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放課後TwilightZone 作者:水夜ちはる

2.ヒトガタに宿る魂

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第15話:「死」

現代ファンタジー・吸血鬼モノの伝奇ライトノベル。
 再び沢渡の前に鏡子が現れた。鋭く攻撃的な視線に沢渡はそれが鏡子が鏡子でないと思った。いや、むしろ初めて出会った鏡子だ。それは木霊と言う存在だった。

「何?」

 沢渡は慎重に問い掛けた。何か状況に変化があったのだろう。

「最後の獲物が来たわ……どうやってここを知ったかは知らないけど、これでお父様も安心できる」

 それは妖しい笑みだった。背筋の悪寒を厳しい表情で隠しながら沢渡は問い掛けた。

「恵理がここに来たの?」
「恵理? ああ、森川恵理ね。彼女、危険だから殺してあげた。今来てるのはあなたも知っているでしょうけど川村夏希のほうよ」

 沢渡は一瞬聞き間違いをしたかと思った。だが、耳に残ったその言葉は確かだった。全身の血が抜けるような寒さを覚え、眩暈がする。

 恵理が殺された……

 それを反芻して、沢渡は首を横に振った。
 ありえない。

 彼女は絶望しなかった。なぜなら彼女は恵理の秘密を知っている。そう簡単に死ぬ彼女ではないと信じた。そうして信じることで自分に冷静さを取り戻させた。
 だが、ここに来たのが恵理ではなく、夏希だと言うことは沢渡に判断を強要させた。
 恵理ならば鏡子に対抗する術も力もあるだろう。だが、夏希は違う。ただ霊感が強いだけの少女だ。

 沢渡は手にしていたコップを鏡子に投げつけた。
 鏡子はそれを右手で払いのけた。入っていた水が鏡子の視界を奪って、地面に落ち、乾いた音を立てて割れた。
 沢渡は鏡子がそれに気を奪われているうちにドアへ駆けた。
 ドアは鏡子が現れた時から解放されていたが、そこに三人の男が現れた。いや、一見人間に見えるものの、それは操られた人形だった。

「ちっ」
「甘く見ないで、あなたを逃がすほど私は間抜けじゃないわ」

 身体についた水を拭った鏡子が嘲るように言った。

「なめないでほしいな!」

 沢渡はためらうことなく人形たちとの間合いを詰めた。
 右側の人形の腕をかいくぐると右掌をするどく打ち抜いた。そして左側にいる二体に彼女の最も得意とする左回し蹴りをくりだした。

 もんどりを打って倒れる人形たち。
 脳に届くあごへの一撃、左回し蹴りをみぞおちに的確に決めたそれは、彼女がケンカ慣れしていることを表していた。フルコンタクト空手とはいえ、頭部への攻撃は寸止めが定められている。確実に相手の動きを止める、今の攻撃は明らかに実戦のものだった。だが、最も評価すべき点は自分よりも体格の大きい三人に臆さなかったことだろう。実戦では格闘技のスキルより体格と人数のがものを言う。

 とにかく、沢渡が的確に叩き込んだ打撃は、相手の動きを止めるには十分だった。
 それ以上の追い討ちを不要とした彼女は、やはり場慣れをしていた。

「ふん……」

 大きく息を吐いた沢渡は鏡子を一瞥しようとした。
 余裕の笑みを浮かべようとしたのだ。力関係をはっきりさせることで、相手の行動を制限させる。だが、鏡子こそがその笑みを浮かべていた。

 その瞬間に沢渡は両足をつかまれた。否、両足だけではない。
 両足を一体の人形が、左右に分かれた二対が沢渡の両手を掴んでいた。
 それは先ほど崩れ落ちた人形だった。

「なっ」

 沢渡は驚愕した。それらを振りほどこうとしたが、三体に押さえられては身動きが取れない。各々の力の強さも、沢渡を戦慄させるものがあった。

「見事な一撃だったと言えるでしょうね……相手が人間なら、立ち上がることすら難しいでしょう」

 鏡子は沢渡を見つめて笑った。

「ケンカはお強いようだけど、彼らは人形よ? 痛みは知らない。彼らを止めたかったら『壊す』しかないわ。だけど人間の姿をしてるそれを、あなたが『壊す』ことができるかしら」

