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放課後TwilightZone 作者:水夜ちはる

3. 黄昏に立つ者

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第14話:「吸血鬼の戦い」

現代ファンタジー・吸血鬼モノの伝奇ライトノベル。
 その速度は恵理の予想をはるかに超えていた。その一撃をかわせたのは単なる僥倖か、あるいはセスの威嚇でしかなかったのか。セスの右腕の手刀は恵理の数本の髪を切り裂いただけで済んだ。
 恵理は戦慄した。その一瞬、本能的に身を引く以外彼女は何もできなかった。ただ、圧倒的な差を認知した。
 彼女は慌てて右足を払った。間合いを開くより、至近距離でさらに間合いを詰めたのは彼女の戦いの勘だった。
 セスは恵理の蹴りを流麗なステップで交わし、間合いを取った。金色の髪がゆれて残像に移る。それは恵理にとって死を予見させる残り香だった。
 恵理は愕然とした表情で、息を荒くしてセスを見た。たった一瞬である、たった一瞬で彼女は消耗しきっていた。

 私はなんて浅はかなんだろう。

 彼女は思った。どうしようもない力の差。この吸血鬼を人間の力で、自分の力で排除するなどと思い上がりもいいところだ。
 距離を置いたセスは左手を腰に当てて、リラックスした姿勢で恵理を見た。小さくため息をつき、眉をひそめる。

「本気でやりなさいよ。あなたは吸血鬼化して初めて本当の力が出せるんでしょう? そのままじゃ勝負にならないじゃないの」

 セスは退屈で駄々をこねる子供のような口調で言った。彼女の期待していた恵理は、人間の彼女ではない。吸血鬼を退治するために研ぎ澄まされた遺伝子の力と、吸血鬼の身体能力。それが組み合わされた恵理でこそ、彼女の相手になるというものだ。

「お断りするわ」

 恵理はうめくように言った。
 彼女は何度か吸血鬼化を行い、危機をしのいできたこともある。だが、その度にそのまま本当に吸血鬼になってしまうような感覚が襲い、彼女は恐怖した。回数を重ねれば、その度合いは強まった。次に吸血鬼化すれば戻ってこれないような気がした。
 セスは目を細めて不機嫌そうな顔をした。

「冗談じゃないわ。私はあなたと戦うためにここにきたのよ。こんな東洋の果てまで、言葉も覚えて」

 冗談じゃないのはこちらのほうだ。恵理はそう毒づきたかった。わがままで戦いを受けるほど彼女は寛容ではない。それも最強と呼ばれる吸血鬼に。
 だが降りかかる火の粉は払いのけなければならない。彼女は手にしていた霊刀「小月」を抜き放った。闇払いの一族に伝わる霊刀は吸血鬼の驚異的な回復力を否定し、不死なるものを滅ぼす力を持つ。この刀で斬られればセスとて滅びを免れない。
 退魔の刀と闇払いとして鍛え上げられた血脈、そして吸血鬼の身体能力。それが一度に存在する森川家は世界最強の退魔の一族といって過言ではない。セスはそれを求めてここにきていたのだ。
 セスは小月を見て一瞬注意を払ったが、彼女を脅威にさせるものではなかった。使い手が人間のままでは、彼女の前ではとるに足らぬ存在だった。
 彼女は小さくため息をついた。

「もうすこし危機感を持ってほしいわねぇ」

 恵理はその言葉を無視して、ゆらりと力を抜いて構えを取った。常の彼女の方法である。彼女は瞬発力も膂力も吸血鬼に対してはるかに劣る。その彼女が吸血鬼たちに対抗する唯一の戦術は、相手の力を利用すること、である。
 それは合気道の技法に近い。
 相手の動きを読む力と反射神経を鍛えた彼女は、己の非力さをそこで補って生き抜いてきたのだ。

 セスがその恵理を見て笑った。
 その一瞬である。セスの姿勢が低くなると、人外の瞬発力を持って恵理との間合いを零にした。

 恵理は驚愕した。いや驚愕する暇は与えられなかった。
 本能が彼女の右手を動かしていた。
 だが小月は空を切り、セスの身体はその下にあった。刀の内側に入ったセスと目が合う。そこはもう刀の間合いではない。

 恵理が恐怖を感じたとき、彼女の胸に衝撃が襲った。その衝撃は薄い彼女の胸を貫き、背中から飛び出したように思えた。それだけの衝撃だった。心臓と肺が一瞬止まるような激痛を恵理が感じたとき、彼女の両足は宙に浮いていた。その浮遊感を彼女の両足が感じた瞬間、視界からセスは消えていた。そして背中にセスの殺気を感じる。その彼女の存在を知ると同時に、背中に重い衝撃を感じた。痛みに悲鳴を上げようとする。だが、そのときには彼女は地面に叩きつけられ、そのままバウンドして近くのベンチを粉砕して止まった。

