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放課後TwilightZone 作者:水夜ちはる

2.ヒトガタに宿る魂

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第13話:「幻を止めて」

現代ファンタジー・吸血鬼モノの伝奇ライトノベル。
 ドアが開く音がした。誰かが部屋に入ってくる。沢渡はそれが誰なのか、予想がついていた。

「目が覚めたのね」
「逃げないとでも思ったの?」

 声の主は水上鏡子だった。変らず端正で冷静な瞳が沢渡を見つめていた。

「そうよ」
「ドアには鍵があったけど、その気になれば窓を蹴破って外に逃げることだってできるけど?」
「あなたはそれをしないと思った」
「何処にそんな根拠が?」
「あなたはそんなに愚かではないからよ」

 沢渡は油断なく鏡子を見た。彼女に思考を読まれていたからだった。沢渡はここがどこかわかるまでは単独で行動しまいと思っていた。それは彼女はこの時点で殺されることはない、と思っていたからだ。拘束された時点で殺されず、またこうして身柄を確保していると言うことは今殺される心配はない。

「何故、あなたは人を殺すの?」

 殺人者には無意味な質問だったかもしれない。だが、沢渡は訊かずにはいられなかった。

「こんな幸せそうな家族がいるのに」

 鏡子は目を細め、かすかに笑った。

「その家族を……守るためよ」

 沢渡は驚きの目で鏡子を見た。鏡子は懐かしむような目で空間を見ていた。それは彼女にしか見えない幻だった。

「私は孤児だった……物心ついたときには、両親がいないことを知ったわ」

 鏡子はゆっくりとその幻を語り始めた。
 鏡子は赤ん坊のころから孤児だった。生きていただけ幸運だったともいえる。もちろん両親の顔は覚えていない。だからこそ「失った」哀しみはなかったが、確かに寂しさは感じていた。

 孤児院で彼女は育ち小学校を卒業するころ、彼女の引き取り手が現れた。
 水上元隆。人形師としての名声を獲得していた彼だったが、既に初老の域に差し掛かった今でも家庭というものを持っていなかった。仕事に没頭していたためだった。そんな彼も芸術家として満足を感じ、違う価値観を求めていた。

 当時の鏡子は未だ幼くも、将来を期待させる美貌の少女だった。それが芸術家としての彼の感性に合ったのか、鏡子を引き取ることを熱望した。
 初めのうちは鏡子も孤児院をでることをためらったものの、元隆の熱意に負けて、水上家の娘となることを受け入れた。

 そして元隆と鏡子、そして家族同然の弟子たちとの生活がはじまる。
 鏡子は元隆の寵愛を受けて美しく成長した。それは鏡子にとって幸せな日常だった。親が居ないというコンプレックスすら忘れ去ることが出来た。

 だが、六年目、鏡子は重い病気にかかりそれは不治の病と診断される。
 余命六ヶ月。その言葉を医師から伝えられた時、元隆はかつて触れたことのある人形を使った呪術を思い起こした。それは呪われた傀儡術で、生きた人間の魂を精巧な人形に封じ込め宿らせるという業だ。魂の宿った人形はその霊力で人間と思わせる幻を作り出す。それを見るもの、触れるものを、まるで生きている人間と同様に思い込ませるのだ。

 水上元隆は稀代の人形師だった。それは生き人形の製作にもその力は発揮された。
 彼は生き人形の製作に成功した。鏡子の魂を封じ込めた人形は、幻術を作り出し、それはあたかも鏡子のように生まれ変わった。
 その成功を収めるまで、幾つもの実験が行われた。実験にどれほどの命が失われたかはわからない。

「そして出来上がったのが……あなただというの?」

 沢渡は愕然とつぶやいた。鏡子は静かに頷いた。

「その写真の裏を見て」

 沢渡は言われるままに、額を裏返した。十八年前の日付が刻まれている。日に焼けた風合いが歳月を物語っていた。
 沢渡は青い顔で鏡子に視線を戻した。彼女の前にいるそれは、ヒトではないのだ。

