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放課後TwilightZone 作者:水夜ちはる

3. 黄昏に立つ者

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第17話:「草薙の闘い」

現代ファンタジー・吸血鬼モノの伝奇ライトノベル。
 風に切り裂かれた雲から真円に近づいた月が覗いていた。
 月影を背に金色の吸血鬼は優雅な足取りで夜の街を歩いていた。
 満月が近づくと力が満たされるのを感じる。それがどう言った因果関係であるか、彼女は知らなかったが、千年の時間はその事実があることを彼女に伝えていた。

 既に人通りもなく、車の往来もまばらだった。
 ケイオスはセスと接触していた。
 千年を生きる二人の間には、過去に大きな遺恨はない。だが、お互い反目しあっている。それは生き方の価値観によるものであろう。特にセスはケイオスを見下していた。最も強くなることで孤高の美を得た彼女にとって、群れてその生命を存続させるだけのケイオスは醜く軽蔑すべき存在だったのだ。
 セスは月を背にケイオスを嘲るかのように見た。

「何の用? あなたから私に会いに来るなんて」

 だが、ケイオスも臆さなかった。彼がセスにおびえる理由などない。セスの前に現れた彼は、紛れもなく彼自身だったが、一個の彼は彼の一部でしかないからだ。これが破壊されようが、彼全体には大した問題ではない。

「森川恵理はもうお前を満足させることはできない。それを伝えに来てやった」

 セスは形のいい眉を不機嫌そうにゆがめた。

「奴は吸血鬼の『飢え』の力を使い、混血でありながら通常の吸血鬼を凌駕する力を得ていたが、その力は失われた」
「血を飲んだ、と言うこと?」

 セスは言葉を裏を読み、事実を把握した。

「そうだ。奴にはもうお前に対抗する力はない」
「なるほど、よく分かったわ。それであなたが私にそれを伝えてどうしようというわけ?」
「私はこの街を支配下に置く」

 ケイオスは端的に言った。トランシルバニアのワラキアが有名だが、吸血鬼は土地を支配し、その土地の人間を捕食する。この土地で言えば、藤井や草薙真奈美がそれと言えよう。現代では表立った支配はしないが、他の闇の一族を排他し、縄張りを守っている。
 またこの地は、血を吸った者を取り込むと言う、ケイオスにとって価値のある土地だった。春日井裕也のような特殊な力を持った人間を生み出しやすい土地であるからだ。
 セスはケイオスの意図を知って軽く舌打ちした。

「それで私にこの土地を去れ、と言うことか」
「そうだ。お前は特定の土地を持たない。お前には興味がないだろう? 私はこの月が満ちるのを待つ前にでも障害を排除し、この街を支配する。お前がここに留まる理由などない」

 月は満月に近づいている。さほどの時間を必要としないことを彼は示した。彼の言う障害は土着の吸血鬼と闇払い森川恵理のことだ。それを排除することは彼にとって容易い。

「たしかに、私はこの街に興味を失った」

 セスは目を細めてつぶやいた。その声には落胆と未練が僅かに含まれている。森川恵理が力を失ったとしたら、彼女の興味である、強者との拮抗した戦いは望めないからだ。

「しかし、だからといってお前に従う理由も何一つない」

 セスは軽く笑い、その金色の空の月に溶かし込むかのように、ケイオスの前から気配を消した。




 スニーカーの紐を結びなおし、口の両脇を軽く締める。草薙真奈美は真剣な面持ちだった。彼女のセーターは一部解れがあったり、彼女自身も全身ところどころに汚れが目立った。
 彼女は既にケイオスに狙われており、その刺客を何とか撃退していた。

「本気でやりあう気でいるのかよ」

 傷ついた彼女が転がり込んだ先は藤井の店で、現在のところこの街で彼女拠ることができる最も有力な場所だ。先輩吸血鬼である彼を頼りにしていると言っても良い。
 だが藤井は彼女と協力することを拒否した。彼はケイオスの恐ろしさを知っていたからだ。彼はこの街にケイオスが現れた時点で、いつかは逃げ出さなくてはならないと考えていた。ケイオスの個々は、草薙でも何とか撃退できるほどの能力だが、それが何人いるか分からない。吸血鬼といえど体力は有限であり、疲労が溜まればいつかはケイオスに倒されるだろう。

