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放課後TwilightZone 作者:水夜ちはる

3. 黄昏に立つ者

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第16話:「真実」

現代ファンタジー・吸血鬼モノの伝奇ライトノベル。
 恵理からの連絡を携帯で受けた裕也は慌てて自宅へと戻った。彼女はケイオスが裕也を狙って自宅を襲ったこと、そのケイオスたちをひとまず倒したことを伝えた。その声は嫌に硬質で、裕也は不安を感じたが、その電話は一方的に恵理から切られた。
 裕也が自宅のマンションに着く頃、難を逃れた小田桐たちがパトカーや救急車に囲まれていた。おそらくそれも恵理が連絡をつけたものだろう。そうでなければこれほどの早い対応はない。

「小田桐! みんな無事なのか? 恵理は?」
「裕さん……沢渡が上に残って……森川のことは分からない」

 小田桐は裕也の質問に目を逸らして答えた。常に飄々としながらも、真っ直ぐな彼らしくない態度だった。
 それに嫌な予感を覚えた裕也は警官を押しのけるようにマンションの入り口へ走る。エントランスにはタンカを運ぶ救急隊員の姿が見えた。

「沢渡!」

 彼は救急隊員を押しのけようとしたが、ちょうど隊員も沢渡を載せたタンカを出すところで、彼は逆に押しのけられた。

「君は? この子の身内かね?」
「あ……いや、いえ、そうです」

 救急隊員に質問された裕也は混乱しながら答えたが、その受け答えにより彼は冷静になることができた。

「あの、他に誰かいませんでした? 髪の長い女の子とか」
「いや、見てないが」
「そうですか……」

 恵理はどこへ行ったのだろう。裕也は不思議に思った。連絡を受けてからそう時間は経っていない。ケイオスという吸血鬼を追って移動したのだろうか。だが、怪我をした沢渡を放置して吸血鬼を追う彼女だろうか。

「とにかく、この子の身内なら、病院まで一緒に来てくれるかね?」
「はい、もちろん。と言うか、沢渡は大丈夫なんですか?」

 救急隊員は困った顔をした。その顔は裕也に大きな不安を抱かせた。

「とにかく輸血が必要だろう。かなり血液を失っているようだ。だが、それにしては床などに出血の跡が少ないが……」

 鑑識ではないから詳しいことは分からない、など彼はぶつぶつと言葉をつなげたが、タンカを出すことを指示して裕也を促した。

 吸血鬼に血を吸われたのか。裕也は事態を理解し、愕然とした。しかし何故、ケイオスは自分を狙ったのだろう。ケイオスの能力を知らない彼には分からない。恵理と関係の深い自分が狙われたのだろうか。彼は漠然と考えた。それならば沢渡は自分の身代わりとなったことになる。彼はそう思い込み自責の念に唇をかみ締めた。
 ふと裕也は建物の影に気配を感じた。反射的にその気配に振り向くと、そこには恵理がいた。

「恵理!」

 驚きの表情と声で彼は呼ぶ。恵理は視線を合わせることなく、顔を斜め下に向けて、表情を強張らせた。

「どうしたんだ? 何があったんだ?」

 裕也の問いかけが胸に突き刺さる。恵理は無形の痛みを感じて、唇を噛んだ。
 だが、彼女がここに留まったことも、彼に姿を見せたことも、すべて自らの口で説明するためだった。だが、裕也の質問に言葉が出ない。恵理は無意識に奥歯を食いしばった。 二人の周りに裕也を追ってきた小田桐達が集まる。恵理は意を決すると、顔上げた。

「陽子の血を奪ったのは私よ」

 震える声。だが、彼女ははっきりと事実を告白した。
 裕也たちは鉄槌に心を打たれたかのようだった。動揺が音のない振動のように広がっていく。

「恵理が、沢渡の血を、飲んだ?」

 裕也が確認するようにゆっくりと言う。恵理はその問いに、懺悔をするかのように頷いた。

「私は吸血鬼の力を使わなければならなかった。その力でなければ、セスやケイオスに対抗できないことは覚悟していたし、その力を使うことは避けられないのじゃないかと思ってた。ここに来る途中、私はセスやケイオスと遭遇した。予想外のことだったし、予想以上に彼女たちは強かった。ケイオスの一部が、裕也の自宅に向かったと知って、みんなを助けようとしたとき、陽子がいた。たぶん、力を使いすぎていたんだと思う。私の中にある飢えと渇きが爆発した。私は……自分を止められなかった。これまでそれを必死に耐えていた。だけど、もう無理だったの……」

