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放課後TwilightZone 作者:水夜ちはる

2.ヒトガタに宿る魂

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第12話:「隙間」

現代ファンタジー・吸血鬼モノの伝奇ライトノベル。
 リノリウムの床が月の蒼い光に照らされて淡く輝いている。恵理はベッドから抜け出して、その床の上に立った。彼女の体の中に流れる魔物の血が、彼女の傷を表面上はすっかり消していた。

 だが、全体的に体が重く、精神力が足りないのは回復に大きく力を割いたからだろうか。身体には常の活力が失われている。ため息が漏れる。沢渡陽子が生きているのならば、恵理はすぐにでも彼女に会いたかった。彼女が生きているならば、彼女はおそらく水上鏡子の手の内にある。一刻も早く力を取り戻して、沢渡を取り戻さなければならない。

「吸血鬼の出来損ないなんでしょ、私は。それならもっとしゃんとしなさいよ」

 そう言いながら、彼女は心を落ち着かせた。
 知っていることを整理する。

「才能ある人形師は、その作品に魂を込めることができる……か」

 どこかで聞いた言葉だ。
 水上鏡子は「魂を奪っている」と表現した。仮定の話で進めるならば、逆に言えば彼女は例の木偶人形を持っていないと、魂を奪うことが出来ない。肉体に宿る魂をあの人形に移し替える、その能力が彼女にはあるのだろう。
 では、沢渡陽子は例の木偶人形を持っていない。となると鏡子は沢渡の魂を奪えていない可能性が高い。

 恵理は腹部の手当ての跡を見る。吸血鬼の血の力で、その傷は随分と癒えていた。
 鏡子は恵理にためらいもなく短刀を刺した。恵理でなければ死んでいたかもしれない。鏡子はそう言う事が出来る人間だ。たとえ能力で沢渡の魂を奪えなくても、沢渡が危険であることには間違いなかった。




 夏希は母親と暮らすアパートに戻っていたが、灯りはついていなかった。彼女の母は一人で家庭を守っていくために仕事で遅くなることが多い。
 夏希はため息をついて鍵を開けた。母親は大して好きではなかったが、今一人になるのは不安でしょうがなかった。

 その不安と汗を流すために彼女はバスルームへ向った。
 ここの所いろいろありすぎて、身体も心も疲れきっていた。強くシャワーを顔に当てて、全て流してしまいたい気持ちを表した。

 と、鋭敏な彼女の耳に電話が鳴る音が届いた。
 なかなか鳴り止まない電話に、彼女は仕方なくシャワーを止め、バスタオルを巻いて受話器を上げた。

「あ、もしもし、あの俺、夏希さんのクラスメイトの……」
「杉本君?」

 受話器の向こうには聞きなれた声が戸惑っていた。苦笑した夏希が先に声をかけた。

「ああ、川村? よかった。家の電話にかけるなんてあんまりやらないからさあ」

 杉本は照れ隠しに受話器の向こうで笑った。いまやクラスメイトでも携帯電話を持っていないのはほとんどいない。夏希がそれだった。同じコミュニケーションツールを持たないことが、彼女の孤立化の全てではないにしろ、一因の一つであることは否めない。共通のアイテムや話題はどの社会、どの時代でも必要なものだ。

「どうしたの?」
「いや、まあ……無事ついたかな、と」
「このとおり、無事」

 夏希はそっけなく言った。受話器の向こうが沈黙で止まっている。
 彼女は自分の言葉に嫌悪した。どうしてうまく会話を続けることが出来ないのだろうかと。杉本の言葉には感謝すら感じるのにそれが態度と声に出ない自分がもどかしい。

「そうか、良かった」

 よほど気をつけなければわからないが、気持ちを切り替えたような声が届いた。
 夏希は胸が苦しくなった。だが、彼女には何を言っていいのかわからない。

「……杉本君」
「どうした?」
「手伝ってほしいことがあるんだ」
「手伝う?」
「明日学校をサボって、もう一度あの美術館へ行こうと思うんだ」

 杉本は夏希の言葉が意外だと思った。夏希が登校拒否気味に学校をときどき休むことを彼は知っていたから、学校を休むこと自体には驚きを感じなかったが、その後に続いた言葉が重要だった。
 彼が知る限り、川村夏希は能動的な人間とは言えなかった。