「ま、藤井さんはこの街が地元ってわけじゃないし」

 草薙は乱れた髪をかきあげ、穏やかに笑った。ケイオスのことは彼女なりに知っているつもりだった。自分のやろうとしていることの無謀さも。だから、彼を無理矢理に巻き込もうとも思わなかった。

「何かあるような街じゃないけど、私はこの街で生まれ育ったし、友達や好きだった人もいる。何もしないまま、敵がとんでもない奴だからってただ逃げるのはいやだ」

 草薙は紅い瞳に強い光を乗せて言った。
 藤井はそれを直視し、真剣な顔で向き合った。

「長生きしねえぞ、お前」

 草薙は笑った。

「私はね、一年前に死んだの。吸血鬼に噛まれて。人間としてはね。吸血鬼になって命を繋ぐことになったけど、私はまだ『人間』でいたいのかも。吸血鬼として長くやってれば、吸血鬼としての将来とか生活とか考えられるかもだけど、やっぱりたった一年。よく考えられない。それよりもこの街に生まれた人間として、友達とか守りたい。それで死んでも構わない。私は一年前に死んだのよ」

 少女の笑顔は大人びていたが、憔悴しどこか儚く悲壮であった。
 若い吸血鬼が、人であったころの思いが強く、狂ったり滅んで行くことはよくあることだ。藤井はそれをよく知っている。
 彼にも人である時はあった。だが、吸血鬼としての長い年月を重ねてしまった彼は、その記憶は擦り切れてしまい、上手く思い出せない。目の前の少女のような、感情に任せた判断をすることができない。藤井はそれをなぜか懐かしく思い、彼女を羨んだ。

「さて、そろそろ行こうかな。ここに長くいちゃ迷惑だもんね」

 草薙は大きく伸びをすると、入り口のドアに手をかけて言った。
 協力を拒んだ藤井に対し、一切の恨み言は見せなかった。藤井は懐かしむような表情で、彼女を見送った。

 彼女にとって今夜は長い夜になるだろう。
 それが最後の夜にならないことを、彼は願っていた。




 吸血鬼同士の戦いは凄惨である。互いが驚異的な生命力と回復力を持つため、多少のダメージでは相手を倒すことができない。したがって相手に回復不可能な、もしくは生命力を根こそぎ奪うような攻撃が必要である。

 草薙真奈美はそんな過酷な戦いの中に身を置いていた。彼女はほんの一年前まで、ただの高校生でしかなかった。一年前、吸血鬼事件に巻き込まれ、血を吸われて吸血鬼となった彼女。血を吸った親吸血鬼、黒崎竜将は死に、彼女は独立し土着した吸血鬼となったのだが、その一年は平坦なものではなかった。その一年は闇の者との戦いだった。闇の世界は、実力が全てなのである。新参である彼女は特に狙われ、辛辣な日々が続いた。それを生き残ったのは彼女に資質があった他ならない。特に親の吸血鬼の支配すら跳ね除けた精神面での強さ、それが際立っていた。

「このぉ!」

 力任せに肉と骨を砕く。ケイオスの一部は肉片となって砕ける。
 それはもう三体目だった。流石に体が重い。返り血をぬぐい、息を整えようとするが、肺は依然として熱い。実力で劣る彼女はケイオスと戦い、勢いのままに三体を滅ぼした。その戦果にさすがにケイオスも驚いたが、彼はためらわず戦力を追加し、彼女に戦闘の継続を強いた。吸血気の体力も有限である。少女の勢いはいつか途切れる。
 草薙は首元をつかまれ、締め上げられた。気道がつぶされ、息が詰まる。

「かはっ……くっ」

 窒息など狙っていない、首の骨を折るつもりだ。草薙は悪寒を覚え、無理やり引きちぎるようにそれから逃れる。次の瞬間には背後から髪をつかまれ、引きずり倒された。慌てて立ち上がったところに正面から蹴りをもらって壁まで吹き飛ばされた。
 息が上がる。明らかにケイオスは消耗を狙ってきていた。
 草薙にもその狙いが分かった。自分が当初の勢いを失っていること、体力の限界が近づき、動きが鈍っていること。ケイオスの術中であることは明らかだった。

