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放課後TwilightZone 作者:水夜ちはる

3. 黄昏に立つ者

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第10話:「存在理由」

現代ファンタジー・吸血鬼モノの伝奇ライトノベル。
 その夜、裕也たちは森川家の屋敷に泊まることになった。
 帰れない時間ではなかったが、公共交通機関から離れたこの場所から彼らの自宅は時間的に遠かったし、安藤麻衣がいるはずの研究所はこの屋敷からの方が格段に近い。明朝そこへ向うことにしたため、時間的効率を考えてのことだった。

 その間、沢渡からの連絡があった。
 金色のセスと接触があった彼女たちの連絡に恵理は一瞬顔を青くしたが、冷静になれば連絡があったと言うことは、ひとまず彼女は無事だとわかった。
 彼女の被害報告はこうである。

「まあ被害と言えば一応、誰かさんがおもらししたくらいかな」

 恵理は安堵と呆れをカクテルしたため息をついた。

「まあ確かにとんでもない奴だったけど、でも無茶苦茶悪い奴には見えなかったな。あんたと戦いたいって願望がかなり強いみたいだけどね」

 沢渡の声は落ち着いているようだったが、言葉の端々に緊張を感じられた。
 恵理は沢渡の声を聞いて唇を噛んだ。セスが既にすぐ近くまできている。彼女のような吸血鬼は強いだけではない。賢くそして慎重だ。だからこそ千年以上も生き続けていられる。
 そして沢渡の情報から吸血鬼化した恵理のクローンも、セスによって始末されたことも伝わった。その報告を聞いた時、恵理はしばらく沈黙から動かなかった。表情は相変わらず動かない彼女だったが、心の中では複雑な感情が蠢いていたのだろう。
 恵理は今晩裕也たちが戻らないことを彼女に伝え、電話を切った。




 古い洋館の造りである森川家の館の廊下は大きな窓ガラスが特徴的で、外の光をふんだんに取り入れるデザインになっている。
 深夜、月の光を受けてそれは青と黒の幻想的な陰影を刻んでいた。
 その場所に森川恵理は一人、月を見上げている。
 と、廊下に敷かれた紅い絨毯を踏む音がした。恵理はそれ明敏に聞き分けて、その方向を見る。
 音の主は裕也だった。

「眠れない?」
「ああ、ちょっとね」
「ベッドが合わなかったかしら?」
「そういうわけじゃないけど……」

 裕也は戸惑いと心配を足して二つで割ったような表情で恵理に近づいた。その表情を見れば、恵理も彼がどんな理由で眠れないかわかる。
 恵理はしばらくその表情の彼を見つめた。
 恵理は微笑んだ。

「ありがとう、裕也」
「え?」
「私はあなたにそんなに心配されて幸せだわ」
「……そんな言い方はよせよ」

 裕也は少し苛立ちを見せて、彼女から視線を逸らした。

「まるで、死を覚悟しているようだから?」

 恵理は臆せず言った。裕也は答えなかった。それが答えだったからだ。

「それは、この家に生まれ、この血の宿命を背負った時から覚悟している事よ。今にはじまったことじゃないわ」
「恵理!」
「それが無ければ、私は私でいられない!」

 恵理は強く言った。月の光を反射した黒い瞳は僅かに揺れていた。

「この世界には私の形をした人間が何人もいるのよ? でも今、『森川恵理』として存在しているのは、そういう風に育ってきたから。そしてそんな私をあなたは好きになってくれた。それを否定することなんて私には出来ない」

 強く言う。強く見つめる。僅かに濡れて輝いた黒い瞳は裕也を圧倒していた。裕也は何も言えなかった。

「私のこの身体はもう長くもたないかもしれない」

 言葉は推測だが確信に近い。

「だけど、その残された時間を捨てたりはしないし、最後まであなたと一緒にいたい。そしてセスとケイオスを……私の力で……」

 裕也は沈黙して彼女を見つめた。

「わかったよ。君のワガママに付き合うよ。全部、理解したわけじゃない。全部納得行ったわけじゃない。君を失う、とわかっていることをすべて飲み込めるほど、俺は器用じゃない。そんな未来は見たくない。でも、俺が知ってる君は……そういう道を取りそうな人間だ。だから放っておけなくて、君を好きになった。そう言えば、初めはそれがきっかけだったな……だから、俺は恵理を放っておかないよ。俺は君のためになることなら、なんだってやる」

 裕也は白く輝く月を見た。ガラス越しのそれは凛と冬の空に浮かんで容赦が無い。
 恵理は思った。ケイオスやセスは彼が思うほど甘い相手ではない。人間がどうこうできるレベルの存在ではない。彼の気持ちは嬉しかったが現実はこの月のように冷徹だ。
 彼女は明日、自らの分身である安藤麻衣に会う。それは彼女の決意の一端であった。




