挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
放課後TwilightZone 作者:水夜ちはる

2.ヒトガタに宿る魂

しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

更新通知 0/400

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

32/59

第14話:「解ける氷」

現代ファンタジー・吸血鬼モノの伝奇ライトノベル。
 病室のドアをあけたとき、二人は呆然とした。驚いたというよりは呆れたという表現が二人の表情には合っていただろう。
 一人部屋のベッドは空で、部屋にあるロッカーの前には真新しい制服に着替えた森川恵理が、今着替え終わったと言う雰囲気で佇んでいた。

「どうしたの?」

 いつものように落ち着いた声で恵理が言った。

「……ええと」
「怪我はもう大丈夫なんすか?」

 二人は戸惑いながら訊いた。
 つい昨日のことである。通常なら致命傷となる傷を受けた彼女だ。あの出血なら死んでいてもおかしくはない。だが、その彼女は目の前で平然と佇んでいる。
 二人は本能的に彼女が人ならざる存在だと認識した。
 二人の認識を悟った恵理は苦笑した。

「平気よ。ま、完全とはいえないけど、普通に動く分には問題ないわ」

 彼女はそう言うと長い黒髪をかきあげた。
 その彼女の左手には紫色の布に覆われた全長六十センチほどの細長いものがあった。夏希にはそれが何かわからなかったが、そこからはただならぬ気配を感じた。恵理は悠然とした顔をしているものの、そこには凄まじい攻撃性が秘められていた。夏希には彼女と彼女の持つそれとが共鳴している気がした。
 夏希は生理的に恐怖を感じた。それは畏怖に近い感情だった。緊張からか喉がカラカラになる。

「沢渡を助ける……そしてそれに関してあなたたちは重要な情報をもってきてくれた。ちがう?」

 恵理は逆上しているわけでもなく、むしろ冷静だった。それは氷のようなものだった。冷たく動じることもないが、鋭く回りを酷く傷つけやすい。それが彼女の本質だと夏希は悟った。
 それは夏希の知らない恵理だった。会ってから大した日数がすぎているわけではなかったが、彼女はもう少し柔らかで穏やかな――たとえば今の恵理が氷であるなら、夏希の知っている恵理は水のような存在だった。

 それは彼女に今欠けているものがあるからだ。
 欠けているもの、それは沢渡陽子の存在である。彼女が恵理の氷を溶かし、柔らかな存在にしていたのだ。それを今、恵理は失っている。恵理にとって沢渡陽子という存在は欠いてはならないものだった。それは夏希には痛いほどわかる。彼女はそれと同等の存在、三浦香津美を永遠に失っていたからだ。
 夏希は沢渡が生きているなら、必ず取り返さねばならないと思った。森川恵理には彼女が必要だからだ。

「水上鏡子の居る場所……たぶん、ですけど、わかりました」

 夏希は緊張した面持ちで一歩前にでた。恵理は微笑む。恵理は自分が氷の状態で居ることを知っていた。それを理解してくれている顔の後輩、夏希に対して精一杯の柔らかさだったのだ。
 夏希は氷室と話したことを順を追って恵理に説明した。
 恵理はそれを黙って聞いた。知的な目は夏希から語られる情報のピースを的確に組み上げているかのようだった。

「わかったわ。その別荘の場所を調べさせましょう。それにしても、水上元隆って人はとんでもない人形師ね」

 恵理はひとつ息をつくと、携帯電話を取り出した。彼女の家が関連している組織に電話をして、水上元隆が使っていた別荘の住所を割り出すのだ。
 手短に用件を伝えて彼女は電話を切った。

「場所を特定するのに一時間くらいはかかるわ。二人はもうお昼は食べた?」

 そう言われて、二人はようやく空腹を感じた。気が付けば午後一時を回っていた。

「病院の外にコンビニがあるわ。簡単に済ませましょう」
「あ、じゃあ俺適当に買って来ます」

 杉本がそう言うと、恵理はわずかに微笑んで頷いた。
 部屋には恵理と夏希が残された。無機質な病室に沈黙が漂う。雑談など、二人とも得意なタイプではない。

「私、いつもと違うかな?」
「えっ?」

 恵理の唐突な問いかけに夏希は驚いて彼女を見た。

「夏希ちゃんから見て、どう思う?」
「よくわからないけど……あの、怒らないでください。ちょっと怖い、って感じがします」

 夏希は戸惑いながらも、自分の考えを素直に言った。
 恵理はそれに苦笑した。自嘲気味の笑みだった。

「そう、やっぱり……でもそれが、本当の私よ?」
「でも」
「そうね、夏希ちゃんが思っている私も、本当の私なんだろうと思う」

 恵理はベッドに腰掛けて、夏希に椅子をすすめた。夏希もそれに従って、椅子に座る。

「でもその私は、陽子やもう一人の大切な人がいてこその私なの」
「え……?」
「独りの私は、やっぱりこの私なのよ」
「沢渡先輩……それともう一人の人が、森川先輩を変えた?」
「誰でもそうだと思う。大切な人が出来たら、人は変るものよ」

