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放課後TwilightZone 作者:水夜ちはる

3. 黄昏に立つ者

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第8話:「コピー」

現代ファンタジー・吸血鬼モノの伝奇ライトノベル。
 屋敷の玄関を空けると慌てた様子の渡辺芹香が出迎えた。
 裕也は慌てている彼女を見て珍しいと思った。いつも落ち着き払って粛々としているのが印象的な彼女だった。

「お帰りなさいませ、恵理様」
「ただいま、芹香……どうかした?」

 恵理は淡々と言った。何気ない言葉だが、その裏には何か含むものがある。それは当の芹香も感じ取っていた。

「いえ……」
「そう……裕也たちを連れてきたから、急で悪いけど客間の用意をお願い。あと、お茶もね」

 恵理はそう言うと、清掃が行き届いている絨毯の廊下を歩き始めた。それは客間とは逆方向であった。

「あ、あの恵理様、何処へ?」
「自分の部屋よ。すぐに戻るわ」

 芹香は愚かしいまでに自分が狼狽えていることを自覚していた。
それはこの屋敷の中である変化が起こっていることを恵理に悟らせることになるのだが、彼女はそれを抑えることが出来なかった。
 彼女の主人ははやり森川恵理なのだ。その主人を裏切ることなど、彼女には到底無理だった。それが態度になって現れたのだった。おそらく恵理は何かを掴んでこの家に戻ってきたと芹香は感じ取っていた。芹香はすでに安藤千絵に会っている。それを正直に告白するのか、それが正しいことなのか、彼女にはわからなかった。
 もちろん、その狼狽は恵理にとって看破するには容易く、それが逆に恵理を苛立たせた。自分の部屋に戻ると言ったのは、自分の心を落ち着かせて芹香と向き合う、そんな時間がほしかったからだった。

 裕也たちは応接間に通された。森川家の屋敷の応接間はその家柄にふさわしく豪奢だった。それに負けない繊細な模様が施された陶器のティーカップを用意し、紅茶を注ぐ。葉ももちろん一級品だが、芹香の手によって淹れられたお茶はそれこそ魔法の香りを放つ。
 だが彼女の目は虚空を彷徨っていた。それは裕也にもわかる。彼女は明らかに動揺していた。それは彼女が何らかの秘密を知っているという事を表していた。
 すると、ドアが開き、屋敷の主人が現れる。

「待たせたわ」

 恵理はそっけなく言うと、彼女がいつも座るソファへと腰掛けた。芹香がそこへ紅茶を運ぶ。

「では、私はこれで……」

 用意を終えた芹香が下がろうとすると、恵理がそれを止めた。

「芹香にもここに居てもらうわ。いえ、あなたに聞きたいことがあるの」

 芹香は一瞬戸惑いを見せたが、諦めたように立ち止まって恵理に向き合った。

「単刀直入に言うわ。芹香、あなたは『安藤麻衣』という人物を知っている?」

 恵理は小細工をしなかった。彼女は芹香を信用していたし、芹香と遠まわしに腹の探り合いなどしたくなかった。

「恵理様……」

 芹香は答えられなかった。首を振って震える。彼女の恐れていたことが目の前に怒っていた。彼女の主人、森川恵理はそのクローンである安藤麻衣のことを知っている。
 恵理は芹香の反応で彼女が安藤麻衣のことを知っていることを悟った。

「芹香……私はね、あなた以外の森川の家に関わる人間が味方だと思ったことは正直一度もないわ。宿命はなんとなく受け入れることが出来たけど、それでも嫌だったことには変りはない。それでも……いままでやってこれたのは、あなたがいたからよ、芹香」

 恵理は穏やかに言った。元々、言葉を飾ることが苦手な不器用な人間だった。彼女の言葉は常に真っ直ぐだ。
 芹香は驚いて恵理の顔を見た。

「あなたは、唯一心許せる存在だった。たったひとり全てを信頼できる人間だったの。裕也達に出会う前まではね……今ももちろんそうだけど」
「恵理……様」

 芹香は言葉を詰まらせた。瞳に光るものを蓄えながら、必死に彼女の主人を見つめつづけた。恵理からそんな言葉を聞かされたことはなかった。素直にうれしいと思った。だが、それは一つの終焉の始りへの序曲ではないか。芹香はそんな恐怖も同時に感じた。恵理の言葉には何か一つ悟ったような気配が漂っていたからだ。

