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放課後TwilightZone 作者:水夜ちはる

3. 黄昏に立つ者

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第2話:「それぞれの想い」

現代ファンタジー・吸血鬼モノの伝奇ライトノベル。
 その惨状は気の弱い夏希を失神させた。
 裕也と沢渡はその彼女を支えたが、彼らもとても平静ではいられなかった。
 その光景を見ても恵理は冷静な判断力を保っていたが、この学園内でこんなものを見ることになるとは予想していなかった。

 原形をとどめていないひとつの女子高生の死体。四人が見たものはそれだった。
 強力な肉食獣に引き裂かれたかのように、前身がずたずたに引き裂かれ、真っ白のはずの校舎の壁を鮮血に染めながら横たわっていた。

「香織だ……」

 沢渡がつぶやいた。自失していた彼女が死体となった女子の顔を見て判断力を取り戻したのだ。
 裕也もその声に反応した。
 不幸な認識だった。

「知り合い、なの?」

 恵理は二人に視線を移して尋ねた。その顔には驚きが乗っていた。
「ああ、中学同じだった……成瀬香織……高校に入ってクラス一緒にならなかったから、そんなに話さなくなってたけど……」
 裕也がかろうじて聞き取れる声で言葉にした。かすれた声は緊張で口の中が乾いていた。惨殺死体を目の前にし、過大なストレスで生理的なバランスが崩れているのだ。

「恵理……」

 裕也は恵理の名を呼んだ。恵理は彼から視線をはずすと香織に向き直った。そしてゆっくりと香織に近づいていく。精神力の強さだけではない。このような光景に彼女は慣れていた。
 香織の傷口は切り裂かれたのではなく、引きちぎられたような傷口だった。

「熊でも出たんじゃなければ、吸血鬼の仕業かも」
「何で香織が!」

 沢渡が叫んだ。

「……『食事』をするのに、特に個体を選ぶわけじゃないわ。それがたまたま香織だっただけ」

 思わぬ方向から声がした。
 聞いた声だった。三人は驚いてその声を方向を見た。

 そこに立っていたのは、一年と少し前、忽然と姿を消した草薙真奈美だった。この街を襲った吸血鬼事件がなければ、今ごろ受験をし卒業旅行の計画を裕也や沢渡たちと立てていたかもしれない。
 今の彼女は吸血鬼。事件以来、彼女は裕也たちの前に姿を現していなかった。それ以降、普通の生活が送れるはずがなかったからだ。

「草薙!」

 裕也は彼女の名を叫んだ。何かを訊こうとする。だが、驚きのあまり混乱で言葉が紡げない。草薙はそれを見て僅かに微笑んだ。信じられないのも判るという顔だった。

「草薙さん……もう一度会うとは思わなかった……まさか、とは思うけど、あなた――」

 恵理の言葉に草薙はすぐに首を横に振った。確かに吸血鬼である草薙の力をもってすれば香織の体を引き裂くことなどたやすい。
 恵理は鋭い目つきで草薙を見つめた。一度は手を取り合った二人だが、あくまで共通の敵がいたからだった。吸血鬼を滅ぼす一族である恵理と、吸血鬼である草薙は本質的に敵同士だ。

「香織は友達よ」

 草薙は低い声で答えた。自分ではないと否定したのだ。その声には怒りがこもっていた。それ故に恵理は彼女の言葉を信じるに足りると思った。

「それよりも、森川さん、あなたの方こそ大丈夫なの?」

 草薙の意外な質問に恵理は呆気に取られた。質問の意味がわからない。
 恵理が返答に困っていると草薙は小さくため息をついた。

「とにかく、この近辺に吸血鬼がいるのは間違いないわ。しかもこんな飢えたのがね」
「どういうこと?」
「会ったのよ、吸血鬼に」

 草薙はその吸血鬼が恵理に酷似していることを伏せた。今ここでいうべきではないと思ったからだ。少なくとも恵理の恋人たる春日井裕也の前では。

「人が来た見たいね。いないはずの私がここにいると厄介になるから……また会いましょう」

 草薙は恵理達に背を向けると足早に歩き始めた。

「真奈美!」

 沢渡の悲鳴のような声が聞こえた。だが、草薙は振り返らなかった。
 教室で笑いあった頃とはもう違うのだ。




 渡辺芹香は、主人が帰ってきたとき扉を閉める音で主人の今の心を察した。
 それくらい長い付き合いだったし、大きく感情を表すことのない主人を察するにはそう言った仕草で知るしかなかったからだ。

