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放課後TwilightZone 作者:水夜ちはる

2.ヒトガタに宿る魂

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第18話:「微かな勇気」

現代ファンタジー・吸血鬼モノの伝奇ライトノベル。
第二部「ヒトガタに宿る魂」はこの話で完結です。
 深夜と言って語弊のない時間だった。夏希一人だけがぼんやりとリビングルームでテレビを見ていた。母子家庭で夏希の母は遅くまで労働している。夏希がリビングに居ることは珍しい姿だった。普段なら自分の部屋に閉じこもっているはずだ。
 すると、玄関の鍵が開く音が聞こえる。夏希はその音に反応して驚くべき速さで玄関へと走った。胸が高鳴る。緊張が全身を支配した。

「夏希……めずらしいわね」

 それは母親だった。

「……おかえり」

 いつ頃から言わなくなった言葉だろう。
夏希はその時間ゆえに、その一言がとても緊張し、違和感を覚えた。母親も夏希の言葉に怪訝そうに小首をかしげた。

「ご飯食べた?」
「うん? 外でね」
「明日は食べないで帰ってこれる?」

 母親は訳がわからないという顔をした。少し苛立ちの表情が混じった。夏希はそれを敏感に読み取って怖くなった。拒否される。そう思ったからだ。

「母さん、疲れてるのよ……話なら……」
「明日の夕飯は私が作るから!」

 母親の言葉をさえぎって、夏希が強く言った。自分でも驚くほどの強さだった。

「え?」
「わかったの」

 驚きの表情を浮かべる母親の前で、夏希は視線を逸らしたが、言葉を紡いだ。

「母さんがどれだけ大変かを」

 夏希の母は母子家庭という事もあり、自分と夏希を食べさせていくのに必死だった。
 生活を守るために忙しく、疲れていた。それゆえ、夏希とのコミュニケーションが不足したのは否めない。不足したそれは夏希の元々内向的な性格もあって、会話の密度を薄くしていった。今では一日の間に何度言葉を交わすか、数えたところでそれほど苦になる数字ではなかった。

「わかったの……母さんが大変なら、私が助けてあげればよかったんだ、って。料理だってロクに出来やしないけど、これから覚える。ううん、教えて。他にできることだってあると思う。そしたら……」
「夏希……」

 もともと明敏な少女だった。内向的な性格が災いしてか、それが発揮できなかった。アンテナを外に向けることが出来た時、彼女は自分がするべきを事を理解したのだ。
 それは水上鏡子、木霊と戦った夜のことであった。
 彼女は怯えていた自分を解き放った。
 しかし、なんと不器用なことだろう。彼女の紡ぐ言葉はあまりにも不器用すぎた。
 だが、想いを唯一の肉親に伝えるには十分だった。




「で、診察の結果は?」
「多少血が足りないから、二・三日入院。あと左腕が折れてるからしばらくギブス生活かな。まあ左だからそんなに不自由ないけど......夏休みが! 高校最後の夏休みの予定が!」

 病室で見舞いに来た恵理にそう叫んだは沢渡だった。病人とは思えない元気の良さだったが、彼女を良く知る恵理から見ればやや血色が悪く活力も足りていない気がした。

「ま、おとなしく受験勉強しなさいってことじゃない?」
「学年七位のあんたに言われるとイヤミね? それにしても他のみんなに大した怪我が無くてよかった」

 恵理は「そうね」と言って一つ息をついた。

 沢渡は一命を取り留めた。胸部の傷からの出血が酷かったものの、芹香の応急手当てが功を奏した。もしあの場所に芹香が居なければ、沢渡はその命を落としていただろう。いやまかり間違えば彼女だけでなく、あの場所に居る全ての人間が命を落としたという結果が待ち受けていたかもしれない。恵理は数少ない、だがそれゆえに大切な仲間を危険に晒したのだ。

