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放課後TwilightZone 作者:水夜ちはる

3. 黄昏に立つ者

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第12話:「決意」

現代ファンタジー・吸血鬼モノの伝奇ライトノベル。
 研究所が騒然となった。がっしりした体つきをした黒服の男たちがなだれ込んでくる。その動きと統率には一切の乱れがなく、集団における戦闘に長けた者だと一目で分かる。
 だが、その彼らも研究所の応接室に入ったとき、反応に困った。

「思ったより時間がかかったわね」

 彼らを迎えたのは森川恵理であった。彼らは森川財閥が派遣した部隊だった。その森川財閥の名義上の長、森川恵理がその場にいたのである。
 研究所のセキュリティ系統が全滅した事は、すぐさまほかの監視施設に通達されたが、人員を派遣するまでに一時間以上が経っていた。独立して強力なセキュリティシステムを持ち、機密性の高い研究を行う研究所ゆえに、他所のバックアップ体制は想定されていなかったのである。芹香についた監視からの報告が、一番早かったくらいであった。

「まさか、研究所のセキュリティ、正、副、予備……すべてを同時に落とされるとは思いませんでしたよ。よほど、この研究所に精通したものしか出来ない事ですよ」

 黒服をかきわけて三島が現れて、呆れたように言った。彼はこの研究所の責任者でもある。

「可憐に命じたのです。裏切られるとは思いませんでしたか?」

 恵理は冷徹な声で言った。

「まったくです。その可能性を考えるべきでしたよ。芹香ならばともかく、可憐があなたの命令でここまで大きなことをやるとはね」

 三島はため息をつきながら、恵理のそばでひかえる芹香を見た。
 芹香と瓜二つの姉、可憐は恵理の直属の使用人ではない。彼女の身代わりに近い形で死んだ恵理の兄、正孝の使用人である。正孝の死に際して、森川恵理に対する恨みの感情すら可憐にはあったのかもしれない。芹香はそう思った。もし同じ形で主人を失えば、自分がそう思っても不思議でないからだ。
 だが可憐は恵理に協力した。芹香には姉の気持ちがわからない。だが、恵理は自信を持ってこの計画を実行に移した。可憐と恵理の関係は芹香が思う以上に強いのだ。

「で、成功体……安藤麻衣を逃がしたという事ですか。恵理様、あなたにしてはかなり感傷的な行動だと思いませんか? あなたらしくない」

 恵理は森川家の血族として、目的を遂行するための合理性を幼少より教育されている。それから考えれば、今回の行動は不可解であった。

「人の体と命を勝手にコピーして、勝手に使おうなんて人たちよりはずいぶんマシだと思っているのだけど」

 恵理は辛辣な皮肉を口にすると、ソファから立ち上がった。

「まったくです。だが、私の研究心を満足させるに足るものですよ。ま、もっとも私の研究心などあなたには関係のない話だが」

 三島は自嘲気味に笑った。

「このことに関しての処置は老人たちに任せるとして、リスクを背負ってまであなたがここまで行動した理由は、安藤麻衣を逃がすため、だけではないでしょう?」

 三島は薄い眼鏡の奥で眼光鋭く、恵理を捕らえた。彼は有能な研究者であったが、研究のみにその才を持つわけではなかった。でなければ森川財閥の中で、この重要なポジションに立っていないだろう。

「もちろん、安藤麻衣の存在を知って、彼女に会ってみたかった。私のコピーはどういう存在なのかを。そして彼女は私とは違う人間だった。それを確認したかったわ。それが動機のほとんどを占めているわけだけど……」

 恵理はちらりと芹香を見た。芹香に関わることではなかったが、彼女は次の言葉を紡ぐに、最も信頼を置く一人である彼女を見て、心を落ち着かせたかったのだ。芹香はその意図に気付いたものの、彼女もまた不安げな表情を返すしか出来なかった。
 恵理は一つ息をついた。

「それで、三島さん……完成品のコピーはいくつあるのかしら?」

 彼女は冷静な声で言った。いかにも発言を裏付ける情報を握っているかのように。
 三島は即答しなかった。神妙な顔で恵理を見つめる。

「見せていただきたいわ。それによって私の行動と、森川の一族の未来が変わる」

 それは彼女の賭けだった。工業製品とクローンを同じにするわけではないが、一つだけ完成品を作る、というのは試験段階であっても非効率なものだ。安藤麻衣というテストを行う際、それが失敗であっても違う実験をするために同じロットで予備を作っているはずだ。彼女はそう読んでいたのである。