「あなたが見ている私は、人形が作り出した幻にしかすぎない」

 鏡子は自分の長い髪を手にとり、その一本を抜いた。それがするりと彼女手から滑り落ちると、とたんにそれが白い絹の糸に変った。

「幻術が通わなくなった『部品』はこうして、元の姿に戻る」

 沢渡は声もなく鏡子を眺めた。鏡子は続けた。

「この身体でも私は幸せだった。お父様は今度は本当に私を生んでくれたのだから……生まれ変わった私は、お父様の手で生まれたのよ」

 目を閉じた鏡子の表情は誇らしげにも見える。不思議な感情だった。沢渡は彼女が哀れにも思え、うらやましくも思う。

「だから、今度は私がお父様を助けるの」

 その言葉の意味するところは、沢渡にもわかった。彼女の父、元隆は死に瀕しているのだろう。彼女は自分同様に父の魂を、人形に移そうとしているのだ。

「お父様と同じ失敗は繰り返さない」
「え?」
「幻術を生み出すためには強い霊力が必要だった。そのために私だけの魂を人形に移しただけでは無理だった。そのために、強い霊力を持つ精霊、木霊が宿った神木を人形の材料にしたのよ。だけど、木霊の力は強すぎて、この身体には木霊の意思が生まれてしまった……このイレモノには二つの魂が宿っているのよ。そして、木霊は徐々に私の意識を超えて、恐ろしい一面を見せ始めた……木霊は危険すぎた。彼女は強い霊力をもった人間の魂を集めることを始めた。お父様のために」

 初めて彼女と対面した時と、今の彼女との印象の違いはその人格の差なんだろう。
 沢渡はふと鏡子の瞳が気にかかった。彼女の本体が人形だからなのか、冷たい瞳の中にわずかの哀しみが乗っている。

「人形を使って殺す……魂を奪っているのはそのためね。それを行っているのはあなたじゃなく、木霊ってワケだ」

 沢渡の声には多分に皮肉が含まれていた。たくさんの命を奪い、彼女は後輩すら失っている。また、友人たちもその危険に晒されてた。決して他人事ではない。その責任をすりかえるような真似を彼女は許さなかった。

「たしかに……でも、それは私も望んでいることなの」

 鏡子は静かに言った。自分がしていることについて逃げるつもりはない。それが沢渡に伝わった。沢渡には鏡子が苦しんでいるように思えた。鏡子は善悪の判断がつかない愚か者には思えない。
 沢渡は苦しげに言った。

「間違ってるよ……」
「そうね、それは私自身の存在が間違っているわ……もう戻れないのよ」

 鏡子は極めて感情のこもらない声で言った。それは鏡子の悲壮を逆の方向で表していた。
 鏡子は悟られまいと背中を向けた。

「待って、もうひとつだけ質問……何故そんな話を私に?」

 慎重に問い掛けた。沢渡は油断なく彼女から何か情報を引き出そうとした。自分と、仲間のために。そしてわずかだったが、鏡子に対する同情も含めて。
 鏡子は沈黙していた。顔だけわずかに振り返り沢渡を横目で見つめて、それは返答に困っているようでもあった。

「私のことを、誰かに知ってもらいたかったのかもね。事情を知ってもらったからって、許してもらおうとか、そういうのじゃない」

 鏡子は視線を戻した。背中を向けたまま、ゆっくりと言った。
 彼女は部屋から出て沢渡を残した部屋に鍵をかけた。
 残された沢渡は、ぼんやりとした表情でベッドに身体を投げた。
 見慣れない天井を見上げながら、考える。

「彼女にとって、いろんなまわりのもの全部より、お父さんのほうがちょっとだけ重いんだ……」

 それは微かな違和感を伴う同情だった。

 その違和感は現在の鏡子の生が幻で、そして彼女の父の生もまた幻だったからだ。
 自分が狂っていることを知り、その上でその先を進まなければならない。それがどれほど過酷なことか沢渡にはわからなかった。だが、彼女は思う。鏡子がそれを話したことは、彼女はその狂った幻を誰かに止めて欲しいのかもしれない。自分では止められない何か、そう言ったものがあることは彼女にも理解出来た。




 二人は信じられないという表情を氷室に向けた。
 話をした氷室も困惑の表情を浮かべた。信じられるほうが難しいと、彼自身も思っていた。彼は十八年前、水上元隆と鏡子に起ったことを話したのだった。元隆は木霊の力を借り、死が迫った鏡子の魂を人形に移し替えたのだ。

「ま、信じろとは言わんよ」

 氷室は苦笑して付け足した。夏希と杉本は顔を見合わせた。普通ならそんな話を信じるわけもなかった。だが、彼女たちは事件の当事者だった。
 杉本は生唾を飲み込んだ。

「それって……木霊ってやつは人形を動かしたりできますか?」

 香津美の命が奪われたあの場所、杉本はいた。マネキンたちが一斉に動き出すその光景を記憶に強く刻んでいた。

「ああ、そうだな。それくらいはできるだろう」

 氷室は短く応えた。

「水上先生がまた何をしようとしているのか……俺にはわからんが」
「今回の事件を起こしているのは鏡子さんの方なんです」

 夏希がためらいがちに言った。氷室の顔を驚愕が彩った。
「何故だ?」
「何故って聞かれても……」

 夏希は困惑した。それを知りたいのは彼女たちの方だ。

「とにかく、奴らには関わらんほうがいい……俺はそれだけを確認しにきただけだ」

 氷室の目には怯えが浮かんでいた。過去に受けたトラウマは深く彼の中に刻まれていた。彼はおそらく、水上元隆の元でとても人に語れないような惨劇につき合わせていたのだろう。
 彼は今すぐにでも立ち去ろうとしようとしていた。

