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放課後TwilightZone 作者:水夜ちはる

3. 黄昏に立つ者

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第6話:「夜の優しさ」

現代ファンタジー・吸血鬼モノの伝奇ライトノベル。
「オタク、明日その波多野って人と会うんだよね?」
「ん? ああ」

 小田桐拓郎と沢渡陽子、そして川村夏希は春日井裕也の家を後にしていた。夜ももう二十二時に近くなっている。

「私もついていこうか?」
「そうだな……そうしてもらうか。どうせ沢渡ヒマだろ?」
「あんたと違ってね。ていうか、いいの? オタクまだ受験あるでしょ?」

 小田桐は沢渡達と違って国立大学を受験する。日程的にまだ残っている試験もあるはずだった。

「まあな。けど、今の時期にバタバタしたって大して変わるもんじゃないし、最悪、大学は逃げないさ。森川のことは、多分今やることをやっておかないと、また来年って訳には行かない」

 沢渡は驚いた顔で小田桐を見た。彼はそのセリフをさらっと言って、何事もないかのように歩いていたが、このセリフを言える人間がどれほどいると言うだろう。

「うん?」

 小田桐は沢渡の視線に気づいて目を合わせた。沢渡は思わず視線をそらして歩き出した。思わず気まずい雰囲気が漂ってしまう。

「あ、あの……私に何かできることはないですか? 何なら私も一緒に……」

 意外にもその空気を解きほぐしたのは夏希だった。自閉症の過去を持つ彼女は、恵理や沢渡達の影響で少しずつ社交的になっている。特に沢渡や小田桐は彼女の模範となる存在だった。彼女たちは常に自発的に自分の行動を決めている。それは彼女にとって憧れだった。

「夏希ちゃんは学校があるしねえ」

 沢渡が残念そうに言った。明日は平日である。沢渡達は三年なのでもう授業はないが、夏希は二年だ。

「そうだな、夏希ちゃんは学校の図書館で過去の新聞を探ってくれ。吸血鬼が絡んでそうな事件がきっとあるはずだ。場所とかがわかれば手がかりになる」

 小田桐がそう言うと夏希はうれしそうに頷いた。
 小田桐と沢渡が明日の落ち合う場所と決めると、三人は家路につくことにした。

「裕也、うまくやるかな?」
「さっきはああ言ったけど、正直わからないな。ただ、裕さんには裕さんのできることがあって、俺たちには俺たちのできることをやるべきだと俺は思うよ」




 夜の冷気に当てられて体が冷えていくと、それに比例して体は重く鈍くなっていく。興奮が覚めるとその反動で耐えがたい倦怠感が襲ってくる。
 恵理はそんな身体を引きずるように自分のマンションへと帰ってきた。

 午前一時を周っている。
 マンションには人影はなく、暗い灯が頼りなく通路を照らすのみだ。
 彼女は八階の自分の部屋の前に、人がうずくまっていることに気が付いた。

「……おかえり。遅いじゃないか」

 それは彼女が良く知る少年だった。
 彼女は驚き震えた。思いもしなかった。こんな時間に彼がこの場所にいるなんて。彼女は彼に会いたくなかった。出来うる限り避けていたかった。
 何故なら、最も愛しい存在だったから。

「裕也……何故」

 それは少年、春日井裕也も薄々に気づいていたことだった。森川恵理はそういういびつな優しさを持っていたからだ。だが、それでも彼はここにきた。

「今日は暖かったから大丈夫かと思ったけど、やっぱり夜は冷えるね」

 彼は凍えた顔で笑った。紫の唇から覗く歯は彼の意志とは無関係に震えていた。何時間、彼はここで待っていたのか。恵理は愕然と彼を見つめていた。

「入って! すぐにお風呂を入れるから! 体、暖めないと!」

 恵理は弾かれたようにカギを取り出し、部屋へ彼を招き入れるとすぐにバスシステムに電源を入れた。

「助かる」

 裕也は笑顔で答えると、バスルームへ入っていく。
 部屋に残された恵理は一つ息をついて、壁にもたれた。

 バスルームの音が漏れてくる。彼がそこにいる。彼女はそう思うと身体を襲っていた倦怠感が消えていく。吸血鬼化を恐れる不安も和らいでいく。彼にはもう会わないつもりでいた。だが彼がそばにいると何故か心が休まる。

