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放課後TwilightZone 作者:水夜ちはる

2.ヒトガタに宿る魂

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第16話:「吸血鬼と精霊」

現代ファンタジー・吸血鬼モノの伝奇ライトノベル。
 血の匂いをたどった。それが濃くなっていくことは、その目標に確実に近づいているという事であり、同時に知りたくない真実に近づいていくという事だった。そんな嫌な緊張感を踏みしめながら、恵理は光の少ない二階の廊下を進んだ。

 近い。彼女がそう思ったとき、薄暗い廊下の壁際を何かが動いた。
 夜目が利く彼女にはそれがはっきりと映る。

「陽子!」

 その声は、もはや悲鳴に近かった。

「……恵理? あんたにしては遅かったじゃない」

 弱々しい声が返ってきた。
 壁を支えに沢渡は立っていた。その半身は自身の血で赤く染めあがり、その出血の多さは目を覆いたくなるものだった。

 彼女が鏡子に刺されて、気を失っていたのはわずかな時間だった。鏡子が去ったことを知ると彼女は自力で立ち上がり、その部屋から出るに至った。夏希が狙われていることを知っている彼女は、どうにか彼女にそれを伝えるべくここまで立ち上がったのだ。

「やっぱり……生きていたのね」

 恵理の声に沢渡が青い顔で笑う。
 恵理と小田桐は彼女に近寄った。
 恵理は躊躇なく沢渡の制服を破いて、傷口を診た。
 深い。深く大きな血管を傷つけている。致命傷ではないが、この出血では命を落としかねない。

「夏希ちゃんが狙われてる……恵理、お願い……」
「しゃべらないで!」

 沢渡の息は短く浅い。呼吸する力も失われつつあるという事だ。その彼女が壁に背を預けているとは言え、こうして意識を保ち立っていること事態が驚異的だった。
 恵理は制服のポケットから救急用具を取り出した。救急用具と言ってもガーゼと包帯くらいなものだった。傷口に清潔なガーゼを当て、包帯を締める。沢渡が傷口にかかる圧力から小さく悲鳴をあげた。
 恵理の指が震えていた。その震えを必死に押さえて、包帯を巻く。
 大切なものを守るように。

 この程度の処置じゃ――。

 恵理は歯を食いしばった。沢渡を壁を背に座らせ、落ち着かせる。小さなガーゼでは押さえきれない出血が、包帯にまで染み出していた。

「小田桐君、陽子を芹香のところまで運んで」

 恵理は指先を震えさせながらも静かに言った。

「森川はどうするんだ?」
「夏希ちゃんたちを……そのままにしておくわけには行かないでしょう」

 恵理は一瞬だが心配そうに沢渡を見た。だが、振り切るかのように立ち上がって、背中を向ける。長い髪が一瞬遅れて揺れる。

「恵理……」
「沢渡、後は任せて」

 小田桐に抱えられた沢渡が去っていく。その足音を背中で聞きながら、恵理は持っていた刀を抜いた。脇差程度の小ぶりの日本刀だ。森川家に伝わる、魔を滅ぼす力をもった霊刀である。

 恵理の右腕は、赤く染まっていた。
 沢渡を手当てした時の血だった。その血がゆっくりと重力に引かれて、むき身の刀身にたどり着く。刃の白銀はその血を吸って、妖しく煌きを見せた。
 一歩、薄暗い闇を恵理が進む。わずかな光を反射する彼女の瞳には澄んだ赤が浮かんでいた。




「あなたは、もう死んで……」

 夏希の声はかすれていた。緊張と驚愕が彼女の喉をからからにしていた。
 彼女が対峙しているのは、ある老人のミイラとそのとなりに立つ、ひとつの魂。それは水上元隆だった。
 老人の霊は夏希の声に頷いた。
 ミイラの姿を見ればわかる。死んでからもうかなりの時間が経っている様子だった。

「鏡子さんは……それを知っているのですか?」

 彼は応えなかった。悲しい顔をしてただ、夏希を見つめていた。
 鏡子は元隆の死を知っているのかもしれない。ただ、それを受け入れたくないだけなのかもしれない。そして木霊は人ではないがゆえに、人の死というものを理解できないのかもしれない。

 これは夏希の憶測だ。
 だが、それが大方間違っていないという確信もあった。
 近い場所で気配がした。
 夏希と杉本に緊張が走る。

「何をしている! そこから……離れろ」

 人形を従えた鏡子――いや木霊だった。憎悪に満ちた瞳で二人を刺す。彼女にとって元隆は父であり絶対唯一の存在なのだ。凄まじい気迫の殺気が二人を襲い、夏希はそれに吐き気すら覚えた。