 沢渡は歯軋りをした。鏡子の言うとおりだ。相手を必要以上に攻撃したことは彼女はない。彼女は自分の強さに誇りを持っているからこそ、相手を無駄に傷つけることを自ら許さない。

 だが、殺人者は違う。
 森川恵理などは目的のために鏡子の言うことをたやすくこなすだろう。

 純粋に勝敗を分ける『試合』ならば、沢渡は恵理をしのぐ。だが、『殺し合い』になれば恵理が生き残るだろう。たとえば、先ほどの一撃の後、恵理なら容赦なく追撃を行っていたかもしれない。

「どうする気だ!」
「そうね……もう一人の私は、あなたを無駄に殺そうとはしなかったみたいだけど、計画の邪魔をするなら、ここで殺しておくのが一番ね」

 叫んだ沢渡に、鏡子は恐ろしいまでに冷たく言った。

「目的の魂……川村夏希も何故か向こうから来てくれたようだし」
「くっ」

 沢渡はあがいた。だが、どうにも身動きは取れなかった。
 鏡子は懐から細身のナイフを取り出した。細身のそれは鋭さを強調したかのようなデザインで、沢渡を戦慄させた。
 だが、それも長くなかった。
 無造作に鏡子はそれを投げ、刹那にそれは沢渡の左上胸部に突き刺さった。

「あ……」

 焼けるような胸に痛みが走った。
 人形たちが沢渡を解放する。
 沢渡は二・三度うめきを上げたが、仰向けに倒れた。
 白い制服が紅く染まり始めていた。

「ごめんね。そこだと楽に死ねないかも」

 出血のためか、黒く沈んでいく視界の中で鏡子がつぶやいた。
 熱い命のカケラが、制服の左半分に吸い込まれていく。命を失っていく痛みと恐怖が、沢渡から意識を奪った。




 小田桐は安全ピンを使って正面の扉の鍵を開けた。それにかけた時間は恵理が苛立つほどではない。むしろ呆れるくらいの早さだった。

「何でもできるのね、小田桐君って」
「森川ほどじゃないさ。手先の器用さは自信があるからね」
「その器用さで、何人のコを泣かせたの?」
「心外だな……って森川がそんなことを言うなんてな」

 ドアに手をかけた小田桐が意外そうな顔で振り返った。

「不安なのかもね」
「おいおい、頼むぜ……」

 彼女は皆が彼女の力を頼りにしていることを知っていた。だからこその不安だろう。彼女は今までほとんど一人で動いてきたのだから、今までにない重圧を感じていた。
 必要以上の緊張はミスを生む。彼女は頭ではそれを理解していた。
 大きく息を吸い、それを吐いた。
 幾分か、力が抜けていくのがわかった。

「開けるぜ」

 小田桐がドアのノブを静かに回した。
 二人は気配を殺して中へ侵入した。
 広めのホールは暗く、人の気配はない。

「……賭けは成功かしら」

 恵理は小田桐にだけ聞こえるように言った。小田桐もあたりを見渡しながら頷いた。
 あえて夏希たちを裏口に行かせたのは、鏡子の注意を強く引き付けるためだった。その隙に恵理たちは表から大胆なルートを使って、すばやく沢渡を捜索して救出するという作戦だ。

「……ん」

 恵理はあたりを見渡した。静まり返ったホールは人の気配などしない。

「どうした?」
「血の匂いがする」
「……そうか?」

 小田桐にはわからなかった。恵理は当然だと思った。彼女の鼻に届くそれも、ごく微かなものだ。ただ、その匂いに彼女は敏感だっただけだ。普通の人間が感じるような嗅覚ではない。彼女の身体には吸血鬼の血が混ざっている。その存在を意識せずにはいられない瞬間だった。

 誰かが血を流している。それもわずかばかりの血ではない。
 恵理は焦燥に駆られた。

 ここにいるのは自分たちか、沢渡か、鏡子たちしかいない。
 その中で血を流しているのは誰か。
 悪い予感が漂った。恵理はそれを振り払うかのように首を振った。

「急ぐか」

 察した小田桐が言った。焦りを飲み込んだ恵理が首を縦に振って応えた。




 両足は大地をつかんでいるようで、その感覚がない。掌に汗がにじむ。緊張している証拠だ。
 死ぬかもしれない。

 初めての緊張感ではなかった。手首を切った時、それは何度も味わった。
 だが、いまはその緊張感に加えて恐怖があった。死への恐怖。自分の命を失いたくないという意思。それは手首を切った時にはなかったものだった。