 夏希はまだ理解が出来ないような顔で恵理を見つめた。だが、彼女自身それを感じつつあるのは確かであった。恵理や杉本と一緒に居るのは苦痛ではなくなっていた。少し前までの彼女なら、ありえないことだった。

「沢渡先輩の他の……もう一人って?」
「彼氏」

 さらりと応えた恵理に夏希は驚いた顔を向けた。
 たしかに恵理は美人だが、恋愛とかの対象にはならなさそうなイメージがあったからだ。
神性を秘めると言う表現が正しいだろう。彼女の持つ雰囲気は恋愛とは遠かった。

「彼は今、遠いところに行ってて、少し距離があるの。だから、私が私でいるためには陽子がどうしても必要なのよ」

 恵理の目が夏希を捉えた。常から凛とした曇りのない目をしている恵理だが、今はいっそう澄んで見えた。

「だから私は夏希ちゃんを利用させてもらうことにする」
「え?」
「……自分でも最低のやり方だと思う」

 恵理は窓越しに空を見た。夏の青空が広がっている。

「みんなを巻き込まないようにと、自分勝手に突っ走って失敗して、挙句には自分の大切なもののために、友達を危険な目にあわせようとしている」

 酷く悲しい目だった。恵理は自覚している。彼女は生まれついてから「目的」を果たすための手段を問わない方法を教育されて育った。考えの根底にそれが根付いている。彼女はそれを嫌うようになっていたが、なかなか拭えない。

「大丈夫です!」

 夏希が強く答えた。普段の夏希からは考えられない強い口調に驚いて恵理は夏希を見た。夏希の瞳が潤んでいた。

「私、自分の命なんてどうでもいいと思っていた。価値のない人間だと思ってた。そんな私を必要としてくれるなら……香津美以外に友達が出来なかった、私を『友達』と呼んでくれるなら……」

 耐えられず、夏希の瞳から雫がこぼれた。夏希の涙の中で生まれて初めての感情だった。
 恵理はやや切れ長の目を細めて微笑んだ。

「『友達』よ、夏希ちゃん……だから、私はあなたを守るわ。だから私のためにあなたは死なないで」

 恵理はそっと夏希を抱きしめた。その胸の中で夏希は泣いた。
 夏希は生まれた価値のひとつを、ようやく知ったような気がした。

「……何だかいいかんじだねぇ。オネエサマ~って」

 突然軽い声が二人の背後から飛び込んできた。小田桐拓郎だった。
 二人は驚いて振り返った。そこには涼しい顔をした小田桐の姿があった。夏希は顔から火が出るような思いで俯いてしまう。
 恵理は平静な顔をしていたが、目の中に怒りの炎を宿していたので、小田桐は慌てて話題を変えた。

「そのなんだ、俺も協力するからな」
「え?」
「ここまで関わっちまったんだ。一蓮托生ってやつだろ。俺だって沢渡を放っておけないよ。必ず彼女は助ける。力になりたいんだ」

 小田桐は表情を引き締めて言った。常は飄々としている彼だが、その言葉は真剣そのものだった。
 恵理は迷った。彼の気持ちはわかるが、危険に巻き込んでよいものかと。だが、真摯な彼の視線を受けて彼女は一つ息をついて頷いた。

「わかったわ。まったく遠足に行くわけじゃないのよ」

 彼女にしては珍しい冗談だった。
 恵理の氷は溶け始めていた。否、沢渡たちとの出会いの時点からそれははじまっていた。そして、夏希もまた、恵理と同じように、回りの人の手によって変り始めていた。




 この山荘には人の気配がない。沢渡が感じる限りは、人の気配を感じられなかった。
 かなりの広さの山荘だと想像できたが、それにしても何も人為的な音がしないのだ。沢渡は夏希ほど敏感な感覚を持っては居なかったが、人並みのそれは持っていた。現に鏡子が食事を運んできたときは、その気配を感じ取ることが出来た。
 だが、それ以外の物音はまったくといっていいほどしないのだ。

