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放課後TwilightZone 作者:水夜ちはる

3. 黄昏に立つ者

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第4話:「陰の計画」

現代ファンタジー・吸血鬼モノの伝奇ライトノベル。
 毎日学校へ行き、適当に授業をこなし、適当に友達との楽しい時間を過ごして、一日が終わる。その一日が確かなものだったかと確かめることもなく、眠り、目覚めてまた同じ日々の繰り返し。
 そんな平凡な生活は、安楽で怠惰でつまらない。少しいやなことが会ったり情緒不安定気味になると、壊れてしまえと安易に思う。自分はなんて俗っぽくて、ありきたりな人間なんだろうと安藤麻衣は日記に愚痴ったことがある。
 ありきたりな高校二年生だ。飛びぬけた学力も運動能力もなく、努力家というわけでもない。顔立ちはすっきりと端正で人の目を引くには十分だったが、彼女自身それほど外見に気を使う方ではなかった。ぼんやりとした平凡な表情をしているときが多い。

「麻衣ー。小テストどうだった?」
「ああ、ダメダメ。私、理系ぜんぜんだもん」
「じゃあ文系は?」
「……言わないででおくれ……」

 クラスメイトとそんな他愛のない会話を繰り返し、荷物をまとめ教室を出る。
 ふと麻衣は思い立ち、隣の教室を覗き込み、波多野明彦の姿を探す。彼は彼女の家の隣の住人で、高校入学以来、家族ぐるみの付き合いだ。高校入学以来、というのは彼女は高校以前は違う土地に住んでいて、入学と同時に引っ越してきたためである。しかし、彼女にその記憶はない。彼女は中学卒業と同時に事故に遭い、それ以前の記憶が非常にあやふやになってしまったからだ。

「明彦、帰ろう!」

 小柄で少しナイーブそうな少年、波多野明彦を見つけた彼女は、彼に近寄ると声をかけた。

「あ、麻衣? ちょっと待って」
「うん」

 明彦は麻衣の勢いに押されながら、いそいそと準備をし始めた。家族ぐるみの付き合いとは言え、それまであまり同世代の女子と付き合いのなかった彼である。麻衣の登場は彼の思春期の心を微妙に揺れ動かしていた。

「そう言えば最近、物騒よね」
「ん? ああ……連続殺人事件か……」
「うん……人の血が抜かれてたりするんでしょ? テレビで『現代の吸血鬼か?』なんて言ってた」
「吸血鬼ねえ……そう言えば神奈川で一年位前かな、同じような事件が起こってさ……いつのまにかウヤムヤになたんだけど、犯人が捕まったって聞かないし」
「うそ……まさかそれってことないよね?」
「わかんないな。でも……吸血鬼か」

 吸血鬼というキーワードはともかく、物騒であることには変わりない。

「お、安藤ここにいたか」

 と、帰り支度急ぐ明彦の所に教師が現れた。麻衣のクラスの担任で若い教師だった。

「先生? 何か?」
「ああ、今生徒名簿を編集しててな、おまえ是石中の出身のはずだよな?」
「え? そうですけど……」
「だよなあ? いや先方に確認を取ったんだが、『安藤麻衣』って卒業生はいないそうだ……」
 担任教師は困った顔をして手にした書類を軽く振った。

「どう言うことですか? 私、事故前の記憶があやふやで……」

 麻衣は不安そうに担任の顔を覗き込んだ。

「ああ、悪い。そうだったな……多分、あちらさんの勘違いじゃないかと思うが、一応親御さんにも確認を取ってもらえるか?」

 担任はまずいことを言った、という表情で苦笑いをすると取り繕うような声で言った。麻衣はそれを察すると、笑って答えた。

「気にしませんよー。私の過去は壊れてしまったかもしれないけど、未来はちゃんとありますから!」
「ほう……前向きだな」
「昔、記憶のことで落ち込んだときにこの言葉に励まされたんです。私の一番好きな言葉ですよ」