「……ごめん。陽子」

 恵理は沈んだ声で言った。彼女独特の抑揚のない口調だったから、沢渡でなければ彼女の心情の機微を推し量ることは出来なかったであろう。その口調の中には激しい後悔と自責が含まれていた。

「気にすんな」

 沢渡ははっきりといった。歯切れのよい言葉は彼女そのものだった。

「確かに危ない橋だったと思う。だけどだれも恵理のせいなんかじゃないとおもってる。どっちかって言うと、みんな恵理のお陰で助かったんだ」

 沢渡は笑った。裏のない笑顔だ。言葉を表裏を見分けるのが苦手な恵理だったが、沢渡の言葉だけは信じられると確信していた。

「ありがとう」
「まったく……ありがとうはこっちだよ」

 恵理は微笑んだ。僅かだが彼女の瞳が感情に揺れていた。

「しかしあれだなー」

 沢渡が恵理の身体をじろじろとみつめた。怪訝そうに恵理が首をかしげる。

「便利なもんね。私よりずっと重症だったはずなのに……」

 恵理の身体は回復している。全身に負った傷も、折れた骨も、傷ついた内臓もほぼ完璧に治っていると言っていい。不死身に近い回復力を誇る吸血鬼の血がなせる業だ。
 本当にうらやましそうに見る沢渡を前に、恵理は少し滑稽に思って彼女をからかうことにした。

「そうでもないよ? 回復力はあっても痛みがなくなるわけじゃないし、骨を折られても、おなかを刺されても、その痛みは変らないんだから」
「うーやめて。こっちが痛くなる」

 たとえ半分が吸血鬼であっても、化け物であっても、関係を変えようとしない彼女の存在は恵理にとって非常に貴重な存在だった。恵理は笑いながらこの沢渡との関係が、この先永遠に続くことを願っていた。




「だから前に言ったでしょ。相手を認めれば、向こうも認めてくれるって」
「そうね、そうじゃない人も居るけど……それはしかたないか」
「そうそう、人間関係の基本はギヴアンドテイク」
「ギヴアンドテイクねぇ」
「あ、物理的な損得じゃないよ? いろいろとね」
「……けど、こんなにはっきりと聞こえるようになるとはねぇ……前は見えるだけだったんだけど、あの一見以来霊感強くなったみたい。ま、香津美とこうしてしゃべれるのはうれしいけどさ」
「ふむ。それにしても私が居なくなったら、夏希どうなるかと思ったけど、結構平気そうじゃない?」
「平気って訳じゃないよ……ただ、今はみんなが居てくれるからだし、夏休みが終わったらまたどうなるか」
「大丈夫でしょ。あんた変ったもん」
「変った……かな」
「変ったよ。私がどんなに私のグループに夏希を誘っても、絶対こなかったでしょ? でもいま、たとえば沢渡先輩のグループに沢渡先輩から誘われたらどう?」
「たぶん、行く」
「ほらね」
「あ、でも、香津美のグループがイヤってわけじゃないから……」
「あはは。わかってる。だから言ってるじゃない。夏希は変ったって。お、みんな来たね……私はそろそろ消えるかな」
「どうせみんなには見えないよ?」
「そういう意味じゃなくて……夏希が平気そうだから、もう私は要らないかな、と」
「え?」
「私の時間は止まってしまったから、何時までも私は夏希の前に居ちゃいけないのよ」
「でも……」
「夏希にはこれからの時間を共有する仲間が居るじゃない?」
「また会える?」
「たまにはね」
「……ならいいか」




 夏休み中、唯一の登校日だった。真夏の太陽をさえぎる生い茂った桜の木の下で、夏希は佇んでいた。木漏れ日が彼女に落ちて風が揺らめくたび、きらきらと輝かせた。

「いい場所ね」

 木陰の涼を感じた恵理が声をかけた。彼女だけが少し早くこの場所に着いていた。夏希ほどではないが、霊感のある彼女は香津美の存在を僅かながら感じていた。

「学校で唯一、好きでした」

 過去形にしたのは訳がある。ここが嫌いになったわけではなかったが、今は好きな場所はここだけではなくなったのだ。ここにいる恵理や、杉本達がいる場所、それが彼女の好きな場所になったからだ。