 麻衣はとある小説を読んだことがある。そのときは特に印象を受けたシーンではなかったが、劇中の過去にあたるシーンで、潜水艦が事故に遭い、浮上することも脱出することも出来ず、金塊を抱えたまま船員たちは絶望の海底に取り残される。僅かな空気は数時間で枯れ果てるだろうと艦長は船員たちに告げる。船員たちは絶望の現実を冷静に受け止め、自らの死を嘆きながらも祖国や家族の無事と未来を祈る。静かにだ。そうしてそのシーンは閉じられる。

 その船員たちがどうして絶望の中、発狂もせず冷静でいられたのか、そのとき麻衣には理解できなかった。だが、今ならできるかもしれない。
 細長い、無機質な一室。小さな窓と厳重な扉と簡素なベッドとテーブル。まるで牢屋のようだ。この部屋を形容するにはそれだけで十分だ。
 電子ロックの扉の向こうには、何重もの扉があるように思えた。
 ここから自力で出ることはまず無理だろう。
 麻衣に言い渡された未来は、彼女を絶望させるものだった。

 彼女は安藤麻衣としての記憶を抹消されて、催眠術で眠らされている森川恵理の記憶を蘇らせる――それは安藤麻衣としての死だった。それを知らされた時、胃の中のものを全て外に撒き散らすくらいのショックを受けたが、今となっては不思議なほど冷静だった。ただ、漠然と靄のような何かが胸の奥で揺らめいたまま、静かにその時を待つ。

 と、扉の電子音がする。この部屋ではあまり時間の感覚が無いが食事の時間らしい。
 入ってきたのはメイド服の女性だった。これまでは調理用の白衣をきた男たちだったのだが。
 麻衣は彼女と一度会っていた。渡辺芹香と言う、一時的に拘留された屋敷で会ったメイドだった。森川家の人間に関わって、初めて心を許せるかも知れないと思った人間。それも封じられているはずの森川恵理の記憶のせいかもしれない。だが、彼女の入れた紅茶は、麻衣の精神を暖かくしたのは間違いなかった。

 しかし、それ以上に麻衣の心は暗く落ちていた。
 敵意の篭った瞳で彼女を睨みつける。
 だが、彼女はそれを一瞥すると特に意に介した様子も無く、奥に進んで手にしたトレイをテーブルへおいた。トレイには紅茶のポットとサンドイッチが置かれていた。

「ずっと食べていないんだって? それじゃ身体に悪いわ」

 メイドは軽く笑って言った。

「あなたたちの作ったものなんて食べたくないわ」

 麻衣は低い声で言った。森川家の人間は彼女にとって敵でしかなかった。
 彼女はそう言うと、ベッドに座る麻衣の隣へ勢いよく座った。
 麻衣は驚いて芹香を見た。初めて会ったときの彼女は、もっと淑やかな感じのする印象だった。話し方も随分違う。

「芹香さん?」
「ふふ、芹香に会ったのね?」

 彼女は笑った。彼女は芹香ではなかった。

「残念だけど、私は芹香じゃないわ」
「え?」

 麻衣は驚愕に瞳を揺らした。目の前にいる姿は、屋敷で見た芹香と瓜二つのものだ。

「私は、渡辺芹香と同じ遺伝子を持つ人間……」

 麻衣ははっとして彼女を見た。

「まさか……」
「そう、私は芹香のクローンよ。芹香にはね、生まれつき不思議な力があった。癒しの力を持っていたのよ。その力を他者に送り込むことによって、超自然的な回復をもたらす。同時に、森川家の吸血鬼の力……それを抑えることが出来た。私たちは……森川家にとってとても有益な存在だった。だから私は複製された」

 メイドは淡々と続けた。声も瞳の色も姿も、芹香にそっくりだ。だが彼女は自分を芹香ではないという。

「というのは嘘」
「なっ?」

 メイドは意地悪く笑った。芹香がする表情ではない。麻衣はそう思った。

「私は渡辺可憐。芹香の一卵性の双子の姉。つまり遺伝子的に同じ、ってのは嘘じゃないけどね」

 麻衣は言葉が出ず無言で可憐を見つめた。

「と教えられているけど、本当にどうかはわからない。私たちは親の顔も知らないからね。双子なのか、クローンなのか、でもそれは私にとっては大した問題ではないわ」

 可憐は淡々と言った。驚いて麻衣は可憐の顔を見る。可憐は笑った。それはしたたかで不敵な笑みだと麻衣は思った。

「結果として、私と芹香は違う運命を歩み、あなたが今感じているように、私と芹香はまったく別の人間だわ。そしてそれは同時に、私があなたを恵理様と同じには思えない。姿形は同じでも、違う人間だわ」
「だからって、どうしろというのよ?」

