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放課後TwilightZone 作者:水夜ちはる

3. 黄昏に立つ者

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第13話:「黄昏の予兆」

現代ファンタジー・吸血鬼モノの伝奇ライトノベル。
13・黄昏の予兆

「いや、裕さんちが広くて良かった」

 もっともらしい声で言ったのは小田桐拓郎だった。
 この部屋の住人である、春日井裕也と千明は当然として、2LDKのリビング部分、二十平方メートルあるかないかのその場所に、小田桐拓郎、沢渡陽子、川村夏希、そして安藤麻衣と波多野明彦の七人が集合していた。

「いや、無理があるだろ、その発言は」

 裕也は呆れたように言った。ソファにはどう詰め込んでも三人がやっとで、あとは床にじかに座るしかない。そもそも二人で暮らして必要なだけのスペースしかここにはないのだ。
 裕也は呆れたように言った。ソファにはどう詰め込んでも三人がやっとで、あとは床にじかに座るしかない。そもそも二人で暮らして必要なだけのスペースしかここにはないのだ。

「麻衣さんと明彦くんは事情があるからともかく、お前ら家近いんだから帰れよ」
「そんなセコいこと、裕さんらしくない」
「こんな狭くちゃセコくもなるわ」

 裕也は苛立たしい表情で立ち上がると、窓の外を見た。空が暗い。冬の低い雲が流れてきていて夕闇をさらに暗くしていた。彼らが森川家の研究所を出て、七時間ほどが過ぎていた。

「裕也が苛立っているのは、それだけじゃないけどね」

 ぽつりと沢渡が言った。今ここでこの言葉が言えるのは彼女だけだった。彼を良く知り、そして森川恵理との関係も良く知る彼女だからこそ。
裕也は横目で沢渡を見た。少し困ったような表情でまた視線を外へ向ける。
 あの研究所に彼女一人が残った。
 彼女の行動は明らかに森川家の決定に反するものだった。彼女の決断は彼女の意思によるものだったが、裕也たちにとって不安を残すものだった。

「用事を済ましたら、すぐに連絡するから」

 そう言葉を残した彼女は微笑んだ。不器用な微笑みは彼女らしかったが、どこかそれ以上のものを感じた。

「今は待つしかない、か……」

 裕也はため息をつくようにその言葉を発した。

「大丈夫だよ、恵理は。きっとね」

 沢渡は努めて明るい声で言った。彼女はムードメーカーだ。その声に裕也は幼少から何度勇気付けられたか。彼は彼女をかけがえのない存在だと思った。

「それにしても」

 その沢渡が視線をかえてまじまじと麻衣を見つめた。その彼女に合わせて、その場にいる皆が彼女を見た。森川恵理と同じ遺伝子を持つ彼女である。
 麻衣は慣れない場所と人間に身体を強張らせた。敵意のある人たちではない。彼女はそう理解していたが、ここ数日の出来事に彼女は警戒心を強めていた。

「なんていうか、クローンって言ってもやっぱ違うものね」

 沢渡は妙に感心したような顔をして腕組みをした。

「え?」
「オーラってヤツかなあ、纏ってる空気が違うよね。恵理の周りはもっとピリッとしてる。いい意味でも悪い意味でもね」

 沢渡の声には裏がない。彼女が感じたままにそれを言葉にしているのだろう。麻衣には不思議とそれがわかった。

「当然ですよ。たとえ遺伝子が同じだったとしても、麻衣は麻衣、ですから」

 控えめだが、しっかりとした口調で明彦が言った。

「人間は計算機じゃ弾けない、そう言うことだな。麻衣ちゃんは麻衣ちゃん、森川の代わりじゃない」

 小田桐は軽い口調で言った。
 だが、麻衣は混乱した表情で視線を床に落とした。

「何で、みんな、そんなに……」

 わからなかった。付き合いの長い明彦はともかく、裕也たちは赤の他人だ。自分のオリジナルである森川恵理と親しいと言っても、自分とはまったく接点がない。オリジナルの恵理もそうだが、何故彼女達は自分を助けようとするのか、理解が出来なかった。

「そうだね、多分俺達も深い理由はないと思う。初めは、恵理の助けになろう、って言うのが動機だった。でもその延長上に君の存在を知った。恵理は家のやり方が気に食わないんだ。俺だってそう思う。それに利用されている君を助けるのも、俺達が森川家のやり方が気に食わないからだと思う」

 裕也は優しい口調で言った。やわらかな声に、麻衣ははっと彼を見つめた。暖かな視線が帰ってくる。
 周りを見渡す。周りの視線が暖かい。視線がここに居ていいのだということを教えてくれている。

