挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
放課後TwilightZone 作者:水夜ちはる

3. 黄昏に立つ者

しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

更新通知 0/400

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

39/59

第3話:「青い寂寥」

現代ファンタジー・吸血鬼モノの伝奇ライトノベル。
 深夜。
 その部屋は質素というには程遠い。しかし、余計なものは何一つとしてない。それが彼女の部屋だといわれれば、彼女を知るものにとって納得いくことだった。
 彼女は必要のないものを飾ったりするのは趣味ではなかった。

 森川恵理はその部屋でノートパソコンのキーを叩いていた。
 彼女の家の私室。一人ではもてあます広さは、家具の少なさも手伝ってがらんとした空間になっている。そしてキーボードの音とモニターの光だけが静寂と暗闇を切り裂いていた。キーボードの上を走っていた、細く白い指が止まる。

 恵理は上体をそらすと、椅子に体重を乗せた。
 木製の椅子は僅かに軋むと、さしたる重量を持たない彼女の上半身を支えた。
 ため息をつく。知りたい情報はこの端末からは見つけられそうにもない。
 彼女はここ最近の吸血鬼の情報を引き出したかった。だが、彼女の家のデータベースにはほとんどアクセスが出来なかった。

 森川家の当主でありながら、今の彼女にはほとんどの権限をもたされていない。次の当主が見つかるまでのつなぎでしかないからだ。吸血鬼としての血が覚醒しつつある彼女に、『闇払い』である森川の当主はふさわしくなかった。

 と、その私室をノックする音が聞こえた。
 恵理は怪訝に思ったが、立ち上がり入室を許可した。

「どうぞ?」

 ドアを開け、入ってきたのは芹香だった。
 芹香は薄暗い部屋の中で微笑んだ。彼女はワゴンを引いていた。そこから流れた空気が恵理の鼻腔をくすぐった。コーヒーのいい香りがした。

「コーヒーでもいかがですか? 随分と遅くまで起きていらっしゃるようでしたので……」

 恵理と芹香は先ほど口論を交わしたまま、別れていた。その記憶が恵理をためらわせた。だが、芹香はいつもと変らない笑顔を浮かべていた。

「ありがとう」

 恵理は言った。昔から彼女とけんかをすると、折れてくるのは彼女のほうだ。カップを受け取り、口へ運ぶ。
 芹香の淹れたものは美味い。恵理はどちらかと言えば紅茶党だったが、芹香が淹れた物であればなんでもいいと思う。香りと程よい苦味が恵理のもやを取り去っていく。
 敵わないな、と思う。恵理にはこんな美味いコーヒーを淹れることは到底出来そうにもなかったし、口論の相手にこう言う和解の機会を与えるきっかけすら作れないだろう。そんな自分の子供さ加減を嫌悪し、彼女に嫉妬すら覚えた。
 それは闇払いの一族として、ただの戦闘要員として存在していた時には覚えなかった感覚だ。
 だが、今は違う。

「芹香……」

 恵理は小さな声で彼女の名を呼んだ。

「はい」

 芹香は恵理の心が不安定であることを悟って応えた。彼女の記憶の中では、このような恵理は珍しかった。

「こんな気持ちになるのは、きっと初めてだわ……私、誰にも必要とされてない人間なのかもしれない」
「恵理様?」
「闇払いの一族に生まれ、吸血鬼を倒すことが私の存在意義だった。それが出来なくなった時、私は死ぬはずだった。馬鹿げている話だとは思うけど、そこにはちゃんと私の『存在理由』があった」

 恵理は窓ガラスに映った自分の姿を見た。半透明のそれはまるで今の自分を表してるかのようで悲しくなった。

「私はみんなのように楽しい会話もできないし、沢渡みたいに将来なりたいものがあるわけでもない。芹香のようにおいしいお茶を淹れることもできない。ただ十八年間、吸血鬼を殺すためだけ存在していた私は……」
「恵理様……恵理様は必要な人間です。少なくとも私にとって恵理様なしの未来などありえません」

 芹香はきっぱりと言った。それは無論、彼女の本心であった。
 恵理は目を伏せた。

「……ありがとう」

 しかし森川家自体は森川恵理の存在は居ても居なくても同じような状況であった。彼女が当主を勤めているものの、その代わりが見つかるまでというのは明白であったし、吸血鬼の覚醒が始まっている彼女を『闇払い』の戦いに加えるわけにも行かなかった。
 闇払いの一族から見て彼女の存在価値はなかった。

