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放課後TwilightZone 作者:水夜ちはる

3. 黄昏に立つ者

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第19話:「月の光を浴びて」

現代ファンタジー・吸血鬼モノの伝奇ライトノベル。
 動かなくなった足を引きずり、なおも前進する。
 全身傷だらけ、血まみれだった。痛みがないはずはない、だが彼女は僅かに笑みを浮かべ、紅い色の瞳には狂気をはらんだ喜色が浮かんでいた。痛みよりも、興奮が支配していた。少女はゆっくりと歩を進めた。もう右手しかまとも動かない。だがそれで十分だった。

「バカな、ありえない。この私が、こんなに容易く……」

 ケイオスは愕然とつぶやいた。
 目の前の少女が闇払い、森川恵理のクローンであることは彼も把握していた。侮るべき相手ではないことも知っていた。複数に展開したケイオスの個体たちを、クローンたちも組織的に分散し、撃滅しケイオスを追い込んだ。

 森川家の情報網はケイオスの予想をよりも高かった。
 進退窮まったケイオスは残った個体で決戦を挑んだ。それでも数的優位を取れた彼はクローンのほとんどを殺すことができたが、戦闘能力を極限に引き出されたクローンにその全てを滅ぼされた。

 最後は一対一になっていた。
 最後に残ったクローンはぼろぼろだった。左足と左手の骨は砕け、内臓もズタズタだった。それでも歩みを止めない。それは吸血鬼の能力だけではない。強い薬物が投与されているのだ。
 一方の最後のケイオスも身動きが取れないほど傷ついていた。

「おのれ……」

 彼は怨嗟の声を上げた。それが最後だった。クローンの右腕が彼の頭蓋を打ち砕く。それは吸血鬼でも致命傷だった。

 滅びた彼は灰になり、夜風に洗われていく。
 ケイオスは滅んだ。だが、あくまでこの土地のだ。彼は全世界に個体を持ち、生きながらえる。その全てを滅ぼさねば彼は死なない。それは事実上不可能だった。セスとケイオスとで千年後、命を永らえている可能性を賭けにしたら成立しないだろう。生命体として彼は地上で最強だった。
 だが、それでもこの土地のケイオスは滅びた。それはかつて例を見ない快挙であった。

「ふは、あはははは。勝った。殺した!」

 狂気に囚われたクローンはケイオスの気配がないことを知ると、高らかに叫んだ。
 喜びに打ち震え、笑う。

「これで、私は本物になれる! 私が、家の、主だ!」

 彼女は空を見上げて叫ぶ。手を広げ、空をつかむ。まるで夢をつかむかのように。
 刹那、彼女の体が限界を向かえ、大量の血を噴出した。

「わたし、がほんも、のに……」

 少女の体が崩れて行く。風が吹き、徐々に灰へとなった身体を崩して行く。
 満ちた月を映した瞳から涙がこぼれ、血に塗れた頬を洗う。

 ケイオスを滅ぼせば、クローンの扱いから、本物の森川恵理にしてもらえると、彼女達は刷り込まれていた。単純な洗脳だった。吸血鬼に覚醒され、強い薬物を投与された彼女達はただの使い捨てだった。
 狂気に身を任せ、体の興奮のままに闘い、散った。

 私達は作り物の人形で、本物などになれはしない――。

 彼女達ははじめから気づいていたのかもしれない。目覚めたときの違和感。大量に存在する自分。代わりのいる自分。
 その中で「本物になれる」と言う夢は、雲をつかむような、そして唯一の希望の糸だった。洗脳以前に、作り出された彼女達は、それにすがるしか方法がなかった。

 月が見ている。話しかける。
 彼女は僅かに微笑んだ。月は一つ、その死を迎え入れた。

 全てが灰になって夜に消えた。吸血鬼は滅べば灰に変わる。何も残らない。彼女達の想いも、肉体も。
 月だけが彼女達の最後を知っている。望んで生まれたわけではない。望んで死んだわけではない。そんな悲劇を優しく光で包んでいた。




 月を背にセスは不敵な笑みを浮かべながら、その象徴となる金色の髪を揺らした。
 恵理たちは動けなかった。蛇に睨まれた蛙の気分を存分に味わう。
 刺すような沈黙が夜の静寂の中を流れた。

「なかなかやるじゃない。力を失ったと聞いたけど、それでも並の吸血鬼では相手にならないでしょうね」

 セスは満足気な声で感想を述べた。彼女は先の恵理の戦闘をどこかで見ていたのだ。
 恵理の戦いは彼女を満足させるに至った。

「それはどうも……でも、何故あなたがここに? まさかお世辞を言いにきたわけじゃないでしょう?」

 恵理は注意深くセスの表情を探る。だが、彼女は赤い瞳に薄い笑みを浮かべるだけで、その真意を見ることができなかった。

「そうね。気になるものを追っていたら、あなたに行き着いた。と言うところかしら、そうしたら面白いものが見れた。二つね」

 セスは左手をひらひらと振り、おどけたしぐさをした。

「面白いもの?」
「私はクローンを追っていたのよ。あなたのクローン。ずいぶんと未熟な精神を持っていたようだけど。あれはあなたの家のものだから、てっきりあなたとあれは、手を組んでいたと思ったんだけど、クローンの気配を見つけて追ってみれば、あなたとクローンが戦ってるじゃない? 面白いものの一つはそれ。もう一つはあなたの戦い方よ」