 ほんのわずかな時間である。コンマ何秒と言う世界。恵理はその時間を永遠にも等しく感じた。
「ぐ……はぁ……がはっ! げふっ」

 恵理は転がりながらもがいた。最初の数瞬はまともに息ができず、その後は激痛と嗚咽感に襲われ激しく咳き込んだ。
 肋骨の数本がやられただろう。止めていた息を取り返すために、激しく運動する肺が動くたびに胸が軋んだ。

「ぶざまね。こんなところで這い蹲って瓦礫まみれとは」

 恵理は痛みをこらえながら上半身をやっとのことで起こした。
 セスは冷たい目で彼女を見下ろしていた。いや見下していたのだ。その気になれば、今の一撃で恵理の身体を砕くくらいのことはできたはずだ。
 恵理は奥歯をかむ。血の味がにじむ。激痛で力が入らなかった。

 死ぬ。このままではどうあっても彼女には勝てない。吸血鬼化しなければ、勝負にすらならない。

 彼女はそう思った。
 そのとき、彼女の心臓が強く胸打った。激痛を伴うそれに彼女はうめき声を上げた。
 それは衝動だった。草薙真奈美に会ったときのように、狂ったような暴力性が内からこみ上げくる。その衝動に任せてしまうことはこの状況を打開できる唯一の方法に思えた。だが、それは同時に彼女にとって最大の恐怖であった。
 彼女は両手で胸を押さえてそれを抑え込もうとした。自分が自分でなくなるのはいやだ。その気持ちがわかるからこそ、彼女は麻衣を救ったのだ。自分が自分でなくなる恐怖。それは彼女が一番よく知っている。

「それよ、それ。何してるの? 早くその力を解放しなさいよ!」

 セスは恵理の内に発生した気配を感じ取ったのか、嬉々として叫んだ。
 恵理ははっとなって彼女を見る。
 確かに彼女に対抗するにはこの衝動を解放するほかない。
 恵理は逡巡した。セスはその時間を与えた。
 恵理は立ち上がり、胸の痛みを無視してゆっくりと深く息をひとつする。
 全身の神経に意識を通わせる。

 これは私の身体だ。私の中に、私の遺伝子に何が存在していようが、私は私だ。

 そう言い聞かせる。彼女は静かに目を閉じた。
 そしてその目が開いたとき、彼女の目は紅の光をはらんでいた。
 荒れた息が収まる。視覚聴覚……すべての感覚が鮮明になっていくのを恵理は感じた。人間と違う力を開放したのだ。

 セスは満足そうに微笑むと、恵理に向かって再度飛び掛った。
 先ほどの攻撃よりも迅い。だが、恵理は反応ができた。恵理はセスの動きに反応できる力を得ていた。
 相手の前進を利用するように刀を突き出してカウンターを狙う。だが、セスもそれを見破っていた。わずかに軌道を変え、刀をすれすれで躱して手刀で恵理の頭部を捕らえる。いや、それは残像だった。恵理は半瞬前に身をかがめていた。セスの顔が始めて驚愕に変わる。
 セスは次の瞬間吹き飛ばされていた。かがんだ恵理がその反動を利用して当身を食らわせたのだ。
 セスは驚いた表情で空中で体制を整えて着地した。

「なるほど……これほどまでとはね」

 彼女は金髪の髪をかきあげ、舌をだして唇を湿らせた。心地よい緊張が走る。こんな感覚は何年ぶりだろう。――このセスとまともにやりあえる存在に出会ったのは。彼女の身体は高揚感に興奮した。

 対照的に恵理は冷静に息を整えて相手の出方を伺っていた。だが、彼女の刀を握る力には確かな感触があった。彼女にはセスと戦えるだけの力を感じていたのだ。だが、互角とはいえない。セスの力が一〇とするならば、せいぜい八くらいがいいところだろう。だが、それまでは一もなかったくらいだった。勝負に持ち込むことはできる。そして彼女には吸血鬼さえ滅ぼす小月がある。多少の傷であればすぐに修復してしまう吸血鬼同士の戦いにおいて、一太刀で勝負を決めることができるそれは力の差を補って余りある。

 恵理は油断なく刀を構えた。セスほどの相手である。好機は僅かしかないだろう。それを掴まなければならない。
 セスはその彼女を見て満足そうに微笑み、遠い間合いから一気にその距離を詰めた。
 速さは先ほどのそれを超える。だが、恵理もその速さに慣れ始めていた。

 一合、二合、三合、四合、五合。下、右、右、左、右。

 セスの手刀は閃光となって恵理を襲う。戦慄すべきその攻撃を恵理は最小の動きでかわした。いや、無駄に動けは次の攻撃でやられていた。紙一重である。
 セスも深くは踏み込んでこない。小月に意識があるからだ。たとえセスの一撃が恵理に深手を負わせたとしても、カウンターで斬られては恵理の勝ちだ。恵理は確実にそれを狙っている。

 六度目の攻撃、セスはやや遅いテンポで攻撃した。鍛えられた読みと反応で対応していた恵理のリズムを崩したのだ。恵理以上にセスは戦いに慣れている。セスの肘が恵理の腹部に直撃し、恵理は身体を折って吹き飛ばされた。