 麻衣は胸を張って言った。その表情は輝いていて清々しいものだった。
 その隣で明彦が恥ずかしげな表情をしながら顔を赤らめていることに山中は気づいた。彼は少し微笑んで理解した。おそらくその言葉はこの少年が送ったに違いない。彼はそう感じてこの場に長居するのは野暮だな、と思った。

「まあともかく確認たのむよ」
「はい」

 山中は手を振ると、二人の前から立ち去った。その頃には明彦の帰り支度も終り、逆に麻衣を待っているくらいだった。

「でも不思議だね。卒業生なんて名簿見ればすぐわかるだろうに」
「たしかにね」
「麻衣、本当は何処からきたの? もしかして宇宙人だったりして」
「まさか。また変なサイトの見すぎなんじゃないの?」

 明彦の安い冗談を笑顔で受け答えながら、二人は校門へ向った。
 校門には外国製の大きな高級車が何台か止まっていた。私立の高校とは言え、普通の高校だ。こんな高級車を見ることは珍しい。
 二人は流麗で豪奢なクルマに気を取られていると、声をかけられた。

「安藤麻衣さん、ですね?」

 スーツの男だった。長身で逞しい体つきはスーツ越しにもわかった。鋭い眼光と雰囲気、普通ではないのが二人にもわかった。
 麻衣は答えなかった。一瞬混乱したこともある。だが、今名を明かすのは危険だと本能的に察したのだ。

「安藤麻衣さんですね」

 男は再び言った。麻衣は背筋に悪寒が走る思いがした。
 彼は私を知っている! 問いかけは質問じゃなく確認なんだ!
 彼女は危険を感じた。変な男に絡まれる理由など思いつかなかったが、彼が自分を狙ってきていることを明白に感じたのだ。彼女は反射的に駆け出そうとした。だが、それは達せられなかった。彼女が十分な加速を得る前に、その腕を掴まれたのである。

「おい、彼女に何を……うっ?」

 それまで男に圧倒されていた明彦も、彼女の身に危険が迫ると声をあげた。だがそれと同時に、もう一人の男が現れ、彼の後頭部を強打し昏倒させた。

「明彦!」

 麻衣は悲鳴のような声で叫んだ。だが、同時に彼女も後頭部に重い衝撃を感じ、視界が暗く閉じていくのが判った。気を失う。不思議とそれが明瞭にわかったが、彼女はそれに抵抗することが出来なかった。
 平凡な生活は崩れ去ろうとしていた。未来は不確定がゆえに全ての人間に与えられているが、それは決して平等な結果を与える意味ではなかった。




 暗闇の深海から一気に浮上するように意識が戻る。意識の混濁は残ったが、意外にも鮮明に世界が広がった。立ち上がろうとして失敗する。ひどい立ちくらみがした。後頭部にはまだ少し痛みが残っているようだった。
 少しうめき声をあげる。身体は拘束されていないことがわかった。

「手荒なまねをして申し訳がなかったと思っている」

 男の声が聞こえた。視線をそちらにやると学者風の男が見えた。さらった男とは違う。

「安藤麻衣さん」

 彼は名前を言った。ゆっくりと。彼の言葉はとても「申し訳なかった」と言う声色ではなかった。それが麻衣の癇に障った。
 今度は慎重に起き上がる。かすかに頭痛がするが行動に支障はなかった。
 冷静に周りを見る。

「パニックにならないのはさすがだね。血とも言うべきかな?」

 男は笑った。嘲りを含むような声が麻衣を苛立たせた。睨みつけるように彼を見る。彼のほかには数人がここにいるとわかった。
 彼は彼女の視線にかまわずに続けた。

「安藤麻衣、十七才……私立杉奨学園普通科二年帰宅部、成績は中の下、二年前に交通事故による記憶障害があるほかに、特に目立った点はなし……と」

 彼は手元にまとめられた書類に目を通しながら言った。簡単なプロファイルだったが、知らない男に自分のプロファイルを読み上げられて、麻衣は不快感を露にして頬を紅潮させた。