 セスは後者を強調した。彼女は好戦的な吸血鬼だ。それも目的があってのことではない。いや、目的と称するならば自己満足と言う言葉が似合う。
 恵理は空気に静電気が走ったような緊張を覚えた。

「あなたは力を失った。それでもあのクローンたちに勝利した。実に興味深いわ……」

 セスはもう一度、恵理と戦ってみたいと思った。
 恵理の手には未だ霊刀・小月があり、その一太刀はセスでさえ一撃で滅ぼすであろう。恵理がクローンたちを倒したときのように、相手の動きを読み、その力を利用するような戦いをできれば、勝負になると言うことだ。

「できれば、無駄な闘いは避けたいところだけど」

 恵理は小月を構えた。全身をゆったりと構え、無駄な力を抜く。その姿勢はどんな方向にも、どんな攻撃にも即座に対応できる。
 少女に恐れはない。圧倒的な力の差。通常の人間ならば、恐怖にその全身を強張らすだろう。その緊張は実力差以上の結果を生み出す。それが彼女にはない。セスは心が躍った。むしろ、飢えの力を持っていたときの恵理との闘いよりも、面白いと感じる。

 セスの右足に力が入った。
 刹那、彼女の姿が消える。目にも止まらないほどの速さで、恵理に飛び掛ったのだ。
 二人の体が交じり合う。

 そして静寂。

 二人の表情には、闘いの興奮も怒りも恐怖もなかった。
 その後、セスは少しだけ寂しそうな表情を浮かべた。
 恵理の膝が崩れる。下半身から力が抜けて上半身が一歩遅れて崩れ落ちた。

「恵理!」

 裕也の絶叫が夜を切り裂く。
 恵理の刃は、寸でのところでセスに届かなかった。一瞬と言う言葉ですら冗長なほど僅かな差だったとセスは思った。

「惜しかったわね」

 セスは目を細めて、微笑むと倒れた恵理の元を離れようとした。だが、恵理は必死に立ち上がろうとした。だが、激痛で下半身が言うことを利かない。立ち上がろうとして、再び彼女の肌は土を舐めた。

「無理よ、しばらくは。勝負あり、でしょ」

 セスは少し残念そうに、だが穏やかな表情で言った。
 だが、恵理はあきらめない様子だった。
 その彼女をそっと支えるものがいた。裕也だった。
 恵理もセスも驚いて少年を見た。

 裕也は力の入らない恵理から小月を奪うと、剥き身の刃をセスに向けて構えた。
 恵理は動けない。彼女を助けなければいけない。彼はそう思ったとき、無意識に行動にでていた。

「俺の未来視は、その見えた未来を必ずしも変えられるものではないかもしれない。だけど、俺にはあんたを倒す可能性がある」

 恵理は相手の動きを読み、最速の反応でそれに対応する。だが、セスの動きには間に合わなかった。だが、裕也はそれよりも早くセスの動きを知ることができる。

「未来視の少年か。なるほど」

 セスは驚きの表情を浮かべたあと、その優美な口元に笑みを浮かべた。
 セスは嬉しそうに言う。

「いいね、少年。すばらしい勇気ね。賞賛すべきものだわ。たしかに君には私を倒す可能性がある。森川恵理よりもね。その破魔の剣を使い、未来視で私の動きを先読みすれば、あるいは私を殺せるかもしれない」

 セスはゆっくりと歩み寄った。裕也は威嚇と虚勢で強く剣を構えた。恵理は危険を感じ、彼を引き下がらせようとしたが体が動かない。
 その刹那、セスの姿が二人の視界から消える。
 一瞬だった。裕也は鼻先にセスの細い指が突きつけられていた。

「なっ……」

 驚きのあまり体が硬直する。

「あのカラテの女、森川恵理、そして未来視の少年。まったくこの街は面白いわ。これだけでこの街に来たかいがあったと言うものよ」

 セスはその突きつけた指をどうすることもなく、ひらひらと揺らしておどけた。

「君がもし訓練を受けていたら、君は私を殺せたかもしれないね。でもそれは可能性の問題。素人には無理。奇跡は努力と言う代価を支払って起こるものよ」

 セスはそういうと音を立てて笑った。その笑顔は無邪気で無防備なものだった。
 だが彼女はこうも思う。その奇跡と言う僅かな確率に立ち向かう人間。だからこそ人間と言う種は数々の奇跡を歴史に刻んできたのだと。
 恵理は痛みに耐えながら、セスの真意を知ろうとした。だが、あるいは言葉そのままが、彼女の真意なのかもしれないと恵理は思い始めていた。