 どれくらいの時間が経っただろう。恵理にはわからない。だがせいぜい十分前後ぐらいだろう。セットしたコーヒーメーカーはポットに湯を落とし終えている。

「ふう。ありがとう。生き返ったよ」

 バスルームから現れた裕也が言った。唇の血色も良くなり十分温まれたようだ。

「コーヒー淹れたけど、飲む?」
「うん、貰うよ」

 恵理は言葉を受けてマグカップに茶褐色の液体を注いだ。彼女はどちらかといえば紅茶派だったが、芹香の淹れる紅茶の香りと味に慣れてしまい、どうしてもその味を自分で出せない彼女は諦めて、自分で淹れる時にはコーヒーにすることにしていた。
 裕也の味の好みを知っている彼女は、砂糖とミルクを少しずつ入れて彼に差し出した。

 彼はそれを旨そうに一口すすると、恵理の顔を見た。
 恵理はその視線を受けて視線を思わず逸らした。後悔した。なぜ逸らしたのか。彼女は視線を戻せなかった。沈黙が続いた。逸らさなければ、こんな空気は訪れない。墓穴を掘った彼女は、先に切り出した。

「……何も訊かないの?」
「うーん。訊きたいことはいっぱいあるな。でもさ、恵理の顔見たら、なんていうか安心してさ」

 裕也は微笑んで言った。彼は恵理を待つ間、いろんなことを想像したりもしたが、彼女を見た瞬間にそれはすべて消し飛んでしまったのだった。これは彼の本音だった。
 裕也はしばらく恵理の顔を見つめたあと、その表情を引き締めた。

「恵理……また吸血鬼を追っているんだな。学校の……あれも関係してるのか?」

 裕也も恵理と共に瑞穂学園であった惨殺現場を目撃している。とても人間が殺したやり方ではなかった。

「そうよ」

 恵理は随分と間を置いて答えた。表情が冷たく硬化する。それは彼女らしい表情だったが、裕也は少し苛立った。

「なんで恵理が戦わなきゃいけない? もう役目は終わったって言ってたじゃないか」

 恵理は兄の仇である吸血鬼、黒崎を倒し、それを最後に吸血鬼との戦いには関与しないはずだった。
 恵理は答えなかった。

「判ってるつもりだよ。恵理のことだから俺や沢渡達を危険に近づけたくない。だから俺たちには教えないんだろう?」

 裕也の声は優しいが、同時に疲れを感じさせた。

「言い方は悪いけど、それはエゴじゃないか? 確かに俺たちが聞いたところで恵理の役には立ちそうにないけど……心配なんだよ」

 痛い。恵理はそう思った。彼が優しい言葉を紡ぐほど、彼女の心には痛みが突き刺さった。彼が思うほど彼は疲れていき、それでも自分は彼に応えることが出来ない。
 恵理は視線を落とした。彼の言葉は優しく、それ故に痛い。

「それもあるけど……」

 恵理は迷った。彼女は迷うことが極端に少ない。生と死が交錯する戦いに身を投じていたことや、大財閥森川家の当主としての教育も影響していた。だが、彼女は今迷っていた。
 彼の優しさに応える方法。どうすれば彼を納得させることができるだろう。彼女には答えが出なかった。

