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放課後TwilightZone 作者:水夜ちはる

2.ヒトガタに宿る魂

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第17話:「魂の願い」

現代ファンタジー・吸血鬼モノの伝奇ライトノベル。
 恵理は大きく左に迂回するように木霊に接近した。申し分ない速度と間合いだったが、直線的でない分、大きな隙があった。伝家の霊刀を持って斬りかかった恵理だが、木霊の直前で目に見えない力に阻まれた。
 絶望的な恵理の表情と、勝ち誇った木霊の表情が対照的だった。

 一瞬の間を置いて、恵理の体は見えない力に吹き飛ばされ、壁に叩きつけられる。肺の中の全ての空気が一瞬にして押し出され、彼女は激しく咳き込んだ。胸が軋む。肋骨がいくつか折れていることを彼女は知った。
 その視界の隅で夏希と杉本が部屋から飛び出していくのを捕らえる。代償は大きかったが、作戦はうまくいったのだ。

 だが、随分とうまく行き過ぎている。
 木霊は微笑を浮かべたまま、恵理を見ていた。

「……随分と簡単に行かせたのね」
「あの子の居場所は、手に取るようにわかるもの」

 木霊の言い方はそれよりも楽しいおもちゃを見つけたといった雰囲気だった。恵理は舌打ちしたが、それでも作戦が取り敢えずうまくいったことに安心した。夏希を無事ここから逃がすことが出来ればそれで良かった。恵理自身は時間稼ぎの捨て駒で良いと思っていた。

 しかし無抵抗にやられるわけにもいかない。恵理は策を考えた。
 恵理は視界に水上元隆の姿を入れた。
 完全なミイラだ。彼が生きているとは思えない。だが木霊が彼が生きていると信じているなら、人質として価値がある。

 恵理は首を横に振ってため息をついた。
 視界から元隆の姿をはずす。木霊だけに集中する。

「いいよ、おまえ」

 木霊は満足そうに微笑んだ。恵理の思考を読んだのだ。
 人質をとるような卑劣な行動は、恵理には取れなかった。彼女は合理的な考えの持ち主だが、同時に自尊心も高かった。また卑劣な真似をしても、木霊には通用しないだろうと言う予想もあった。

 恵理は床を蹴って間合いを詰めた。正攻法だ。剣の間合いで木霊を捕らえると、三回斬撃を繰り出す。人を超えた吸血鬼の運動能力を持って訓練された無駄の無い動きだった。 だが、木霊はそれを避けるわけでも受けるわけでもなかった。恵理の剣はその寸前で全てはじき返されてしまう。

「くっ……」

 恵理は危険を察して間合いを開こうとした。だが一瞬遅れて、またしても吹き飛ばされる。彼女はその部屋の入り口のドアを突き破って廊下に転がった。

「ごふっ……」

 血を大量に吐く。前回の対峙で受けた傷の影響だった。内蔵の傷が開き逆流した出血が彼女の呼吸を奪った。

「苦しそうね。そろそろ終りかしら」

 恵理は気丈にも剣を振るった。だが目測を誤り木霊には届かない。木霊はそれを見て失望のため息をついた。恵理に見切りをつけたのだ。既に彼女は遊び相手にはならない。
 恵理を再び衝撃波が襲った。今までのものより格段に強いものだった。廊下の固い木の壁を軋ませ、恵理は声すらあげることが出来なかった。
 その衝撃波が収まった後、恵理はゆっくりと膝から崩れた。うつぶせに倒れ、わずかに痙攣をする。それは彼女が微かだが生きている証だったが、既に木霊は興味を失っていた。

「さて、逃げた二人は……何? 何故あんなところに?」

 夏希の気配を探った木霊の顔色が変った。狼狽えながら彼女が駆け出そうとする。その足を恵理の腕が絡めとった。彼女は倒れたままだ。もはや立ち上がる力は無い。なんとしても木霊を足止めさせるという執念だった。

「本当に丈夫な体だこと」

 木霊は苛立ち、立つことすら出来ない恵理にさらに数回の衝撃波を与えた。




 廊下の角を曲がる。大きい別荘だが、大した距離は離れていないように思えた。だが木霊と恵理がいる場所から見えない位置まで来たことが二人を安心させた。

「森川先輩、あんなこといってたけどわかるのか?」

 杉本が落ち着くためにひとつ大きく深呼吸をした。

「……ん」

 夏希は不安そうに杉本を見上げた。確かに彼女には普通の人間に感じ取れない霊気を感じる感覚がある。だが、これまで自分からそう言ったものを探し出そうとしたことは無い。
 逡巡する彼女の耳に激しい衝撃音が聞こえた。恵理と木霊が激しく争っていることを容易に想像できる。

「先輩?」

 夏希は狼狽え、おろおろと視線を宙にさまよわせた。

「落ち着け、川村! 先輩が川村にして欲しいことは何だ?」

 杉本は夏希の両肩をつかんだ。その力強さは彼女の心を安定させる方向に導いた。彼女は目を閉じて神経を集中する。暗闇の中で細い糸を捜すような、そんな感覚だった。
 激しい物音が奥から聞こえる。