 最後の声は涙に滲んでいた。懺悔の声が呼び寄せたかのように、雨が落ち始める。
 恵理は吸血鬼に堕ちた。

 彼女の血に流れる吸血鬼の遺伝子が目覚め、彼女に吸血衝動をもたらした。いや、かなり前からそれは起こっていたのだろう。だが彼女は耐え続けた。それは何よりも苦しい戦いだったのかもしれない。飢えと渇き、それを彼女は平然とした姿で隠し続けていたのだ。それも我慢にも限界が訪れた。皮肉にもそれは彼女がもっとも守りたい人間の一人であろう、沢渡陽子に牙をむいた。

 雨を身体で感じるようになる。沢渡は救急車に乗せられ、搬送の準備ができていた。
 裕也はそっと恵理の肩を叩いた。
「とりあえず、病院へ行こう。まず沢渡を助けることが先決だ」
 恵理はおそるおそる彼を見上げた。彼は視線を受けて小さく微笑んだ。彼は彼女を信じていた。




 沢渡陽子は大量の失血をしていたが、外傷に致命的なものはなかった。
 輸血による回復が図られ、彼女の強い生命力は危険な領域をすぐに抜けだし、回復へ向った。それが医師から彼女の安否を心配して落ちつきのない恵理達に伝えられると、一同から歓声があがった。
 恵理は相変わらず表情の変化が少なかったが、一番胸をなでおろしたのは彼女だろう。そして小田桐も同様だった。彼は沢渡に殿を任せたことを後悔していたからだ。

「良かったな、恵理」

 裕也が声をかけた。恵理は不器用そうに微笑みながら、少し困惑の表情を見せた。

「ええ、あとは陽子が……」

 恵理は一同を見る。沢渡の無事に沸いている仲間たちを見る。
 彼女の胸を形の無い何かが打った。
 彼女は吸血鬼としての自分を自覚していた。つまり、沢渡のときと同じように、またあの衝動が襲えば、この友人達の血を求めてしまうかもしれない。一度あの味を味わってしまった。次、吸血衝動が襲えばもう耐えることはできない。沢渡は幸運にも一命を取りとめたが、次は大切な友人を殺してしまうかもしれない。恵理はその想像に、背筋が凍る思いがした。

 私はここにいてはいけない存在だ。

 草薙真奈美が裕也たちの前から姿を消した理由がわかる。
 その彼女の心境に気づいたのは麻衣であった。冷静な、鋭い視線を恵理に向ける。恵理はその視線にはっと気がついた。同じ遺伝子を受けたとはいえ、環境の違いか、やわらかな印象を受けていた今までの麻衣のものとは違った。その視線はまるで自身のものと同じだ。

「恵理さん、私は他の人たちと違って、昨日今日あなたにあったばかりだわ。私は他の人たちのようにあなたを信用できない。友達を、傷つける人を……」

 麻衣は唇を噛み、緊張した面持ちで恵理を見た。辛辣な言葉を生き写しの自分から告げられる。恵理は無形の衝撃を受けた。
 動揺が波紋になり場がざわついた。

「おい、麻衣……」

 明彦が慌てて彼女を止める。

「あなたの言うことはもっともだわ」

 恵理は麻衣に対し、怒るわけでもなく、悲しむわけでもなく、当然のように言った。彼女は自分の凶暴性を一番分かっていたからだ。その受け入れ難い事実を自らのコピーである麻衣に言われることによって、彼女は冷静になれた。いや、感情が複雑すぎて、冷静に事実を受け止めることが彼女の心が行き着いた場所だった。
 反論もなく、静かにたたずむ恵理を皆が不安げに見つめた。