「クローンについては私も予想しなかったわけじゃない。確かに、それを聞いたときには確かに難しい感情が芽生えたわ。でも冷静に考えれば不思議なことじゃない。『森川』の血を確実に残して行くならば、とても合理的で、その方法を森川家が取ったとしても私は驚かない」

 芹香は沈黙した。ゆっくりと涙を拭きながら、言葉をまとめているようだった。恵理もそれが解って、静かに彼女が語るのを待った。

「恵理様のクローンの研究は、随分前から行われているものでした。森川家の血を引く者は、正孝様が亡くなったことでもう恵理様しか残っていなかったのです。血を絶やさぬために、必要な事でした。私もそれに関わっていました。恵理様のお世話をする身として、恵理様の状態を知らせるために、カルテを定期的に研究所へ提供していたのです。しかし、私はそれは吸血鬼化の遺伝子の謎を解くための研究だと聞かされていました……」

 芹香の言に偽りはないと、恵理は思った。

「私は、恵理様にいつまでも恵理様のままでいて欲しい、そう願っていましたから……」

 それはもう叶わないかもしれない、恵理はそう思ったが口にはしなかった。

 研究は恵理の吸血化に間に合わないと判断され、クローンを育てる方向へと修正されたのか。否、それは違うだろう。森川恵理の兄、正孝が死んだのは三年前、恵理のクローンである安藤麻衣が明彦の前に現れたのが二年前、その時点でクローンの技術はかなりの完成度があったと思われる。そう考えるとクローンははじめから、森川恵理自身の吸血鬼化を止めるためではなく、代替えとなる『森川恵理』を作るためにあったのだ。

 恵理は目を細め小さく笑った。自嘲だった。
 私の代わりはいる。私自身のコピーが。そう考えると自分という価値がとても安っぽく感じた。

「恵理?」
「ううん、なんでもないわ」

 裕也が彼女の表情を気にして、声をかけたが恵理は首を軽く振ると現実を見た。

「あの、それで麻衣は……彼女は何処にいるんでしょうか?」

 話が途切れたところで芹香に話し掛けたのは明彦だった。

「あの……こちらは……」

 芹香と明彦は当然初対面だった。

「安藤麻衣さんの親しい友達……でよかったかな?」

 説明を加えたのは小田桐だった。明彦は頷き、芹香を見つめた。求めるような視線に芹香は戸惑った。安藤麻衣が恵理のクローンであったとしても、彼にとっては彼女はあくまで安藤麻衣だったのだ。それを理不尽に奪った側の人間として芹香は彼を直視できなかった。

「彼女は……一度この屋敷にきました。でも今はもういません」
「芹香」

 恵理が鋭く彼女の名を呼んだ。

「本当です! 私は……私は恵理様に嘘をつくことなど……」

 芹香は弾かれたように恵理を見て叫んだ。

「本当なのね?」

 恵理は念を押したが、彼女を疑っている声色ではなかった。

「はい……昨晩遅くですが、研究所のほうに……」

 芹香は沈鬱な表情で答えた。

「研究所……」

 小田桐はうなるように言った。そのとなりで明彦が青ざめた。
 その言葉から連想されるイメージは一様にして暗いものだった。

「芹香さん、俺たちが想像したのは、そのクローンに催眠術か何かで記憶を操作し『安藤麻衣』という存在にした。そして今、それを森川恵理に戻すために、記憶を操作する前に戻す……そう言う事ですか?」