「恵理様にはまだ未来があります。過去はどうあれ、未来が」
「未来か……それを言うなら、あなたもよ芹香」
「いえ、私は恵理様のおそばにいることができるなら、それで十分です」
「そう……」

 恵理は曖昧に言った。
 芹香には触れたものの傷を癒すといった不思議な能力があった。
 渡辺芹香が森川恵理についていくことは、この先可能なのだろうか。『闇払い』の役目を終えた恵理に芹香はもう必要ではない。いや、森川恵理はもう役には立たないが、芹香には十分その力を発揮できる場がある。
 恵理はそんな別れの予感を漠然と、芹香は彼女よりずっと鮮明に感じていた。




 三島洋介はまだ二十九歳と若いが、森川財閥の中で重要は地位にいる男だった。遺伝子工学のスペシャリストである彼は特異な遺伝子をもつ森川家にとって重要であったし、また彼にとってその遺伝子は研究対象として非常に重要だった。
 彼は自他ともに認める天才だった。自分に自信があったし、誇りも持っていた。尊大にすら見えるその態度は渡辺芹香にとって不快なものだった。
 彼女はその彼と森川家の応接室にいる。

「そろそろうちの研究室に来てくれませんかね?」

 三島の要求は渡辺芹香の身柄だった。彼にとって芹香の特殊能力も研究対象として興味深い。

「その件はお断りしたはずです」

 芹香はきっぱりと断わった。
 だが、三島は引かなかった。口の端に笑みを浮かべて続ける。

「あなたの意志はこの際、決定に何の寄与もしないのですよ」

 芹香は身を硬くした。渡辺芹香という人間は、戸籍を持っていない。どういうルートで彼女の身柄を森川家が手にしたかは彼女自身も覚えてはいない。物心ついた時にはすでに両親は不在で森川家に育てられていた。その彼女には「家の決定」には逆らえないように刷り込まれている。

「次の当主が見つかるまで、私は恵理様のそばにいられるはずです」

 芹香は静かに言った。内面の揺れを表に出すほど彼女も弱くはない。
 三島は余裕のある表情を浮かべ、端正な芹香の顔を見つめた。芹香には一瞬それが何の意味を表すかわからなかったが、先ほどの彼女の言葉を覆すカードを彼が持っていることに気が付いた。

「まさか……」

 芹香の顔が青ざめる。

「そう、見つかったのだ。森川家の次の当主がね」

 芹香は愕然と立ちすくんだ。森川恵理に吸血鬼化の兆候が見られ、一年。彼女はその理由から森川家当主の座を引く事になっている。恵理自身、その決定に異論はなく、「森川家の使命を全うできる者」を探すことになった。

 しかし、魑魅魍魎と戦う一族の当主を務めるには相応の能力が要る。森川家の遺伝子に吸血鬼のそれが含まれているのはそのためだ。つまりそれに同等か、それ以上のものが求められた。また、千年以上続く森川家の血をこのままに終わらせるのか、との意見も出た。
 森川家には恵理の他に彼女の兄がいたが、すでに他界している。親族にも本家ほどの特異な力を秘めるものはいなかった。実質、後継者探しは暗礁に乗り上げた形になっていた。
芹香はその確かな情報を掴んでいた。だがここにきて三島の言をたぐれば、明らかに後継者が見つかったように思える。

「追って仔細は連絡する。まぁ、別れを惜しむだけの時間はあると思いますよ」

 動けない芹香を横目に、三島はゆっくりと彼女を通り過ぎた。
 数瞬の時が過ぎる。芹香はようやく我に帰って彼を呼び止めた。

「恵理様はどうなるのですか!」

 問う。呆然とした時間を取り戻すかのような鋭さだった。

「君のレポートと我々の調査とはやや食い違いがある。その結果次第だな。彼女の吸血鬼化が深刻な時は……覚悟してもらう必要がある」

 三島は冷淡に言った。事実を根拠に結果を出す。それは彼の科学者としてのスタイルであり、彼の正義だ。彼の正義は芹香にも理解できるものだった。去り際の彼の背中を芹香は恨めしそうに見つめた。




 その日の空は何処までも高い青だった。冬の乾いた空は純粋すぎるが故、その他を排除する孤独さを感じるほどだった。
 だが日差しは幾分か柔らかく季節が進んでいることを表していた。
 森川家の裏庭には広い雑木林がある。そこは森川家に管理されていて、小さな遊歩道のようなものが整備されている。

