挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
放課後TwilightZone 作者:水夜ちはる

2.ヒトガタに宿る魂

しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

更新通知 0/400

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

28/59

第10話:「夕闇に消え逝く魂」

現代ファンタジー・吸血鬼モノの伝奇ライトノベル。
 森川恵理のクラスに夏希たちが飛び込んだタイミングは、ちょうど恵理が教室から出ようとしていた時だった。血相を変えた二人の顔を交互に見て、恵理は小さくため息をついて、髪をかきあげた。

「どうしたの? あの事件について関わらないで、って言ったはずよ」

 恵理はバッグに電源を落としたばかりのノートパソコンを片付けながら言った。
 彼女もまた、夏希たちとは違う方法で情報収集を行っていたようだった。夏希が感じた彼女の口調の中に混ざるわずかな苛立ちはその成果の表れだった。

「あの、まだ確実じゃないんですけど……もしかしたら、とんでもない情報かもしれないものを手に入れたんです」

 夏希は恵理の気配にやや怯えた風に言った。恵理は感情を大きく表に出す人間ではなかったが、わずかな感情の動きも感じ取れる夏希は十分に彼女の不機嫌さを感じ取っていた。
 恵理はそれに対して何かを言いかけたとき、横槍が入った。

「怒るなよ。それは今必要な情報かもしれない」

 それは小田桐拓郎だった。
 彼は携帯を手にして真剣な表情で恵理を見ていた。

「小田桐君、どういうこと?」

 恵理が小田桐に視線を突き刺して言った。常の声ようにも聞こえるが、やや威圧感があった。

「森川はたしかに超常現象に対応する専門家だ。一方で、夏希ちゃんはズブの素人だ。だけど、森川一人で何ができる? たいして何も出来ないと俺は思うな。だけど、その一人一人ができること、ってのはあるはずなんだ」

 小田桐は恵理の視線に負けず、強い口調で言った。彼の言に一理あることを恵理は認め、小さくため息をついた。
 小田桐は一歩、彼女たちに近づいた。いつも飄々としている彼にしては余裕のない表情だ。それに恵理も気付いて眉をひそめた。

「沢渡から妙な電話があった。単なる誤操作や俺の考えすぎってわけでもなさそうだ。おそらく水上鏡子と関係がある」
「沢渡が?」

 恵理は青ざめて言った。常は冷静な彼女だが、親友の事となると取り乱しがちになる。小田桐は落ち着くように彼女の肩を叩いた。

「どうも沢渡は水上鏡子に偶然出会ってしまったみたいだ。その時、彼女は咄嗟に携帯のハンズフリー機能を使って、俺に電話をかけた。発信先が俺だったのはたまたまだろう。この間待ち合わせで電話を使ったから、履歴が一番上だったのかもしれない」

 小田桐も何とか冷静に話しているが、いつもの余裕がない。

「変だと思った俺は通話を録音しておいた。聞いてくれ」

 小田桐は携帯を机に置き、録音を再生させた。ノイズ交じりの音声がスピーカーから再生される。それは先ほど公園で沢渡が鏡子と遭遇したときのやり取りが記録されていた。そして最後に激しい衝撃音と共に沢渡の悲鳴で通話は切れていた。

「なんで……なんで沢渡が」

 恵理は青ざめた表情で小田桐の携帯を眺めた。夏希たちにとっては、こんな表情を作る恵理を見たのは初めてだった。

「くっ……陽子!」

 恵理は慌ててバッグを担ぐと教室から出て行こうとした。だが、それを小田桐が止める。

「待てよ、森川! 闇雲に探してどうなるってんだ」
「でも!」
「待てって。俺の予想じゃ沢渡はまだ無事のはずだ。彼女は持っていないだろ、木偶人形を」

 恵理ははっとなって小田桐の顔を見た。確かに今のところ犠牲者は木偶人形を持った者だけだ。沢渡はそれを持っていない。小田桐の冷静な考えに恵理はひとまず納得して落ち着きを取り戻した。

「でも……陽子が危険なことに巻き込まれているのは確実だわ」
「そうだな……だが情報はまったくゼロってわけではなさそうだ。そうだろう? 夏希ちゃん」
 小田桐はそう言うと夏希を見た。