「無理よ! できない!」

 焦りから夏希は首を振った。黒い髪が揺れ、不安が涙となってこぼれた。

「諦めるなよ。俺には出来ないことだ。川村、お前しか出来ないんだ。まだ、諦める段階じゃない」

 杉本は必死に彼女を励ました。真剣なまなざしが夏希の瞳に映し出される。
 夏希は思う。私は最後の最後まで足掻いたことがあっただろうか。もうどうしようもないという所まで必死にがんばったことがあっただろうか。何時しか、傷つくことを恐れて、どこかで線を引いていた気がする。人間関係だってそうだった。関係が悪化した時、何もしなかったのは自分の方だ。諦めてしまうなら、安らぐことはたやすい。突き放してしまえば、それ以上傷つくことは無くなる。そうして逃げてきたのではないか。
 だが、目の前の杉本健司はそれを拒絶した。諦めるなと彼は叫んでいた。
 そして諦めてどうにかになる状況ではないと教えていた。

 彼を見ていると不思議と心が落ち着いた。彼女は大きく深呼吸をした。そして開き直る。それは諦めではない。今取るべき行動はそれしかない、という決意だった。
 再び目を閉じ、精神を集中した夏希はふと不思議な気配を捉える。

「え?」

 研ぎ澄ます。焦る心を押さえてその気配を探った。

「香津美! 香津美がいる?」

 それは水上鏡子に、いや木霊に魂を取られた三浦香津美の感覚だった。彼女が生きているときにそれを感じたことはない。だが今夏希が感じたその気配、つまり霊の存在は三浦香津美そのものだと彼女は思った。
 夏希は香津美の霊の気配を追って走り出した。

「……よし!」

 杉本には彼女が走り出した理由はわからなかったが、とにかく彼女を信じて後を追った。
 夏希たちは山荘の一番奥、倉庫になっている一室にたどり着いた。
 床には観音開き式の扉があった。倉庫にはありそうな床下の物置かと思われたが、夏希がそこから気配を感じて扉を開けると、その下には地下室への階段へと繋がっていた。

「この奥に何かあるって言うんだな?」

 杉本は夏希に訊いた。夏希は緊張した面持ちで頷いた。

「うん……この先に香津美がいる」
「三浦が?」

 杉本は驚いた声で言った。だが、彼も夏希が普通ではない感覚で何かを感じていると言うことを理解していた。

「わかった……行こう」

 杉本は夏希の手を引いて階段を降りはじめた。

「う……」

 夏希はその途端、激しい嘔吐感を覚えた。充満した霊気が彼女の鋭敏すぎる感覚の限度を越えて刺激していた。そう言った感覚に疎い杉本も地下室へと入ると、どことなく嫌な空気が漂っていることを感じた。
 地下室は広かった。電灯のスイッチを見つけて電源を入れると薄暗い電球がいくつか灯った。空間に比べてその照度は高くなく、全体は暗く沈んでいた。

「川村……わかるのか?」

 緊張でからからに渇いた喉で杉本は言った。

「わかる……香津美が教えてくれてる」

 二人は夏希の先導で地下室を歩いた。
 地下室の一番奥まった一角に、他とは雰囲気が違う区画があった。
 それはまるで神社の祭殿のように装飾されていた。
 その中央には古木の一部であろう、丸太が祭られていた。そこからは凄まじいまでの霊力が発せられていた。夏希は胸を圧迫されるような苦しさを覚えてそれを見た。

「あれが……木霊の本体……」
「ってことは、あれを壊してしまえば……」

 杉本が言った。だが、声にしたものの、それに近づいてはならない、と言った気配に包まれている。それは何千年と生きた神木のなせる力だった。自然の中で生まれたそれは本能的に人間を、生物を畏れさせる。シャーマニズムが他の宗教とは一括りで語られないのが力だ。人が考え、教義を開き教えと戒律で成り立つものではなく、感覚的に人を超えたものを畏れ敬う。夏希たちが直面したのはその力だった。
 圧倒され、逡巡する二人の背後で、地下室の棚を破壊するけたたましい音がした。
 夏希たちの前に黒く大きな物体が転がる。

「森川先輩!」

 夏希は悲鳴をあげた。それは徹底的に木霊に痛めつけられた恵理の姿であった。
 彼女の息は僅かだがあった。だが、全身から流れ出したおびただしい出血は白だった制服を赤黒く染め上げていた。おそらく普通の人間ならば、生きてはいないだろう。