「本当は、裕也に……皆にもう会わないつもりでいた」

 恵理はつぶやくように言った。結論から言い始めた。それは彼女の逡巡の結果だとも言える。



 裕也はその言葉に衝撃を受けたが、続けて彼女が口を開いたのでその言葉を待った。

「今追ってる吸血鬼は、とても強力で普通の『闇払い』では手に負えない……だから私が倒さねばならない。この命に代えて」
「待てよ、恵理……まさか」

 恵理は吸血鬼の因子をその血に含んでいる。彼女は血を飲むことでその力を覚醒させ、吸血鬼をも凌駕する存在になる。だが、そのあとは吸血鬼に墜ちてしまうため、事前に毒薬を飲み、目標の吸血鬼を殺したあと自らも死ぬのだ。

「もう、私に残された時間は少ない。その吸血鬼が見つかれば、私はそれと刺し違える。これはもう決めたことなのよ」
「決めたって、ちょっと待てよ」
「ごめんね。裕也に相談したって、あなたは絶対に止めるでしょ」
「あたりまえだ!」

 その真剣な声が、まなざしが、心を貫いていく。恵理は心が砕けてしまいそうな痛みを凍りの仮面の表情で隠した。

「どのみち、私はもうそんなに長くない」
「な……」
「森川家の一族の平均寿命は三十歳にも満たない。吸血鬼との戦いで死ぬのもその理由の一つなんだけど、戦いに出ない人も、ほとんどが若いうちに死ぬ。そのうちの半数は自殺だと言われているわ……内にある吸血鬼の遺伝子が、どんどん心を侵食して狂わすの。だから、みんな……狂って、狂い死ぬか、自分を保ったまま命を絶つ……」

 裕也は唖然と彼女を見た。自らの悲壮な運命を語る彼女は僅かに微笑みさえ浮かべていた。

「実を言うとね、裕也。私は隠れて吸血鬼狩りをしていたの。森川家の命令とかじゃなしに」
「どうして……そんなことを」
「吸血鬼を殺すための一族の遺伝かしら。吸血鬼を殺したくて、殺したくて仕方がなくなるのよ……異常でしょう? 私はもう狂い始めている。もう長くはない。それは私自身が一番良くわかっている。たまたま強い吸血鬼が現れたのはむしろ幸運だと思ったわ。それを殺して死ねるなら、私は価値ある死を選ぶことができる」

 森川は立ち上がって窓から街を眺めた。ガラスに反射した自分の顔を見る。冷たくて嫌な顔だと彼女は思った。
瞳を伏せて思い出を浮かべる。この街にきて、裕也たちに出会った思い出だ。

「せめて、一緒に卒業くらいはしたかったかな」
「ふざけるな……」

 恵理は強く抱きしめられて、驚いて目を見開いた。
 半透明のガラスに後ろから抱えるように恵理を抱きしめる裕也の姿が映っている。肩を抱く力強さを感じながら、恵理は珍しく胸を高鳴らせた。

「どうしてそんな落ち着いていられるんだ」

 苦しい声。裕也の問い。恵理は逡巡の表情を浮かべた。長いまつげが僅かに下がる。

「正直に言うわ。諦め、ってやつだと思う。足掻かなければ……そこで心は落ち着く」
「……恵理。君はそれでいいかもしれない。でも、君が死んで残された俺はどうなる? 俺たちは……恵理がいなくなることをこれっぽっちも望んじゃいない! 諦めてしまうなら、安らぐことは簡単かもしれない。だけど、俺は諦めきれない! 俺には恵理が必要なんだ」

 裕也は興奮気味に荒げた声で叫んだ。どちらかといえば冷静で温厚な彼にしては珍しい行動だった。それゆえに彼の感情を恵理は感じた。痛いほど抱きしめてくる両腕の力と共に。
 恵理は手を動かし、彼の手の甲に添えた。

「あなたの言葉は、私の心を残酷なまでに引き裂く。せっかく決意したのに……」

 彼女とて果てしない葛藤の末に、結論と決意を導き出したのだった。それが今揺らごうとしていた。
 いや、彼女は知っていた。部屋の前、彼に会った瞬間、その心は揺らいでいたのだ。
 彼と共にする将来の時間を失いたくない。そう思ってしまった。
 たとえどんな過酷な運命があったとしても、最後の一瞬までしがみついてそれを守りたい。それが彼が望むことであるならば。

