挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
放課後TwilightZone 作者:水夜ちはる

3. 黄昏に立つ者

56/59

第20話:「絆」

現代ファンタジー・吸血鬼モノの伝奇ライトノベル。
 恵理たちは一旦病院内に引き上げると、非常灯の明かりに浮かび上がる一人の少女の姿を見た。

「やっ」

 片手を挙げて迎えたのは草薙真奈美である。
 セスを除いた全員が驚いて彼女の顔を見た。

「外のやり取りは聞いてたよ。私も『同盟』しようか。私はこの街から追い出されるのは嫌だし、森川さんとならうまく折り合いが着きそうな気がするしね」

 セスが恵理の後ろで押し殺したような笑い声をあげた。
 恵理は一瞬呆気に取られたが、草薙の打算に軽くため息をついた。
 ケイオスの脅威が去ったとしても、今度は闇払いに追われるのでは意味はない。草薙は今のうちに恵理に恩を売っておこう、と言う算段だ。

「いいわ、草薙さん。あなたとも組みましょう」

 恵理は承諾した。草薙は好戦的で食欲旺盛な吸血鬼でもない。恵理としても共存しやすい吸血鬼のうちに入るだろう。

「よろしく。もしかすると、出会うタイミングが違えば、あなたとは友達になれたかもね……今からでも遅くはないか」

 草薙はにっこりと微笑んで、握手を求めた。恵理はその握手に応えたが、言葉に関しては苦笑いを浮かべるだけで、否定も肯定もしなかった。草薙が嫌いだったわけではない。恵理には個人の感情だけではなく、立場もあったからだ。




 恵理たちは特別なはからいで病院の応接室を借りることが出来た。
 彼女たちはまずそこへ移動し、休息と、今後の方針を決めることにした。

「草薙も苦労してるみたいだな」

 自販機で缶コーヒーを仕入れてきた裕也は、草薙の姿を見て言った。
 草薙はケイオスと戦ったときのまま、服装もボロボロだった。草薙は照れくさそうに笑って裕也を見た。

「春日井君もね」

 裕也は苦笑いを浮かべると、目を細めた。

「草薙や、恵理たちほどじゃない。草薙たちはめちゃくちゃ大変なことに遭ってる。がんばってる。でも俺には助けてやることすら、できないんだ」

 裕也の表情は穏やかだった。だが、その瞳の奥に悔しさやふがいなさが満ちているのを草薙は見た。彼女はどう声をかけていいか、分からずに視線を逸らした。

「そんなことはないわ。裕也がいてくれなければ、私はここにいなかったと思うし、私は私でなくなっていたかもね」

 応接室のドアが開いて、恵理が入ってきて言った。
 恵理は千明と明彦を起こしてここへ連れてきていた。流石に沢渡はベッドから離れることができない。

「さて、これからどうするのかな。あなたには考えがあるように思うけど?」

 セスはソファで寛ぎながら、これから始まる映画に期待を寄せるような口調で言った。 対する恵理はしばらく押し黙って皆の顔を見た。
 冷静な顔。だが、少しだけその表情には躊躇があった。

「考えはあるわ」

 恵理の声は、常の凛と張ったそれがあった。

「ただし、これはあくまで私が考えたプランよ。もちろん、このプランに反対する権利はみんなにあるわ」

 恵理ははっきりとした口調と強いまなざしで言った。順番に顔を見る。そして最後に麻衣を見た。麻衣はその視線を感じて、僅かに身体を震わせた。それは運命と戦うための決意の震えだった。




 夕刻、二台のタクシーが森川家の屋敷の正門前で止まる。
 郊外のさらに人気のないところに位置する森川家の屋敷の付近に人の往来はなく、夕暮れの寂しさを一際強調しているかのようだ。

「毎度のことながら不便な場所だな。ま、金持ちと言うのはここでも不便じゃないってことか」
 タクシーから降り立った一人、小田桐拓郎はぼんやりとつぶやいた。とても駅やバス停から歩ける距離ではないが、送迎の車があれば問題はないのだろう。

「仕方がないじゃない。代々引き継いできた土地と言うのは、そう簡単に代えれるものじゃないのよ」

 颯爽とした足取りで門へ向かうのは森川恵理だ。この屋敷の主である。
 小田桐はその姿を見て、軽く口笛を吹いた。

「大したもんだね、彼女」
「ああ見えて、一度肝を据えるとすごいんですよ」

 小田桐の背後から明彦が声をかけた。
 門へ向かう彼女は、本物の森川恵理ではない。安藤麻衣の変装だった。変装と言っても、ストレートロングのウィッグをつけただけで、遺伝子的に同じである彼女は恵理と瓜二つになった。
 胸を張り、颯爽とした足取りは少女でありながら威厳すら感じる、普段の恵理とよく似ていた。

