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放課後TwilightZone 作者:水夜ちはる

3. 黄昏に立つ者

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第5話:「血の衝動」

現代ファンタジー・吸血鬼モノの伝奇ライトノベル。
 追い詰められた獲物は、破れかぶれの突進をするしかなかった。彼の取る道はそれしかなかったのだ。だがそれは狩人の仕掛けた巧妙な罠であり、彼女の常套手段であった。攻撃を見切った彼女は一切の無駄を省いた動きで刀を振るった。

 袈裟に振り下ろされた一閃は、獲物の命を確実に捕らえた。
 月夜に鮮血がほとばしる。それは霊刀『小月』の力によって一瞬にして灰へと変る。そう彼は人間ではなかった。
 断末魔の悲鳴を上げ、わずかに残った力で狩人、森川恵理の肩を掴んだ。吸血鬼特有のとがった爪が彼女の肩に食い込んで、その皮膚を切り裂いた。
 だがそこまでだった。彼の体は崩れ、灰となり風に散って行く。彼は消滅したのだ。

 恵理はその一部始終を見つめていた。
 激しく息をして、彼女の顔は上気していた。激しい戦いであったこともある。だが彼女はそれ以上に興奮していた。戦いの熱さに、吸血鬼を滅ぼす快感に酔いしれていたのだった。それは彼女の意思ではなく本能的な高揚だった。傷ついた肩からは血がにじみ出いてたが、その痛みさえ今は快楽だった。

「違う、こんな使い魔なんかじゃない」

 彼女は低くつぶやいた。
 胸から溢れ出る熱が彼女をかき回した。それを押さえ込むように右手で左胸を掴む。

「誰を探しているの?」

 闇から少女の声が聞こえた。遅れて姿を確認する。草薙真奈美だった。
 恵理ははっとして彼女を見た。

「血の匂いを感じたからきてみれば……まさかこんなところで会う――」

 草薙の言葉は途中でさえぎられた。さえぎったのは恵理だった。一瞬で間合いを詰め、草薙に斬りかかったのだ。「今度」は草薙も用心をしていた。反応し一足飛びに間合いを広げる。その距離は十メートルに及んだ。

「ちょっと! まさか本気で狂ったんじゃないでしょうね?」

 草薙はため息混じりに恵理の奇襲を非難した。
 恵理は項を垂れ、震えているようだった。それは何かに耐えているようでもあった。草薙は彼女を不思議そうに見つめていたが、僅かな音を彼女は聞き逃さなかった。

「……なぎさん」
「え?」
「草薙さん、私の前から……消えて……はやく」

 かすれ、苦しげな声だった。かすかに聞こえてくるほどの音量だが、その声は必死だった。

「どう言うこと?」

 唖然としながらも草薙は訊いた。
 その問いを受けて、恵理はゆっくりを顔を上げた。上気し、汗に塗れたその顔は月を光を浴びて有無を言わせぬ迫力があった。彼女はその端正な顔に狂気に歪んだ笑みを浮かばせた。

「私の中の血が、あなたを殺せと騒ぐのよ。吸血鬼を殺せって……きっと遺伝子に刷り込まれているのね……今の吸血鬼を殺す時も……私は昂ぶっていたわ」

 恵理の目は、獲物を見つめる肉食獣のような目だった。草薙はそれを無言で見返した。圧倒されながらも彼女は冷静を保っていた。

 草薙は自分が吸血鬼になったときを思い出した。
 吸血鬼になりたてのときは血に飢え、その飢えから凶暴性が増した。だが、それがすぎるとすぐに落ち着くようになって、普段の生活にも差し障りがないほどだった。だが、恵理は吸血鬼とはまた違う種類なのだ。彼女の中には吸血鬼の血が流れているというが、ただの吸血鬼の血ではあるまい。彼女は人間の身体を基本にして吸血鬼と渡り合える力を持つという事は、吸血鬼の凶暴性をさらに昇華した力が彼女の遺伝子に含まれているのだ。その遺伝子の力はとても人の意思で御せるものではないのだろう。

 草薙は悲しそうな視線を恵理に向けた。
 草薙にとって彼女は哀れみの対象になっていた。いわば彼女は作られた生物兵器のような存在だったからだ。森川家がどれだけの歴史を繰り返してきたかはわからない。だが彼女たちは人間の敵である吸血鬼を殺すためだけに、その命を使い捨てにされてきたのだ。
 恵理が苦しげに肩で息をする。彼女は必死に衝動を抑えていた。