 だが彼女は引かなかった。
 この街を守るため。それは誰にも感謝などされない。彼女など見向きもされない。路地裏の私闘と同じだ。ケイオスより彼女の方がこの街にとって多少安全かもしれないが、所詮吸血鬼は吸血鬼。人間の敵でしかない。だが、たった一人で彼女は戦った。彼女の敵である人間のために。いや、彼女の大切なものを守るためだろう。彼女が人間として生きた思い出の街。それを失うには彼女はまだ若すぎた。

 左右から挟みこまれた草薙は動きを封じられた。必死に振りほどこうとするが、彼女にその力は失われていた。ケイオスの一人が、彼女の腹部に痛烈な一撃を入れる。

「ぐっ……げほっ」

 胃液がこみ上げ、涙がこぼれる。彼女の体から力が抜け、彼女を捕らえていた両脇のケイオスが力を抜くと彼女は膝から崩れ落ちようとした。
 だがケイオスはそれを許さず、少女の形のいい顎を膝で蹴り上げた。草薙の視界が激しく回り、天地が分からなくなる。
 伸び上がった身体を背後のケイオスが、地面に叩き付ける様に蹴り落とした。
 草薙の視界にはその一連が何分ものスローモーションのように映った。
 草薙の身体は冷たいアスファルトをきしませて、横たわった。

「つっ……くっ」

 それでも意識のある彼女は必死に立ち上がろうとした。
 だが、力が入らない。腹部への一撃は下半身の力を、膝蹴りは脳を揺らし、意識を朦朧とさせた。

 勝負の帰趨はついた。いや、それは初めから決まっていたと言っても無理もない。
 ケイオスは這い蹲る彼女の腕を極めて、その動きを封じた。
 ケイオスは笑みを浮かべて戦いの終焉を表した。そして同時にこの若い吸血鬼に興味を持った。彼の興味を引くほど、彼女の気概は見るものがあった。

「なかなかにして楽しめた。お前は良い才能を持っている。このまま縊り殺しても良いが、どうだ、私に服従を誓わないか? 服従を誓うと言うなら、命は助けてやろう」

 草薙は振りほどこうとして抵抗した。それはすでに無駄な抵抗だった。ケイオスが締め上げ、少女は悲鳴を上げた。
 ケイオスは軽薄に笑うと、さらに言葉を繋げた。

「服従を誓うなら、私の靴を舐めろ。それが証だ」

 押さえつけられた草薙の鼻先に彼の一体の靴が突きつけられる。
 草薙は、焦点がまだ定まらない目でそれを見て、苦痛の表情から舌を出した。
 ケイオスはそれを満足気に眺めて笑った。
 だが、草薙はその舌を軽く歯で噛み、挑発するしぐさに切り替えた。

「誰があんたなんかに!」

 少女は吐き捨てるように言った。ケイオスは一瞬、驚きの表情を見せたが、すぐにその表情を戻した。確かにこの少女は才能と呼べるものを持っていたが、彼にとってどうしても手に入れたいものではない。

「ならば殺してやるとしよう。闇の世界は未練もない者が生きる世界ではない」

 彼の主義だった。『ケイオス』として一定の指向性はあるとは言え、彼の意識はさまざまな人間を取り込み、その意識は混沌としていた。それが彼の名の所以ではあるが、既に彼は彼自身が誰であったかを失っている。彼は無限に広がり、無限にその生命と意識をつないで行く。それが最重要として混沌の中に彼の生きる道を与えていた。
 ケイオスは拳を振り上げた。草薙の頭蓋を砕く一撃だ。脳を大きく損傷すれば、吸血鬼といえど死に至る。草薙は這い蹲りながら、恐怖で震えながら、それでも目を逸らさずにそれを見た。
 苦しませず、一撃で仕留めようと言うのはケイオスの情けなのか。
 その刹那、草薙の視界を金色が掠めた。
 振り上げたケイオスの腕は引きちぎられ、次の瞬間は草薙にのしかかっていた二つの体が吹き飛んだ。

「けっこう好きなのよね。勝率〇パーセント……それでも挑んで行く。愚か者でバカだわ。バカだけど、美学を感じるんだよね」

 草薙は驚いて頭上を見上げた。
 彼女を助けたのはセスだった。金色の髪を揺らし、不敵な表情でケイオスを見つめる。いや、見下す。

「ちっ……時間をかけすぎたか」

 ケイオスは忌々しそうに舌打ちした。草薙真奈美の思いも寄らぬ奮闘に、彼も戦いを楽しんでいた。長引けば、セスならばその気配を察するだろうことは彼もわかっていた。だからといってこの戦いに彼女が介入するのは予想外だった。彼女は常に他の吸血鬼の戦いには無関与だった。孤高の象徴たる彼女が新米吸血鬼に肩入れする理由などない。