「あの調子じゃ、とりあえず大丈夫そうね」

 草薙も恵理に化けた麻衣の後姿を見て言った。

「それにしても、だわ。私を陽動に使うなんて、大胆もいいところ」

 不満げな顔で姿を見せたのはセスである。
 小田桐は二人の登場に、神妙な顔で肩をすくめた。

「美人に囲まれるのは結構だが、吸血鬼をお供に、森川んちに殴り込みをかけることになるとはねえ」

 実際のセスを見るのは初めての小田桐だが、すぐ隣に立つと感じる威圧感は話に違わぬものだと思った。
 そのセスと、去年失踪し、吸血鬼となった元クラスメイトの草薙真奈美という吸血鬼と共に、森川恵理のクローンである麻衣たちと、退魔の組織の総本山へ向かうと言うこの数奇な運命は彼の好奇心を満たすに十分だった。いや、溢れかえるくらいだ。

「行きましょう。時間が遅れると、森川先輩達が危険です」

 そう促したのは夏希だった。鋭敏な感覚能力を持つ彼女は今回のタイムキーパーだ。

「ええ? まだ心の準備が……」

 情けない声を上げたのは、髪を下ろした千明だ。服装を麻衣のものと入れ替えて、安藤麻衣の変装を担当している。ただ、麻衣の変装に比べれば、当然顔立ちも背格好も違う千明には無理がある。

「大丈夫大丈夫、防犯カメラをだませれば、それで良いんだから」

 小田桐は苦笑いを浮かべ、千明の肩を軽く叩いて勇気付けた。

「行きましょう」

 麻衣が凛とした声で言う。
 一同は頷いた。それは恵理と見違えるほどの説得力があった。

 一行は正門にたどり着く。黒いスーツを着た男が、門の前に立っていた。見張りだ。
 通常は門に人を置くことはなかった。今は芹香を初め、最低限の人間しか屋敷においていない。恵理も先代も、無駄に人を使うことを嫌っていたからだ。つまりこの男は恵理の管理下にあるものではない、と言うことだ。

「恵理様? ご帰宅の予定はなかったはずですが……」

 男は一行の前立ちふさがり言った。麻衣を恵理と勘違いしたのは作戦通りだ。
 麻衣は一つ息を飲み込んだ。緊張からだ。だが、彼女の意は決している。

「そう。でも予定にないことも起こることもあるわ」

 麻衣は冷静な声色で言った。小田桐達もその声と姿だけを見れば、本人と間違えそうだった。

「ま、そういうこともあるわよね」

 そのタイミングで前へ出たのはセスだった。挑発的な笑みを浮かべ男を見る。
 金髪に絶世の美女。ただでさえ目立つ彼女は、一発でその正体を悟られる。

「セ、セス!」

 男は狼狽した。セスの情報はもちろん知っている。
 彼はすぐさま懐の銃を抜き、迷わず発砲した。その判断のよさと射撃の正確さは彼が優秀であることを示している。
 だが、夜の帳が降り始めたこの時間、吸血鬼、それも金色のセスにとっては問題にならなかった。
 彼女はその銃弾を掴み取り、まるでビー球でも転がすかのように手のひらでそれを転がした。

「ふうん、聖刻の銃弾か。まあさすがに闇払いの一族ってとこね」

 セスは銃弾を眺めて言った。弾丸は銀製で、何がしか清められた刻印がされている。それは吸血鬼など魔物に有効なものだった。闇払いの名は伊達ではないとセスは感心した。 銃弾を掴み取られた男は驚愕した。あたりまえである。だが、その表情のまま、彼は力なく倒れた。後ろから草薙が当身を入れたのである。訓練され鍛えられた男でも吸血鬼の力には抵抗できない。

 男が気絶したのを確かめると、麻衣は肩の力を抜いた。
 外からは完璧な演技に見えても、内心は冷や汗ものだ。だが、後には引けないことを再確認すると、顔をあげて、堂々とした足取りで屋敷の中へと向かった。
 屋敷の中に入ると一人のメイドがいた。渡邊可憐だ。

「恵理様?」

 彼女は麻衣の姿を見ると、怪訝そうに恵理を名を呼んだ。だが、周りにいるセス達を見て、思わず手にしていた箒を落としてしまう。
 険しい表情で一行を見る。

「あなたは恵理様ではない……麻衣さんね? これはどういうこと?」

 可憐は絶妙な麻衣の変装を見抜いた。そこはさすがと言うべきか。
 麻衣は辺りの様子を探った。人影などは見当たらない。思ったより、この屋敷には人を割いていないのだ。

「お騒がせしてすみません。これには恵理さんの指示によるものです。できれば、可憐さんにも協力をお願いしたいのです」

 麻衣は神妙な顔で、静かな声で言った。
 可憐は即答できず、驚きに瞳を大きくしながら、それでも明晰な頭脳は事態の理解に勤めようとしていた。




 思い沈黙が流れた。暗い部屋にはいくつものモニタがあり、それは全て森川家の屋敷を映し出している。当然、それには今森川家で起こっている異変を映し出していた。

「一体これはどういうことじゃ」

 しわがれた声が問う。
 そこには三人の老人がいた。森川家の長老達である。
 深いしわを刻んだ白い肌。落ち窪んだ目は瞳だけが大きい。皆一様に痩せていて、ミイラのような印象すらあった。