 恵理はゆっくりと首を傾けて、彼の顔を見た。
 形のよい唇が彼の名を微かに呼んだ。それを受けた彼はその唇に唇を重ねた。

 温もりが二人の間を交錯する。
 たとえこの肉体が土に還るとも、この温もりだけは永遠だと、恵理は柄にもなく思った。彼女はこのとき全てを彼にゆだねた。




 翌朝、と言っても時計の針は十時を指そうとしていた頃だが、ようやく眠りから覚めた恵理と裕也は、急いで裕也の自宅へと向っていた。ひとまず恵理に会うことが出来、状況を確かめることが出来た裕也ではあったが、逆にするべきことが増えていた。
 一方、恵理も裕也から自身のクローンがいるかもしれないという情報に、確認するべきことが増えていた。
 しかし、その情報を聞いたときの恵理の表情は、驚愕というよりは妙に落ち着いていて、むしろ納得をしたような顔だった。裕也はそれを疑問に思ったが、ひとまずはそれは後回しにしていた。

 裕也は自宅にたどり着くと鍵を開けていつものように部屋に入ろうとした。
 その瞬間、けたたましくクラッカーがなった。
 面食らった恵理と裕也は目を丸くして状況を確かめた。
 目の前にはいたずらっぽい笑顔を浮かべた千明がいた。手にはクリスマスのとき余ったクラッカーが握られている。今、鳴ったばかりのそれだ。

「な?」
「おめでとう、おにいちゃん。森川先輩。まさか……いやいや、ようやくというべきかなー」

 千明はニヤニヤと笑みを浮かべながら二人の顔を交互に見た。

「いやー、夜帰りのない兄を待って、洗濯物干してたら堂々と二人でご帰宅ですか」

 千明が勘ぐっていることに気が付いた恵理は、一瞬で赤面した。

「いや、千明、それはお前の……」
「いやいや、誤魔化さなくってもいいじゃない」

 裕也は慌てて反論しようとしたが、千明は聞く耳を持たない。むしろ何かを言おうとするなら逆効果になりかねなかった。
 裕也はため息をついた。このままじゃ夕飯は赤飯でも炊かれかねない。そう思うと裕也は軽い頭痛を覚えた。

「でもなぁ、千明お前学校は?」
「朝帰りの不良に比べれば大したことじゃないよ」
「それとこれとは……」
「だから! 寒空に飛び出ていった無断外泊の兄から連絡がこないまま、学校に行くほど私は非常識な人間じゃないって!」

 千明はむくれて兄を睨みつけた。その眼光の中には心配したという事が多分に含まれていて、裕也は自分が悪かったと反省した。

「悪い、千明」
「いいよ、べつに。ちゃんと先輩捕まえて帰ってきたし」

 千明はつんと言い放つとキッチンへ向った。キッチンは彼女のテリトリーだ。

「悪いな、恵理」
「ううん。いい子ね、千明ちゃん……」

 そうだな、と思う裕也だが口には出さなかった。

「それにしても、クローンのことは知っていたのか?」
「いいえ、知っていたわけじゃないわ。でも……感づいていた、というか、クローンの存在があってもおかしくない、と思ったの」

 恵理は複雑な表情を浮かべて言った。

「どう言うことだ?」

「うん……私も考えをまとめたいから、どうせ陽子や小田桐君たちも話さなきゃいけないから、もう少し待って」

 恵理はふっと遠くを見るような目をした。クローンの存在のこと、体を蝕む吸血鬼の遺伝子のこと、そして倒さねばならない強大な敵のこと……
 彼女は諦めることやめた。苦しみぬく道をえらんだ。諦めて大丈夫と思う自分を恥じて、最後まで足掻くことを決意した。

 それは死を覚悟するより、茨の道だと彼女は思った。
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