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放課後TwilightZone 作者:水夜ちはる

3. 黄昏に立つ者

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第9話:「金色のセス」

現代ファンタジー・吸血鬼モノの伝奇ライトノベル。
 恵理は小さく息をつくと、彼女にしては珍しく歯切れの悪い声調ではじめた。

「そうね。裕也たちは知らないだろうから、まず説明をしておくと、私たちのような……吸血鬼や妖魔に対抗する組織は私たちだけじゃなくて、世界各地に点在しているの。もちろんそれらは横のネットワークで繋がっているのだけど……」

 それらはアジアやヨーロッパ、中東、アメリカ大陸など世界各国に渡っている。中には国家組織に組み込まれた退魔組織も存在すると言う。もちろん表立ってはいないのだが。「森川家は彼らと協力関係にあるんだけれど、それでも森川家は異端とされたわ」

「どう言うことだ? どの組織だってやっていることは変わらないんだろう?」

 裕也が尋ねた。

「そうね。魔を滅ぼして人間の社会を守る、という所は同じだと思う。でも、みんなも知っていると思うけど……彼らにとって見れば私と吸血鬼はそう変らない存在なのよ」
「あ……」

 裕也たちは理解した。
 森川家には吸血鬼の血が流れている。その血の力を持って吸血鬼に対抗するのだ。本来敵となるべき吸血鬼の力を用いて、吸血鬼と戦う。それは各地の組織の中でも森川家だけが取っている手法で、邪道、そして危険な方法だと見なされていた。
 だが吸血鬼の力を借りることによって、ほかにはない対魔の力を持っているのも事実だった。それは閉鎖された組織間の中で、妬みが蔑視に変化したものだとも言えた。

「彼らからしてみれば、吸血鬼を殺すために吸血鬼をの力を使うわけだから、面白くないのでしょうね。だけど人間の力では限界があるわ。森川家は森川家ではないと対抗できない、そんな吸血鬼と何度も対峙して来た……その命と引き換えにね」

 それが対魔の組織の中で、疎まれながらも森川家が必要とされる所以だった。
 その微妙な力関係の上に、森川家は存在していた。

「つまり今回の敵ってのは……」

 裕也は青白い顔で言った。

「そう、そのレベルの敵よ。一口に吸血鬼といっても様々なレベルがあるわ。普通の退魔師では相手にならないほどの、敵」

 恵理は微かに笑った。世界最高峰のエクソシストの組織が手に追えなかった吸血鬼。吸血鬼の力を解放して戦ってようやく勝負になる。刺し違える事を前提にしてようやくの五分。恵理はそれでいいと思っていた。闇払いとして生を受け、ガタが来たこの身体で最後にそんな強敵と戦えるなら。自らの存在意義を示せるなら。

 だが、恵理は悩み始めていた。今は生きたいと思っていた。残された時間が僅かであれ、最後の時間まで、裕也たちと一緒にいたいと。

「なんかムカつく話だな。吸血鬼の血が混じっているだけで、森川達を毛嫌いしてる奴らは手に負えない敵が現れたら、森川に代わりに戦ってもらう? 調子が良すぎるんじゃねえか」

 その場にいる全員が感じた憤りを小田桐は言葉にした。
 恵理もそれに頷いて、同意した。

「その通りね」
「やめちまえよ、そんなのと戦うの。義理は無いんじゃないか?」

 小田桐の言は正しいと恵理も思う。だが、一族と他の退魔組織とのこれまでの関係を鑑みなければの話だ。恵理は軽く苦笑すると答えた。

「そうも行かないわ。家の体面のこともあるけど……それよりその吸血鬼の方が私に興味を持っているみたいなのよ。その吸血鬼にとって見れば、対等な敵というのは珍しいのでしょうね。とにかく、向こうから仕掛けてくるという以上、戦いは避けられないと思う。それが陰謀であれ、向こうの願望ならね」

 そうでなければ、こんな極東の島国に彼女はこない。千年以上も過去から記録のある吸血鬼は主に西洋で活動していたはずだった。
 森川家を快く思っていないどこかの退魔組織の原理主義者たちが嗾けた節も見え隠れする。恵理はそこまで想像がついたが、今となってはそれを暴いたところでどうにもならない。

「恵理……その吸血鬼ってのは……」

 恵理は自嘲しかけて、裕也の言葉にさえぎられた。不安そうに彼は見つめていた。

「うん……」

 彼女はその吸血鬼の名を知っていた。闇払いの一族の歴史と記憶に辛酸を刻みつけたその名は、素直に彼女の唇から発せられなかった。彼女は答えるのに数瞬の時間が必要だった。




 草薙真奈美は愕然とした。
 吸血鬼化した森川恵理のクローンは、対吸血鬼の一族として長い歴史を誇る遺伝子をもつ故か、非常に強力な戦闘力を持っていた。特にその膂力は吸血鬼の草薙から見ても恐るべき力で、一撃を受ければ致命傷になりかねない。吸血鬼は不死と言われているが、実のところ不死ではない。不死に近い再生力を持つものの、それを上回るダメージや、生命活動に致命的な器官の損傷、心臓や脳に深い傷を負えば死ぬ。
 ゆえに吸血鬼同士の戦いは不毛ではなく、決着がつく。