「ま、余興はこれくらいにして……あなた達は実に愉快だけど、それを帳消しにする存在が二つ、この街にはいる」
「一つはケイオス、一つはクローン?」

 恵理はよろよろと裕也に捕まりながら立ち上がり、尋ねた。セスはご名答と首を縦に振って、麻衣を見た。
 麻衣は驚いて体を震わせた。クローンである彼女は本能的に危険を感じた。

「それもクローンね。まったく……命は一個だから面白いのに」
「不老不死に最も近い、吸血鬼のあなたが言うことかしら?」

 恵理は呆れた口調で言った。

「永遠の寿命だったとしても、私だって死ぬときゃ死ぬわよ。そのリスクをかけるから、楽しいわけじゃない」

 セスは憮然として言った。

「その命をまるで安売りのオモチャの様に扱う、あなたの家のことも気に食わないわ」

 嫌悪感を露わにしてセスは言う。彼女は千年を生きてなお、その感情は子供のようにストレートなのだ。

「実は、闇の世界ではあなたの家は割と評価が高いのよ。最もそれゆえに人間の世界では異端とされるのだけど」

 一同はセスの言葉に驚いた。
 森川家、つまり闇払いは魔物を退治するのが役目である。本来なら敵である存在だ。

「あなたがそうであるように、森川家は闇の血を受け入れて、魔物を退治する特殊な存在よ。つまり人間の側に立ちながら、半分は闇の者を認めているってこと。代々あなたの家は、土地の闇の者と共存の道を選んできた。人間社会に強い影響を与えなければ、その存在を黙認しながら秩序と均衡を守ってきたのよ。狂信的な他のエクソシスト達とは違いはそこね。彼らは徹底的で不毛だった。あなたの家は宗教の影響をあまり受けていないから、かもだけどね」

 セスは穏やかな表情で説明した。すでに彼女の興味は闘いにはないようだった。恵理は少し緊張を解いた。

「でも、今の森川家は科学と言う新たな宗教に取り付かれた。それは今までの家の方針より、ずっと人間側に偏っていた」

 淡々とした口調で続けたのは恵理だった。
 彼女自身は森川家が魔物と共存してきたこと、そして今それを破棄しようとしていること。事実のすべてを知っているわけではない。情報をつないだ憶測だ。だが事実から遠いところにあるわけではないと彼女は確信した。

「今のあなたの家を裏で仕切ってるのは……あなたと同じ血を持つものなの?」
「いいえ。ただの人間よ」

 長老達のことは恵理ですら知らない部分が多い。だが、同じ一族であっても吸血鬼の因子を持つのは直系のみだ。そうでなければ、彼女がこれほどの苦労を負うことはない。

「なるほど、もし相手が共存を望まないなら、こっちとしてもやるべきことはやらないとね」

 セスは不敵な微笑を浮かべた。彼女は売られた喧嘩は喜んで買うほうだ。森川家が闇の者をすべて滅ぼすと言うのなら、彼女とて徹底的に彼らを滅ぼすだろう。
 恵理は厳しい顔でセスを見た。

「どうしたの? 切り捨てた家ですら、あなたは庇うつもり?」

 セスの口調は挑発するかのようだった。だが、恵理は表情を変えず沈黙を保った。
 思わぬ緊張が走る。

「家を守るのは当主として当然だわ。けど……今の体制を守ると言うわけじゃない」

 恵理の声は冷静だった。自分の感情を押し殺しているかのようだ。
 セスはその言葉を聞き、満足そうに笑った。

「期待通りの答えだわ。どう? 私もクローンなんてやり方は気に食わないし、手伝ってあげてもいいわよ」
「援助ならいらないわ」

 恵理はきっぱりと言った。セスは鳩が豆鉄砲をくらったような顔で恵理を見た。

「私はあなたに森川家の情報を提供する。現体制を崩し、私が実権を握れば、かつての秩序を取り戻す。援助ではなく同盟ならば、私はあなたを受け入れるわ」

 恵理は毅然とした態度でセスを見つめた。実力差は先の一撃で明らかだ。それでもなお卑屈にはならない。彼女は二度セスに敗れたが、屈したわけではないのだ。
 セスは驚いた顔をしばらく続けた。が、堰を切ったかのように笑い始めた。身体を折り、腹を抱えるようにして。

「面白い! いいね、乗るわ、その話。この土地の闇の者がどうなろうと私の知ったことじゃないけど、そのあなたとその考えは素敵だわ」

 セスはひとしきり笑うと、右手を差し出した。恵理の提案を承諾したのだ。
 恵理も右手を出し、握手を交わす。

「あなたのこと、結構好きよ。無謀で、真っ直ぐで、そして賢明」

 セスの評価に恵理は目を瞬いた。そして肩をすくめて苦笑する。

「……私はあなたのこと嫌いよ。わがままで粗暴で、非常識に強いんだもの」
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