 森川恵理はその林をぼんやりと歩いていた。
 森川家という特別な家に生まれたため、外で遊ぶ機会が少なかった彼女は、小さいころこの森でよく遊んだものだった。今ではここを訪れることもなく、この場所に足を踏み入れるのは実に三年ぶりだった。
 彼女には一人の兄がいた。その兄とよくこの森に来ていたのだ。
 だが彼女はその兄の年齢に追いついていた。

 三年前、彼女の兄はこの林で死んだ。

 吸血鬼と戦い、敗れたのだ。本来ならば今ここに立っている森川恵理が戦い、死ぬはずだったかもしれない。だが、彼女の兄、正孝は森川家の掟を破って吸血鬼と戦い、妹の代わりに死んだ。

「兄さん」

 優しい兄だったと思う。恵理は小さくつぶやきながら思い出した。
 森川家は闇払いの一族で吸血鬼といった異能の存在と戦うためにある。だが本来、長子は後を継ぐために戦いにはでない。森川の血をつなぐためだ。そして次子以降が戦いに出るために訓練を受け、戦いに赴く。
 幼く、体格にも恵まれない妹を不憫に思った兄はその掟を破り、当主でありながら吸血鬼と戦ったのである。

 歯車は狂い、家を守るべき当主は死に、闇を討つべき剣だけが残った。
 剣である妹は当主を兼ね、そして残された戦いを今まで打ち勝ってきた。
 過酷な宿命だと思う。だが妹は兄を責めようとは思わなかった。兄の優しさは理解できたからだ。

 しかし、恵理は兄の行動にもう一つの理由があったのではないか。最近になってそう感じる節がある。あの時既に兄は自らの身体に異変を感じていたのではないか、と。
 それは彼女自身、自らの身体の変化の兆候を感じるからだった。
 森川の血筋たる所以、吸血鬼化の自覚を感じるのだ。もしかすると兄はあの時、すでに吸血鬼化が始まっていて、「最後の戦い」に挑んだのではないだろうか、と。後事をすべて妹、恵理に託して……

 恵理は瞳を閉じて過去を思い浮かべた。
 兄が吸血鬼化が始まっていたとしたら、兄はそんな自分を許さなかっただろう。吸血鬼に堕ちるくらいならば、死を選ぶ。それは自分も同じだからだ。
 そして兄はこの場所で泥まみれになって死んだ。およそ兄らしくない死だった。

 彼女は瞳を開いた。
 視線には地面があって、冬の間に落ちた落ち葉がたまっていた。
 それは何日もの間、風雨や霜に晒されて土に塗れ半分腐敗したようになっていた。彼らは役目を終えて土へ帰ろうとしている。
 次いで木々の枝を見た。柔らかな日差しを浴びたそれはかすかに新緑の芽を膨らませている。新しい葉だ。
 役目を終えた葉は落ち、腐り土に返り、新しい芽の養分となる。
 それはかつての正孝と恵理の関係と酷似していないか。

 そして今。

 恵理は想う。今私は落ちる寸前の葉ではないか。蝕まれ、森川という木にとってもはや不必要なものになっていないか。新しい芽は見つかっていないが、探しているという事実はどこかにその芽はあるという事だ。その芽が見つかり、真に森川にとって自分が必要となくなった時――。

 と、恵理は人の気配を感じて振り返った。
 黒いスーツの青年が一人立っていた。サングラスをしていて表情は見えないが、事務的なクールさが現れていた。
 森川家に関わる人間だと彼女にはわかった。

「何か?」
「恵理様に通達があります。吸血鬼退治に復帰していただきたい、とのことです」

 恵理は心臓を鷲掴みにされたような感覚に陥った。だが、顔は冷静を保つ。

「対象は?」
「すでにメールで資料を送っております。詳しくはそちらをご覧になってください」
「待って……芹香はこのことを知ってるの?」

 今まで、こう言ったことを伝えるのは彼女の役目だった。

「渡辺芹香は我々の監視下に置かれます。理由は恵理様もお分かりでしょう」

 彼はそう言うと、背を向けた。
 恵理は目を細めて彼を見送った。いや、視線の向きは変らなかったが、彼女は彼を見ていたわけではない。彼女は深く自信の思考の海に沈んでいた。
 彼女は悟った。新しい芽が見つかったのだ。

 空の青が彼女の寂寥を彩らせていた。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