「ぐっ!」

 恵理はうめきながらあわてて起き上がった。一瞬の隙すら命取りだ。
 その瞬間彼女は背後に気配を感じた。反射的に刀を薙ぎ、そしてその手には深い感触があった。
 セスを捕らえた。彼女はそう思った。
その次の瞬間に彼女の視界に張ったそれは、別の吸血鬼だった。一瞬身悶えたそれは、小月の力で灰へと崩れる。

「どういう、こと?」

 恵理は呆然とそれを見つめた。だがすぐに我に帰る。セスのことを失念した。一瞬のことだが、致命的なほど彼女はセスに時間を与えてしまった。
 悪寒をこらえセスの気配を探す。だが彼女は意外にも遠い場所で、恵理と同じように新手の吸血鬼を相手取り、それを引き裂いていた。

「これは……」

 改めて回りを確認すると、そこには銃数体の吸血鬼が取り囲んでいた。
 セスは滅びた吸血鬼を打ち捨てると、忌々しそうに地面を蹴った。

「まったくこんなときに……」

 セスは不機嫌そうな顔で恵理と向き合う。

「いったいこれは?」
「ケイオスよ……あいつらはね」
「ケイオスの下僕? すでにこんなにたくさんの……」

 恵理は愕然としてあたりに注意を払った。セスとケイオスの下僕の吸血鬼を相手に、どれほどの勝ち目があるだろう。彼女の背中を焦燥が舐めていく。

「俺たちは下僕ではない。俺たちがケイオスそのものだ」

 吸血鬼の男が前に出てにやりと笑った。恵理は目を大きくして彼を見た。

「俺たちは誰が主というわけでもなく、誰が従というわけでもない。俺たち一人がケイオスそのものであり、全員がケイオスであるといえる」

 吸血鬼たちは次々と言葉を放った。それは流麗で、異口からひとつの意思が放たれているかのようだった。それは彼らが一つの意識体を共有していることだと恵理は悟った。
 彼らはこの町などでよく見かけるような、普通の人間の姿をしている。つまり彼らはケイオスの犠牲者だろう。彼らの生命を奪い取り、ケイオスの意識体が乗っ取って吸血鬼化したのだ。

「吸血鬼はね、人間を吸血鬼化させ下僕にする。だけどケイオスはそれをしない。その代わり吸血鬼化させた人間の意識を乗っ取り、自分のものにしてしまう。吸血鬼化させたほうも、吸血鬼化させられたほうも、同等なのよ。そうしてあいつは千年以上も存在をつないできた。ケイオスの個体のうち一つでも生き残れば、それはケイオスとしてまた固体を増やすことができる。そういう形で彼は永遠を保ってきたのよ」

 セスの言葉尻は忌々しいものでも口にするかのようだ。彼女はケイオスのことを嫌っていた。他者に滅ぼされようが、どこかに自分の一部を残し隠れるように永遠を保ってきたケイオスの生き方を彼女は見下していた。セスは他者を排除し打ち勝って永遠を刻んできた。それが彼女の生き方でありプライドだった。だが、セスとケイオスは同じくらいの時間を生きており、同等に「最強の吸血鬼」として括られる。それが彼女の癪に障るのだ。

「ケイオスは滅ぼせない。漠然とした情報だったけど……つまりそういうことね」

 恵理は深く息をついて言った。
 たとえこの街に現れたケイオスをすべて滅ぼしても、この地球上のどこかでケイオスの個体が生き残っていれば、彼はまた広がっていくだろう。それもまた彼自身なのだから。

「そういうこと。それにあいつは貪欲に人を食って自分を広げる。あいつの出現は、人間にとって災厄でしかないわ。それが人間たちの評価につながっているのね」

 セスの声はまだ不満そうだ。

「さて、水が差されて興がそがれたわ」

 セスは両手を天に突き上げて身体を伸ばした。リラックスした彼女からは戦いの気配が消えていた。

「ひとつアドバイスしとくか。ケイオスはね、狙った土地にほかの吸血鬼や退魔師のような力を持っている者がいたら、まずそれを狙ってからその土地に自分を広げる。そして霊的に強い人間を狙うわ。吸血鬼的にはそう言った人間はおいしいからね」

霊的に強い人間。それは裕也や夏希のような存在だろう。そういう人間が現れやすいこの街にケイオスが目をつけたのはいわば必然というべきか。無意識に小月を握る力が強くなった。

「それじゃあね。せっかく本気になってくれたところ悪いけど、続きは次の機会ね。また会いましょう」

 できることなら会いたくないと恵理は思ったが、口には出さなかった。
 セスは微笑むと反動をつけて跳んだ。一瞬にして彼女の身体は夕闇の空に解けて消える。

 恵理はそれを見届けると、改めて回りに気を配った。
 ケイオスたちが包囲を狭めている。彼もセスに対して警戒していた。その彼女が消えたことで、残された闇払いの娘一人を嬲り殺してしまおうという魂胆だろう。
 恵理は刀を構える。セスは去ったが降りかかる火の粉は彼女だけではなかった。
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