「草薙さん。早くどこかへ……私は……私はあなたを殺したくない」
「え?」
「あなたは吸血鬼だけど……裕也や陽子の……友達だった人だもの」

 草薙は驚いて恵理を見つめた。彼女は内からこみ上げる衝動にあえぎながらも、必死で理性を保っていた。

「あなたはまだ吸血鬼じゃないのね?」

 草薙は慎重に訊いた。恵理は不思議そうな顔で草薙を見返した。

「この間、学校で生徒が殺されたでしょ? おそらく吸血鬼の仕業で。そのとき、私はあなたに疑いをかけた……何故なら、私はその直前にあなたに良く似た吸血鬼を見ていたからよ。本当にあなたにそっくりだった……」

 恵理は愕然として、草薙の言葉を聞いた。目が大きく見開き揺れる。

「それは、私じゃない……」

 必死に否定する声だった。信じたくない。自分が吸血鬼に陥ちているなどと思いたくなかった。自分の記憶の無いところで吸血鬼化し、人間を捕食しているとしたら――恵理は青ざめた。

「ええ、違うと思うわ」

 草薙は頷いて言った。

「アレはあなたじゃない。あなたのようにアレは自分と戦うことすら出来ていなかった。アレはあなたに良く似ているけど、別の存在だと、私は思う。何よりアレは『吸血鬼』だった」

 草薙はきっぱりといった。確たる証拠は無い。だが、彼女は吸血鬼として同類を見分ける術を知っていた。本能と言ってもいい。人間と吸血鬼では匂いが違う。目の前にいる恵理は人間のそれであり、以前襲われたアレは吸血鬼のものだった。だから違うと確信できた。

「私が目の前にいると辛そうね。私は吸血鬼だから」

 草薙の表情は平静だった。だが、声色には僅かに寂寥が混じっていた。
 彼女は恵理に背を向けて、闇へ消えた。
 恵理はそれを見送りながら、混乱していた。自分に似た吸血鬼の存在。彼女はその存在を知らなかった。もし、その吸血鬼が存在するならば何者なのか。

「今度の敵と、何か関係があるというの? それとも……」

 彼女はうめくようにつぶやいた。
 草薙の気配が感じられなくなると同時に体が冷えていく。草薙を破壊したいと言う衝動も消え失せて、気だるさだけが残る。恵理は重たそうに頭を振った。




 春日井家のチャイムが鳴ったときは、その場所にいた全員が色めき立ったものだった。

「いや、盛大な出迎えだね」

 玄関を開けた彼らの前に立っていたのは、彼らが期待した森川恵理ではなく、クラスメイトの小田桐拓郎だった。春日井裕也の親友である彼は、通称「オタク」と呼ばれている。小田桐拓郎の名前を省略したものであるが、名前が示す通り彼は自他共に認めるオタクである。アニメ漫画ゲームパソコン。彼の趣味は多岐にわたっていた。

「なんだオタクか……」

 沢渡はため息を混じりに声を出した。

「失礼だな、裕さんあがるよ」

 彼はそういうとリビングへ進んだ。彼と裕也との仲に遠慮はいらない。
 この場には、家の主である春日井裕也と千明、そして沢渡陽子、川村夏希がいた。学校で発生した惨殺事件。吸血鬼が絡んでいると疑惑がかかる中、恵理とは連絡がつかなくなっていた。何の手がかりもつかめないまま、彼らは寄る辺なくここに集まっていた。
 それを知らない小田桐はメンバーをを確認して眉をひそめた。恵理の姿がここになかったからだ。

「森川はいないのね」
「ああ、ちょっと、な」

 裕也が答えた。声には十分な暗さがあった。何かあったことを小田桐は察した。彼はそれに関係する情報をもってここに来たのだった。

「ちょっと気になることがあってな、だからここに寄ったんだ」
「気になること?」

 裕也が訊いた。

「ああ、これを見てくれ」

 小田桐はバッグからノートパソコンを取り出すと、手際よく操作した。そして一枚の画像を開く。
 その画像は恵理の姿を映し出していた。

「オタク、まさか盗撮……」
「あのな、よく見ろこの制服を」

 白い目の視線を向けてきた沢渡を一蹴すると、ディスプレイに映った恵理の姿を小田桐は指差した。

「うちの制服じゃないな、セーラー服だけど……フェイノールでもないよな?」

 裕也は妹の千明に振った。フェイノールは恵理が瑞穂学園に転校するまでに居た学校で、千明は現在その学園に通っている。
 千明も画面を覗き込んだが首を横に振る。

「ぜんぜん違うよ」

 ならばこの写真はどこから出てきたものなのか。合成と言う事も考えられたが、小田桐は首を横に振った。

「この顔は森川とそっくりだ。だがこんな表情は裕さんでも見たことないんじゃないか?」

 写真の彼女は満面の笑みを浮かべていた。裕也が知っている彼女は、これほど大きく表情を変えるような少女ではなかった。少なくとも、彼が知る表情ではなかった。

「そうね……それにこの子、少しだけど髪を染めてる」

 沢渡が大きな瞳で画面を仰視しながらつぶやいた。
 無視できるものではないと裕也は気になって小田桐に訊いた。

「拓郎、この画像を何処から?」
「要約すると、こんな感じだ。とある匿名掲示板に森川恵理の情報を知りたい、という書き込みがあった。普通個人の情報なんか書かない掲示板だ。もちろん、森川は芸能人でも有名人でもないから、それに対する有益な返答はほとんどなかったんだけどな。普通、そんなところで個人の情報を得ようなんてありえないし」