「は、はい!」

 夏希は小田桐の視線を受けて、はじかれたように答えた。
 夏希と杉本は二人に図書室で見つけた資料を見せた。十年前にとられた写真の中に写っている今と変わらない水上鏡子の写真は、恵理たちにも衝撃的だった。
 恵理は唇をかんだ。夏希が用意した資料には水上美術館の地図のコピーもある。それを睨みつけると彼女は顔を上げた。

「……行こう。その美術館へ」
「森川」

 小田桐が心配そうな声をかけた。

「大丈夫。私は冷静よ」

 恵理は静かに答えた。その声は動揺する自分に対する欺瞞に聞こえた。だが、彼女の選択肢は他には残されていなかった。




 四人はタクシーに分乗して水上美術館に急いだ。大した距離ではなかったが、わずかの時間も惜しかった。

「写真で見るより、ずっとこじんまりしたところだな……」

 杉本は率直な感想を述べた。
 閑静な住宅街の中、煉瓦造りの洋館は荘厳さはあるものの、大きな規模ではなく、少し大きめの邸宅のような印象ぐらいしかない。

「個人の美術館だし、アトリエと住居も兼ねているなら、こう言うものなのかも」

 夏希は杉本に答えて言った。恵理も頷いて入り口へと向った。

「え……正面からですか?」

 慌てて夏希が追った。

「こう言うときは正面から行くものよ? 変な行動を取れば逆に警戒される……それに向こうが何を考えているかわからない時は、特にね」

 恵理は冷静に言った。焦る気持ちを押さえるだけの精神力が彼女にはある。少なくとも外面からその焦りを伺うことは出来ない。

「行こう」

 恵理は先頭に立ち、皆を促した。

 入り口は、鍵はかかっておらず、受付らしい人影も見当たらなかった。
 夕日が洋風の窓から差し込み、室内は陰影を深く刻んでいて、その中に大量に陳列された人形群に陰と陽を落とし込んでいる。静まり返ったその室内は、なんともいえない不気味さが漂っていた。
 夏希のそばで大きく唾を飲み込む音がした。杉本だった。彼は香津美が人形に襲われる場面に出くわした一人である。このリアルな人形群を見てそれを思い出しているのか、彼から緊張が伝わってくる。

「誰か……いらっしゃいませんか?」

 恵理は凛と張った声で言った。大声ではないが、よく通る声だった。
 静寂の中をその声は引き裂いて行ったが、それに対する反応はなにも無かった。

「どうする?」

 小田桐が訊ねた。一瞬の逡巡のあと、恵理は前を見つめたままつぶやいた。

「進みましょう。杉本君は夏希ちゃんについてあげて。夏希ちゃんの鋭い感覚には期待してるわ」

 恵理は夏希を安心させるように微笑んだ。夏希は恵理に期待されていることを知って、唇を固く結んだ。緊張は不必要に彼女を敏感にさせるが、それをコントロールするだけの能力は彼女には無かった。

 恵理はゆっくりと奥へ進んだ。
 それに追うように小田桐が続く。

 夏希はひとまず動かず、耳を澄ました。わずかな物音も逃がすまいと精神を集中する。 深く刻まれた影が視界が悪くし、静寂すぎる室内は彼女の神経を惑わせた。焦りは判断力を低下させる。極度の緊張からか、夏希はとなりの杉本の制服のすそを掴んでいた。

「何かいやな予感がする……」

 不吉な予言は好まれるものではない。杉本もそれを打ち消す言葉を捜したが、彼自身が持っていた不安と、この部屋が持つ雰囲気にかき消された。彼はただ、彼女のそばにいて不安を和らげる役しかこなせなかった。




 恵理は奥に進むと薄闇に隠れた扉を確認した。

「Praivate」

 扉に金属で刻まれた言葉を彼女はかすかに声にした。それは本当にかすかな声だったために、他のメンバーに聞き取ることは出来なかった。
 恵理はその扉のノブを回した。意外にもそれは簡単に回り、さらに闇を深くした奥の部屋が広がっていた。

 恵理は他のメンバーの気配が近くないことを知ると、すばやくその部屋に滑り込み、ドアを静かに閉めた。夏希たちを不要な危険に近づけたくなかった。愚かしくもそれは彼女の特徴であり、それが彼女の中で正義だった。