「屋敷にお戻りになるとは。ご連絡をいただければ迎えに上がりましたのに」

 なるべく平静を保って芹香は言った。
 彼女にしかわからないだろうが、芹香の主人、森川恵理は怒りと苛立ちを含んだ表情で沈黙していた。

「芹香……」
「はい」
「私に隠さなければならないものなんてあるの?」
「恵理様」

 芹香は返答に困った。しばらくの重い沈黙が豪奢な部屋の中に漂った。

「恵理様がご存知なくても良いこともあるのです。不必要なことをお伝えする事は私には出来ません」

 恵理はその答えを聞いて、やや切れ長の目を見開いた。
 次の瞬間、芹香の頬に熱いものが走った。恵理の平手打ちだった。芹香の髪が流れて、その表情を隠した。恵理自身、自分の行動に驚いていた。平手を打った掌を自分で信じられないと言った目つきで見る。

「……今回犠牲者は私のすぐ近くで出たわ。もし、私が何かの情報を知っていたら、ああならなかったかもしれない」

 恵理はそう言いつつも自らの傲慢さを認めていた。

「もし、その被害者が裕也や陽子だったら……」

「恵理様、それでも私は恵理様に、余計な危険に触れていただきたくないのです……」
 恵理は項を垂れる芹香を見つめて複雑な表情をした。
 どちらもエゴだ。両者の言い分と正当性を共に理解していた。それでも接点は見つからなかった。恵理も芹香も動揺を隠せなかった。もう何年の付き合いになるだろう。だが、二人はこんな軋轢を感じるのはじめてだった。

 森川家の闇払いの一族として生を受けた森川恵理。闇払いの一族を補佐するための渡辺芹香。森川が黒崎との戦いでその血にながれる吸血鬼の血が目覚め、少しずつではあるが確実に吸血鬼化の影が忍び寄っている。その結果、彼女は闇払いの戦士としても、森川家の当主としてもふさわしくない存在になっていた。それが、その二人の歯車は微妙に狂い始めていたのだった。




「ああっ、落ち込むなあ! もうっ」

 他人の家のクッションをソファに蹴り飛ばしながら沢渡は吠えていた。

「落ち込んでるなら静かに凹んでるとか、めそめそ泣くとかしろよ」

 裕也は呆れたように言った。
 クッションを二・三発殴った後、沢渡は膨れっ面で裕也を睨んだ。

「そんなことして気持ちが晴れると思う?」

 殴ったクッションを胸元で抱きかかえた沢渡は膨れあがってまんまるだった。
 裕也はため息をついた。そうだ、この女はこういう人間だった。とにかく前向きな性格はうらやましい限りだった。

「それにしてもな」

 裕也の声は重い。裕也は殺された成瀬香織とさほど親しいわけではなかった。むしろ沢渡の方が親しい関係にある。
 暗く沈む兄を気遣ってか、裕也の妹千明がミルクティを運んできた。
 裕也たちの一つ下の彼女は兄とは逆に過去を見ることが出来る少女だった。

「ま、裕也が心配になる理由はわかるよ」

 沢渡が裕也の心を見透かして言った。
 裕也は思わず目を逸らした。
 草薙真奈美が思いがけず目の前に現れたこと。そして成瀬香織が吸血鬼に類するものに殺されたことを示俊し、去ったこと。そしてその事実を明らかにするため、森川恵理は本家に戻ったこと。

「私も、真奈美が現れたことが気になっているのよ」

 沢渡は続けた。

「あの場所で、あの子が私たちに姿を見せたのはなぜ? 今までずっと行方をくらましていたのに、わざわざ私たちに会った……」

 裕也は沈黙していた。だが彼にも彼女の言いたい事は既にわかっていた。自分の口に出さなかった理由は、その事実を認めたくなかったからだ。
 沢渡は、彼の感情を悟りながらもあえて口にした。

「この件は吸血鬼が絡んでいると真奈美は言った。真奈美はわざわざ私たちの前に姿を晒してまで、そのことを恵理に伝えに。それはこの一件が恵理が関わっているってことでしょ。もしくは恵理が関わるべきことだってこと」

 沢渡の明活さは時に残酷だ。裕也はその言葉を聞いて胃が熱くなるのを感じた。
 沢渡は裕也の気持ちが判らないわけではない。だが、彼女は避けられない現実ならば、逃げずに向っていく人間だった。

「あの子はまず自分から『助けて』なんていわないだろうね」
「……ああ、そこが厄介だな」

 裕也はそうつぶやくと、立ち上がった。

「俺に……俺たちにできることはないかな?」

 沢渡は微笑んだ。

「もちろん、あると思うよ」

 彼女の答えは何時も明瞭だ。それはいつも彼の心を軽くしてくれる。
 ふと、裕也は左腕を掴む感触を感じた。千明だった。彼女は不安そうな目で兄を見上げていた。
 裕也は恵理と吸血鬼・黒崎の戦いに巻き込まれて、致命傷を受けた。奇跡的に助かったが、妹としては心配になるのも当然といえた。

