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放課後TwilightZone 作者:水夜ちはる

2.ヒトガタに宿る魂

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第11話:「紅い絶望」

現代ファンタジー・吸血鬼モノの伝奇ライトノベル。
 夏希の嫌な予感は消えなかった。だが、この事件を知るきっかけになった自殺死体の事件、そして三浦香津美が殺されたときのあの頭の中を刺すような痛みは感じていなかったから、最悪の事態は起こっていないと思っていた。
 夏希は感覚と言う感覚をと研ぎ澄ませていた。

「森川先輩?」

 小さく言葉にする。視界は人形や棚やらで死角は多い。だが、さして広くは無い空間だ。先にいる小田桐が振り返り、そして恵理の姿を確認しようとあたりを見渡した。
 恵理の姿は無い。

「森川?」

 小田桐が呼びかけたが返答は無かった。焦燥の空気が流れた。恵理はここの場所にいない。
 夏希は耳を澄ました。彼女の驚異的な感覚がわずかの物音を聞き分ける。それはこの部屋の音ではない。はじかれたように彼女は恵理が消えた扉へと走った。
 夏希はその扉の前に立って息を飲んだ。

「川村……」

 追った杉本が声をかけた。

「ここに森川先輩が入っていたのか?」
「わかんない。けど、この先から物音が聞こえた」

 杉本の耳には届いていない。だが、夏希が嘘をついている訳がない。杉本はそう思って頷いた。
 その後に小田桐が駆け寄った。

「俺があける」

 杉本はそういうと、慎重にドアノブを回した。




 恵理の目が怒りに揺れていた。深く静かな海のような瞳が印象的だった彼女の目が今は炎が宿っている。鏡子はそれを見て、やはり目の前にいるこの女は怖いと思った。平気で人を殺せる目だったからだ。

 親友を殺された川村夏希でもこうはいかないだろう。「人を殺す」ということにためらいを持たない人間は、特殊な環境を覗けばごく稀である。そして、森川恵理はその特殊な環境で生まれ育った人間だった。
 その視線を受けて恐怖を感じながらも、冷静でいれられたのは鏡子もまた特殊な存在だった。彼女の意識は今、木霊と言う人ではない、精霊が支配していた。

「その傷で、良く立っていられるわね」

 鏡子、否、木霊はは恵理の腹部を見た。腹部を小刀で突き刺された恵理の下腹部は元の白さを失って真っ赤に染めあがっている。だが、脳内を怒りで充満させた恵理は痛みをその感覚から追い出しているかのようだった。

「陽子を……返せ」

 恵理は前進して鏡子の腕を掴んだ。細腕の彼女からは想像を絶する膂力が発揮されている。鏡子が沈黙を続けると、恵理は力任せに鏡子を投げ飛ばした。
 その行動で恵理の傷は大きく開き、激しく吐血して腹部の赤もひときわ大きく広がる。
 だが、恵理は傷を無視して転がった鏡子に歩み寄った。
 一歩二歩。恵理の体勢が崩れる。
 精神より肉体がついていかないのだ。彼女は血を流しすぎた。
 床に伏せ、自らが流した赤に気づいて、彼女は初めて大きな傷を負ったことを知った。 恵理の耳に背後から声が飛び込んできた。夏希たちの声だった。
 立ち上がった鏡子は埃を軽く払うと冷たく言った。

「邪魔が入ったようね。あなたもその傷ではもう助からないでしょう。森川恵理。計画の最後に現れた割にはあっけなかったわ」
「計画の……最後?」

 恵理はうめくように言った。口の中に血がたまってうまく話すことが出来ない。
 鏡子はそれには微笑みで答えて、奥の闇へと姿を消した。




 その大量の血液に小田桐は絶句した。杉本もまた声が出ないほど驚いていた。倒れた恵理の周りには血がまさしく池の様に広がっていた。致命的な出血。それは普通の高校生はそうそう目に触れるものではない。

「森川先輩!」

 誰もが足のすくむ光景の中、夏希だけは臆さなかった。
 今の恵理の比ではないが、彼女も自分の手首を切り、大量に血を流したことがあったからもしれない。それとも霊魂が見える彼女には、「死」と言うものが他の人間より身近な存在なのかもしれない。
 彼女だけが血溜まりの中へ入り、恵理の安否を確かめる。