 裕也が冷静に自分たちの考えをまとめた。芹香は頷いた。彼らの想像は事実と大方一致しており、芹香も驚いたくらいだった。

「じゃあ、麻衣は今ごろ……」

 明彦は頭を抱えてうなだれた。

「わかりません……ただ、私が知る限り、すぐではないと思います」
「え?」
「少なくとも、恵理様が抱えている一件の事が済むまでは保留だと、私は聞いています」

 芹香は答えた。芹香の言葉は明彦に一縷の望みを繋ぐものがあった。だが当の芹香の顔には困惑の色が浮かんでいた。

「どういうこと、芹香?」

 怪訝そうに訊いた恵理に、芹香は向き直った。

「私は知らないのです。吸血鬼退治をする必要がなくなった恵理様が今何故、また吸血鬼退治をしなければならないのか、そしてそれと同時に麻衣さんの回収を、予定を繰り上げてまで早めなければならなかったのか。恵理様、恵理様が今追っている吸血鬼とは、どんな相手なのですか……」

 つまり、恵理が相手とする敵、吸血鬼は一連のスケジュールを狂わせるほどの相手だ、という事なのだ。
 一同の視線が恵理に集まる。彼女は注目を浴びてうろたえるような人間ではなかったが、視線を地に投げてしばらく沈黙した。こうなってしまった以上、裕也たちに明かせなければならないだろう。彼女はそう思っていた。だが、心の準備が出来ていたとはいえなかった。




 夜の帳はもうそこまで下りていた。影は長く足を伸ばし、光の領域を奪う。太陽は西の空に沈み、深い赤と青のグラデーションが西の空を彩っている。

「そろそろ戻りましょう、沢渡先輩。なんていうか、やっぱり『そういう場所』なんですよ。嫌な感じがします」

 忠告したのは夏希だった。霊感の強い彼女は、他者にはない特殊な感覚に優れていた。言葉では上手く言い表せないが、彼女だけが感じる第六感が警鎮を鳴らしつづけていた。

 川村夏希、沢渡陽子、春日井千明の三人は夏希の作成した、吸血鬼事件に関わりそうな殺人現場を巡っていた。
 三人の狙いは千明の持つ過去視の能力だった。千明の視覚にはときどき過去で起こった物事が映像として飛び込んでくることがある。その能力で吸血鬼の姿を捉えることが出来るならば、と沢渡の提案だった。

「そうねえ……空振りは悔しいけど、今日はもう戻るか」

 沢渡はため息をつくと、夏希の意見に賛成した。彼女にしては消極的な判断だったが、彼女はこの場で年長だったし、この行動を提案したのも彼女だった。彼女には二人の後輩を無事に帰さねばならないと言う責任感があった。

「あ……来た……」

 すると千明が声を上げた。彼女の瞳は現実を離れ、過去に起きた事象を映し始めた。

 彼女には無残な殺人現場が見えた。抵抗らしい抵抗も出来ず引きずり倒され、食われていく女。食っているのも女。長い黒髪の赤い目をした……それは森川恵理に酷似していた。

 過去の世界から現実へ、千明の視界が戻る。
 恐怖で顔を引きつらせた千明は膝の力が抜けて崩れ落ちかけた。慌ててとなりの夏希が支えたが、脂汗と青ざめた顔で千明に生気は失われていた。

「千明ちゃん、しっかり!」
「は、はは……森川先輩が? ちがう、あれは森川先輩なんかじゃない」

 千明はうわごとのように言った。

「千明、何を見たの?」

 沢渡は駆けより、彼女を安心させるべくその肩を抱いた。
 と、路地裏から物音がする。感覚に優れた夏希が弾かれたようにその方角を仰視した。沢渡も千明から離れ、夕闇に潜む陰を睨みつけた。

 太陽が西の地平線へと逃げていく。それは闇の時間の始りだった。沢渡は失敗したと思った。まさかそんな偶然があるとは思っても見なかったのである。

「夏希ちゃん、千明……ここから離れて」

 沢渡は静かに言うと、神経を集中させた。
 髪の先から足の指まで意識を浸透させる。彼女のやり方だった。全身の筋肉に気を通わせる。そうすることによって彼女は臨戦体勢になる。気というもの自体は非現実的で目に見えて判るものではないが、スポーツや格闘技を行うものにとって、試合の前の精神統一のようなものだ。一流になればなるほど、コンセントレーションによる出来不出来が顕著になる。そして沢渡陽子もかつては空手で頂点を極めようとした少女だった。
 夏希が沢渡の言葉を受けて、まだ自失から帰らない千明を支えて下がろうとした時だった。