「負けましたよ。あなたの言うとおりだ。安藤麻衣のほかに、あなたのクローンは存在する……しかし、私が言うのもなんだが、決して気持ちの良いものではありませんよ?」




 研究所の地下施設に向かうには専用のカードキーが必要だった。
 三島の持つカードで、彼と恵理と芹香の三人はその施設に入った。白っぽく無機質なセキュリティブロックを抜けると、いくつもの電子機器の備わったタンクが並んでいる部屋についた。そのタンクは半透明であり、その中を覗く事が出来た。
 恵理の表情が曇る。胃の中が泡立ち、不快感が彼女を責めた。
 そのタンクの中で眠るそれは、彼女そのものだったのである。タンクの中で眠るそれらは、何かの溶液に満たされている。SF映画のコールドスリープのようであった。

「これらは安藤麻衣と同じロットで生産された素体。彼女のような実績はないが、同じ遺伝子を元に同じ方法で再生されている。安藤麻衣の現状から、これらに問題がある確率はきわめて低い……」

 三島は事務的な声で言った。冷徹なわけではない。どこか遠慮がちに聞こえたのは、恵理の心象を察してのことだろうか。

「なるほど……」

 恵理は乾いた唇を気にしながら言った。
 目を細めて、彼女のコピーたちを見る。生命の冒涜。だが、彼女にとってそんなことはどうでも良かった。

「恵理様……」

 芹香が不安そうな声で彼女の名前を呼んだ。

「ありがとう、三島さん。これでよく分かったわ」

 恵理ははっきりと言った。三島は怪訝そうに眉をひそめた。

「どういうことです?」
「取るべき道が、よ。森川家は何を優先するか。私が一番良く知っているわ。それは目標の達成よ」

 恵理はそこまで鋭く言い、一呼吸置いた。

「今、私たちに課せられた目標は、敵を排除する事と、森川の血を絶やさぬ事、だわ。その一つは、現実にこの場にある」

 恵理は手の甲でかるくタンクの外壁を叩いた。鈍い音が静寂の空間に広がる。森川恵理、安藤麻衣の代わりはここにいる。森川の血はここに保管されていると言っていい。
 恵理は小さく笑う。

「悔しくは……ないんですか?」

 三島はためらいがちに言った。自分が言う質問ではないだろう。彼はそう思っていたが、問わずにはいられなかった。

「悔しい? そうね、そういう感情になるのかしら。勝手に私の分身を作られて、私の存在価値を貶められた事には怒りを感じるわ」

 恵理は静かに目を閉じる。きれいな眉がひときわ美しく見える。彼女は闇の中で決意を固めているかのようだった。
 その表情を見て三島は迷った。迷った上で、彼は言葉を紡いだ。

「最強と呼ばれる吸血鬼を前にして、森川家はあなたを戦わせるほかに、もう一つの案を出していた」

 その言葉に恵理は目を開き、澄んだ瞳を三島に向ける。彼女に動揺は無い様に見えた。

「ここには十四体のあなたのコピーがある。私の作ったコピーは十六体だった」
「一人は、麻衣さんね?」
「ええ、おっしゃる通り、一体は安藤麻衣として二年前にロールアウト。もう一体は、セスが現れた事によって、先日その対抗策としてロールアウトさせた」

 恵理の唇が固く閉まった。それは彼女の感情の表れだった。
 彼女は知っている。それは草薙が見た、そしてセスに滅ぼされた吸血鬼化した自身のクローンだ。三島の言葉の裏にあるものをつなぎ合わせれば、そのクローンを吸血鬼化させ、街に放ってセスに遭遇させたのであろう。吸血鬼化した森川恵理が、吸血鬼――セスにどこまで通用するのかと言う実験だったのだろう。

 クローンは作成者の都合により生み出された生命である。だが、生命は生命だ。恵理はそう思った。怒りが彼女の表情を固くした。
 だが恵理は沈黙を保った。その沈黙を受けて三島は言葉を続けた。

「結果はご存知のようですね……吸血鬼化した、あなたのクローンはセスに歯が立たなかった。森川家の血族の吸血鬼化は、通常の吸血鬼のそれよりも遥かに攻撃性と戦闘能力を高めたものですが、それでもセスには通用しなかったのです。そこで、半覚醒状態である恵理様に、小月を握っていただく事になったのです」

 小月とは恵理が持つ霊刀である。清められたそれは無限とも言える吸血鬼の再生能力を無視し、滅ぼす力がある。たとえセスであろうとも、その刀をもってすれば倒す事ができるだろう。
 なお、小月の能力は科学的な解析による解答は出ていない。これが打たれた時期は平安時代末期あたりだろうと推定されているが、製造方法などはまったく不明である。