「……無様ね」

 恵理はうっすらと目を開け、苦しげな声をあげた。その声には自嘲と無念さがにじみ出ていた。とにかく彼女の息はある。夏希はひとまず安心したが余談を許さない状況には代わりが無かった。

「救急車!」

 夏希が振り返って叫ぶ。

「えっ……ああ!」

 我に返った杉本が携帯を震える手で取り出した。

「待って」

 起き上がれない恵理は夏希の手を掴んだ。

「先輩?」

 夏希は怪訝そうに恵理を見つめた。恵理は痛みに耐えながら、携帯を取り出してどこかへダイヤルする。

「吉岡さん? 恵理です……」

 ダイヤル先は、三浦香津美の時に現れた刑事だった。超常的な現象に一般の警察や救急隊員が関わると面倒なことになる。今回の場合も森川家の息のかかった者たちだけで対応した方が良いと恵理は判断した。吉岡は森川家と縁がある警官だ。恵理は事態を話し、彼を通して救急車の手配を依頼した。
 恵理は吉岡に話を終えると、力尽きるように携帯を切った。

「……先輩」

 夏希は今になって涙目になっていた。普通に考えれば、助かるような出血量ではない。

「大丈夫……死なないわ……いつか言ったでしょ。夏希ちゃん、それでもあなたは普通だって。私は……違うの」

 恵理は諭すように言った。声は弱々しいが、夏希は奇妙な安心感を得た。

「それよりも……陽子を」
「え? 沢渡先輩?」

 夏希はあたりを見渡した。彼女の声を聞いた杉本と小田桐もあたりを見渡してみる。だがそこには沢渡陽子の姿は見当たらなかった。




 ほどなくして吉岡は現れた。その間、恵理の意識は出血のためか途切れがちになり、夏希たちの背筋を凍らせたが、吉岡達警察と一緒に現れた救急車に運ばれた。救急車は瑞穂町を離れて、横浜市内にある私立の大きな病院へと走った。そこは森川家の息のかかった病院ということだった。
 夏希たちも吉岡の車に同乗し病院まで来ていた。恵理はそのまま治療室へと運び込まれたので、夏希たちは待合室に集まっていた。

「しかし、恵理さんがあんな怪我をするとはね、油断でもしてたんだろうか」

 吉岡はポケットからタバコを取り出して火をつけた。呆れるような口調だったため、真剣に心配する夏希を苛立たせた。

「ここは禁煙です」

 刺のある声で言う。

「ん、ああ。悪い……」

 吉岡は携帯灰皿で火を消すと、小さくため息をついた。夏希の心境を彼とて感じ取れぬはずが無い。

「まぁ、心配するのはわからなくも無いが、恵理さんがあれぐらいで死ぬとは俺は思わないよ……あの場に一緒にいたわけだから、てっきり知ってるもんだと思ったんだが」

 吉岡は何かを知っているそぶりだった。むしろ恵理との付き合いは夏希たちより長いはずだから当然だった。

「普通とは違う、としか……」
「ふむ……じゃあ、本人から聞くんだな」

 夏希は不満げに吉岡を見つめた。それは恵理の事を知りたいと言う気持ちを焦らされたような感じ方をしたし、自分の知らない恵理を知っている吉岡に対する奇妙な嫉妬のような感覚もあった。

「そう言えば、もう一人女の子……俺や森川の同級生なんですが、あそこにいなかったですか?」

 小田桐が訊いた。沢渡の事だ。沢渡への電話はあれ以来繋がらないし、恵理は美術館で彼女のことを言っていた。水上鏡子に関する一連の事件に巻き込まれたと言っていい。
 吉岡たちは恵理を回収すると同時に、美術館の捜索にあたっていた。だが、他に人影は見当たらなかった。