 部屋は意外に広く、そして暗い。小さ目の窓がいくつかあり、わずかに光を提供している。
 夜目の利く恵理はあたりを見渡した。
 広い部屋の中心はほとんど何もものがなく、壁際に沿って様々な棚や様々な機材のようなものが雑多に並べられている。おそらくはアトリエか何かに使われていたのだろう。

 恵理は注意深く進んだ。部屋のほとんどは闇に覆われている。彼女は全身の感覚器を最大限に敏感にした。

「ようこそ」

 静かで綺麗な少女の声がした。反射的に恵理はその声の方を振り向く。
 そこには闇にぼんやりと浮かんだ少女の姿がある。夏希が持ってきた資料に載っていた少女。水上鏡子だ。美しい顔に微かに笑みを浮かべて恵理を見つめていた。

「水上鏡子ね」
「ふふ。私を知っているようね。でも私もあなたのことを知ってる。森川恵理さん……闇払いの一族にしては、随分と嗅ぎつけるのが遅かったように思えるけど?」

 恵理はわずかに眉を動かした。鏡子は恵理の正体を知っていた。超常現象を捌く森川家は闇の世界で有名だったから、そう驚いたことではなかった。

「こう言うのは専門じゃない。それに私はもう一族の仕事から離れているの」
「ふうん……でも、あなたはここに来た」

 鏡子は笑みを絶やさない。仕草や声から自分に優位性があることが伺える。恵理はそれは覚悟の上だった。敵地に乗り込んだ時から、自分の不利は確信している。

「友達を返してもらうためならね」

 それが彼女がここにいる理由だった。沢渡陽子の安否、それだけが彼女を動かしていた。鏡子も恵理がここに来た理由を察していた。

「ふふ」
「彼女は無事なの?」
「さぁ?」

 その態度に恵理は激昂した。感情を瞳にきらめかせ、右足を一歩踏み出す。強烈な視線を鏡子にぶつける。心胆の弱いものなら、すくんで動かなくなりそうな睨みを受けてなお、鏡子は余裕を崩さなかった。

「あなたの魂は……特別おいしそう」

 鏡子の瞳が金色に光った。それは彼女が命を奪う時の不可視の力だった。恵理は激しい耳鳴りを感じた。

「ぐっ」

 三半規管は常を失って、彼女は片膝をついた。得体の知れない何かが、胸のを奥を鷲掴みにしている。そんな苦しさを覚えた。

「やっぱり特別なのね、森川さんは」

 鏡子は驚きと残念を足して二で割ったような表情を浮かべた。

「な……何を今……」

 恵理を襲った痛みはもう消えていた。だが、激しい痛みのためか全身から脂汗が噴出し、息も上がっていた。
 自分を奮い立たせるように恵理は両足に力を入れて姿勢を直した。

「そうか。こうやってあなたは殺してきたのね」

 他にも催眠術やいろいろな手段を持っているに違いない。恵理は油断なく鏡子を見た。

「少し違うわ。奪うのよ」

 鏡子は笑って言った。

「でも、あなたは面白いから、殺してあげるわ」

 優しげな笑みから発せられたその言葉は、氷の刃よりも冷たく鋭かった。
 恵理は反射的に身構えた。陽子や杉本の様に空手の心得があるわけではないが、人並み以上の護身術は身につけている彼女である。

「あの子と同じようにね」

 鏡子は視線を横に滑らせた。恵理も嫌な予感がしてその視線を追った。闇の中に誰かがいる。恵理は目を細めた。その小柄な人影は吊られていた。四肢をだらりと投げ出し、全てを首だけで支えている姿。首吊り自殺のそれだった。
 恵理は全身から力が抜けていくのを感じた。

「……よ、陽子……そんな……」

 薄闇の中、彼女の瞳に映ったのは生気を失った、親友沢渡陽子の青い顔だった。
 恵理は鏡子の気配をすぐ間近に感じたが、対処できなかった。いや対処する精神力を失っていた。鏡子が手にした刃が恵理の制服を、皮膚を引き裂き、それは臓腑に達した。切り裂かれた傷の熱さと、口から溢れ出した血の苦しさを越えてなお、彼女は沢渡陽子のうつろな瞳を見つめつづけていた。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