「オーケー。俺も付き合うよ」
「いいの? 学校サボらせちゃうし……それに危険かも」
「いいよ、別に。学校より大切なことなんだろ? それに、危険ならなおさら川村一人で行かせる訳には行かない」

 返ってきた言葉には少年の快い生意気さが含まれていた。夏希はそれを優しさと捕らえてうれしかった。彼女は人にやさしくされることが極端に少なかった。それゆえに、彼女は杉本や恵理に惹かれていったのだ。

「ありがとう。じゃあ明日十時に瑞穂公園で」
「わかった。じゃ明日な」

 電話が切れる音がした。夏希はそのまま受話器を持っていたが、自分が全裸に近い格好で居ることを思い出して、慌てて脱衣所へ駆け戻った。




 夏希と杉本は公園で待ち合わせた後、一直線に美術館を目指した。
 途中会話が少なかったのは緊張感のせいだ。今、彼女らは彼女らの判断で動いている。守ってくれる人も居ない。何かあったときは全て自分たちで対処しなければならなかった。

 中途半端な時間の住宅街は静まり返っており、そこに立つ美術館は昨日の記憶と相まってさらに不気味さを漂わせている。
 昨日と同じように二人は正面から美術館に入った。
 中は人気がなく、ただ、人のような人形だけが二人を出迎えた。

「何を探すんだ?」
「わかんない。けど、なにか水上鏡子についてわかるものがないかと思って」
「……しらみつぶし、ってやつか」

 夏希は慎重に頷いた。いわば直感のような不確かな衝動に彼をつき合わせている。夏希にはその後ろめたさがあった。それを彼女が自覚していることを杉本は知っていたので、それ以上何も言わず、物色をはじめた。

 静かな美術館に二人の作業の音だけが響く。
 小一時間ほどたっただろうか、夏希は二人以外の気配を感じた。過剰なまでに明敏な彼女がすぐ近くまでその気配を悟れなかったのは、それだけ作業に熱中していたという事だ。焦った彼女は杉本の服のすそを引っ張った。

「どうした?」

 だが、それは失敗だった。彼は状況を知らずに声をあげてしまった。
 夏希は背筋から冷たい汗が流れるのを感じた。

「……誰か居るのか?」

 意外にもその声は、野太い男性のものだった。それが水上鏡子のものではない、とわかったものの彼女たちは警戒を緩めるわけには行かなかった。彼女たちはこの場所において、招かれざる客であることは変りはない。
 男はその一言の後、一言も言葉を発しなかった。警戒する空気を夏希を感じた。彼は息を潜め、周囲に警戒心を飛ばしている。その行動は彼が、夏希たちと同じで招かれざる客であるという事を現していた。敵の敵が味方であるとは限らない。

 だが、夏希は意を決した。
 物陰から立ち上がり、その姿を現す。慌てて杉本が彼女を引きとめようとしたが、もう遅かった。

「子供? 高校生くらいか?」

 男は意外そうな声をあげた。背がやや低い中年の男だった。髪には白いものが混ざっている。
 夏希は緊張した顔で黙っていると、男はゆっくりと近づいて問い掛けた。

「ここで何をしている?」

 夏希は戸惑った。夏希たちがしていることは、いわば空き巣のようなものだ。
 二人が返答に窮していると、男は責める風でもなくため息をついた。

「この美術館は、今でも経営してるのか? とりあえず片付いてはいるようだが……」

 男はあたりを見渡しながら言った。その雰囲気から夏希は彼がこの場所に縁のある人物であることを悟った。

「あなたは?」
「俺? 俺はここの人形師、水上元隆を師事していた氷室祐一ってもんだ」
「水上元隆の弟子?」

 杉本は驚いて声をあげた。夏希を見ると彼女も同じように驚いた顔で氷室の顔を見ていた。

「あの時と同じように、変死事件のニュースを良く見るようになったんでな……」
「何か、知っているのですか?」

 夏希は問い掛けた。
 その声に氷室はため息をついた。彼は悪い予感が当たったのだった。そして彼の目の前にいる少女たちは、彼が知っている事柄に巻き込まれて、何らかの手がかりを得てこの場所にいる、彼はそう予測し、それは正鵠を射ていた。

