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放課後TwilightZone 作者:水夜ちはる

3. 黄昏に立つ者

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第7話:「静かな波紋」

現代ファンタジー・吸血鬼モノの伝奇ライトノベル。
 ちょうど正午が待ち合わせの時刻だった。沢渡を伴った小田桐は待ち合わせたファーストフード店の目立つ席で、ナイーブそうな少年に声をかけた。
 波多野明彦は少し驚いた表情を見せたが、憔悴した表情に張り付いたそれはやや引きつったような顔にも見えた。目の下のくまが、彼がほとんど眠っていないことを表していた。

「俺はメールした小田桐拓郎。こっちはクラスメイト……つまり森川恵理ともクラスメイトってことだが、沢渡陽子」
「僕は波多野明彦といいます」

 小田桐は頷くと、腕時計を見た。彼の親友から連絡が入ってそれほど時間も経っていないが、明晰な彼の頭脳が効率のいい行動をはじき出す。

「本当はここで君と話をするつもりだったんだが、少し状況が変わってね。俺たちについてきて欲しいんだ」
「どこへ?」
「疲れているみたいだけど、森川恵理本人に会ってくれないか? そこで情報を整理したい。もちろん移動中にも話してもらおうと思う」

 『森川恵理』というキーワードは彼をすばやく頷かせた。
 小田桐は沢渡と目をあわすと、小さく頷いた。この場所から春日井裕也の自宅までは電車に乗って十五分ほどだった。

 明彦は小田桐達に移動中、自分たちに起こったことを話した。
 安藤麻衣が高級車から現れた男たちにさらわれ、明彦も意識を失った。意識を取り戻し、慌てて彼女の両親に伝えた時、既に彼女の両親はそのことを知っており平常心を失っていた。
 明彦が二人をなだめると、少し落ち着いた麻衣の母親が彼に話し始めた。
 彼女たちは本当の麻衣の親ではなく、森川家の研究組織の一員で、彼女を監視していたことを話した。彼女たちは本当の夫婦であったが、子が授からず、この仕事は志願して行ったこと。仕事として始めたことであったが、二年以上の生活で、麻衣を実の子のように感じていたことなどを明彦に告白した。そして、麻衣は森川恵理のクローンであることを告げた。
 本来モニター期間はもっと長いはずで後三年以上はあるはずだった。それが急に『回収』されることになったのは、何かトラブルがあったのかもしれない。麻衣の『両親』は彼にそう告げて泣き崩れた。それは麻衣が麻衣でなくなることを知っていたからだ。
 そこまでの情報を明彦に漏らしたのは、彼らは気が動転していたせいもあったし、麻衣と親しかった明彦への懺悔でもあった。

 しかし、次の朝にはその二人も消えていた。
 どこに行ったのかは小田桐たちは問わなかった。何故なら脳裏の隅に最悪の言葉がよぎったからだ。
 ともかく、事の発端が「森川恵理」にあることを確信した明彦は、彼女を探すことを決意した。それが麻衣に繋がっているのは確かだからだ。

 藁にもすがる思いで、ネットを使った彼だったが、予想以上に早く小田桐拓郎と出会えたのは幸運な偶然だったと言える。
 そして彼に出会ったことによって、明彦が想像するよりずっと早く事態は展開していたことを知る。




 明彦は春日井家の玄関から、その中にいる人物をみて愕然とせざるを得なかった。
 森川恵理である。
 安藤麻衣と同じ顔をした少女。だが、彼は顔を横に振る。

「似てるけど、やっぱり違う」

 彼は断言した。目の前にいる少女は、目顔鼻立ちは酷似していたが、印象は随分と違った。麻衣のような柔和な雰囲気はなく、冷たい感じを彼は受けた。その冷たさは鋭利な刃物に似て、少女をより美しいものにしていた。麻衣に比べればずっとこの森川恵理のほうが美人だと思った。だが、彼は麻衣の方が好きになれる容姿だと思った。

「そうだな。もし二人が同じ遺伝子を持つクローンだったとして、少なくとも明彦君が安藤麻衣に会って二年以上は経っている。極端な話、その間、片方は野菜ばかり、もう片方は肉ばかり食べてたとしよう。たぶんその両者は特徴的な部分はともかく、多分まったく違う外見になっているんじゃないかな」

 小田桐が判りやすく見解を述べた。環境が変われば同じ遺伝子を持つ人間だったとしても、変わってしまうということだ。食事だけの話ではない。安藤麻衣は一般的な家庭、一般的な高校に通っていたが、森川恵理は大財閥の長としての教育、立場、そしてお嬢様学校と名高い女子高へ通っていた。二人の印象が変わってしまっても不思議ではない。

