挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
放課後TwilightZone 作者:水夜ちはる

3. 黄昏に立つ者

しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

更新通知 0/400

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

37/59

第1話:「迷宮の入り口」

現代ファンタジー・吸血鬼モノの伝奇ライトノベル。
第三部、スタート。
 狩りの時間だった。

 夜の闇を凝縮したような影に覆われた路地裏は、ある種の結界が張られたように人の侵入を拒んでいる。まっとうな精神の持ち主ならば、その暗闇にあえて入ろうとは思わないだろう。だが、そこには例外が二人いた。

 獣のような血生臭さすら漂う一人は、赤い目を闇の中に際立たせていた。荒く乱れた息。全身を硬直させ、威嚇し、もう一人を睨みつけていた。その目の輝きは人間のそれとは明らかに違っていた。彼は、狩られる側だった。

 もう一方は少女だった。細くこの闇の中に佇むにはあまりにも頼りなかった。だが、彼女は獣のような威嚇を見せる相手を前に動揺の欠片も見せなかった。凪の海のような静かさで相手を見つめていた。彼女は、狩る側だった。その右手には一振りの刀があった。

 対峙に耐えかねた男が彼女に踊りかかった。人の迅さではない。猛獣のそれのようなしなやかで俊敏な行動だった。彼は人間ではなかった。正確には人間ではなくなっていた。その存在を知るものには、彼らは「グール」と呼ばれていた。人間の生き血をすすり、肉を喰らう屍喰鬼。吸血鬼に近い存在だが、違う。吸血鬼には知性や理性が存在しているが、屍喰鬼は獲物を喰らうだけの存在である。

 左右にフェイクを入れ、男は少女に襲いかかった。少女はその場から動こうともせず、手にした刀でその攻撃をなぎ払った。迅さでは男の方がはるかに勝っていた。少女にはその迅さにはタイミングと無駄の無い動きで対応するしかなかった。一合、二合……それが五回ほど繰り返され、男は間合いを開いた。攻めているのは彼のほうだ。少女はその攻撃を防いでいるにしか過ぎない。だが、少女の表情には何も映らず、男の表情には明らかに苛立ちがあった。彼の表情は追い詰められた獣の顔にも見えた。

 再び彼は突進した。その驚異的な瞬発力を直線的に発揮し、最速のスピードで少女に肉薄した。無駄なフェイクをやめ、一直線に少女の命をめざす。だが、その焦燥を誘ったのは少女の策だった。

 二人の体が交錯する。

 少女の持つ刀は、男の身体を正確に貫いていた。
 フェイクを使った攻撃は、意外にも力の均衡を保っていた最大の要因だったのだ。直線的な攻撃は少女に見切られ、絶妙のタイミングで反撃を受けることになったのだ。

 少女は刀を引き抜く。
 男は断末魔の悲鳴を上げた。傷口からは血ではなく灰のようなものが零れ落ちた。彼らは既に命が無い。少女の持つ刀、霊刀の力によって一瞬にして浄化される。男の身体は灰になって崩れ落ちた。何もなかったかのように。

 少女はそれをみてひとつ息をついた。
 狩りは終わったのだ。
氷の仮面の表情に、僅かに哀れみを浮かべてその場を立ち去った。

「恵理様」

 路地の出口には女性が立っていた。二十台半ばくらいだろうか、少女の友人には思えなかった。心配そうな表情で少女を迎えた。

「終わったわ、芹香。はぐれの屍喰鬼かどうかはわからないけど、ここのところずいぶんと増えている。この周辺を調べてくれる?」

 少女が毅然と言った。年齢と立場は逆なのだだろう。恵理とよばれた少女が主人で、芹香と呼ばれた女性が従者だった。
 芹香は困った表情で返答に窮した。
 恵理は怪訝な表情で彼女を見返した。

「恵理様は、もうそんなことをお気になさる必要はないのです。長老たちの目もあります」

 恵理は芹香の言葉を聞いて押し黙った。数瞬の沈黙が二人の間で流れた。

「わかっているわ……でもこれは本能というべきかしらね。森川の呪われた血の……」

 恵理は嘆くように空を見上げた。
 月がひとつあって、嘲いかけてきた。

「ありがとう、芹香……なるべく心配はかけないつもり。長老たちも私に関与しようとしてないことを見ると、私のことはどうでもいいんじゃないかしら」
 恵理は柔らかに芹香に微笑みかけた。芹香の表情は変わらず、不安に満ちていた。




 森川恵理。十八歳。現在私立瑞穂学園高等部に通う。
 大財閥森川家の次子として生を受ける。
 森川の一族は「闇払い」といわれる、魑魅魍魎を退ける一族でもあり、代々その長子以外がその任務につくことを宿命付けられる。その過酷な戦いと血に流れる遺伝子の特殊性から一族の平均寿命は三十歳を切る。森川恵理は十三歳よりその訓練と実戦に投入された。昨年、吸血鬼「黒崎竜将」との戦いで、体内の吸血鬼の遺伝子に陽性反応が見られ吸血鬼化が始まっていると予測される。そのため実戦から離れ、現在森川一族の監視下に置かれている。
 監視役は渡辺芹香。二十四歳。森川恵理の幼少時より世話役を務める。超常的な癒しの能力もあり、吸血鬼化を押さえる能力もあると見られるが、その能力については詳細は現在解析を進めている段階である……