「よく水上鏡子を許したわね」
「許したわけではないと思います。彼女は香津美を……たくさんの命を奪ったわけだし、それが彼女の『意思』であることは確かだった」

 夏希は見上げた。太陽の光が木葉から垣間見える。

「……彼女も可哀想だな、って思ったから」

 水上鏡子ももはやこの世に存在しない。十八年前、その生命を失ってから呪われた魂は夏希が霊木を打ち砕くことによって解放された。それは水上鏡子自身の想いも含まれていたのだ。

「そう」

 恵理は一言だけ答えると微笑を返した。
 その間にがやがやとした声が近づいてきた。杉本と沢渡、そして小田桐だった。

「あ、いい風。夏希ちゃんいい場所知ってるね」

 木霊と争った時に左腕を折った沢渡はまだ包帯をはずせない。だが本人そのものはいたって元気そうで、彼女らしい屈託のない笑みを振りまいていた。

「みんなで遊びに行くって決めたのはいいけど、沢渡、怪我いいの?」
「平気だってば」

 沢渡が恵理にぶつぶつ文句をいう。落ち着いてやや大人っぽい雰囲気のもつ恵理と、元気で騒がしくやや幼い顔つきの沢渡がそうしていると、姉妹か何かのように見える。

「今日は賑やかになりそうだな」
「そっすね。それにこんな美人揃いなのありえないっすよ?」
 小田桐の言葉に杉本は無邪気に笑った。笑っておいて夏希の視線にぎくりとする。
「美人ねぇ。たしかにそれはそうだな……」

 といいつつ浮かない顔をする小田桐は、多数の女子を相手にする疲労感を骨身に染みて知っている彼故のため息だ。と、小田桐の視線が沢渡の前に止まる。
 沢渡はその視線に気づいて目を丸くした。

「美人は美人かもしれないが、一人個性的な……」

 小田桐は言葉を最後まで続けられなかった。怪我をしているとは思えないほどの電光石火の一撃が、小田桐にクリーンヒットしていた。小田桐は運動神経の悪いほうではない。恐るべきは沢渡の拳速だ。

 夏希は笑った。声を上げて笑った。気を緩ませるのが嫌で、気を許すのが嫌で笑うことのなかった日々が嘘のようだ。

 毎日が楽しい。
 この人たちと居るのが楽しい。
 今まで殻に閉じこもっていた夏希には信じられないほど毎日が新しい。
 そして自分が変っていくのを感じる。

 それは不安であり期待だった。そしてその後者が彼女の中でほとんどを占めていた。その期待をくれる彼女たちに自分はもったいないとも思う。だが、それは自分が過去に覚えた負の感情だと割り切った。

「人間関係の基本はギヴアンドテイク」

 香津美が言った言葉を夏希は思い出した。
 彼女らが夏希に光を与えてくれるなら、夏希もまた彼らの光のひとつとなるべきだと。 と、杉本と目があった。彼とこの場所で出会ったとき、事件は始まり、そして彼女の革命が起こった。全てはそれが始まりだった。

「そうだ……杉本君! 県大会優勝おめでとう!」

 夏希が声をかけた。夏休み前にはありえない姿だった。少し意識過剰気味だと自分自身でも思わないことも無かったが、それでいいと思った。

 籠の中の鳥ならば、その羽根を広げることもなく、それゆえに傷つくこともない。だが、その羽根を広げて翼に大きな風を受けて空に飛び出さねば、世界は籠の中で終わってしまうのだ。それが今までの自分だった。それよりは傷ついてもいい、広がった世界へと跳んでいきたかった。勇気を振り絞って翼を広げた。

 夏の青が彼女たちの空に広がっていた。


2.ヒトガタに宿る魂編・了
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