「あなたの……あなたの術は死んだ人間すら、生き返らせることができるの?」

 夏希は必死に耐えながら叫んだ。

「お父様は死んではいない! 離れろ!」

 木霊に強く睨まれた夏希は見えない力ではじかれた。宙を舞い、壁に叩きつけられる。

「あうっ……」
「川村!」

 狂気の力だった。木霊は人間よりも遥かに強い精神力を持っている。それゆえに思いの強さも人の数倍にもなる。それが物理現象として具現化していた。
 痛みに咳き込む夏希を杉本が抱き起こした。
 従えたいた人形たちが迫っている。

「くそっ……」

 杉本が身構えた。

「川村……守りきれなかったらごめんな」

 杉本はそうつぶやくと人形に躍りかかった。人形の注意を夏希から離すためだ。夏希を守りたい。その一心だった。

「杉本君!」

 杉本は悲鳴のような声を背中で聞いた。
 クラスの中で一人閉じこもっていた少女。自分とは正反対の存在。どこか翳りのあるそれに、彼は惹かれていた。具体的な感情をそのとき持っていたわけではない。それほど自分の感情に敏感な男ではない。むしろ不器用なほうだ。だが、彼は今、彼女を守りたいと思った。ほんの数日、たったそれだけだったが、彼女と接触した時間がそうはっきりと彼の心を決めさせていた。

 杉本の思い切りのよい蹴りが二体の人形を吹き飛ばした。
 通常のケンカなら一撃で勝負がつく入り方だった。
 だが、人形は人間ではない。それらは平然と立ち上がった。人形たち二の腕から下の外郭を外した。その中には刃物が骨の代わりのようになっていて、鈍い光を反射させた。
 杉本の背後で小さく夏希が悲鳴をあげた。

「ちっ……」

 杉本は緊張して身構えた。
 リーチの長さが変った訳ではない。拳が避けれるならば、拳が刃物になろうが避けるのに変りはないはず。そう彼は思い込んだが、これまでと圧迫感が違う。鈍く光る刃物は彼を心理的に追い詰めた。

 人形たちが杉本を襲う。一体目の人形を杉本が躱し、カウンターで蹴りを入れた。だが、時間差で襲った二体目が杉本の脇を襲う。体勢が悪く躱すことが出来ない。杉本は迫る刃に戦慄した。
 だがその刹那、その刃は根元ごと地面に落ちた。一瞬遅れて、黒髪の少女が着地する。

「森川先輩!」

 夏希と杉本の声が見事にそろった。

「だめよ。殺す気でやらないと。多分陽子はそう言う戦い方でやられたんだと思う」

 人形の右腕をためらいなく切り落とし、油断なく木霊を睨んだ恵理が言った。

「沢渡先輩は無事なのか?」

 杉本が言った。

「ええ。怪我をしているけど、小田桐君が芹香のところへ運んでる。だから……大丈夫よ」

 沢渡の傷は深い。危ういかもしれない。だが、それをあえて言わなかったのは、杉本達を不安がらせないためだ。否、それは自分自身のためだったかもしれない。小田桐と芹香を信じて、後は自分のできることをする。恵理はそう考えたのだ。

 恵理は跳んだ。一瞬にして木霊が従えた二体の人形との間合いを詰め、一瞬の間に切り裂く。そこには一分の躊躇も憐憫もなかった。
 恐るべき早業だった。人の動きではない。杉本はそう思った。彼女の瞬発力はあらゆる競技のトップアスリートより凌駕していた。
 普段、恵理の運動能力は杉本や沢渡のそれに劣る。だが、今の動きは彼女の中に流れる人外の血のなせる業だった。

「きさま……人間ではないな」

 木霊がうなるように言った。彼女が恵理に致命傷を与えてから、一日しか経っていない。その彼女が平然と立ち、そして人を超える動きをしている。

「それはあなたもでしょ」

 恵理は冷静に言葉を返した。氷のような表情で木霊を睨む。まだ、木霊の方が表情が豊かであった。
 恵理の冷たい表情は自分の状態を隠すためのものだった。彼女の傷は癒えきってはいなかった。吸血鬼の血の回復力をもってしても、一日で癒える傷ではなかったのだ。彼女は蝕む激痛を氷の表情で隠して木霊の前に立っていた。敵に弱点を見せるわけには行かなかったからだ。
 木霊がにやりと笑った。

「どうりで魂を奪えなかったわけね」

 木霊の目に強い光が宿った。
 夏希の頭に鋭い痛みが走る。夏希のこの頭痛は強い霊力を感じたときに発生していたのだ。
 恵理の体が一瞬宙に浮いたその刹那、彼女の身体は凄まじい勢いで後方に吹き飛ばされた。壁に叩きつけられた後、部屋の調度品をいくつか壊して夏希たちの前に転げ落ちた。「先輩!」
 夏希たちが駆け寄ると、恵理は頼りない足取りながらも何とか立ち上がった。