 小田桐は続けた。

「けど、その書込みにはメールアドレスがついていたんだ。捨てアドレスかもしれないが、送信可能なアドレスだった。実際俺が送ったメールは届いたからね。で、俺はただの偶然や悪戯じゃないと思って、そのメールアドレスから書き込んだやつに接触を試みた。俺は森川恵理のクラスメイトです、ってな」

 書き込んだ人間がどういう意図を持って彼女の名前をネット上に記したか、それは小田桐には解らなかったが知人の名前を見て、そのまま見過ごすことは出来なかった。

「返答はあったの?」
「すぐにな」

 沢渡の質問に小田桐は頷いて言った。

「俺が森川のクラスメイトで親交もあるって事を確認したら、そいつは学生証を写真にとって送ってきた。顔写真と本名もばっちりだ。そして、この画像の子だが、森川じゃない。これはそいつの友人で安藤麻衣と言うらしい」
「じゃあ、恵理とは……」

 安心したように裕也はため息をついた。

「ああ、別人だ」
「でも何故彼は恵理の名前を知っているの? それに彼女はこんなにも恵理に似ているのかしら……」

 沢渡がすぐに浮かんだ疑問を口にした。
 小田桐はもっともだと頷いた。彼は少しの間押し黙った。端的に事柄を伝えるために言葉を選んだのだ。

「結論から言えば、彼女は森川のクローンらしい」
「クローン?」

 異口同音に声が上がった。

 掲示板に書込みをしたのは波多野明彦だった。麻衣がさらわれたあと、彼は彼女の両親の所へ駆け込んだ。事情を話すと、彼女の両親は激しく狼狽えた。正確に言えば、彼らは両親ではなかった。森川恵理の細胞から生まれた安藤麻衣には親と言うものが存在しない。彼らは家族を演じた彼女の監視役だった。まだクローンの技術は不安定なため、クローン体をモニターする必要があったからだ。だが、その監視員も家族として振舞ううち、麻衣に愛情を持ちつつあった。本来ならモニター期間はもっとあったはずで、急に彼女を奪われたことは彼らにとってもショックだった。そのショックから彼らは明彦に情報をリークしたのだ。

 明彦はその情報からネットを使って森川恵理と言う、麻衣のオリジナルであり、森川財閥の当主の情報を得ようとした。その試みは成功し、小田桐拓郎の目に止まったのである。
 彼は森川家という得体の知れない巨大なものに、理不尽に作り出され奪われようとされている麻衣をどうしても助けたかった。許せなかった。彼はストレートにその感情を小田桐に伝えた。
 小田桐はメールを見せ皆に伝えた。

「で、裕さん、森川は?」
「つかまらないんだ。このあいだ、学校で殺人事件があって……どうもそれは吸血鬼の仕業らしいんだ」
「そうか……森川はその吸血鬼を追ってるってことか」
「たぶん……」

 裕也はため息混じりに答えた。その声色は沈んでいて彼の心情を察するに十分だった。

「まったくあの子らしいよ。確かに吸血鬼退治はあの子の家の仕事かもしれない。だけど私たちを巻き込みたくないからって、行方をくらましちゃうなんてね」

 沢渡もため息をつきながら言った。裕也の心境を察すると同時に呆れも漏れていた。

「ま、ともかく……吸血鬼事件とクローン……か。森川を中心に何かが起っている……そんな気がするんだが」

 小田桐は裕也に視線を向ける。裕也は困ったような顔を返した。その表情には深く疲労感が漂っていた。彼は恵理を心配していたが、どうしていいかわからずにそれがストレスになっていた。

「なあ裕さん。訳がわからなくて、どうしていいかわからないとき、自分が今どうしたいかを素直にやってみるのも意外にいいと思うぜ。少なくとも何もしないよりかは、ずっといい」

 小田桐は微笑んで言った。彼の言葉には理がある。裕也はそう思った。

「……俺は恵理に会いたい。そして知りたいんだ」

 小田桐は軽やかに笑った。

「オーケー。じゃ、森川に会える僅かな可能性でも追いかけるんだ。俺は明日、この波多野明彦ってやつに会おうと思う。何か手がかりがあるはずだ」
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