「大丈夫だよ。俺たちが危険になることは、恵理だって迷惑だろうしね」

 裕也は妹を安心させるため、微笑みながら彼女の頭を軽く叩いた。
 事件に関わっていけばリスクを追うことは避けられないだろうと容易に想像がつく。黒崎の一件とは違い、今回は自分から向っていかなければ、避けられる危険かもしれない。 だが、恵理がそれに向っていくなら、裕也は黙って見過ごすわけには行かなかった。
 未来視の少年の瞳には、まだ将来について何も映し出していなかったが、ただ漠然とした不安が彼の胸の奥で揺らめいていた。




 胸の奥を熱い液体が流れ落ちていく。それは重力に引かれて胃に到達し、そこで広がる。臓腑全体に行き渡るかのような熱さだ。
 冷えた身体を熱くするそれは、官能的だとも思った。

「けふっ」

 そんな思いと裏腹に、風情のない声が漏れた。アルコールの強さにむせたのだ。
 僅かに涙ぐみながら草薙真奈美はバーテンダーを責めた。

「藤井さん、コレちょっと強すぎ」
「はは、でもあったまるだろ?」
「そりゃそうだけどさ」

 地下のショットバーのカウンターで草薙は唇を尖らして不満そうな顔をした。
 その表情は幼くて、その店の雰囲気には似合わない。本来なら彼女はまだ高校生である年齢だった。
 草薙はなんとなく悔しい気持ちになって、ホットウイスキートゥディを飲み干した。ウィスキーをお湯で割、角砂糖、レモン、クローブを入れた簡単なカクテルだ。カクテルと言うよりはクローブの薬用効果を期待してバーテンダーの藤井が出したものだった。
 藤井はこのバーの主人だ。彼は空になったタンブラーを彼女から取り上げた。

「今日はホットミルクじゃ満足できない、って顔だったけどな」
「……まあね」

 草薙はそっぽを向いて応えた。
 他に客は居ない。
 金をかけたオーディオから流れるジャズのサックスの音と、アンティークなインテリアで纏められた店内の雰囲気は決して悪くない。平日とはいえ、他の客が居ないのが不思議に思えるくらいだ。
 だが彼女はその理由を知っていた。
 この店は普通の店ではない。彼女のような存在……つまり人ではない者たちが集まる店だった。そしてその店の主人、藤井英孝も人間ではない。

「藤井さん、森川恵理って知ってる?」
「そりゃ、知らなければこの世界じゃもぐりだろうよ」

 当然、吸血鬼などの闇の者を排除する闇払いの当主の名を藤井が知らないはずはない。いわば彼らにとって森川家は天敵といって過言ではない。

「じゃ、私が森川恵理と顔見知りだって事は?」

 草薙はそっけなく言った。慣れないアルコールが胃の中でまだ熱い。血を飲んだ時ほどではないが、高揚するような感覚が胸の中で沸き立っていた。

「ほう? それは興味深いな。吸血鬼のお前さんが、闇払いのお嬢さんと知り合いか……それは吸血鬼になる前の話か?」
「なってからよ」

 藤井はそれはまでは口の端に笑みを浮かべるような余裕があったが、それが消えた。

「私は、吸血鬼になってすぐ、森川恵理に会った。彼女は私を殺そうと考えていたみたいだけど、結果として私と彼女は協力して、私をこんなのにした吸血鬼、黒崎竜将を殺したわ」

 僅か一年前ほどのことだ。しかし今では随分遠くに感じる。
 それだけ彼女の一年間は激しく長かった。
 人間としての生活を捨て、吸血鬼として闇に生き、この場所にたどり着いた。
 同じ吸血鬼として暮らす藤井のところへ。

「本来なら、彼女はこちら側にいるべき存在よね? 吸血鬼の血がまじっているんだもの。なのに何故仲間とも言える吸血鬼と殺しあわなければならない運命にあるの? 彼女はその命を失っても、吸血鬼を殺そうとしていた……たとえそれが兄の仇であったとしても、その執着は異常だった」
「それは……森川の血族は、『できそこない』の一族だからさ」

 藤井は静かに言った。
 机を見つめていた草薙は顔を上げて藤井の顔を見た。真意を確かめるためだった。だが、藤井の表情はいつものように飄々とはしているが、冗談を言っているような顔ではなかった。

「森川家の血には吸血鬼のそれが含まれている。だけど俺たちのような吸血鬼とは違う。それがどういうものか俺にもわからないが、まがい物の吸血鬼だ。それにはきっと理由があると思う」

 一息ついて藤井は首を振った。

「君には興味があることかもしれないが、俺には興味がないことだ」
 それは彼は知らないし、詮索つもりもない、という意思表示だった。それと同時に彼は一つの道を彼女に示していた。
 知りたければ自分で探せと。
 そんな彼のやり方が、草薙は悔しくもうれしかった。同時に甘えている自分の幼さと、藤井の大人の厳しくも優しい道の示し方を比べて恥ずかしくなった。
 実は彼女が考えているほど、そう差はなかったのだが。
 彼女は店を出ることを告げると、藤井は微笑みで彼女を見送った。

「また寄るね」

 そう告げた彼女を彼が拒否することなどありえなかった。
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