを目指した。それは足音が多くした方向だったが、彼女は構わなかった。
 長老達が上層階にいるのは知っていたし、警備の人数が多いと言うことは、それが正しいことを裏付けていた。

 エレベータホールの角で二者は遭遇する。
 思わぬ至近距離での遭遇に男達は狼狽した。銃を使う距離ではない。
 刀と吸血鬼の運動能力を持つ恵理の一方的な間合いだった。同士討ちを恐れた男達は発砲できない。彼女瞬く間に数人の男達を斬り伏せた。ただし、鞘に入ったままの小月で。
 彼らは森川家に仕える人間である。長老達の命で動いているとはいえ、家に忠実に動いてくれる者達の命を奪うには忍びなかった。

 恵理は進路を確保すると、エレベータを呼び出した。
 だが、その隙に追いついてきた別働隊に射撃された。
 いくつかの銃弾が、木目調の壁に弾きかえり、大きな火花を散らす。
 そして銃弾の一つが恵理の左腕を貫いた。

「あ……くっ!」

 熱さに似た痛みを覚えた恵理は小さく悲鳴を上げる。
 と、同時にエレベータのドアが開き、少女を招き入れた。その中に滑り込んだ彼女は、銃弾が飛び交う中最速でドアを閉じ、最上階のボタンを押す。
 男達がそれを阻止しようと駆け出したが、一瞬遅くエレベータは高層階に向けて走り始めていた。

「つぅ……」

 恵理は左の二の腕のあたりを撃たれていた。出血が酷く、制服を赤黒く染めていた。制服が吸いきれない血は腕を伝い、白い手の甲から零れて大理石の床に落ちる。

「……ぱい! 先輩! 大丈夫ですか?」

 一つ息をつくと耳元でノイズ交じりの声が聞こえた。夏希との携帯はまだ回線を維持しているようだった。

「夏希ちゃん……大丈夫、なんとかね」

 少し上がった息を整えながら、必死な夏希をなだめようと落ち着いた声で言った。
 左腕の傷は吸血鬼の再生能力を考えれば大したものではないだろう。しばらく痛みで使えないかもしれないが……彼女はそう考え、エレベータが示す現在フロアの数字の変化を見つめた。




 刻々と数字を刻んで行く。
 そして僅かに上下の慣性の力を感じ、エレベータが滑らかに止まる。ドアが開いて、長老達がいるフロアに着いた。

 恵理は乱れた髪をかきあげた。
 恵理はそこで始めて小月を鞘から抜いた。
 照明の光を受け、白銀の刃が妖しく光る。
 霊刀であるそれはあくまで無垢な刀身を誇っていた。彼女は恵理の知る限り、人の血を吸ったことはない。その刀を下げて、彼女はフロアを進んだ。

 豪奢で大きなドアの前には数人の男女の使用人たちがいた。老人達を世話している者達だろう。ある程度護身用に訓練を受けた者だったかもしれないが、抜き身の刀を下げ、半身を血で染めた森川恵理の姿見て、抵抗を見せるものはいなかった。
 恵理は彼らに僅かに視線を合わせ、そして立ち塞がるドアを見た。

「開けていただけるかしら」

 彼女は静かに言った。使用人たちは迷った。長老達の意に反することをすればどんな仕打ちがあるかわからない。だが、一人の男が、ドアのセキュリティを解除した。いま、彼女に従わなければ、そのまま切り捨てられる。そんな迫力がこの場の恵理にはあったからだ。

「ありがとう。あなた達はここから離れた方がいいわ」

 恵理は微笑み、柔らかな声で言った。使用人たちはお互いに顔を見合わせ、戸惑いながらも持ち場を離れて行く。

 恵理は深呼吸を行い、間をおいた。息と心を落ち着かせる。
 彼女は大きなドアを自らの手で開いた。

 視界が開ける。
 間接照明の薄暗い部屋に、三人の老人が座っていた。

 高座に座る彼らに対し、恵理は見上げるような形になった。それは両者の関係を具体的に表した構図になっていた。

「ご当主殿、よもやこのような愚行に走るとは思わなかったぞ」
「吸血鬼と手を結び、われらに刃向かおうとは」
「所詮やはり穢れた血の一族か」

 老人達は口々に言った。醜悪な皺に刻まれた目で恵理を見下ろす。まるで虫や下等な動物で見るような嫌悪に満ちた目だ。

 恵理はこの目を知っている。記憶の深層にこの目を見ている。
 幼少のころ、彼女は彼らに対面していた。そのとき見られた目だ。
 あのときから、私は人間として見られていなかったのか。
 恵理は目を細めて彼らの顔を見た。老い、醜悪な姿を晒した彼らは、彼女にとって魔物に等しく見えた。