 麻衣は地を睨みつけて吐き捨てた。だが、彼女の心は動いていた。彼女には可憐の言葉が深く印象深く突き刺さっていた。

「どうにかするのよ」

 可憐は強くはっきりと言った。

「私が知っている恵理様は……いいえ、森川家の血を引くものは、どんな難しいことに面していても、それを乗り越えようとする。どんな手段をもってしても、乗り越える……あなたにもその血が、流れているのよ」

 麻衣は顔を上げて可憐を見た。可憐はじっと強い視線で麻衣を見つめていた。

「心の持ち様、それ一つよ。あなたは、このまま終わるつもりでいるの?」
「……終わりたく……ない」

 麻衣は反射的につぶやいていた。本心だった。突然に始まり、突然に知らされた自らの素性。そしてどうにもならない状況。それに打ちのめされて、枯れ果てた心にこの可憐はみずみずしいまでの言葉を注ぎ込んだ。

「私の中にある記憶や、私を知っている人たち。それは森川恵理なんかじゃないわ。それを勝手に奪われたくなんかない!」

 麻衣は意を決して強く言った。凛と澄み、大きすぎず小さすぎないその声は、可憐の良く知る少女の声に似ていた。

「じゃあ、会いましょうか。恵理様に」

 可憐は麻衣の手を取ると、不敵な笑みを浮かべた。




 恵理は肌の裏がざらつくような、得も知れぬ不快感を覚えた。それは麻衣とて同じ心境だったのかもしれない。存在してはならないはずのコピー。それが邂逅したときの違和感なのかもしれない。
 それでも恵理は平静さ保ち、麻衣は神妙な表情を浮かべていたが、何も言葉にしなかった。
 恵理は小さく深呼吸をした。意識してそうしたのは心を落ち着かせるためだった。

「可憐、何とかしなさいとは言ったけど、こんな大掛かりな事をするとは思わなかったわ」
「恵理様が悪いのですよ。昨日の今日ですもの。一番簡単な方法を採っただけですわ」

 可憐は悪戯っぽく笑って言った。
 麻衣が捕らわれていたのは森川家がもつ研究施設だった。外部から隔離されたそれは森川家に関わる人間以外、知る事ははない。数十人の研究員がここに勤務していたが、現在は静まり返っている。

 事の顛末はこうだ。
 現森川家の当主たる恵理の突然の来訪に、研究所は色めき立った。恵理のクローン研究を行なっていることは恵理には伝わっていないはずだったからだ。そしてクローンの成功体である麻衣を確保した矢先である。研究員たちはひとまず恵理たち一行を応接室へ隔離し、対応策を案じた。

 そのときだった。
 研究所のセキュリティの一つである睡眠ガスが応接室と麻衣が囚われた部屋を除いて全区画で使用された。可憐の仕業である。
 可憐は全所員が無力化したのを確認し、麻衣を応接室へ連れたのである。

「こうでもしないと会わせられないと思いますよ?」
「たしかにそうかもしれないけど……問題になるわよ? ここは外部からも監視されてると思うし……」
「大丈夫ですよ。お叱りを受けるのは私だけ。恵理様は私に『安藤麻衣に会える環境を用意しなさい』と命じられただけ。もちろん、恵理様付きではない私が、受けるべき命令ではありませんでした。つまり私に非があります。恵理様が案じることはありません。私はもう用済みな存在です」

 恵理に芹香が仕えているように、可憐は恵理の兄、正孝に仕えていた。正孝はすでに三年前に他界している。彼女の使えるべき主人はもういない。その悲しみに彼女は半ば自暴自棄気味の性格になってしまっていた。彼女は主従の関係を超えて、正孝に愛情を抱いていた。それゆえに彼女が正孝を失った歪みは心に強く現れていた。

「可憐……」

 恵理はわずかに苦しげな表情で彼女の名を呼んだ。恵理は可憐にそんな生き方を歩んで欲しくはなかった。

「恵理様が仰ったように、ここは外部から監視されています。この異常も感知されて、すぐにでも警備の者が押しかけるでしょう。時間はありません」

 何か言いたげな恵理をさえぎって、可憐は言った。確かにその通りだった。可憐は立場を危うくしても、麻衣との邂逅の場を作ってくれた。それを無駄にするわけには行かなかった。
 恵理は麻衣を見た。同じ瞳、同じ光をもつ二人の視線が合う。
 麻衣もその視線から逃げず、小さくのどの奥で覚悟を飲み込み、森川恵理と相対した。
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