「……覚悟はしてたけど、これほどの差があるとは、ね……」

 小さな声でつぶやく。自嘲気味に歪んだ唇からは赤いものが漏れていた。

「え?」
「二人はここから逃げて……そしてあいつの本体を見つけて」

 小さな声だった。感覚に優れた夏希ですらかすかに聞き取れるだけの声量だった。

「木霊の元となった霊木があるはず。夏希ちゃん、あなたの霊感ならそれを見つけることができる……いえ、あなたにしか出来ない」
「でも……森川先輩」

 夏希は愕然とした。探せといわれても、検討がつかなかった。恵理の瞳が夏希を見つめていた。どこまでも澄んだ瞳だ。その瞳が強く望んでいるものを夏希は感じ取った。彼女は決してあきらめてはいない。

 夏希は静かに目を閉じた。そのほうが彼女の感覚は強くなるからだ。目の前にとてつもなく大きな気配を感じる。それは木霊のものだ。それと似た感覚が、どこか少し離れたところで感じる。だが、それ以上を感じることが出来ない。夏希は焦った表情を浮かべた。「ここじゃ、さすがに集中できないか……杉本君、夏希ちゃんをお願い」

 杉本は事態が飲み込みきれていなかったが、自分のすべき役割はわかったようだった。恵理は頷いた彼に満足そうに微笑み、再び木霊の前へ足を運ぶ。

「丈夫な体ね」
「……お生憎様。それが私の最大の特徴なのよ」

 恵理は右腕に口付けをした。

「不死身の吸血鬼、だからね」

 彼女の右腕は赤く染まっていた。それは沢渡の血だった。木霊が沢渡を傷つけ、恵理が手当てしたそれだ。彼女はその血をすすった。瞳が、紅く輝く。

「沢渡……力を貸して」

 恵理は祈るようにつぶやいた。




 沢渡は小田桐の手によって外で控えていた芹香の車に担ぎこまれた。出血が酷く予断を許さない状況だった。既に意識はなく、心なしか体温も下がっているように感じた。

「芹香さん! 頼む!」

 小田桐の声に芹香は頷くと、彼に車の外に出て置くように指示を行った。
 彼が車の外に出て、さほど時間をおかず芹香は戻った。

「沢渡は?」
「大丈夫です。眠っています……私が保証します」

 芹香は落ち着いた声で言った。芹香は恵理に仕えるために、若いながらも医学の知識もあるという。その冷静さに小田桐は胸をなでおろした。

「恵理様は?」

 目的は沢渡陽子の救出だったはずだ。その目的を果たしたのならば、なぜ彼女は戻ってこないのか。芹香はそれが不安だった。

「夏希ちゃんたちがまだ中にいる。彼女たちを助けに……いや、もしかすると沢渡を酷い目にあわせた鏡子ってやつと……」
「そんな……」

 芹香が愕然とした。冷静な表情がみるみる青くなる。

「芹香さん?」
「恵理様では木霊には勝てません……絶対に」
「でも森川には吸血鬼の力があるんでしょ?」

 怪訝そうに問う小田桐に芹香は悲しそうに首を振った。

「確かに恵理様には吸血鬼の血が流れています。現に人間では考えられないほどの回復能力と身体能力を秘めていて、その一部を具現化することができるようです……しかし、仮にすべての吸血鬼の力を発揮できたとしても……木霊には勝てません」

 芹香は唇をかんだ。悔しそうな表情にも見えた。いや、彼女は主人の助けになれない悔しさに打ちひしがれていた。

「木霊は精霊です。それは『神』の一種とさえ数えられるのです」
「……神?」
「シャーマニズムという言葉をご存知ですか? 山や大木、時には海や湖など、自然を畏れ敬う信仰です。そう言ったものには精霊が宿り、伝説に残る奇跡や災害を度々起こしてきました」
「自然信仰ってやつですね。日本の神社なんかに多いって話だ」
「ええ、そうです。精霊は時として神として祭られるのです」

 芹香の言葉に小田桐は緊張の面持ちで訊いた。

「つまり木霊は、神だって言うんですか?」

 芹香は碧い顔で頷いた。

「祭られていたとは限りません。ただ、それに近いだけの霊力を持っていることには間違いありません。おそらくその力は、吸血鬼の力など比では……」

 芹香は苦しげに言った。それは恵理の、主人の敗北を悟っているからだ。

「どうにか、ならないのかよ……」

 小田桐の声も低く絶望感に満ちた。

「あるとしたら……木霊の本体が宿った霊木……それを見つけることができるなら……」

 だが、方法がない。芹香はその場に座り込んだ。無力感に彼女は打ちひしがれていた。
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