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放課後TwilightZone 作者:水夜ちはる

3. 黄昏に立つ者

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第18話:「信じる力」

現代ファンタジー・吸血鬼モノの伝奇ライトノベル。
 夕方の雨雲は嘘のように消え失せ、風に洗われた空は冴えて、冬の青さを際立たせていた。その青の中には月が一つあって、満月に近づいていた。その光は地上に立つ人物を浮き上がらせるには十分な明るさを持つ。

 恵理は病院の正門に佇んでいた。
 月の光を浴びて吸血種はその力を増すと言う。
 静寂の深夜、彼女のコートから電子音が鳴る。携帯電話のコールだ。

「遅くなって申し訳ありません……連絡に手間取りました」
「苦労をかけるわね、芹香」

 恵理は少し表情を緩め、柔らかに言った。携帯電話の不明瞭な音声は渡辺芹香の声だった。単なる主従を越えた絆が、この二人にはある。その絆の強さゆえに、森川家に対する不義を問われ、今の芹香に自由はない。恵理への連絡も相当の苦労があったはずだ。

「長老達は事態に対し、最後の手段と言えるべき策をとりました」

 芹香の声が曇る。恵理はそれを静かに次の言葉を待った。彼女はある程度予測していた。

「クローンね」
「恵理様のクローンを覚醒させ、薬物による強制催眠と記憶操作を行い、セス及びケイオスら吸血種の排除にあてると」

 おぞましい計画である。恵理は胸の中をどす黒いものが侵入してくるような嫌悪感を覚えた。彼女は一つ息をついて頭の中を切り替える。

「そう……ケイオスは裕也を狙ってすぐに嗅ぎ付けてくると思ったけど、なるほど、老人達の計画は今のところ成功している、と言うことね」

 小田桐と夏希は家に帰ったものの、裕也たちは病院に未だ留まっていた。
 裕也たちは家をケイオスに襲われていたし、麻衣も帰る家がなかったからだ。

「芹香、ありがとう。少し状況が見えたわ。回線を探られる可能性がある。早く切って。またあなたに疑いが……」
「いえ、構いません」

 芹香は恵理の言葉を遮った。恵理は軽く驚きの表情を作った。主人の言葉を遮る芹香を恵理は何度聞いただろう。長い付き合いの中で、それは記憶を探らねばならないほどだった。

「それよりもクローンの目標の一つに、恵理様……あなた自身も含まれているのです。これだけは伝えねばと思いました」

 恵理は目を見開いて驚いた。

「なるほど……そうね、クローンがセスやケイオスを倒せば、私は不要と言うわけね。吸血鬼になった私を、老人達が放置するわけはないと思っていたけど」

 恵理は自嘲気味に言う。

「恵理様……恵理様。たとえあなたがどうなろうと、私は恵理様の芹香です。たとえ姿かたち、声すら同じものを用意されても私は――」

 芹香の声は電話の向こうで震えていた。彼女がどんな顔でいるか恵理には手に取るように分かる。

「芹香、ありがとう。あなたの気持ちは、私の勇気になる。あなたがいてくれるから、私はまだ私でいられる」

 吸血種の遺伝子が目覚めた。それは後戻りできない事実だ。だが、まだこうして理性を保っている。大切にしてくれる人がいる。そういう人がいるからこそ、彼女は彼女でいられる気がした。少女はそれを誇りに思い、前に進む勇気とした。
 吸血鬼の本能と、自身すら殺そうと言う吸血鬼殺しの遺伝子。それと付き合っていく未来は厳しいものだ。彼女自身それを感じていたし、その上での覚悟だ。

 恵理は一時の別れを芹香に告げ、電話を切った。
 月影に蠢く気配があった。彼女はその気配を察していた。

「ケイオスが来ると思って、ここにいたわけだけど、こう言う事になるとはね」

 誰にも聞こえない声で皮肉る。月光に導かれたその姿は、彼女自身、そうクローンたちだった。
 恵理は手にした剣を鞘から抜き、白い布で右手に固定した。この刃は何があっても手から離さない。飢えの力を失い、能力的に劣る彼女の不退転の決意だった。




 芹香は通話の切れた受話器を握り締め、微かに震えた。

「吸血鬼に堕ちたことを知って、それでも臣従を誓うか……忠義者といえば聞こえがはいいが、私に言わせればそれは頑固者だ」

 そこは三島洋介の私室だった。芹香は現在森川家に拘束され、三島の下で研究解析の対象とされている。

「どの道、クローンに襲われては御当主殿も……」
「いいえ、それでも信じます」

 芹香は睨みつけるように三島を見つめ、否定した。
 三島は肩をすくめた。合理的でない考え方は、科学者である彼には理解のできないものだった。

「でもなぜ、恵理様との連絡を取らせてくれたんですか?」

 疑心暗鬼の表情で問う。

「君の境遇に同情して……と言うわけではないさ。それは私の柄じゃないしね」

 三島はメガネの奥で目を細めた。

「私にだって不満はある。クローンとはいえ、一個の命あるものを使い捨てにする森川家の老人達に疑問を持っている。科学者として、私の生み出した作品を踏みにじられる思いだ。言葉に不満を覚えるかもしれないが、私にとっても大事なものと思うのだよ」

