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放課後TwilightZone 作者:水夜ちはる

1. セーラー服の復讐者

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第3話:「冷たい雨」

現代ファンタジー・吸血鬼モノの伝奇ライトノベルです。
 何時の間にか外は雨が降り出していた。あたりは暗く静まりかえり、雨音だけがチューニングの合わないラジオのように一定の音を裕也に伝えている。

 随分夜も更けていた。
 裕也は一人、一人では広すぎるリビングルームで苛立っていた。
 彼の右手には携帯電話がある。

「ま、かけないわけにはいかないよな……」

 独り言をつぶやいた彼は、沢渡に渡されたメモに書かれた番号を入力した。
 そして意を決して通話ボタンを押す。
 それほど大したことをしているわけではない、と裕也は自分に言い聞かせていたが、それとは相反して無機質な呼び出し音の繰り返しに、自身の心臓が高鳴っているのを覚えた。 何度その呼び出し音が繰り返されただろう、結局相手は出なかった。

 裕也はひとつため息をついてその電話を切る。苛立ちと不安を消化できないまま、彼は苛立ちまぎれにその携帯をソファーに投げ飛ばした。
 とたん、その携帯から軽快なメロディが流れ始めた。
 裕也は一瞬にして携帯に飛びついた。その動作は彼自身でも驚くぐらい機敏だった。
 草薙が着信に気付いてかけなおしてくれたのだろうか? 裕也は慌てて携帯電話のディスプレイを覗き込んだ。

「……なんだ、千明かよ」

 肩を落とした裕也ではあるが、出ないわけにもいかなかった。

「もしもし」
「あ、もしもし。今さ、駅に着いたんだけど……」

 千明の声が雑踏紛れに聞こえた。兄である彼には用件がはっきりとわかっていた。

「あ、そう」
「なに? 機嫌悪いね? もしかして寝てた?」
「いや、そうじゃないけど」
「いやー悪いけど、迎えにきてくれないかな?」

 裕也の耳に媚びた声が受話器越しに届いた。彼のほほの筋肉がひくついたのはやはり理性のなせる業ではなく、感情の仕業だっただろう。

「……雨の日くらい、殺人鬼だってお休みだろうよ?」
「あはは、それがさー、傘忘れちゃって」

 裕也は大きくため息をついた。彼は愛する妹を迎えに行くしかなかった。



 外の雨は思いのほか冷たかった。深く息を吐き出せばそれは白く濁った。雨のせいか最近の事件のせいか、駅前でも人通りは疎らで静寂に包まれている。

「これなら殺人鬼が出たっておかしくない雰囲気だな」

 裕也はつぶやいた。時計はまもなく今日二回目の十一を指そうとしていた。
 二人の家から駅までは歩いて十分足らずだった。
 駅はさすがにまだ煌々と明かりをつけている。すでに人も少なくなった普通電車が発車していった。

「お兄ちゃん、さっすが」

 裕也が駅に着くと明るい声で千明が言った。

「まったく、何時だと思ってんだ。もうちょっと早く帰って来れないのかよ?」
「今日は学校行事押し付けられちゃってさ、しょうがないでしょ」

 裕也が傘を千明に渡して毒づくと千明は唇を尖らして反論した。
 その他愛もない会話が、裕也の緊張をほぐした。昨日の夕方から裕也は何かを考えっぱなしだった。草薙の事、夢の事。妹と言う日常に触れたことで、彼は急に空腹感を覚えた。夕方、裕也はあの場所へ行ってから急激に食欲を失い、そのまま家に帰ってしまったのだった。

「コンビニ、寄らないか? 俺、何も食ってなかった」

 裕也は駅に隣接するコンビニを指差して言った。

「え? 私食べてきちゃったよ? 待ってたの?」
「そう言う訳じゃないんだけどさ」
「帰って何か作ろうか?」
「寝るの遅くなっちゃうだろ? いいよコンビニで」

 裕也はそう言うとコンビニに入った。
 昨日の夢の事は忘れよう。もし、俺が夢遊病者で夜な夜な殺人を重ねているならば、同居人の千明が気付かないわけがない。それに、八人もの犠牲者が出ていて、夢を見たのは昨日の夜だけ。偶然に違いない。そう、昨日の夜の夢が、特別だっただけで。
 裕也は明るい店内の中でそう自分に言い聞かせた。