 明彦が話した情報を小田桐が簡潔にまとめて皆に伝えた。そのあと明彦はポケットから写真を取り出し、皆に見せた。昨夜小田桐が画像で見せたそれだ。写真はパソコン上の画像より鮮明で、確かに恵理と見違ってもおかしくはない少女の姿が映し出されていた。

「で、恵理。実際のところどうなんだ?」

 学校を終えた夏希が家に着くと裕也は慎重に訊ねた。
 恵理はしばらく麻衣の写真を無言で眺めていたが、静かに顔を上げた。皆の視線が彼女の唇に集まる。そこから放たれる言葉を見つめるかのように。

「私も森川家に関わる全ての組織を把握してるわけじゃないから……でも、森川家にクローンを作る力はあると思う。そして私のクローンが存在しているとするなら……それは……ある意味森川家らしいと思う」

 恵理は少し目を細めた。嫌なものを見るかのような目だった。

「闇払いの血は、私の遠い先祖が得たものよ」

 闇払いに関しては明彦も説明を受けていた。恵理が背負う宿命のことも。信じられないことではあったが、この期に及んでは納得せざるを得なかった。

「吸血鬼の血を得たとして、その先の世代が普通の人間と交配していったら、その血は薄れいずれ消えてしまうわ。だけど森川家は千年以上もその血を守りつづけてきた。そのためにはどうしたと思う?」

 誰も答えなかった。裕也や小田桐などはある程度答えを想像できていたかもしれない。

「森川家は血縁や親族で交配をかわし、世代をつなげてきた。狭い範囲での遺伝子の交換はたくさんの奇形を生んだとも言われるわ。森川家の平均寿命が極端に低いのも、既に遺伝子が限界に近いからだとも言われてる……もしかすると私は、実の兄との子を作らされたかもしれない」

 思えば兄、森川正孝が兄妹以上の感情を持っていたのは、そのためのマインドコントロールだったかもしれない。

「森川家は血の存続に手段を選ばない」

 恵理は感情を殺した声で言った。

「早くに両親を亡くした私たちは、どうしても血を繋がなくてはならなかった。そのために兄との子を作らねばならなかったはずなのに、それがなかった……つまり、私たちのほかに森川家の血を持つものがいた。それが……私と同じ遺伝子をもつクローンであったとしても、血の存続には差し障りないわ」
「そんなことって……」

 沢渡が抗議の声をかすれた声で言った。

「人道的には許されることじゃないわね。でも合理的であるとは思う」
「それが麻衣……」

 明彦は絶望的につぶやいた。

「おそらく、ね……もしかすると、他にも作られているかもしれない」

 恵理は笑いはしなかった。だが言葉の機微に自嘲が見え隠れした。冷たい空気が部屋の中を流れた。

「恵理……」

 裕也は動揺を隠せなかったが、表情を固める恵理を心配して声をかけた。

「大丈夫よ。さっき言ったようにある程度私には想像がついていたことだし」
「けど……どうするつもりなんだ? クローンを確保したからって安藤麻衣って子は恵理とはまったく違う人格なんだろう?」
「簡単よ。今の記憶を消して、もともとの私の人格……何年前かは判らないけど、私の人格を蘇らせるのでしょう。いまはただの女の子かもしれないけど、そうすれば森川家としての教育を受け、そして私のようにガタがきてない身体の『森川恵理』が復活する」

 沢渡は爪を噛んだ。感情を表に出さない恵理の変わりに、彼女はやりきれない表情をした。

「でもそれは、私らに会う前の恵理だよね。つまり……今の恵理でも、安藤麻衣って子でもない……」
「そうね」

 恵理は簡潔に答えた。感情を押し殺した声は、逆に彼女の中で渦巻いている感情を表しているかのように聞こえた。

「でも、そんなことって可能なんですか……」

 明彦が絞り出したような声で言った。

「可能だろうな。催眠術とかを使って、記憶を操作する事例はないわけじゃない」

 答えたのは小田桐だ。冷静な声だったが、彼にもやりきれない怒りの表情が垣間見れた。
 しばらく沈黙が続いた。
 と、恵理はソファから立ち上がり、掌でテーブルを軽く叩いた。