 死にたくない。

 夏希は、そう思った。
 目の前に山荘の裏口がある。鍵はかかっていないようだった。
 本音はここから逃げ出したいくらいだった。プレッシャーには強いほうではない。ここから逃げ出せば、死の恐怖から逃げ出せる。だが、夏希にその選択肢はなかった。

「行こう」

 奮い立たせるように夏希は、隣の杉本に言った。
 杉本も緊張した面持ちで応えた。
 彼女らが危険を冒せば冒すほど、恵理たちの安全と成功率は高まる。夏希の死にたくない理由は、恵理たちの存在だったから、彼女は自らの命を危険に晒さねばならなかった。大きな矛盾だったが、もし恵理たちを失うことになれば、彼女は生きる術をまた見失うだろう。

 ドアを開ける。
 薄暗いキッチンだった。あまり使われていないような、埃っぽい空気が流れた。
 気配を殺して、室内に入る。いかに気配を殺そうとも、恵理の予想では夏希の存在は鏡子に悟られていることになる。人知を超えた彼女がいつ現れるのか、それを考えただけでも夏希は気が遠くなりそうだった。

 すると、夏希の視界の隅に人影が映った。
 物音はない。
 夏希はすばやくそれ視界に捕らえようとした。微かに影が映って見える。誰かがいる。

「どうしたんだ?」

 怪訝そうに杉本が尋ねた。彼の顔を夏希は確認して、もう一度その影を見た。
 彼には見えてないのだ。
 それは夏希だけに見えている。つまり人間ではなく、霊魂だという事だ。
 それに敵意は感じられなかった。
 夏希は目を瞑った。
 そうすることで相手をより深く感じることができる。
 それの感情が伝わってくる。
 哀しみだった。
 気配が遠ざかっていく。

「え?」

 夏希は慌てて目を開けた。そこにはもう霊の姿はない。

「どうしたんだ?」

 杉本は不思議そうに訊いた。

「……霊が、いた」

 杉本は驚いた顔で夏希を見た。
 夏希は霊が消えたあたりをずっと見つめつづけていた。

「だれ……なんだ?」
「わからない。そんなはっきり見たわけじゃないから……でも多分、おじいさんだった気がする」
「じいさん?」

 杉本はあごに手を当てて考え込んだ。しばらく床の一点を見つめて考え込んだ彼だが、何かをひらめいて夏希を見た。

「どこに行ったかわかるか?」
「え? たぶん、あっち」

 杉本は何かひらめいたような表情で訊いた。夏希は廊下を指して応えた。確たる自信があったわけではないが、その方向という印象が残っていた。

「エンジェルハイロゥにじいさんなんていた?」
「いなかったと思う。私と同じくらいの高校生……中学生とかもいたかもしれない」
「だろうな……」

 杉本はしばらく考えた後、夏希の手を引いた。

「行こう、何かのサインだよ、きっと」

 杉本は言った。手を引く少年の力強さに夏希は驚いた。彼女はその力強さに従おうと思った。



 夏希たちは感覚を頼りに廊下を進んだ。
 おそらくこの建物で一番奥まった位置にある部屋だろう。夏希は先ほどの霊がここへ進んだのではないかと感じていた。さきほどの感覚はその部屋に繋がっていた。
 その扉の付近は夏希たちが侵入した経路とは違って、この付近には最近人が立ち入った気配があった。
 杉本がノブに手をかけた。

「鍵は……かかってない?」

 杉本はわずかにドアを開けて中をのぞき見た。

「な?」

 絶句した杉本がノブを思わず放してしまう。ドアは慣性に従って開いて行く。
 夏希の視界は広がり、杉本が見た光景が目に入ってくる。

 赤が印象的な絨毯の部屋の真中に車椅子が一台、佇んでいた。
 その車椅子の上には、綺麗な身なりをしたミイラが一体座っていた。二人はそれを見て絶句した。

 と、夏希の瞳に先ほどの影が映った。
 今度は強く鮮明にだった。
 その霊はミイラに寄り添った。霊はかつてそれに宿っていたものだった。

「……水上……元隆」

 愕然として夏希がつぶやいた。彼女の記憶にある写真の彼と、その霊の姿は同じ物だったのである。
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