 今まで学校に友達はいた。そこには彼女の居場所はあった。もちろんそれが冷たい世界だったとは言わない。だが、彼女はそれまでにない、暖かい世界を感じていた。自分の存在が森川恵理のコピーであり、偽りの家庭であり、それまでの記憶は嘘だった。絶望の淵に居て、帰る場所を無くした彼女にとって、この暖かい世界は唯一無二の存在だった。
 涙が、こぼれた。

「私……居ていいの? 私は、私のままで、居ていいの?」

 しゃくりあげるように言う。隣にいた沢渡は肩を抱いた。

「当然でしょ。経緯はどうあれ、生まれた限りは、あなたはあなたよ」
「……ありがとう」

 涙目で麻衣は言った。偽りの家族、偽りの過去、自分の存在すら偽りだと思い始めた彼女にとって、彼らの気持ちはあまりに暖かかった。
 和やかな空気が広がる。

 その中で裕也は突然表情を変えた。それは一瞬だった。驚愕に青ざめた顔はすぐに平静な彼の顔に戻っていた。それは無理やり平静を装っている顔だ。
 それに気付いたのは妹の千明だった。
 怪訝そうな顔を兄へ向ける千明。

「お兄ちゃん?」
「ん? ああ……」

 千明の問いかけに、裕也は困った表情で答えた。ぐっと眉をひそめて、彼女を見る。視線で何かを訴えているようだった。千明ははっとした。裕也には時折未来のビジョンを見る力がある。なんらかの未来が見えたのだろう。この場で言えない何かで、それはきっと良くない事なのだ。

「ちょっとコンビニで飲み物買ってくる。この人数で全部なくなっちまっただろ」

 裕也の声は明るかった。無理に明るくしなければならない、千明にはわかった。

「あ、私も付き合います」

 と、立ち上がったのは夏希だった。彼女はその大きな瞳に硬質な光を灯していた。彼女は緊張している。ただならぬ雰囲気に裕也は怪訝そうに見つめた。

「ああ、じゃあ行こうか」

 裕也は何かあると思って、了承した。一つ視線を千明に残す。何かメッセージを与えなければ千明は騒ぎ出しかねないからだ。その視線を感じた千明は、何か言いたそうな顔をしたが、口を閉ざした。後できっと話してくれる事だ。彼女は兄の表情からそう読み取ったからだ。

 裕也と夏希はマンションの部屋から出てエレベータへと向かった。

「夏希ちゃん……どうしたの?」

 裕也が尋ねた。エレベータの操作盤を押しながら、夏希はすこしためらいながら口を開いた。

「裕也先輩だけには……話しておこうと思って」

 麻衣が来てから、夏希だけはずっと神妙な目で彼女を見ていた。

「どういうこと?」
「さっき、先輩、驚いた顔で麻衣さんのこと見てたけど、それに関係する事かもしれません。私、感じるんです。あの人は森川先輩と同じだって」
「え?」

 裕也の背中に悪寒が走る。夏希には優れた感覚がある。ちょっとした機微の変化などを感じ取ったり、何より普通の人にはない強い霊感もある。

「それは夏希ちゃんの霊感で、ってこと?」
「そうはっきりしたものじゃないんですけど……森川先輩って私達とは違う、何か違うものを感じるんですけど、それをあの人にも感じるんです」

 夏希は困ったような顔をして唇をかんだ。

「上手く説明できなくてごめんなさい。でも裕也先輩には話しておこうと思って」
「そうか……」

 裕也は苦しそうにつぶやくと左手を額に当てた。その表情は苦渋に満ちている。夏希はそれを心配そうに見つめたが、彼女が持つ言葉はなかった。

「俺、麻衣さんと恵理が重なっていくように見えたんだ。あれは、俺が未来を見るときと同じ感覚だった……夏希ちゃんの言う、それと何か関係があるのかもしれない……」




 やや雲の多い空は赤い太陽の光を受けて、赤と黒の陰影を刻み重く黄昏を染めている。その空を見上げて、良い印象を受けるものは少ないだろう。その思い空見た恵理も同じ気持ちだった。
 だが、彼女の心は以前より落ち着いていた。