「何故お前がここにあらわれた。そして何故私の邪魔をする?」
「何故? そうね、何故かしら」

 セスは人を食ったように言った。だが、それも彼女の本心で嘘ではなかった。彼女も何故草薙を助けたのか、明確な理由はなかった。彼女とは面識があったが、闇の者の戦いに手を出すような仲ではない。むしろ闇の者として、ここで滅びるならそれが摂理だと思っている。

「ケイオス、あなたのことを大人気ない、と思ったかもしれないし、この子がかわいい、と思っただけなのかもしれない。然したる理由はないわ。そうね、もっと的確な言葉を思いついた。ただの気まぐれ、ってやつね」

 セスは言葉の通り気まぐれな猫のごとく、目を細めて言った。
 理屈ではない。ケイオスもそれを悟ったようで、それ以上言葉で彼女の真意を知ることを諦めた。
 彼は悔しそうに後退を始めた。セスと争い、勝てるだけの戦力は今ここにないと言うことだ。セスも無駄な戦闘を好まず、鋭い視線を投げたまま、その場を動かなかった。ここで衝突する意味はなく、場は落ち着くように見えた。

 と、セスは肌の裏がざらつくような感覚を覚えた。
 注意をケイオスから他に移す。

 その瞬間だった。
 ケイオスの体がバラバラに刻まれる。それは一体だけでなく、数体同時にだった。
 それを見た草薙とセスは驚愕に目を見開く。
 セスに注意を傾けていたとは言え、ケイオスが一瞬にしてバラバラにされたのである。
 セスは攻撃的な気配に囲まれていることに気づいた。
 それらは姿を隠さず、彼女らの視界の内に進んできた。

「森川さん?」

 草薙は驚きの声を放った。だが、次の光景に言葉を失う。現れたのは一人ではなかったのだ。紅い目を輝かせた森川恵理は闇の中から五人現れた。

「ちがうわ、あれは森川恵理じゃない。クローンってやつね。しかしよくこんなことを……」

 セスは呆れたような表情で言った。しかし同じクローンでも一度滅ぼした、狂気に陥ったそれとは違う雰囲気がある。あれは明らかに血の欲求に狂い、力の制御を失っていた失敗作だ。

「吸血鬼を殺せば、ホンモノになれる!」

 森川恵理のクローンは叫んだ。それを合図に一斉に飛び掛る。
 その速さは血に餓えた森川恵理に近いものがあった。森川家はその血の特性を理解していた。いくつかのクローンが失敗に終わっただろう。セスが倒したそれも、失敗作の一つだった。
 セスは反射的に草薙を抱えると飛び退いた。

「……退いた? 私が?」

 動けない草薙を抱えているとはいえ、単純に防御しかできなかった、というのは彼女にとって記憶を延々と辿らねば、思い出せなかった。

「気に食わないわね」

 強い相手と戦うことは彼女にとって最大の楽しみである。たとえ相手が集団であっても構わない。だが、この森川恵理のクローン達は彼女の心を躍らせなかった。
 作り物なのだ。それもその後ろに控えた者達の利権や自尊心などが見え隠れする。彼女達は使い捨ての道具だ。
 ある種の洗脳を受けているのだろう。餓えた吸血鬼の力を利用するだけ利用した後は、廃棄される。吸血鬼に覚醒したクローンなど森川家がホンモノ、当主にするわけがない。「ホンモノになれる」と言うのは、クローン達が狂気から逃れるための刷り込みだろう。 五体の攻撃は熾烈だった。だが、それをすべてセスは紙一重で回避した。草薙一人を抱えたままである。恐るべき反射神経と運動能力だ。

 セスは実力に任せてクローン達を破壊しようと思えばできた。
 だが彼女はその裏にあるものを知りたくなった。冷静にその頭脳を働かせ、クローンの攻撃が一瞬途切れたその隙に、他者では絶対に追いつけない跳躍力で闇の虚空へ飛び去った。
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