 雨に濡れた街はさらに冷え込んでいた。裕也はトレーナーにパーカーを羽織っただけ、千明は学校の制服のままでその外気はあまりに厳しかった。二人は足早に人気がいなくなった街を進んだ。
 裕也が先に立ち、千明が後を追っていた。
 ふと、後ろの足音が消える。

「千明?」

 裕也は振り返った。千明は彼から数歩離れた場所で立ちすくんでいた。
 その顔は真っ青だった。

「どうした千明?」

 裕也は千明に歩み寄った。千明の目は涙に潤んでいた。体中を震わせ、右手に持った傘は今にも零れ落ちそうだった。

「いや、何……それ……」

 千明の視線は裕也のほうを向いている。だが視線の焦点は別にあった。

「千明、過去を見てるのか?」

 千明は過去視の能力がある。裕也が突発的に未来のことを見ることがあるように、千明には過去を見ることがあった。
 徐々に千明の焦点が現実に戻って行く。千明は震える手で傘を強く握った。

「千明、何を見た?」
「紅い……紅い目……」
「紅い目?」
「なにあれ……怖い……人殺しの目ってあんな目をしてるの?」

 千明は膝の力を失って倒れこもうとした。裕也は慌てて彼女を支えた。千明が持っていた水色の傘がアスファルトに転がってひっくり返った。

「おい千明!」

 裕也は叫んだ。だが、それと同時に二人はすぐ脇の路地からの足音を聞いた。アスファルトと水溜りを踏む、不規則な足音。それが左右のビルに反響して二人の耳に届いてくる。
 二人はその路地の闇を凝視した。二人はお互いを支える手の力が強くなるのを感じた。 足音は近づく。

 やがてそれは街頭の光の届く範囲まで進んできた。
 それは一人の少女だった。この冷たい雨の中傘も差さず、その少女は長い黒髪から足の先までずぶぬれになって現れた。その妖しさに二人はぞくりとした。
 その少女は白い息を吐きながら硬直する二人を見た。
 彼女の目は紅い目ではなかった。むしろ澄んだ黒い瞳で睨みつけるというよりは、まるで感情がないような瞳で二人を見ていた。

 裕也と少女の目が合う。裕也はどきりとして彼女を見た。ずぶ濡れだが美しい少女だった。夜の蒼のせいか、まるで白と言ったほうが正しいような肌。端正な顔立ちで、特に形のいい黒い眉が彼の印象に残った。雨にぬれたセーラー服が体のラインをはっきりさせていて、そのスタイルの良さは美しさを際立たせるものだった。

 だが、その美しさゆえと能面のような無表情さがまるで幽霊のようだと裕也は思った。
 少女はゆっくりと視線を二人からはずすと、白い息を吐きながら言った。

「この辺りは危険よ。早く家に帰った方がいい」

 二人は彼女の言葉の意味を理解できなかった。それよりも恐怖に似た驚きの方が強かったのだ。彼女は小さくため息をつくと二人がきた方向へ歩き始めた。
 二人はただ闇に消えていく彼女の姿を見送るだけで、一言も声を出す事ができなかった。
 少女が視界から消えてしばらくして、裕也は思い出したかのようにつぶやいた。

「あれ、千明の学校の制服だよな」
「……うん」

 数瞬、遅れて千明が答えた。
 ひっくり返った千明の傘に雨水がたまり始めていた。
 闇の中でなお白い、セーラー服の少女の姿が裕也の脳裏に焼き付いて離れなかった。



 雨は日付が変わっても降り止まなかった。
 裕也は雨音に眠れない苛立ちを重ねてベッドの上で寝返りをうった。枕もとの目覚まし時計が視界に入る。午前二時三十分。いつもならとっくに寝付いている時間だった。しかし、彼の頭はいろいろな思考が駆け巡り、いつまでたっても寝付けない。