「その一族を祭り、その力に頼って権力を得てきたのはあなた達よ」

 強い口調で皮肉を言う。彼女しては珍しく、感情を込めた声になっていた。
 三人の老人は笑った。

「言うようになったもんじゃ」
「所詮お前は闇の者、われらに取って代わることなどできぬと言うに」
「一足飛びでわれらを殺せると思うたか」

 恵理は剣を構えて彼らに飛びかかろうとした。
 その刹那、彼女の身体に十を超える小さな紅い丸が浮かび上がった。赤い光に照らされているのである。レーザースコープだった。

「なっ……」

 人の気配はしなかった。薄暗い部屋を良く見るといくつもの自動小銃がオートセンサーで恵理へ標準をあわせていた。
 恵理は愕然とする。吸血鬼化した彼女は感覚能力も飛躍的に上がっている。伏兵の気配を探るなど簡単なことだ。だが機械は予想外だった。これでは気配の探りようがない。そして自らの迂闊さを呪う。この老人達は性格上、人を信用することはないだろう。ボディガードですらだ。だからこの部屋の一切の警備は機械が行っていたのだ。

「一歩も動く出ないぞ」
「許可なく動けば、聖刻の銃弾がお前を蜂の巣にするだろう」
「残念じゃったな。所詮お前はわれらの手のひらで踊っていたに過ぎん」

 恵理は歯を食いしばり、屈辱と怒りに耐えた。左腕が痛む。回復が遅いのは対魔の効果を持つ聖別された銃弾で撃たれたせいだろう。
 彼女はスコープに囲まれながら、微動だにせず、好機をうかがった。何秒も、何分も、これ以上ない緊張感の中、待つことができる精神力を彼女は持っている。

「森川、聞こえるか? 待たせたな。『侵入』に成功した。これからシステムをシャットダウンする。すぐに復旧すると思うが……」

 つなぎっぱなしの携帯電話のハンズフリーイヤホンから小田桐の声が飛び込んできた。予想外の声に、恵理は驚き、そして小さく笑みを浮かべた。

「小田桐君、さすがいい仕事するわね」
「明彦君と可憐さんのお陰だ。外からじゃ森川家のネットワークに手も足も出なかったけど、屋敷の特別回線なら簡単なもんだったよ」

 森川家のネットワークセキュリティは外部からの攻撃に対して強固であったが、一度入ってしまえば内部のアクセスは比較的自由だった。内部のネットワークを使う者は通常身内であることが前提だからだ。

「な、なにごとじゃ」
「システムが再起動じゃと?」
「ばかな……」

 恵理を照らしていたスコープの光が消える。この部屋の警備システムもネットワークの一部に連結していたためだろう。
 すぐに予備のシステムに切り替わり、正規のシステムも再起動を行うであろうが、恵理にとってその時間は十分におつりが来るものだった。

「安心しなさい。森川家は私が維持をしていく。この身命と誇りに誓って。自らの半身を闇とし、闇を統べ、闇を払う」

 恵理は形のない戒めから解き放たれて、ゆっくりと老人達に向かった。
 紅の色を秘めた瞳はそれでも静かな海のように冷たい。
 老人達は目の前の少女に畏怖した。ただの恐れではない、人を超えた存在に畏れたのだ。そして、人であり人でない、彼女の姿こそ真の闇払いだと知る。

「お前はその姿で、永遠に一族を統べていこうと言うのか」
「この魑魅魍魎の世界を」

 老人達はカラカラの声でつぶやく。
 恵理の歩みは止まらなかった。

「良かろう、ならばその覚悟を見せてみよ」

 中央の老人が言った。皺だらけのまぶたにふさがれてた眼が、恐ろしい勢いで見開く。

「分かりました。では、私の覚悟をお見せしましょう」

 恵理は一礼した。

 そして刀を天に掲げた。
 その退魔の霊刀は初めて人間の血を、命を吸ったのである。
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