 鏡子以外、この山荘には誰も居ない……

 沢渡はそう判断していた。
 鏡子だけが相手なら、逃げ出すことも出来るだろう。
 だが、彼女の脳裏には香津美が命を失った時の映像が刻み込まれていた。無人のブティックで突然マネキンがうごきだしたそれを。そして、それを操っていたのが鏡子だという事を、沢渡は知ってしまった。

「捕らわれのお姫様なんて柄じゃないんだけどなぁ」

 苛立ち紛れに独り言をつぶやく。
 ふと、机の上に置いた写真が目に付いた。鏡子や元隆たちが乗っている写真である。
 沢渡はそれを見てこの山荘に居るはずの、もう一人の人物の可能性に気づいた。いや、彼は確実にこの山荘にいるだろう。死を間際にした水上元隆その人である。
 彼の身柄を確保できれば。沢渡は独力での脱出の可能性を見出した。




「恵理様……ご無理をなさらぬように」

 運転手を務めた女性が言った。森川家の使用人、渡辺芹香だった。
 恵理はそれに無言で頷きながら、心の中で彼女に謝った。嘘だったからだ。多少の無理をしてでも沢渡の身柄を取り戻す。それが彼女の絶対目標だった。

「芹香はここに残って。何かあったときはすぐに家に連絡してほしい」

 芹香は真剣な面持ちで頷いた。

「杉本君は夏希ちゃんを守ってあげて。空手部でしょ?」

 夏希が隣に立つ杉本を見上げた。

「わかった」

 杉本は真剣な面持ちで頷いた。もとより、という意思が見えた。恵理は満足そうに頷く。

「小田桐君は私の護衛よ?」
「俺が、森川の?」

 意外そうな声を小田桐があげた。常に回りの人間の志向を先読みし、予測してしまう彼だったが彼女の発言は、彼の想像の範疇から外れていたらしい。

「そうよ、当然でしょ?」

 常なら冗談めかした言葉だ。彼女の表情は真剣なままだった。こんな場所でそんな顔で冗談を言う彼女ではない。
 夏希ははっとなって恵理を見た。
 彼女は今平然を装っているが、怪我の影響が大きくあるのだろう。
 それは小田桐も気づいたようだった。
 人を頼ることを覚えたことは恵理にとって進歩と言えたが、そうせざるを得ない状況だという事を同時に表していた。

「で、正面から行くのか?」

 小田桐の質問に恵理は数瞬逡巡した。

「……そうね、きっと鏡子は私たちが来てる事に気づいているはず」
「何故わかる?」
「夏希ちゃん、木偶人形持ってるよね」

 恵理に問われて、夏希はバッグから木偶人形をとりだした。恵理も美術館で鏡子にそれを奪われていた。今のところ唯一、鏡子の手にかかっていない最後の人形だった。

「エンジェルハイロゥで霊的に優れた人間にこれを渡し、鏡子が常に正確にこれを持っている人間の前に現れた……ならばこの人形と鏡子とは、霊的な何かで繋がっている、って考えるのが普通じゃない?」

 一同は恵理の推理が正しいと思った。となると、夏希がこの場所にいることは、鏡子に感づかれている可能性が高い。
夏希は怪訝そうに言った。もし沢渡を助け出す奇襲ならば、夏希をここにつれてこないほうがうまく行っただろう。

「理由は二つ」

 恵理は簡潔に言った。

「ひとつは、夏希ちゃんを一人にしてそこを鏡子に狙われないようにすること。もうひとつは、
相手の裏をかけること。おそらく、彼女は私が死んだと思っているわ」
 通常の人間ならあの怪我と出血では助からない。
 恵理の怪我を見たとき、誰もが思ったことだ。それは鏡子とて同じだろう。

「……つまり正面から行くのは俺と森川か?」

 小田桐の言に恵理は頷いた。

「そうよ。悪いけど、夏希ちゃんには裏から侵入すると言う囮なってもらうわ」

 恵理は努めて冷たく言った。むしろ自分に冷たくすることによって、有効な手段を取らせるためかのような声だった。

 夏希は胸の前で拳を握った。
 恵理の視線を受け、強く頷いた。
 夏希は初めて人の期待に応えたいと思った。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