 三島にとって森川家という特異な遺伝子を持つ素体は、非常に興味深いところであった。血の存続に難を抱えた森川家と遺伝子工学研究者の彼との利害は一致したが、ここにおいて双方の考えに軋轢が生じ始めていた。
 とはいえ、彼も森川家の決定には逆らえなかった。クローンを調整し、吸血鬼の殲滅へ向かわせた。吸血鬼には森川恵理オリジナルを含んだ。
 飢えの力を発動させたクローンは強い。森川家の強引な作戦には勝算があってのことだろう。それは芹香にも理解できることだ。それでも彼女は信じている。彼女がそうまで信じる恵理が、どんな計算外の結果をもたらすのか否か、彼は興味を持ち始めていた。




 麻衣は胸騒ぎがして目を覚ました。身体は疲れきっているはずなのに、脳がいやにはっきりとする。胸が高鳴り落ち着かない。
 ここは病院の一室だった。沢渡の入院している病院である。
 使われていない病室を使い、麻衣と明彦、裕也と千明は仮の宿としていた。
 ケイオスに自宅を襲われた裕也たちと、麻衣は変える場所がない。明彦も麻衣を置いて帰るわけには行かなかった。

「外?」

 麻衣は小さくつぶやいた。理由はわからないが、その胸騒ぎの原因が外であるような気がした。

「どうしたんだ?」

 眠りが浅かったのか、裕也が起き出して、麻衣に声をかけた。

「え、うん……胸騒ぎがして……」

 裕也は恵理のベッドを見て、その姿がないことに愕然とした。

「くそっ、何か起きてるんだ。君の胸騒ぎはただの気のせいじゃない。恵理の身になにか!」

 裕也は弾かれたようにドアに向かった。その手を麻衣はとっさに捕まえた。

「私も行く」

 麻衣は不安な表情ではあったが、強い意志を瞳に浮かべて訴えた。
 裕也は少し躊躇したが、麻衣が何かを感じているならば、恵理へたどり着くには彼女の勘は重要だと思った。

「よし! いこう!」

 裕也は頷いて二人は廊下へ飛び出した。
 麻衣は迷わずリノリウムの廊下を駆けていく。恵理が外にいることは胸騒ぎが伝えていた。

 病院の玄関まで来たとき、月で明るい外の様子が二人の視界に入ってくる。
 それは恵理とクローンたちの壮絶な戦いだった。
 数の上からでも、恵理は苦戦していた。

「助けないと!」

 麻衣はその方法も考えず、叫んで駆け出そうとした。
 その腕を裕也がつかむ。

「待て……俺たちが行ってどうなる?」

 裕也は低い声でつぶやいた。

「だからって、このまま見てるって言うの? あなたあの人の彼氏でしょう!」

 麻衣は感情のままに叫ぶ。
 次の瞬間、裕也が震えていることに麻衣は気がついた。吸血鬼を恐れていてのことではない。悔しさだ。大切な人を守る力のない、無念さだ。彼の目がそう語っている。

「恵理が、先に外に出ていたって事は、あいつは俺たちを危険から遠ざけるためにした行動だ。今俺達が出て行っても、恵理に迷惑かけるだけだ……」

 麻衣を掴む裕也の手に力が入る。麻衣は少し痛かったが、じっと彼の顔を見つめた。

「信じろ……信じるんだ」

 彼は自分の心を言い聞かせるようにつぶやいた。




 白銀の刃が、天を突き月へ届かんばかりである。
 恵理は手にした剣を下段から一気に振り上げ、自分の生き写しを切り裂いた。切り裂かれたそれは、断末魔の悲鳴を上げ、灰塵へと変わる。霊的な加護を得た霊刀・小月の力である。

「ようやく、ひとつ」

 恵理は息も荒く、剣を構えなおした。
 四体のクローン相手に防戦一方だった。だが、彼女は辛抱強く敵の攻撃を耐え続けていた。

「くっ……どう言うこと?」

 クローンは叫んだ。人を遥かに超える力で大地を蹴り飛び掛っていく。しかし恵理はその動きを見て、剣をさばき、流れるようなステップで交わす。早さも膂力もクローンが上である。苛立ちを隠せないのは攻め立てているクローンの方だった。
 元々恵理は、人間の身体で吸血鬼を倒してきた実績がある。圧倒的な身体能力差を埋める技術があった。クローンたちが焦り、強引に力押ししようとすればするほど、恵理はその力を利用し、一撃必殺の小月の太刀を浴びせた。
 月光の下、無念そうなクローンたちが崩れ落ちていく。彼女らには彼女らの未来があったことだろう。それが泡沫であったとしても。