「ありがとう、ここでいいわ」

 そこは瑞穂町の中心にある公園で、この公園を中心に恵理や裕也たちの家が点在している。運転手を務めていた黒服の男が車を止める。

「しかしよろしかったのですか?」
「家はすぐそこよ、後は歩けばいいわ」
「いえ、そうではなく……」

 彼は口篭った。彼は長老の直属の配下の者だった。彼が言いたい言葉は彼の権限や役割を超えているものだ。
 恵理は怪訝そうに眉をひそめた。

「長老たちはこの一件を、恵理様が何らかの結果を出すまで、こちらから動くことはないと申されました」

 それは恵理が引き出した策だった。ここまでは彼も恵理のことを素直に見事だと思う。

「しかしそれは同時に、何のバックアップもしないと言う事になりました。セスやケイオス、話を耳にするだけでも、これを恵理様一人で排除するのは……」
「彼らの言うとおりにするということは、今の私に死ねと言っているのと同じだわ」

 恵理は彼の言葉を遮って言った。
 闇払いの一族の力を解放し、死を賭けてセスとケイオスを排除することは、現状考えうる方法の中で一番成功確率が高い。だが、それは同時に恵理が恵理でなくなることを意味する。少し前までの彼女ならそれを受け入れただろう。
 だが、それを彼女は拒否した。

「しかし、策はおありで?」

 男の質問には彼女は沈黙で答えた。
 具体的な策など未だなかった。恵理は唇をかんだ。
 運命は与えられるより、自分で切り開くほうが過酷だ。
 恵理はそれを皮肉だと思い、車を降りた。

「バックアップは無いと言っても、最低限のことはしてもらうわ。現状では情報は質も量も足りないわ。それをよろしく。」
「最大限の努力を」

 彼はそう答えると車を出した。
 恵理はしばらくその車を見送った後、方向を変えて公園を歩き出した。足に少し重さを感じる。精神も身体も疲れているのだろう。張り詰めいたものが消えて、それを感じているのだ。

 さして時間が許されているわけではない。だが、少しだけ休息の時間がほしいと思った。
 彼女はバッグから携帯電話を取り出した。ずいぶん遅くなってしまったが、裕也に連絡をつけるためだった。

「こんにちわ。もうこんばんわ、かしら?」

 そのとき、背後から澄んだ声がかかる。
 恵理は全身という全身の細胞が緊張したのを感じた。
 振り返らずともわかる。その声が初めてでも、彼女にはその声の主が誰かわかった。その声を聴いた瞬間、全身の血が騒いだ。彼女の身体に流れる闇払いの血が、これまで感じたこともないほど強く騒いでいる。

「探したわ、ずいぶんとね。この街はずいぶんとその手の匂いがして、いろいろ迷っちゃった」

 恵理の背後の声の主は明るい声で言葉をつなぐ。

「この街、来てみてわかったけど、地脈の力がすごいんだもの」

 やはりそうか、と恵理はつぶやく。地脈とはその土地がもつ霊的な力だ。そういう土地に影響されて生まれ育った者には特殊な力が備わることがまれにある。川村夏希の霊感や過去や未来を見る力を持つ裕也と千明の兄妹がそれにあたるのだろう。同時にそう言った土地は吸血鬼や妖魔を惹きつける。そういった災いは天災と同じように、得てして同じ土地で起こるものだ。

「それでもね、ここで待ち伏せしたのは幸運だったわ。あなたのコピーに会ったのもこの近くだからだったから、ヤマを張ったわけだけどね。本当に幸運だわ」

 女の声は弾んでいる。その声は子供のように無邪気で彼女の心象を表していた。

「私とあなたは……どの道会うことは避けられなかった」

 対照的に、恵理の声は低く暗い。
 全身の遺伝子は、彼女の本能は、この凶悪な吸血鬼を殺せと叫んでいる。だが、同時に策なしで勝てる相手ではないと彼女の理性が警告していた。
 このとき彼女の理性が勝っていた。

 恵理は全身はいつのまにか汗が噴出していた。それは彼女の恐怖の表れだった。
 彼女はゆっくりと振り返った。硬い表情にわずかに微笑を浮かべる。
 視界に彼女が入って来る。

 白い肌と金色の髪。その容貌はこの黄昏に女王を名乗るにふさわしい美しさだ。そして真紅のルビーの瞳は吸血鬼のそれ。
 とりわけ凶悪な気を放つ目の光を恵理は受け止めた。

「森川恵理……このセスの永遠を止められるかもしれない、そうでしょう?」

 セスは微笑んだ。彼女に他意はない。ただ、戦いを求めてきた。恵理にはそれがわかった。
 彼女は純粋な凶暴だった。
 恵理は息を呑む。右足に力が入って、靴底が砂を鳴らした。

「さあ、楽しみましょうか」

 セスは笑って静かに言った。それは本当に無邪気な顔だった。
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