「私は恵理のことを信じてるよ。全然問題ない!」

 突如廊下の奥から元気のいい声がした。
 そこには輸血をしながらの沢渡陽子の姿があった。

「陽子!」

 恵理が驚いた顔で彼女を見た。その強い語調とは裏腹に、顔色は白を通り越して青く、唇も土気色に沈んでいた。
 貧血にふらついた彼女は、輸血用のラックにもたれかかる。それを慌てて近くにいた小田桐が支えた。

「やっぱり無茶だと……」

 担当医が追いかけてきて、はらはらとした顔で言う。

「陽子! まだ動いちゃだめよ!」

 恵理はすぐに駆け寄った。沢渡は額に脂汗を浮かべながら、それでも気丈に笑顔を浮かべる。
「早めに声をかけてあげないとさ。恵理は小心者だから、色々考えちゃうでしょ?」
「しょ、小心者?」

 驚く恵理に沢渡は声を出さず笑った。

「血を吸われた位で、恵理のことを避けたりしないよ。むしろ、恵理がそれで苦しんでいたなら、助けになったと思うしね。私らはさ、恵理に何度も助けられてるんだしね」

 沢渡の声は明るく勤めようとしていたが、体力がついていかないのだろう、切れ切れでいつもより低い。それでも視線はじっと恵理を捕らえていた。

「沢渡……」

 恵理は胸の奥に熱いものを感じた。まぶたが熱くなる。彼女はうつむいて長い髪で表情を隠した。

「馬鹿ね、私が助けたって、私があなた達を巻き込んだようなものよ」
「そうかなあ。そうだったとしても、恵理と出会った事をうらんでる奴なんていないよ」
「ばか……」

 反論につまる恵理に、沢渡は微笑んだ。

「それよりも恵理……ずいぶんと穏やかな表情になってるよ?」
「え?」

 意外そうな顔で恵理は顔を上げた。穏やかとはどういうことだろう。その言の意味を探る。

「なんていうかさ……最近怖いくらいに張り詰めていたよ。この街にまた吸血鬼が現れて、そのせいかと最初思ったけど、今はそんな張り詰めてた『気』を感じない」

 沢渡は少し目を細め、真剣なまなざしを向ける。

「それは私も感じてました。徐々にだったけど、緊張感と言うかそういうものを……」

 人の変化に人一倍敏感な夏希が同意する。
 恵理は唇に指をあて、考え込んだあと、右手を見つめながらそれを握ったり開いたりして感触を確かめた。

 恵理は改めて自分の体の変化を感じた。冷静さを欠いていた今までは分からなかったが、こうしてみると二人の言うことはなんとなく分かった。
 戦いのとき、吸血鬼の力を使ってセスやケイオスと戦ったときはもちろん、それ以前から徐々に力を身体の内に感じるようになっていた。吸血鬼の力で戦ったあと、沢渡の血をその本能のままに吸い、本格的に吸血鬼になった彼女は、その力を得たはずである。だが、今その力は感じない。心は落ち着いているが、力の高ぶりも同時に消え失せている。

「どういう、こと?」

 恵理は愕然として、自らの体の変化の疑問を口にした。
 だが、それに答えられる者などいるはずもない。沈黙が辺りを支配する。
 そして、恵理は突然驚愕の表情を浮かべた。

「恵理? どうしたの?」
「飢え……」

 恵理はがくがくと細いひざを揺らした。動揺する一同の中、裕也が彼女の肩を抱き、支えた。

「肉食動物が、力を一番発揮するのは餓えたとき……それと同じように、私の血に含まれた吸血鬼の遺伝子は、長い間血を吸うこともなく極限の飢えの状態にあった。私の戦う力はそれに影響されていたんだ……」




 恵理が沢渡陽子のために手配した病院は、森川家とつながりが深い。そうでなければ、吸血鬼にかまれた者を、適切に処置、事実の隠匿はできない。だが、それは森川家に状況を伝えることに繋がる。それは森川恵理にとって不利な要素であったが、それでも沢渡の命には変えられなかった。