「窮鼠が猫を噛みに来たか」
「ふむ……切り捨てられたと悟り、反乱にでたか。しかし屋敷に向かうとは稚拙よの」

 老人の一人が嘲笑を浮かべた。

「あれでも元は人の子。生家が恋しいのじゃろう」

 老人達はモニタに映る当主の姿が、麻衣による変装だと気づいていない。
 監視カメラの映像解像度はさして高くはないし、なにより彼らは傲慢な油断があった。

「しかし、あのセスがおるな」
「うむ。あれは少々厄介だ。クローンはどうなっておる?」
「ケイオスと恵理に当てた分で弾切れじゃ。三島に問い合わせたが、素体は使い切っており、新たなクローンを作るには時間がかかると」
「少々無駄遣いが過ぎたか。仕方がない、兵隊を送って叩かせる。セスを倒せなくても良い。完成品の素体さえ回収できれば後はどうとでもなるじゃろう」

 完成品というのは麻衣のことである。肉体的、精神的に彼女は最も完成されたクローンだった。それは長老達にとっても重要な存在だった。

「では、部隊を送るとしよう」

 一人の老人が決定を下し、二人が同意を示した。
 通信回線を開いた彼らは、部下の幹部にその命を下した。




 一組の少年少女がタクシーから降り立った。
 一帯は高層ビルが乱立する摩天楼。日が落ち、強い風が風がビルに当たってさらにその厳しさを増す。少女は風に髪を巻き上げられながらも、瞬きすら忘れたように、あるビルを見つめた。
 瑞穂高校の制服に身を包んだ彼女は、森川恵理である。それに付き添う少年は、もちろん裕也だった。

「なあ恵理……一つ聞いていいか?」
「どうぞ」

 裕也の問いかけに、恵理は振り返り微笑んで応えた。

「何で制服なんだ?」

 素朴な疑問だった。わざわざ制服に着替える必要はなかった。
 恵理はその質問に対して、少し言葉を選ぶように時間を置いた。

「これは、今の私が私のままでいられるように……願掛け、かな。そしてこれは絆だから。裕也や陽子達とのね。私が人間として暮らした、その時間を証明してくれる。私をこの世界に留めてくれる、絆だから」

 少女は目を細め、その記憶に刻み込まれた日々を思い出す。一年と少し、彼らの街で、この制服で過ごした日々を。
 大財閥、そして闇払いの娘として生まれ、それに相応しい教育と訓練を受け、魔物を殺すことを第一にすごしてきた大半の時間より、その運命から外れ、無為で普通であるが裕也たちと過ごした時間のほうが彼女にとってはるかに大切だった。
 その言葉の通り、刀の鞘を握る恵理の手は震えていた。無論、冬の寒さのせいではない。

「戦うのが怖いのよ……」

 裕也は驚いた。恵理はよほどのことでは弱音を吐かない。そして戦いに際して怖いという感情とは程遠い存在だと思っていた。

「これからの戦いはとても怖い。今まで私は誰かのために戦ってきた。家のため、誰かのため、戦う理由があった。その理由のためならどんなものでも殺せた。殺してきた。でもこの戦いは違うわ。私のため……誰かのためじゃない、自分のために戦う、自分ために誰かを犠牲にする。そう思うと、とても怖いの」

 恵理は唇を軽く噛み、頼りなさそうに視線を地に落とした。
 珍しい彼女の態度に、裕也は困惑した。言葉よりも先に気持ちが逸った。彼は思わず少女の細い肩を抱いていた。

「理由はこうじゃだめか。俺は恵理に帰ってきて欲しい。俺や、沢渡達のために無事に戻ってきてくれ」

 裕也は苦しげに言った。恵理は微笑み、肩を抱く彼の手に自らの手を添えた。

「ありがとう。やっぱり裕也についてきてもらって正解だったわ。私一人じゃ、どうにも前に進めなかったかもね」

 恵理は微笑み、顔を上げた。彼女の顔から怯えは消えていた。
 至近距離で見詰め合った二人は、口付けを交わす。お互い無意識に、自然に。
 恵理はそれが終わるとすぐに彼から離れた。

「行って来る」
「ああ」

 簡単な挨拶。恵理は背を向けた。
 が、半身振り返り、少し不安を覗かせた瞳を抜けた。

「裕也……あなたの目には未来の私はどう映ってる?」

 裕也は質問に少し驚いた顔を見せた。彼はゆっくりと目を閉じ、一段とゆっくりした動作でまぶたを開けて、少女の姿を見た。
 裕也は何も言わなかった。ただ、柔らかな表情で微笑んだ。

「ありがとう」

 恵理は小さな笑みを浮かべると、背を向けて長老達がいるビルへ歩んだ。
 太陽が沈む。ビルの陰が少女も少年も、全てを飲み込んで行った。

 夜が来る。計画通りの時間だ。吸血鬼の力を得た彼女にとって夜は味方だった。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