 街はにぎやかで自分が孤独である寂しさを紛らわせてくれる。
 だから、彼女はこの街を選んだ。地元でも一番賑やかな子の区画、夜眠らない町は夜に強い彼女にとって都合がよかったし、素性を隠しても生活ができる街だった。深く人間関係を持たないそんな雰囲気が好ましかったのだ。
 そんな繁華街を離れて、彼女は路地裏にいた。

「ふぅ……」

 彼女は路地裏でひとつ息をついた。
 その彼女の足元には同年代の少女が眠るように横たわっていた。

 彼女は食事を終えたばかりだった。その少女の血を頂いたのである。彼女の名は草薙真奈美……一年と少し前、吸血鬼黒崎竜将に血を吸われたことによって、吸血鬼へと変化した少女だった。普通の高校生だった彼女の生活は破壊され、それ以来闇に生きるものとしてこの街に滞在している。吸血鬼である彼女は、ある一定周期で人間の生き血を飲まねばならなかった。普通の高校生だった彼女が人間の血を吸うことは強烈な抵抗があった。だが本能には逆らえなかった。今ではそれを「食事」として割り切っている。血を吸うことによって満たされ、なんともいえぬ快楽を感じる。それが今では彼女の「不安」だった。その本能に支配され、闇に落ちていくことが恐かった。

「うっ……」

 横たわった少女がうめきを上げた。草薙は彼女を殺してはいなかった。自分が必要なだけの血を頂いただけだった。吸血鬼は人間を捕食する。いわゆる自然界の食物連鎖だった。だが草薙は人間の命を奪わなかった。本能に負けていないこと、自分が「人間」であったこと。闇に落ちた彼女の、最後の抵抗だった。
 少女の意識が戻りそうなことを草薙は確認すると、その場所をゆっくりとはなれた。姿を見られるわけには行かなかったし、かといって気絶した少女をこの危険な街に放置するわけには行かなかった。

 上手く食事をすませた彼女は、そのまま路地を歩いた。と、視線を感じた。あまりに直線的で暴力的な視線。背筋を冷たいものが舐め上げ、草薙はその視線の方向へ振り返った。
 そこには一人の髪の長い少女がいた。その長い髪から垣間見れる瞳の光は紅く、草薙のそれに酷似していた。妖気すら漂う攻撃的な瞳が草薙を捉えていた。
 その刹那、その少女の身体は草薙の目の前にあった。
 駆けたのだ。その手が草薙の喉元に迫る。
 人間の早さではない。

 吸血鬼!

 草薙は本能的に悟った。
 交錯する。
 草薙は紙一重でその少女の一撃を躱していた。彼女もまた人間を超えた反射神経と運動能力を持っていた。吸血鬼になることによって、全ての五感と運動能力が飛躍的に上がっていた。
 その一瞬の交錯によって、草薙はさらに驚かされる。
 その少女の顔は彼女の記憶の中にあった。

「森川恵理!」

 彼女は間合いを取ると同時に、思わず叫んでいた。
 草薙は恵理と黒崎の戦いを知っている。同時に吸血鬼になった草薙を恵理は殺すつもりでいた。だが、紆余曲折の後、恵理と草薙は黒崎との戦いで共同戦線を張る。その後二人の接触はなかった。
 そして草薙は恵理が吸血鬼の遺伝子を持っていて、吸血鬼になる可能性を知っていた。

「まさか……?」

 黒く流れ落ちた髪の間から、紅く狂った瞳が見える。血に飢えた本能を剥き出しにしたその姿は、仮に森川恵理が吸血鬼に墜ちたとしても、自尊心の高そうな彼女がこのような姿に慣れはてるとはにわかに想像がつかなかった。
 だが、この目の前にいるのは――。

 草薙は深く考える時間を与えられていなかった。
 吸血鬼の少女は続けざまに草薙に襲い掛かったのだ。無慈悲で一縷のためらいもない攻撃が草薙を捉えようとして舞う。外れたそれはコンクリートの壁に大きな穴をいくつもあけた。想像を絶する破壊力である。

「くっ」

 草薙は跳んだ。持ちうる限りの力を持って上空へと舞い上がった。ビルの壁を数度蹴り、その身体を屋上にまで運ぶ。
 改めて人の為せる業ではない。自分自身で草薙は思う。
 上空は以外にも風が強く、月が青く静かだった。
 吸血鬼は追ってこない。
 彼女の身体能力なら、追って来ることもありえるはずだ。
だが、その気配はなかった。単に見失っただけかもしれない。
 草薙は用心を解いた訳ではなかったが、ひとつ息をついた。