「あなた何者なの? 私をどうしようって言うの?」

 早口に叫ぶ。不安に駆られた者は、不安をかき消そうと言葉にする。典型だった。

「陳腐なセリフだ。しかし君にも知る権利はあるだろう。私は三島洋介と言う。実は初対面ではないのだけどね」
「え?」
「まぁ記憶障害……いや記憶操作によって忘れているのは当然だがね」

 彼の口からは信じられない言葉が数々紡ぎだされた。麻衣は呆然とそれを聞いていた。
 ふと、この場の雰囲気に合わない女性の存在に気づいた。彼女はメイド服を着て、麻衣をじっと見つめていた。彼女の表情は恐ろしいものを見るような目だった。何故そんな目で見られなければならないのか、麻衣にはわからなかった。

「君には『安藤麻衣』をやめてもらう必要がある」
「え? ちょっとそんな勝手な。て言うか何言ってんの?」
「元は優秀な頭脳のはずなんだが……理解力が不足しているようだ。外的要因でこうも変ってしまうものかな」
「ちょっとわけわかんないこといわないで……」
「言ったろう? 君は記憶操作されていると!」

 口答えする麻衣に苛立って三島は声を荒げた。声にではなく、麻衣はその内容に驚いて目を見開いた。

「『パラサイト・プロジェクト』――。我々が進めている人為的に記憶を植え付ける計画だ。君は本来『安藤麻衣』という人物ではない。それは我々が作り出した仮の記憶でしかない」
「な……」

 麻衣は絶句した。信じられないことだった。確かに事故以前の記憶が彼女には鮮明ではない。だからといって、事故後自分は「安藤麻衣」という人間として生きてきた。それはウソではないはずだ。

「特に君がすることはない。我々に任せておけば、『安藤麻衣』の記憶は消え、本来の君の記憶が蘇る。なにも不安なことはない……」

 麻衣は答えなかった。本来の自分という存在があるならば、今の自分は何者なのだ。今日まで生きてきたそれは、一体なんだったのだろう。
 彼女は無反応のまま虚空を眺めつづけた。




 麻衣は少し車で移動させられ、屋敷の一室に軟禁された。彼女には見たこともないような大きな洋館だった。豪奢な部屋の中で彼女は一人にされた。一人は混乱した彼女の思考にとっては都合がよかったのかもしれない。
 渡辺芹香が紅茶のトレイを持ってその部屋に入ったときには、取り乱すことなく彼女はベッドに腰掛けて、外の窓を眺めていた。

「お茶はいかがですか?」

 芹香は声をかけた。声の落ち着きとは裏腹に、彼女はこの上なく動揺していた。
 彼女の前にいる安藤麻衣という少女の姿は、彼女の主人たる森川恵理とまったく瓜二つの姿をしていたからだ。とは言え、恵理に比べればやや凛とした研ぎ澄まされたようなイメージなく、素朴で穏やかな印象だと芹香は感じていた。

「……いらない」

 彼女は簡潔に答えた。声も恵理と同じだった。
 芹香は困って沈黙した。彼女にしては愚直な行動だった。それだけ彼女の内面は揺れていた。

「教えて……私は一体何なの?」

 麻衣の声は落ち着いていた。だが、不安に裏づけされた震えが混ざっていたことを芹香は見逃さなかった。
 芹香は一瞬迷いを浮かべたが、決意をした。

「あなたはクローンです……」

 芹香は森川恵理のクローン体が存在することを知っていた。森川恵理の兄が死に、森川家の直系が恵理一人になった時、そのプロジェクトは実行に移された。森川の血に潜む、人外の遺伝子はその宿主を狂わせ、蝕んでいく。その呪いのような遺伝子を解明するために、クローンの技術は必要だったのだ。