「ふむ……ついに血を飲んでしまったか」

 そう落胆の声を漏らしたのは、闇払いの一族を影で支配する長老の一人だ。
 彼らの前にはモニタがあり、恵理の現在の姿が映し出されている。病院の監視カメラからの映像だ。
 老人たちは森川家の吸血鬼のメカニズムを知っていた。森川恵理が、自らの体の変化を推測したのは正しく、森川家は代々吸血鬼の血を引きつつ、その力を最大限に引き出すため、まったく血を与えられずに育つ。有事の際、その者に僅かに血を与え、吸血鬼としての本能を目覚めさせることによって、その飢えは元来の凶暴性を十二分に引き出し、半分以上が人間であるはずの一族は純粋な吸血鬼をも凌駕する力を得る。

 森川家はそうやって何代も繰り返してきたのである。
 だがそれは諸刃の剣でもあった。半分以上が人間とはいえ、吸血鬼の吸血衝動は激しいものだった。その欲求がさまざまな刺激により、精神を蝕んだ。同時に吸血鬼を殺す、と刷り込まれた遺伝子が、自分の身体の内にある吸血鬼の力を拒否しようとする。

 歴代の森川家は極端に寿命が短く、そのほとんどが狂死や変死である。吸血衝動に負けて吸血鬼に陥ちて処分される者や、二律背反に狂い死にする者。とりわけ自殺が多いのは内なる吸血鬼を滅ぼすために、自らに刃を立てる者も多かった。

 先代、つまり森川恵理の兄、正孝は人間が強く出ていたのか、妹への思いと吸血衝動のせめぎ合いの中、血を吸うことはなく、精神を壊しつつ吸血鬼黒崎に挑み死んだ。
 一方、正孝の妹、恵理は吸血鬼の遺伝子が強く出ていて、上手く吸血鬼の力を引き出した彼女は黒崎を殲滅している。だが吸血鬼の力を用いたものは、いずれ遠からず吸血鬼へと変貌する。
 一度血の味を知ってしまうと、それは他には変えられないものとなり、その衝動を抑えられなくなってしまうからだ。

 恵理はそれを一年余り耐え続けた。
 吸血鬼は時として親しい者の血を好んで吸う。黒崎を殲滅したあと、彼女が瑞穂に留まったのは、本人の希望と、事件に深く関わった裕也らとの交友関係があったからだ。
 近い将来、恵理は彼、もしくはそれに近しい人物の血を吸うであろうと。

「そこまで、あなた方は予測しておられたのですか」

 弱々しい声。だが、それは怨嗟の音色を多分に含んでいた。
 その声の主は憔悴しきった表情の渡辺芹香であった。
 木の椅子に縛り付けられた彼女は、酷くやつれ、瞳には生気がない。相当の仕置きを受けたのだろう。

「ご当主殿はお前を信頼しきっていたからな。あの連中がいなければ、お前に牙を立てていただろうて」

 嘲笑うかのような声が芹香の耳に届く。芹香は軋む体のことを忘れて、奥歯をかみ締めた。
 恵理が黒崎の事件のあと、親交を持った裕也たちのいる街に留まっていられたのは、長老達は恵理の吸血鬼の覚醒を知っていたからである。芹香はその事実をひた隠しにしてはいたが、それ以上の情報力が長老達にはあった。

「しかしこれではご当主殿はセスらには適うまい」

 芹香は愕然とした表情でその言葉を聞く。
 血を吸い、餓えた吸血鬼の攻撃性を失った恵理では、セスやケイオスを滅ぼす力はもうない。長老達にとって闇払いとしてその価値を失った彼女は『ただの吸血鬼』だった。

「計画は予備を使うとしよう。ご当主殿がいいサンプルとなってくれた。我が闇払いの力は、世界のどの組織も成し遂げなかった、セスの首を取って見せようぞ」

 老人は笑った。芹香はその顔に悪寒を覚えた。
 吸血鬼の本能と狂気のまま、血を摂取し、最強の吸血鬼セスと戦ったサンプルはあっけなく倒された。だが餓えた力を保った森川恵理はそのセスの足元に届かんとしていた。そして老人達の手元には、まだ知を知らない状態の恵理のコピーが多数存在する。
 単純な計算だった。

「冒涜だと思うかね? だが、我が闇払いの存在価値は吸血鬼を初めとした人外なる者から人間を守ること。それが唯一の正義だ」
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