 恵理は一人佇み、息を整える。表情は変わらないが、生き写しの成れの果てを見て、湧き上がる嫌悪感と不安感に耐えていた。

「恵理! 大丈夫か?」

 裕也と麻衣が駆け寄った。
 恵理はゆっくりと振り返り、微笑んだ。

「裕也、起きてたのね。心配をかけるつもりはなかったけど」

 恵理は少し疲れた顔だ。ミスは許されない死闘は精神をすり減らすのだろう。裕也はそれが心配になった。

「どうして外に居たんだ? それにさっきのは……クローンだろう?」

 恵理は表情を改め、視線を少し落とした。

「本当はケイオスの襲撃を警戒していたのよ。彼はあなたの目を狙ってるから……」
「俺の目?」

 裕也は驚いて、その目を見開いた。

「ケイオスはその血を吸った相手の能力を得る。いえ能力だけでなく、その肉体もだけど。あなたの未来を見る目は彼にとっても、とても珍しくて有用なものなのよ」

 裕也の未来視は彼自身だけでなく、恵理達の未来を見ることで、いくつかの奇跡を起こしている。

「あなたの目なら、あのセスが相手でも先制を取ることができる。あなたは世界最強の人間になる可能性があるのよ」

 裕也は憮然とした。彼はそれでスポーツを辞めた過去がある。

「スポーツとか、そういう甘い者の考えじゃないわ。殺し合いの話よ」

 裕也の脳裏を見透かしたように恵理は言った。小さく微笑み、冗談ぽく言うが、彼女が言うとどこまでが冗談なのか分からない。

「けど、ケイオスはここを襲うような状況でなくなっていた。事態は彼はもちろんのこと、私の予想も超えたところに進んでいたのよ」

 恵理の口調に真剣さが戻った。

「森川家の老人たちは最後のカードを切った。セスとケイオス、闇の世界でもこの名うての二人を撃退できたなら、その世界での立場を強めることができる……本当なら私を当てて、二人と刺し違えさせるつもりだったんだろうけど、私は沢渡の血を吸い、力は半減した。今の私ではセスとケイオスには対抗できないと見たのね」

 彼女の声は自嘲でも嫌悪でもない、その事実を淡々と口にしている。

「そんな……あなたは本物でしょう? 当主なんでしょ? なのに、あなたさえそんなあっさりと」

 麻衣は愕然としてつぶやいた。自分がクローンだと認識した彼女は、恵理に超えられない壁を感じていたが、それが違う意味で崩される。

「そんなものよ。本物かどうかは大切じゃない。血を保つことと家の面子を守ること。それが最優先事項なのよ」

 恵理は麻衣を見つめた。冷静な顔だが、瞳には悲哀と寂寥が浮かんでいた。

「帰るべき家を失うと言うのは、悲しいものね」

 恵理の言葉に麻衣ははっとした。麻衣は偽の家族だったとはいえ、突然その家族と家を森川家に奪われた。父と母は仮のものだったが、本当の親子のように勤めてくれたと思う。そして今、森川恵理も一族から切り捨てられた。

「必要とされないのは、とても怖い」

 恵理は両腕を重ね、自らを抱きしめた。珍しい、彼女の弱音。

「馬鹿言うな。俺が、俺達が恵理を必要としてる。そんな寂しいこと言うなよ」

 裕也が強い口調で言った。それは半ば苛立ったような声だった。その感情の溢れ方に恵理は驚いたし、同時に嬉しかった。

「ありがとう、裕也。とてもうれしい」

 恵理は少し恥ずかしそうに笑って、裕也を見た。
 彼を初め、芹香や沢渡など、決してたくさんの人間ではないが、望まれている自分がいる。恵理はそう思うと胸の奥が熱くなった。
 冷たい冬の夜の空気が少しだけ和らいだ気がした。

「けど、恵理……こう言うとなんだけど、恵理はずいぶん力をなくしたはずなのに、クローン達を倒せたわけだ。その程度のクローンじゃ、セスやケイオスを倒すのは無理なんじゃないか?」

 裕也の疑問はもっともだ。飢えの力を失っていない状態でさえ、恵理はセスに苦戦していた。

「私は相手の実力が上だったとしても、それに勝つ方法を知ってるわ。もちろん、相手が力押しで来るときに限っての話だけど。それを計算に入れたとしても、ケイオスはともかくあのセスが簡単に倒されるとは、考えにくいわね」

 恵理は唇に指をあて、考え込んだ。
 単純にセスの力が森川家の計算以上に強いだけなのか、それとも違う調整を施されたクローンがセスに当てられたのか。
 そのとき、恵理は近づいてくる気配を感じ、悪寒に背筋を振るわせた。
 慌ててその方角を確かめる。

「ご名答。さすが未来を見る目、それは目の能力? それとも素敵な洞察力? その力をもってすれば、この私を殺せるかもしれないわよ」

 月光をアクセサリーに金の髪を揺らして現れたのはセスだった。
 微笑を浮かべて三人を見る。
 不敵で大胆で気まぐれな最強の吸血鬼を前にして、恵理たちは戦慄の他に何もできなかった。
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