「教えてください。人形の……鏡子さんの止め方を」
「関わるなといっただろう」
「お願いします!」

 夏希は一転して強く叫んだ。それはわずかな距離を切り裂いて、氷室の心の扉を激しく叩いた。

「氷室さん、悔やんでいる」

 夏希の声に氷室は視線を落とし沈黙した。

「私、大切な友達を失いました。とてもとても大切な友達でした。彼女がいたなら、他の全部なくしてもいいって思うくらいに」

 夏希の表情は沈痛だった。量の拳を握り締め、わずかに震えている。

「鏡子さんに奪われたんです」

 氷室の肩が震えた。何か鋭いものを突き刺されたかのような反応だった。

「そういう思いをしてる人が、きっと何人も居ます。そして氷室さんが昔、それに関わった時、何故止められなかったか、と……」

 氷室は怯えた目で夏希を見ていた。夏希はそれを強い視線で返した。
 しばらくの沈黙の後、氷室は口を開いた。

「あぁ、あの時に鏡子は死んでいる。だから、俺たちは何もしちゃいけなかったんだ。先生を止めなければならなかったんだ……」

 氷室はひとつ呼吸を置いた。

「破壊するしかない。もし今も鏡子が生きていると言うのなら、木霊が入り込んでいる。それを止める方法はよりしろを壊すしかない……」
「よりしろ?」
「ああ、木霊が宿る本体だ」

 氷室の表情は苦渋に満ちていた。それを夏希は眺めやって、小さくつぶやいた。

「愛していたの? 鏡子さんを」

 氷室は応えなかった。夏希はそれを肯定だと思った。
 氷室は背を向けた。

「鏡子がここにいなければ、津久井の山荘に居るだろう……俺に彼女を止めることは出来ない……すまんがそれはどうしてもだ……」

 夏希はそれはわかる気がした。過去に愛した人がそのままの姿で現れたら。その想いが届かなかったものだったとしたら、その過ぎた時間はむしろ重いだろう。
 夏希は杉本に目配せをした。ここを出ようと言う合図だった。
 杉本はそれを察して入り口へ歩き出した。夏希は彼を追い越すように先を急いだ。




「どうするつもりなんだ?」

 急ぎ足の夏希に追いつきつつ、杉本は言った。

「もちろん、止める。彼女を」

 急いでいるのはそのためか、杉本は呆れた。

「待てよ。一口に津久井って言ったってめちゃくちゃ広いぜ? その中から一軒の山荘を見つけられるのか? 第一、どうやって止めるんだよ」

 夏希は歩くのを止めた。振り返って杉本を直視する。杉本は違和感を感じる。クラスでオドオドする姿しか見たことのないあの川村夏希が、強く前を進もうとしている。本当は彼女は強い人間だったのかもしれない。それが恵理たちに感化されて、彼女は羽化しようとしているのか。それは歓迎すべきことだった。だが、同時に危険だった。杉本はそれを直感で感じていた。三浦香津美は殺され、恵理は重傷を負い、そして沢渡はその行方がわからなくなっている。その全ての元凶は水上鏡子に通じていた。その鏡子に近づくことは危険すぎる。

「森川先輩なら調べられる」
「待てよ、先輩重傷じゃないか」
「先輩自身じゃなくてもいい。先輩の家の力ならそれくらいわり出せれるはずよ」
「待てって言ったのはそういう意味じゃない。俺が言いたいのは、おまえも狙われているんだぜ。危険すぎる」

 夏希は沈黙した。その沈黙によって彼女に灯されていた熱は消え去って、杉本は彼女の奥底にひそむ暗い炎を垣間見た。

「私が行く理由は、これ以上犠牲を増やしたくないとか、氷室さんの頼みとか、そう言うかっこいいものじゃない。あの人は私から大切なものを奪った」

 彼女の声は呪いに近かった。

「それでも……私は彼女が人間なら殺せないと思ってた。私には無理だと思っていた。でも彼女が人間じゃないと判った……壊すことなら出来る」

 杉本は息を飲んだ。寒さからではない悪寒が彼の背筋を走った。

「できるのか、あれを」

 人間と変わりない、いや人間だと思っていた鏡子を破壊する……杉本にはその覚悟はまだ出来ていなかった。

「できるよ」

 夏希は即答した。
 決してはずさない左腕のリストバンドを彼女は右手で握り締めた。

「自分を殺す覚悟よりは、ずっと簡単に」
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