「いや、誰も見てないが」

 吉岡は首を横に振って言った。
 小田桐は沢渡が水上鏡子に攫われたと思われる事情を話すと警察でも捜索を行うことを吉岡は約束した。小田桐が何時かに撮った携帯カメラの沢渡の画像を吉岡に転送した。吉岡は一度警察署に戻る必要があるからと、その場を離れた。

 午後十時も回る頃、恵理の意識が戻る。
 個室の病室のベッドの上で恵理は上半身だけを起こしていた。さすがに顔は青白いが、あの出血のあとのことを考えれば、意外なほどに元気にも見えた。
 夏希たちの姿を確認すると、恵理は微かに笑った。

「……情けない姿、見られたね」
「先輩、大丈夫なんですか?」

 夏希がベッドに駆け寄った。恵理は軽く頷くと、目を閉じた。

「言ったでしょ、私は普通じゃないって」
「先輩?」
「そうね、夏希ちゃんが、普通の人が見ないものを見ることができるとか、そう言った能力は、たとえば百メートルを九秒台で走れるとか、『人より優れている』と言う系統のものなの、人より敏感であると言うね。だけど私は根本的に違う」

 皆が恵理の言葉を待った。

「普通なら死ぬほどの血を流しても生きてる。私は……森川の血族は人間と違う、言わば魔物の血を引いているのよ。吸血鬼の伝説を知ってるでしょ? 普通の武器で死ぬことは無い。どんな怪我をしても平気でよみがえる不死身の魔物よ」

 人並み外れたその容姿すらも、人間以外の血がなせるものなのだろうか。恵理は声もなく笑った。
 夏希にはそれが自虐的な笑みにも思えた。
 とても信じられる言葉ではないが、あの現場を目の当たりにした夏希たちには現実のものだった。

「だから、あれくらいのことでは死なないわ」

 恵理は悲しそうに笑った。死後の世界があるならば、彼女はそちら側に行きたかった。何故なら彼女の大切な友人はそちら側に行ってしまったのだから。

「死ねない体を持っていても、沢渡を助けられなかった。大切な一人さえ、守ることが出来なかった」

 恵理からすべての気力が失われていた。彼女は失ってはいけないものを失っていた。

「森川? 沢渡は見つけれなかったのか?」

 小田桐が恵理に近づいて言った。恵理はシーツを両の拳でにぎりしめた。シーツが引っ張られていくつものしわが走る。恵理は頭をたれた。美しい黒髪が重力に引かれて、彼女の顔を隠した。

「……死んだわ。殺されたのよ……あの場所で」

 一瞬、夏希たちに電撃のようなものが走った。
 愕然として言葉を飲む。

「それって、本当ですか?」

 夏希がかろうじて声を出す。恵理は答えない。沈黙は肯定だった。
 重苦しい空気が病室を包んだ。誰も口を開こうとしない。だが、夏希はその場で一人だけ違う顔をしている人間を見つけた。それは小田桐拓郎だった。

「森川……沢渡は本当に殺されたのか? あの場所で」
「何を……私はあの場所で首を吊られてる沢渡を見たのよ!」
「俺たちは見ていない」

 恵理が苛立ちの口調で返した言葉を、小田桐は鋭く返した。
 恵理は言葉を止めた。小田桐は夏希たちを見渡して、同意を得ようとした。たしかに夏希たちも沢渡陽子の姿を見ていない。

「俺は不思議に思う。今までこの一連の事件では死体はその場で見つかっている。そうだろう?」
「たしかに香津美の時も、校庭の時も……沢渡先輩は生きている?」

 夏希ははじかれたように言った。

「陽子が、生きている?」

 恵理は恐る恐る言葉に出した。自分の言葉を信じていないような口調だった。彼女は確かに沢渡の死を見ていたからだ。

「可能性はあると思う」

 小田桐が付け加えた。

「小田桐君……あなたの推論はよく当たるよね」
「確証があるわけじゃない。だけど、俺たちは沢渡が死んだ事を確かめたわけじゃない」

 正直なところ、小田桐自身もそのことに関しては、確証のない推論だった。だが、恵理を元気付けるためにも方便は必要だった。そして何より、沢渡陽子の死体を見ていない彼は、恵理の言葉を受け入れるのには抵抗があったのだ。
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