「とにかく……私は一度屋敷に戻るわ。今話したことは確実性は高いけど、推測でしかない。どこまで確かめられるかは判らないけど、私だってこのまま黙っていられないわ」

 毅然と言った恵理に、明彦が強い視線を投げた。

「僕も……ついて行っていいですか? 麻衣はそこにいるのかもしれないし、何か手がかりがあるかもしれない」
「俺も行く。いいよな、恵理」

 裕也も明彦に続いた。明彦が麻衣を取り戻したいように、彼も恵理を守りたい一心だった。

「わかったわ。みんなで行きましょう」

 二人の強い意志を感じて、恵理は頷いた。

「待って、私に少し考えがあるんだけど」

 沢渡が動き出そうとした皆を止めた。

「陽子?」
「皆でゾロゾロ行ったって意味がないと思う。それより夏希ちゃん、事件の場所を調べてきてくれた?」
「あっ、はい」

 夏希は鞄の中から紙の束を取り出した。吸血鬼が絡むと思われる事件を洗い出し、地図と記事をプリントアウトしたものだ。

「オッケー。夏希ちゃんいい仕事するじゃない。千明、あなた過去を見ることが出来るんでしょ?」

 千明は時折過去を見ることがある。裕也の能力とは逆で、突然過去のビジョンが飛び込んでくるのだ。

「あ、うん……でも、自分が見たいときに見れるわけじゃないよ」
「それでも賭けて見る価値はあるよ。手分けして出来ることをやろう」

 沢渡は大きな目の左眼を閉じて微笑んだ。
 恵理は少し戸惑っていたが、彼女の意見を受け入れることにした。
 恵理、裕也、小田桐、明彦の四人は森川家の屋敷へ。沢渡、千明、夏希の三人は近くの事件現場へ向うことになった。

「陽子、いくらあなたでも吸血鬼にはかなわない。日が落ちる前に戻るのよ」
「わかってるって」
「絶対によ」

 沢渡は決して生返事をしたわけではないし、軽く思っているわけではない。が、恵理は神妙な表情で念を押した。沢渡は怪訝そうに恵理を見返した。

「ごめん、沢渡。でも気をつけてね」

 恵理は視線を落とすと踵を返して、裕也たちの部屋を後にした。




 森川恵理の実家、森川家の屋敷は春日井裕也のマンションから車で一時間ちょっとの距離にある。また、森川家の屋敷は少し住宅地から離れた場所にあり、公共の交通機関は通っていない。電車やタクシーを乗り継げば三時間はかかるだろう。
 結局彼女らはタクシーを使い、直接屋敷へと向かった。その料金に恵理を除く一同は驚き、恵理の財布から出たブラックのカードにさらに追い討ちをかけられた。
 普段彼女は着飾りもしないし、裕也たちとファーストフードに喜んで入るほうだから、彼女が大財閥のご令嬢であることを彼らは忘れてしまっていた。

 日が長くなったとは言え冬の太陽は足が速く、森に囲まれた森川家の屋敷は深い影が落ちている。タクシーは表通りで降り、小高い位置にある屋敷までは徒歩だ。うっそうとした森は屋敷を隠すように深い。
 守衛に止められた恵理は、怒りのこもった声で言った。

「主人が自分の家に帰って何が悪いというの。何故私を止める必要があるかしら」

 その声は人の上にたつことを知る者の声だった。わずか十八歳の彼女だが、それを感じさせぬ威圧はあった。守衛は圧倒されてその場を譲った。
 恵理は毅然とした態度で森に包まれた私道を歩き始めた。

 私はこの屋敷の主人だ。まだ――。

 恵理はそう思いながら足を進める。しばらくして森を抜けると、広い庭と洋風でアンティークな風体の屋敷が見える。彼女の屋敷だ。彼女の生家である屋敷だが、今はその屋敷に関わるものすべてが敵に思えた。いや、元々一族に関わるものを彼女は味方だと思ったことはない。闇払いとしての、一族に従ってはいたが、好意的に思ったことは一度もなかった。一族は彼女に過酷な運命しか与えなかったからだ。

 屋敷にはただ一人、彼女の味方がいる。彼女が唯一心を許せる存在。
 彼女付きのメイド、渡辺芹香。
 それも今や引き裂かれた状態にある。だが、彼女はこの屋敷にいるだろう。会って確かめたい。もし彼女が裏切っていたら――恵理はそれを考えると平静ではいられない。

 歩みを早めた。
 太陽が森の影に沈みこみ、闇が音を立てず波紋のように広がっていく。それは揺れている恵理の心を映しているかのように。
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