 草薙は恵理のクローンと戦っていたが、前述したように吸血鬼の戦闘力を凝縮させて遺伝子に宿らせたような彼女に苦戦をしていた。とはいえ、勝てないとは思えなかった。なにしろ確かに力ははるかにクローンに分があったが、それを扱う技術や精神はまったく宿っていなかったのである。無茶苦茶な攻撃を避けるのはそう難しくなかった。沢渡陽子が人間の身でそれを避けたのは、そのあたりのせいかもしれない。しかし吸血鬼は吸血鬼。簡単に倒せる相手ではない。

 だが、そのクローンはいま地面に転がり、大量の血を流しながら虫の息にある。
 草薙はそれに驚いていた。
 彼女には金色の閃光が空から降ってきたとしか見えなかった。

 草薙とクローンの戦いが一旦間合いを開いた時だった。クローンは何かを感じて空を見上げた。戦いの最中に敵から注意を逸らすのはありえないことだった。草薙も不思議に思い反射的に視線を追った。
 そこに金色の閃光が走り、一瞬後、クローンは大量の血を流しながら地面に倒れていた。
 吸血鬼でも再生できない致命傷だった。
 心蔵をえぐられては、再生能力も意味をなさなかった。

「あれ? この程度で終り……?」

 それはつぶやいた。あまりのことに草薙は、いやその場にいる全員が、その存在をなかなか認められなかった。

 そこには黒いワンピースに身を包み、長い金色の髪をした女が立っていた。
 二十歳前後に見えるだろうか。高校生の草薙達よりは少し上に見える。東洋人ではない。見慣れぬ西洋人の顔立ちに彼女たちにははっきりと年齢がわからなかった。
 それよりも恐ろしく美しい女だった。黄金色の髪と、白磁の肌と、紅玉の瞳。特に印象的なのはその瞳で、紅い光を強く放っていた。

 吸血鬼だ。

 その光を見たとき、草薙たちはそう悟った。
 沢渡はそれを見て冷や汗が止まらなかった。草薙や恵理のクローンとはまた別次元のものをもっている。彼女は本能的に感じた。

「コイツはヤバイ」

 声にはならないが、そう思った。そう思えるだけ、彼女の精神も驚異的に強かったのだろう。千明と夏希に至っては、それを見た瞬間意識が遠くなるのを感じて、失神していた。夏希は霊感が強く、特にあてられたのか、下半身からは暖かいものが流れていた。
 恵理のクローンが崩れて、灰になって行く。吸血鬼としての死だ。

「あっと、ごめんねぇ。横取りしちゃってさ。でもコレくらい避けると思ったんだ。これ『森川恵理』でしょ? 私と戦えるくらい強い『闇払い』だって聞いてきたもんだからさあ……」

 草薙も愕然としていた。僅かに体が震えているのは、彼女も感覚で「それ」の凄まじさがわかったからであろう。

「あなた、何者なの?」

 草薙は本能で感じる恐怖を押し殺しながら声を出した。

「何者……?」

 金髪の吸血鬼はゆらりと振り返った。草薙を直視して微笑む。

「若そうな吸血鬼ね。とっても可愛い感じがする。ごめんね、脅かして」

 敵意のない声。だが草薙は緊張を解かなかった。実力の差と、なにより金髪の吸血鬼は緊張を解かなかったからである。

「あれは『森川恵理』じゃないわ。あれは恵理の出来そこないよ!」

 それは沢渡の声だった。恐怖を切り裂いて彼女は叫んでいた。強靭な精神力を持って彼女は一歩前へ進んだ。

「できそこない? ふうん……」

 彼女は風に吹かれて失われていく灰を見てつぶやいた。それにはもう彼女は興味を失っていて、かわりに楽しげな表情で沢渡を見た。沢渡は気迫のこもった目で見返した。吸血鬼は目を細めて笑った。それは愛でるような目つきだった。