 その中で一番眠れない原因はやはり昨日の夢だった。
 もしかしたらまたあの夢を見るかもしれない。


 自分が他人の命を奪うという恐怖。


 それを強烈に味わう事あの夢は二度と見たくはない。その恐怖が彼の脳裏から離れずにいる。普通の夢ならすぐに忘れてしまうだろう。だが、昨日の彼が見た夢は『感触』がリアルすぎた。その恐怖が眠れない苛立ちに変換される

 裕也は仕方なくベッドから降りて、キッチンへ向かった。
 冷蔵庫から牛乳を取り出し、マグカップへ注ぐ。そしてそれをレンジへ入れてタイマーをまわした。
 ホットミルクでも飲んで無理にでも寝てしまおうと思ったのだ。

 裕也はドアの軋む音を聞いた。
 ひたひたと素足がフローリングに触れ合う音が続いて聞こえた。

「千明。まだ起きてたのか」

 寝巻き姿のまま、千明はずっと裕也のほうを見つめていた。キッチンは最低限のダウンライトの明かりしか点いていないが、それでも千明はまるで泣き出しそうな顔でいるのが裕也にはわかった。

「どうした千明?」

 裕也が呼びかけると、千明は足早に近づいてきて兄の胸に抱きついた。
 千明は震えていた。

「お兄ちゃん、何処にも行かないで」
「え?」
「あの紅い目、きっと連続殺人の犯人なんだ……そいつ、お兄ちゃんの学校の制服、着てた……」

 裕也はぞくりとする。
 千明の見たものが本当ならば彼の学校内に殺人鬼がいるという事になる。だがそれはあまりにとんでもない話で、裕也はにわかに信じられなかった。

「ねえお願い! お兄ちゃんは何処にも行かないよね。千明を置いて行かないよね」

 千明がナーバスになっているのは、二人の母が海外に行っているからではない。
 千明は直線的な性格の少女だった。昔から物事をストレートに口にするその性格が災いして友達付き合いは下手である。特に女子との間はあまり良くなかったようだった。その代わり、千明には他の誰でもない『親友』がいた。もしかすると兄の裕也よりもその親友を信頼していたかもしれない。栗原奈美。千明が中学で出会った親友。

 だが、彼女は去年の秋、交通事故で亡くなっていた。

 それを知った時の千明の顔を裕也は今でも鮮明に覚えている。
 人はあまりに悲しいとき無表情になるものだ。
 その後、千明の精神は酷く不安定になった。自立心が強く、割と強気な面のある千明だったが、栗原を失った後、時折不意に崩れるように泣くようになった。

 それから千明は勉強に打ち込んだ。病的なまでに机に向かっていた。失ったものを埋めるのではない、忘れ去れる為に。その姿はあまりに痛々しかった。千明は失う事を過敏に恐れるようになった。それで元々頭は良かった千明は都内の名門私立フェイノール学院に合格することとなったが、千明はさして嬉しそうでもなかったと裕也は記憶している。

 現在、千明にとって兄である裕也はこの上なく大切なものだった。裕也はそのことに気が付いた。いや、いつもお互いが思っていることだが、つい忘れてしまうことだった。

「ばーか。俺が何処へ行くんだよ?」

 裕也は悟られるほど無理に明るい声を出して千明の髪を乱暴になでた。ストレートで素直な髪がさらさらと流れた。

「千明、ホットミルク。飲んで無理にでも寝とけ。明日つらいぞ」

 裕也は暖め終えたホットミルクのマグカップを差し出した。千明は兄の顔をしばらく眺めていたが、左手で涙を拭きながらマグカップを受け取って微笑んだ。

「ごめん……どうかしてた」

 裕也は肩をすくめ微笑んだ。千明は栗原を失った事を引きずっているわけではない。ただ、少しだけ他の人間より「失う事」の怖さを知っているだけだった。
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