 だが、芹香は麻衣のようなクローン体の存在を知らなかった。あくまでそのプロジェクトは森川の血の呪いを解くためのものだと思っていたのだ。
 麻衣の存在を知ったのも数時間前の話である。

「クローン? はは……冗談も休み休みにしてよ。人を拉致るわ、記憶がどうのクローンがどうのって……」
「いえ……残念ながら本当です。私も、信じたくはありませんが」

 芹香の声は淡々としていながらどこか苦しげだった。麻衣もその機微に気づいて不思議そうに彼女の顔を見た。

「あなたのオリジナルは……この屋敷の主、そして私が仕える女性……森川恵理様です。あなたと同じ姿形をした、女性です」

 芹香は窓の外を眺めた。日差しは春の気配を感じさせていたが、眼下の森はまだ冬の景色を色濃く残していた。

「森川家の血には、吸血鬼のそれが含まれています。森川家はその吸血鬼の力を持って、魔物と戦ってきました。ただ、その力は徐々に人間としての理性を奪い、いずれはその力が人間の力を超えて、吸血鬼となり狂人となってしまう……森川家の血にはそう言った呪いのような遺伝子がつきまとっているのです」

 芹香はどこか痛みを伴っているような物言いだった。愛するものが闇に侵食されていく……芹香にとって今の森川恵理は痛々しくてどうしようもなかった。

「はっ……吸血鬼、誰がそんな話を……」
「嘘ならあなたはここにいないわ」

 芹香は口調を変え鋭く言った。確かに麻衣にとってリアリティのない話かもしれない。
 だが麻衣は神妙な顔をして黙った。何故かこの芹香という女が嘘をついてるようには思えなかった。

「恵理様の身体はもう限界です。このままではいずれ吸血鬼に堕ちてしまう……そのために異常のない、あなたの身体が必要なのです」

 芹香は麻衣の顔を見なかった。どこか遠くを見るような表情だった。

「それって……随分むしのいい話ね。私は……私はどうなるのよ? 私は……その森川恵理ってやつのクローンかもしれない。だけど、安藤麻衣として今まで生きてきたし、これからも生きていく!」

 麻衣は叫んでいた。憤りだけが彼女を支配していた。

「今の記憶を消されて、その森川恵理ってやつの記憶書き換えられるなんて……そんなの私は死ぬも同じじゃない! そいつ連れてきなさいよ! いくらなんでもあんまりだ!」

 芹香は目を閉じた。しばらく沈黙を保つ。

「恵理様は……この計画を知りません。もしお知りになったら、恵理様はこの計画を止めようとするでしょう」

 恵理は清廉な性格の持ち主だ。麻衣を犠牲にして、自らの命を繋ごうとは思わないだろう。

「そして……私もこの計画には反対なのです」
「え?」

 芹香の意外な言葉に、麻衣は驚いて目を見開いた。

「あなたの……言い分ももっともですし、私たちは許されないことをしていると思います。そしてなにより……あなたの身体に恵理様の記憶が乗ったとしても、私はあなたを恵理様として見ることができるでしょうか……おそらく私は……」

 麻衣ははっとなった。芹香は目を閉じたまま、その瞳をぬらし頬に一筋の光をこぼしたのである。彼女は生まれて二十四年という月日を森川家のために費やしてきた。その刷り込みは決して揺らぐものではなかった。だが、彼女は理性を持ち合わせている人間だった。その苦悩の一部を、麻衣は感じ取ったのだ。
 芹香は無言で紅茶を淹れると、麻衣に差しだし、部屋を去った。残された麻衣は香りに誘われて紅茶を一口含んだ。

「あ、おいしい……」

 麻衣の口から素直な言葉がこぼれた。懐かしさすら感じるのは遺伝子がなせる業なのか。麻衣にはわからなかったが、芹香が淹れたものに嫌悪感は感じなかった。
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