「くそっ」

 杉本が歯軋りをした。

「……そこからはなれろ」

 低く暗い声がした。木霊の声だ。恵理と対峙した時のような余裕のある声ではない。怒りと苛立ちに満ちた声だ。
標的にされた夏希は狼狽した。その彼女の手を握る者がいた。

「……川村。なんとか時間を稼ぐ。その間にアレを壊すんだ」
「え?」
「森川先輩ですらああだからな。迷ってる時間はない」

 夏希は驚いて杉本の顔を見る。彼の表情には覚悟と言うものが見て取れた。
 杉本が木霊の前に立つ。

「何故」

 夏希は狼狽えた。わからない。何故自分に託すのか。
 彼はなぜ、自分のようなものに命を張れるのだろう。恵理もまた、自分にすべてを託していた。どうして。夏希には理解が出来なかった。

「それは、夏希の中が空っぽで、とても入りやすいから」
「え? 香津美?」

 夏希だけに聞こえる声があった。それは親友三浦香津美の声だった。気が付けば直ぐとなりに彼女の気配を感じる。いや、姿が見える。

「夏希はね、これまで全然人を自分の中に入れてこなかったじゃない。だから、とっても入りやすい。あなたの中に心を置きやすい。ただ、それをあなた自身が入り口を閉じてしまったから。みんな、あなたの中には入れないと思ってた。私は夏希の中に入れることにみんなより少し先に気づいてた。無理やりあなたの中に入ったからね、私は」

 香津美は苦笑いをした。

「余計なおせっかいだったかも。でも性分なんだ」

 夏希は首を横に振った。香津美は夏希にとって誰にも変えられぬ存在だった。彼女がいたからこそ生きてこれたと言っても語弊は無いほどだった。

 夏希の背後で悲鳴が上がった。杉本だ。
 木霊の力に吹き飛ばされた杉本は瓦礫に埋もれてなってうめいている。
 夏希の足元に何かが当たった。恵理の刀だった。恵理が投げ飛ばされた時、彼女の手から離れたのだ。
 反射的にそれを拾い上げた彼女は全身に走る違和感を覚えた。その刀が帯びる霊力に夏希が反応したのだ。

「ぐっ」

 木霊のうめきが聞こえた。恵理が最後の力を振り絞って木霊を羽交い絞めにしている。衝撃波のような特殊な力を除けば、木霊の物理的な力は恵理のそれとさほど変らないらしく、全身をぼろぼろにされた恵理でも何とか食い下がることが出来ていた。

「水上鏡子! このまま……このまま歪んだ道を進んで何があるというの? あなたの時間は十八年前止まったのよ! そしてあなたの父も、もう……」
「うるさい! はなれろ!」

 木霊が暴れた。それは何かを拒絶するような動きだ。恵理は彼女を逃がすまいと必死に押さえ込んだ。折れた骨や全身の傷が悲鳴をあげる。

「夏希ちゃん! 早く! もう、もたない……」

 恵理の視界は紅く歪んでいた。意識が途切れ途切れになる。木霊を押さえているはずの両腕の感覚はもはや無いに等しい。
 木霊の体が大きくはねた。

「ぐっ……」

 ついに力尽きた恵理が跳ね飛ばされる。だがそのまま木霊は硬直した。

「きょ、鏡子さん?」

 夏希の前に水上鏡子が立っていた。だが、それは夏希にしか見えていない。人形の身体を抜け出した、水上鏡子の霊魂だった。

「幻を止める時間が来たのね……」
「鏡子さん……」
「私が言えた義理じゃないけど……木霊を止めて……この幻を……」

 鏡子にとってはこの十八年間は幻でしかなかった。死んだはずの自分が生きていて、自分の中に同時に存在する木霊の存在に苛まれながら、それでも義父の寵愛を受ける生活。以前と変らぬ愛を注ぐ義父に対し、どこか偽物のような不純物を含んだ自分。だがそれを止める事も出来ず、迷いの中で時だけが流れた。
 そしてその生活の中で唯一の幸せであり、同時に刺であった義父の死期を知ることになる。暴走し始めた木霊の愛情は鏡子にとって悪夢以外の何者でもなかった。

「それでも私は木霊の力で、父が蘇れば、と思っていたのかもしれない……だけどそれは、私と同じ過ちの繰り返し……」

 鏡子の哀しみや想いが夏希に重なっていく。夏希はそれを拒否しなかった。他人を受け入れることに怯え、悩み、苦しみ、拒絶した彼女はもういなかった。香津美を奪い、恵理達を苦しめた鏡子でさえ、彼女は受け入れた。
 その彼女を香津美はとなりで見守った。安心したような笑みを浮かべて夏希を見た。

「……夏希」
「うん。みんなの願い……受け取った。香津美もいっしょに!」

 香津美は頷くと夏希の中へと入っていた。
 夏希は想う。この親友とはもう二度と会えない。香津美の時間は止まってしまった。だが、彼女のことは何時までも親友だろうと。永遠に忘れることはないだろうと。
 その彼女の願いをかなえるために、夏希は霊木が放つ結界の中へと足を踏み入れた。

 そして高く振り上げた刀を振り下ろした。
 この場にいる、全ての魂の願いを込めて。
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