「人間にしては、いい気迫ね。これは森川恵理じゃない? と言うか、そう言うあなたは森川恵理の知り合いなのね」

 沢渡は生唾を飲み込んだ。どう足掻いても目の前にいる「それ」に勝てるわけがない。素手で猛獣に挑むようなものだ。だからこそ彼女は覚悟を決めていたのだ。

「友達よ。いえ、親友……」
「ちょっと……陽子!」

 草薙が慌てた。彼女が恵理をかばう義理はないのだが、それでもこの吸血鬼に恵理の存在を教えてしまったら、彼女は恵理を殺しに行くだろう。そうなれば恵理に勝ち目はない。

「でも教えない。教えればあなたは恵理を殺しに行く」

 沢渡は強い口調で言った。吸血鬼の女は肩をすくめた。

「殺しに行くわけじゃないわ。戦いたいだけ。だけど……そうね、あなたの言うようにきっと殺し合いになるわ。そしたらどっちか死んじゃうかもね」

 彼女は軽い口調で言った。とぼけたふりでもない。彼女は純粋に思ったことを口にしたのだろう。沢渡はそう思った。

「恵理と戦わないでくれ、って言うのは……」
「嫌よ、私はそのためにこんな島国まで来たんだもの……」

 彼女は残念そうに言うと、沢渡を見つめた。沢渡は視線を受けて唇を強く噛んだ。柔らかな唇が破れて鮮血が溢れるのではないかと言うくらい。

「教えない。殺されたって、友達を売るもんか」

 沢渡はさらに強く言った。強く言う事で自分の心を強くしているのだ。そうでなければ恐怖で狂ってしまいそうだった。

「あなたの血を吸って下僕にしてしまえば、簡単にわかるのよ?」

 吸血鬼は挑発的に笑って言った。沢渡は背筋が凍るような思いがしたが、それでも彼女はその場を踏みとどまった。

「ふふ。冗談よ。彼女は自分で探すわ。それにしたって、あなたすごいね。私と向きあって平気でいられるんだもの。一人前のエクソシストだってあなたみたいなのはそんなにいるわけじゃないわ。何者なの? 名前、教えてくれる?」

 沢渡は決して平気なわけではなかったが、彼女が言うのならばすごいことなのかもしれないと思った。

「沢渡、沢渡陽子……あいにくエクソシストでも闇払いでもない、ただの高校生よ……」

 彼女がそう答えると吸血鬼は興味深そうに微笑んだ。

「へえ……たいした学生さんもいたもんね。そう、私も名乗らなきゃね。私は……セス。よく『金色のセス』って言われるわ。もう千年以上生きてるかな。吸血鬼としてはかなり古い部類ね」

 彼女はそう言うとその場を去ろうとした。

「待って! 一つだけ聞きたい事があるの」

 質問者は草薙だった。緊張した面持ちでセスを見る。

「どうぞ?」
「この付近に最近グールが増えている……それはあなたと関係するわけ?」

 グールは吸血鬼が使役する使い魔だ。強力な吸血鬼はグールを多数従え、彼らに人間を奪わせてその力を奪い取る。
 セスはくすりと笑った。子悪魔的な笑いとはこういう事を言うのだろう。草薙はそう思った。

「失礼ね。私はグールなんか使わないわ。と言うより、私は人間の血などもう興味がないわ。吸血鬼は、血を吸うことによってその力の増幅と維持を行うけど、私にはもうこれ以上強くなる意味はないし、力の維持だけなら、ほんの少し血を貰うだけで良いわけでしょ?」
「じゃあ……」
「ふうん。本当に何も知らないのね。てっきり『彼』の配下の吸血鬼かと思ったのに」

 セスはいたずらっぽい微笑みのまま、草薙を見る。

「彼……?」
「『永遠の混沌』と送り名される吸血鬼よ。ケイオスと私は呼んでいるけど。ずるがしこくて貪欲で傲慢な吸血鬼。私と同等の時間を生きて来たに関わらず、グールや吸血鬼を支配して、自分の陣地を広げようとする吸血鬼。その彼がこの町にも来ているわ。さて、サービスはここまでね。可愛い吸血鬼さん、せいぜい彼には気をつけることよ。もちろん森川恵理にも伝えてね。彼なんかに殺されないように、って。私が戦ってあげるんだから」

 彼女はそう言うと幻のように消えた。金色がまるで闇の黒へ解けていくようだった。
 草薙たちは呆然とそれを見送る他にできなかった。




「『永遠の混沌』、ケイオス……そして『金色のセス』……闇払いの一族から……いえ世界中の退魔師にとってもっとも有名で、そしてもっとも聞きたくない名前の一つよ」

 恵理は彼女にとって珍しくはない、感情を殺した声で言った。だが、彼女の機微を知るものにとって、その声に隠された彼女の心は大きく揺れていると感じ取れた。

「まったく、この二人を同時に敵に回すなんて、私も大したものね。もっとも、町にグールが増え始めたとき、吸血鬼の調査を始めていたのだけれど、それがケイオスだったとは……まあ、彼だけならともかくセスはちょっと勝てる気がしないわ」

 恵理は他人事のように言う。

「金色のセスがなぜ……こんな日本なんかに。彼女はヨーロッパから離れたことがなかったのに……」

 芹香は動揺した声で言った。

「退魔師協会かどこかが嗾けたのでしょう。それを受けるウチもウチだわ。もっともウチにしてみても、廃棄処分の決まった私など、どうでも良いと言うわけだろうけど」
「恵理様……」
「芹香」

 恵理は微笑んで芹香を見た。そして順番に裕也達を見渡す。

「確かに今は方法すら検討もつかないけど、おとなしく彼らとやりあって散るつもりはないわ。私はまだ生きたい。まだ生きたいと思わせる人がいる。だから、そう簡単にやられるつもりはないわ」

 彼女は立ち上がりテーブルに手をついて不敵に笑った。
 彼女は不安だった。未来に一筋の光明すらない。だが、だからと言って不安な顔を見せるのは彼女の矜持が許さなかった。立ち上がり、前を見て裕也や芹香に安心して欲しかった。微笑んで欲しかった。そしてそれがまた、彼女の勇気になるのだから。
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