 黒い影は一瞬に跳躍し沢渡に襲いかかった。少女だった。

 驚異的な速さだ。
 沢渡の視覚はそれを捉えて、反射的に身体を動かした。意識した動きではない。伸びてきた右手に対し、左手でさばき、身体を相手の内に体勢を低く滑り込ませながら肩から押し上げた。交差にきまった当身は威力十分で、小柄な沢渡の身体でも相手を一瞬宙に浮かせた。そのまま沢渡は身体を反転させながら、電光石火の上段左回し蹴りで叩き落した。
 一連の動きはほぼ瞬きするぐらいの時間である。沢渡は考えて動いたわけではない。むしろ並みの相手ならば、これほどまで容赦ない攻撃は行わない。だが、今は「容赦すれば自分がやられる」と思った。それだけに相手から感じる圧力は彼女を戦慄させていた。

「恵理? いや……」

 強烈な連続攻撃を受けてなお、その少女は平然と立ち上がって沢渡を見た。それは千明が見たそれとまったく同じものだった。もし沢渡が恵理のクローンの話を聞いていなければ、この少女を森川恵理だと思っただろう。
 だが、それはすで人間ではなかった。人間の「気」ではない。空手の達人である彼女はそう感じた。あれは吸血鬼だ。吸血鬼に堕ちた恵理のコピー……

「くそっ……」

 沢渡は舌打ちして構えなおした。さっきは本能的にカウンターを決められたが、次はどうか。保証はない。ギリギリの動きだった。一瞬でも集中力を欠けば、餌食にされるのは目に見えていた。限界を超えた動きだったのか、古傷の左足は痛みを訴えていた。

「あんたってほんとすごいわ。吸血鬼の一撃を交わして反撃するなんてね」

 と、声がした。驚いた沢渡がその声を確かめると、そこには草薙真奈美の姿があった。

「真奈美?」

 目を見開いて驚く。沢渡の集中力が切れた。それを見逃す吸血鬼ではなかった。
 沢渡にとって致命的な隙だった。それを吸血鬼が急襲した。沢渡は対応できなかった。死が急速に迫る。不思議なくらい鮮明に吸血鬼の爪が視界に入ってくる。

 人間の目は毎秒三〇〇コマほどの映像を脳に送るといわれている。だが、脳は毎秒七〇コマほどの情報しか対応することが出来ない。だが、本当に危険が迫った時、ほかの器官からの情報を全てシャットウアウトし、目からの情報のみを全力で処理する。視覚だけがスローモーションのように流れ、当然身体はついてこない。その死の一瞬だけが、数秒に感じる。いわゆる走馬灯という奴だ。沢渡はまさしくそれを見た。
 その爪が喉元に突き刺さるその瞬間、その爪は寸前で止まった。

「コイツを追ってきたらさぁ、陽子がいたんでビックリしたよ。最初の一撃は間に合わなくて、こっちの寿命が縮んだね」

 止めたのは草薙だった。吸血鬼の攻撃を片手で掴んでいた。凄まじい膂力だ。
 沢渡は膝の力が抜けて崩れ落ちる。沢渡は草薙の腕を見て、彼女は外見は何もかわらないが、彼女もまた人間ではないことを悟った。

「吸血鬼にも寿命ってあるんだ?」
「ふふ……どうかなぁ?」

 草薙は微笑むと、力任せに吸血鬼を投げつけた。
 両者の間合いが開く。吸血鬼も今度は慎重になっていた。

「アレはやっぱり森川さんじゃないの?」
「やっぱりって……あんたも何か知ってるの? 恵理は今、裕也たちと一緒にいるはずよ。アレは、おそらく森川のコピー……クローンなんだ」
「クローン? ま、とにかく違うってことね。なら、手加減はなしでいいわけだ」

 草薙は一呼吸を置くと、戸惑う吸血鬼に向って突進した。
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