「何か知ってるんですね? 教えてください! 水上鏡子について!」

 夏希の必死の叫びは氷室を驚かせた。

「……鏡子?」
「ええ」
「何故、今ごろ鏡子のことを……」

 氷室は怪訝そうに言った。

「だって、いま変死事件を引き起こしている張本人は水上鏡子なんですよ?」
「……ありえない。鏡子は十八年前に死んでいる」




 静寂。街の中で普段暮らしている彼女は、普段思っていた静けさとまた違うレベルの無音は、ここが遠く人里からはなれていることを想像させた。山中の館の一室だろう。別荘と呼ぶには豪華すぎる印象だった。

 部屋には大きなベッドと机と赤い絨毯だけがあった。机の上には一つの写真立てがあって、彼女はそれに興味を持った。
 そこには水上鏡子と、彼女の家族らしき数人が柔らな表情で映し出されていた。

 幸せそうな家族だ。彼女はその写真からそう思った。
 それは彼女にはないものだった。

 森川恵理や小田桐拓郎のような洗練された容姿を持つわけでもない、成績も平均レベルの彼女は何処にでもいるような、女子高生だった。ただ、一点の左足の痛みを除いて。その写真を見ると、古いはずの左足の傷跡が酷く痛んだ。

 沢渡陽子は普段の明るさから感じられるほど、決して恵まれた家庭で育ったわけではなかった。

 父は空手の国内はおろか、世界大会でも上位入賞するほどだった。ただ、一度も優勝はなく、引退した彼は娘に自分の果たせなかった夢を託した。

 沢渡は物心ついたときすでに空手を学んでいた。そして物心ついてからも、父の厳しいトレーニングを受け続けた。
 才能と努力は彼女に結果をもたらす。彼女は中学の全国大会において準優勝を果たし、決勝戦以外のそのすべてを一本勝ちで勝ち進んでいた。だが、準決勝に今までの激しいトレーニングで痛めていた左足の靭帯を切る。その試合は辛くも勝利するも、立つのも難しい状況だった。

 だが、彼女は決勝戦を強行した。怪我を誰にも言わずに。
 そして決勝での敗北と、そして再起不能に近い左足のダメージ。
 それは父親へのメッセージだった。

 彼女は、物心つく前から強要された空手自身が嫌いだったわけではない。むしろ、自分自身で天性の才能すら感じていたくらいだった。だが、彼女は空手を辞めたいと思いつづけていた。
 なぜなら、彼女は師である父を、父と呼んだことはないからだった。
 親子であることがトレーニングの厳しさには邪魔でしかなかったからだ。重傷を負い、歩けない彼女を父親が背負って歩いたその時も、彼女は父を父とは呼んでいなかった。

 彼女の怪我はきわどいものだった。だが、適切な治療とリハビリがあれば復帰できるとも医者は判断していた。だが、彼女はそれを望まなかった。彼女はそれよりも、父を父と呼びたかった。思春期を迎え、他人の家庭のことが気になり始めた彼女は、自分にはない家族の温かみが欲しかったのだ。

 以後、彼女は怪我を理由に空手をやめる。だが、それは父の失望につながり、父は彼女が望んだ温かみを与えることはなかった。沢渡は空虚に包まれていたが、彼女はそれを他人の前で見せたことは一度たりともない。

 自分の家族のことを思い出しながら、彼女は水上鏡子の写真を見つめた。
 彼女は自らが得ることが出来なかったそれに触れる度、自分の裏に潜む黒の存在を垣間見るのだった。
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