「……吸血鬼、か」

 自分自身を問うように呟いた。
 凄まじい身体能力だった。吸血鬼に襲われたのは初めてのことだった。自分自身の身体能力が、人間の時のものとまったく代わってしまったことは自覚していたが、それを外から見ることによって、改めて認識することが出来た。
 まったく非常識なまでの力だ。人間と比べるだけでも愚かしい。人間がこの力に対抗できるはずがない。
 だが、それに抗する人間がいることを知っている。森川の一族のことだ。 彼女の一族は古きより吸血鬼を代表とする闇のものと戦い、人の身を持って人に降りかかる災いを払ってきたのだ。

 草薙は疑問に思う。森川の一族には闇に対抗する霊刀があり、吸血鬼の血が混じっているとはいえ、基本的には「人間」を大きく超えない。そんな彼女らが、今の吸血鬼のような存在と争えるのだろうか。それ以外に何か力があるのではないか。
 そして同じ吸血鬼であって、草薙と先ほどの少女の差は。草薙は吸血衝動に駆られることがあるにしろ、あれほど理性を失うことはない。
 森川恵理は、隠されている吸血鬼の力が覚醒したときには自らの死を覚悟していた。それほどまでに自分の血を極度に恐れいてた。
 森川恵理の恐れと、彼女に酷似した現在であった狂気の少女……

「もう一度会う必要がありそうね」

 風を背に草薙は空を見上げた。彼女の紅い瞳にはただひとつ、月が映っていた。




 二月になれば三年生は自由登校になる。受験シーズンだからだ。
 森川恵理と春日井裕也は瑞穂学園大学にスライド受験を受け、合格していた。いち早く受験勉強から抜け出した二人は、本来ならこの時期は残された高校生活を優雅に過ごすはずだったが、この日は学校に来ていた。
 二人のホームルームはさすがに閑散としていた。

「なんだか落ち着かないですね」

 二人にそう言ったのは川村夏希だ。二人より一年下の後輩の彼女は、放課後の時間にこの教室に来ていた。強い霊感とそれゆえのトラウマから自閉症を持っていた彼女だったが、恵理に出会うことで変り始めていた。

「もう結果は出てると思うんだけどな。メールも電話もこないんだよ」

 大きく息をつきながら、春日井裕也がぼやいた。彼は学園の男子生徒の羨望と嫉妬のまなざしをうける人物だった。学園一との美少女と名高い森川恵理の彼氏を務める男だった。大財閥のお嬢様で群を抜いた美少女の相方の彼は、いたって平凡な男子高校生だったが、ひとつだけ特異点があった。

「裕也の目でわからない?」

 恵理が言った。
 その彼の目は未来視だった。ときどき彼の視界には数秒後の世界が飛び込んでくる。

「あのなあ……」

 恵理の冗談に裕也はため息をついた。
 恋人同士の空気じゃないな、と夏希などは思う。恋愛経験は乏しい彼女だが、感覚の鋭い彼女だ。場の空気を読む力は高校生とは思えないほどだった。
 夏希の聞いたうわさでは、森川恵理を口説こうと学園の猛者たちが挑んだものの、あまりに恋愛感覚の疎さに全て撃沈したと言う。
 三人は共通の親友である、沢渡陽子の合格発表を待っているのだった。

「まあ陽子のことだから、来るって言ったんだから、ちゃんと来るでしょう。結果がどっちだとしても」

 恵理がそうつぶやいた時だった。
教室のドアが開き、そこに見慣れた栗色ショートカットの少女が立っている。沢渡陽子だ。一斉に三人の視線が集中する。
 いつも感情を素直に表す彼女の表情が硬く凍っている。
 その表情に恵理と夏希は神妙な顔をして、生唾をひとつ飲み込んだ。
 裕也は沢渡との付き合いが長いためか、彼女の意図を読み取っていた。

 数瞬の沈黙が続いた。
 と、沢渡が表情を崩し、右手の親指を立ててガッツポーズを三人に向けた。
 二人の女子から歓声があがった。裕也もこらえていた笑いを噴出した。
 沢渡は体育教師を目指し、体育大学を受験していたのだ。

「おめでとう。陽子なら大丈夫だと思ってたわ」
「ありがと! でもヒヤヒヤだったんだからぁ」

 歓喜につつまれる四人。その時間がひとしきり続いた時、夏希が急に青い顔をした。

「夏希ちゃん?」

 気づいた恵理が声をかける。

「……今、誰かが殺された」

 夏希の声は恐怖にひきつっていた。霊感の強い彼女は人の死を強く感じ取ってしまう。三人は表情を固まらせてお互いの顔を見合わせた。
 沢渡ですら、喜びを忘れて背筋を凍らせた。

 足の速い二月の太陽が、迷宮の入り口に誘うように西の空へと急いでいた。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