「あなたが小月をもってセスと戦うとしても、勝算は良くて五分。いや、五分はないでしょう。もう一つ案は、ここのクローンを複数使用し、数でセス、そしてケイオスに対抗しようという案でした」

 三島はカプセルを見渡しながら言った。彼の顔に浮かんだ表情は、彼の作り出したクローンへの寂寥なのか、それとも生命への冒涜に荷担する苦悩か。

「しかし森川家は私を選んだ。将来のない、半覚醒状態の私を敵にぶつけて、失っても、たいした被害ではない……そう言うことね」

 恵理はわずかに瞳を開いた。眼光が鋭く輝く。
 三島も芹香もその彼女に声をかけることが出来なかった。

「行きましょう、芹香。言われなくても、私は戦うわ」
「恵理様!」

 踵を返す恵理に芹香は悲鳴のような声で彼女を呼んだ。今の恵理がセスたちと戦って勝つ見込みは無きに等しい。

「私は、私の意志で戦うわ。運命とか、血族の宿命とか、そんな理由で命なんてかけられないわ。自分の意志で決断しなければ、覚悟なんてできやしない。この世界で生きていけるとは思えない」

 恵理は振り返り、芹香をみた。強い意志を感じられる表情だった。
 芹香は彼女に悲壮感を覚えながらも、彼女の成長を見た。
 七歳年上の彼女だが、ずっと恵理について世話をしてきた彼女だ。母親代わりなど思いもしないが、子供のころの彼女を思い浮かべる。

「恵理様……」

 彼女は思わず恵理を抱いた。いつのまにか身長は逆転していたが、相変わらず身体は華奢だった。この身体で過酷な未来を受け止めるには、相当の強い意志が必要なのだろう。恵理の言葉を感じる。彼女は自分にそう言い聞かせているだけなのかもしれない。そういうものを持たねば、人は苦しさに負けてしまうからだ。

「芹香……私は生き残る。そのために戦うの。このまま終わりはしない」




 闇の中にぼんやりと人影が浮かぶ。人影は三体。表情は見えない。
 彼らにはまったく気配を感じられない。それはただの幻影であり、彼らの本体は遠くどこかにある。彼らは森川財閥の運営者であり、闇払いの一族の運営執行を司る通称『長老』と呼ばれる存在だった。その存在は異質で、決して表に出る事はない。森川家当主である森川恵理ですら彼らに直接会った事はごく僅かだ。

「ひさしぶりだな、ご当主殿」

 人影のうちの一人が言葉を発した。

「ずいぶんと。互いに忙しい身ですから」

 恵理は彼らの前に立ち、硬質な声で堪えた。彼女だけが生身だった。
 長老たちはホログラムだった。ネットを介して彼らは違うどこかに居る。
 それは彼女が長老たちより立場が低い事の象徴かのようであった。

「ずいぶんと勝手を振舞っているようだが」

 しわがれた声が恵理を叩く。だが、彼女は表情一つ変えなかった。

「お前は残された命を使い、穢れた闇の一族を払う。それが森川の血を引くお前の役割であろう」
「放っておいてもお前はいずれ、その身体に流れる闇の血に負けて、狂い、吸血鬼へと堕ちるだろう。森川の血脈をそんな見苦しい最後で汚してはならぬ」
「我らの研究を知ったことは不問に処す。今この地に現われたる吸血鬼をお前の手で排除せよ」

 老人たちは口々に言った。
 勝手な事を。恵理は表情を変えず、心の中で毒吐いた。

 彼らの中で森川恵理は道具でしかなかった。最強と言われる吸血鬼セス、そしてケイオス。森川恵理の吸血鬼化が避けられない今となっては、彼らにとってセスらの登場は好都合だった。撃退すれば退魔の組織としての株が上がり、もし負けたとしても廃棄処分間際の恵理ならば損失はない。
 そんな打算を彼女は感じ取っていた。

 だが怒りは覚えなかった。ほんの一年前までは、それがあたりまえだと思っていた。闇払いの一族は闇を払い、戦って死ぬ。自分の生の価値など、それだけだったからだ。
 それでも裕也や陽子達に出会い、彼女の中の価値観は変わった。もっと生きて彼らとの時間を共有したい。しかし、それは彼女の宿命と反するものだった。
 そのやるせなさが彼女の中にあった。

「では、お前の命をもって、宿命を遂げたまえ」

 依頼でもなく命令ですらもなかった。それは彼女の存在意義そのもののように、彼らは言い放った。拒否する事も否定する事も彼女には与えられてはいない。
 闇に浮かぶ影が消える。通信が途絶えたのだ。

 闇の中で一人残される少女。白く美しいその顔は無表情のまま、闇のみが残る空間を間瞬きもせずに見つめていた。
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