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放課後TwilightZone 作者:水夜ちはる

2.ヒトガタに宿る魂

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第8話:「仲間」

現代ファンタジー・吸血鬼モノの伝奇ライトノベル。
 昨日無茶をした痛みは昨夜アイシングを施し、痛み止めを飲んで散らしている。それは紺のソックスに包まれていた。
 沢渡は改めてその左足を見つめた。ちょうど三年前の今ごろだ。

 中学の空手全国大会、沢渡は圧倒的な実力で勝ち上がっていた。だが準決勝にトラブルは起こる。彼女は足を滑らせ、無理な体制で左足に体重がかかり靭帯を伸ばした。準決勝はそれでも勝利を得ることが出来たが、その負傷は続けて試合が出来るものではなかった。だが、立つこともままならない彼女は決勝を強行出場した。結果は見えていた。試合開始後すぐに勝負は決まる。沢渡は負けた。そして無理を強いられた左足は再起不能とまで言われる重傷と診断された。
 彼女の中学の夏は終わった。

 三度の手術と驚異的な回復力を持って沢渡の左足は回復していく。だが、高校に入った彼女は空手部に選手として復帰することはなかった。奇跡的に普通の運動も空手も特に問題がなかったぐらいに回復はしていたが、いざ白線の前に立つと左足に激痛を覚えた。彼女の記憶が痛覚を刺激するのだ。それを彼女はついに克服できなかった。彼女は周りから期待されながらも、選手としての道を諦めた。記憶と戦う事を避け、彼女は逃げ出したのだ。

 生来の明るさでその挫折と、手術のあととわずかに歪んで見える足首を靭帯をソックスに隠し、今はマネージャーとして好きだった空手に関わっている。空手に関わることで彼女は時々その疼きを思い出す。逃げてしまったことの後悔と共に。

「ふうっ……変なことを思い出したなあ」

 暑さに吹き出る汗を拭きながら、彼女はつぶやいた。
 彼女は待ち合わせの人物を探した。日曜の昼下がりの駅前は人で混みあっている。ほどなくして人ごみの中でもひときわ目立つ、待ち合わせの相手を探し出した。

「ごめーん、遅れた」

 沢渡は怪我を感じさせない足取りで近寄って言った。

「五分遅れ。沢渡が遅れるなんて珍しいね。珍しいといえば、沢渡のほうでデートに誘ってくるコトだけど」
「デートじゃない、相談。誰がデートよ。オタク!」

 沢渡の待ち合わせの相手はクラスメイトの小田桐拓郎だった。愛称は「オタク」。小田桐の「お」と拓郎の「たく」で「オタク」である。容姿端麗、成績優秀、スポーツ万能であるのだが、さまざまなジャンルに精通しその知識を持っているためにその名が通り名として根付いてしまっている。その名で呼ばれても、彼は特に否定するわけでもなく受け入れている。マイペースな性格も彼の特徴だった。

「ちぇ。まあいいけど、それで相談って?」
「あんたオカルト詳しいよね……って、暑いところで長話もなんだし入らない?」

 沢渡は通りを挟んだ先のファーストフードの店を指差した。炎天下の午後気温は三十度を軽く越している。小田桐は確かにと暑そうに髪をかき上げて、すぐに賛成した。
 沢渡が先に歩き出す。昨夜、彼女は後輩を失った。永遠にだ。その喪失感ともしかしたら助けられたかもしれないと言う後悔が、昨夜の彼女を眠らせなかった。ただ、失ったものの傷跡を左足と同じようにそのままにしておきたくはなかった。そのままにしておけば、左足と同じように何時までもうずくことになることを彼女は知っているのだ。解決させなければいけない。この傷と同じように逃げてはいけない、と彼女は言い聞かせた。
 エアコンのよく効いた店内に入った二人はシェイクを頼んで席に落ち着く。

「で……相談事って何?」

 小田桐は一口アイスコーヒーを飲み込んで問い掛けた。 沢渡はしばらくどうやって繰り出そうか悩んだ挙句、彼女らしくストレートに伝えることにした。

「昨日、後輩が殺された」
「へぇ……そりゃ穏やかじゃないね」

 小田桐は一瞬、目を見開いたが取り乱すことなく応えた。物事の大小に捕らわれず、それでいて軽視しているわけでもない彼の態度は、彼の特異点のひとつでもある。

「殺された、オカルト……そのキーワードを並べると、それは呪いかなんか、ってわけ?」
「うーん、私にはよくわからないけど、多分大きく間違ってないと思う」
「ふむ。わかった。悪いけど詳しく話してくれないかな? その時の状況と、何故それがオカルト絡みだと思うかってこと」

 小田桐は真剣な面持ちで言った。彼は普通ならありえない話にも笑い飛ばしたり、決め付けたりしない。だからこそ沢渡は彼に相談を持ちかけたのだ。

「うん」

 沢渡は昨夜の出来事から伝え始めた。記憶には鮮明に焼きついている。そしてエンジェルハイロゥについて聞いた話と木偶人形と犠牲者の関係。一斉に動き出したマネキン――。
 全てを話し終えたところで沢渡は青い顔をして、一つ身震いをした。効きすぎのエアコンのせいではない。

「そうだな」

 それまで黙って沢渡の言葉を聞き続けていた小田桐は、息を吐き出すように声を出して腕組みをした。
 沢渡はテーブルに視線を落としていたが、小田桐が心配そうな視線を向けていることに気がついて顔を上げた。当然、昨日のことから抜けきれていない。沈んだ顔になるのも無理もないことだ。沢渡は心配そうな小田桐の視線で少し落ち着くことが出来た。

「木霊、って線かもしれない」
「こだま?」
「ああ、古い木に宿っていると言われる霊のことだよ。日本人には割と身近な存在なんだ。神社とかって自然信仰からはじまってるところが多い。山や海、湖、滝などと同様、古い樹木も神木として祀られている神社も少なくない」

 沢渡は難しい顔をした。その顔に対して小田桐は苦笑して説明を続けた。

「それにプラス、木偶人形や動き出したマネキンたち……木霊が宿っている木を元にそれらの人形を作り出したとしたら、その人形たちにも霊力が宿ってもおかしくないんじゃないかな? それに人形は『人の形』と書く。名前のとおり、人の形をしてるわけだけど、総じてそういうものには霊魂は宿りやすい」

 小田桐はそこで息をついた。

「ほら、人形やぬいぐるみとかに霊が取り付くその手の話はよくあるだろ?」

 沢渡もそのあたりの話は聞いたことのある話だ。小田桐は冷静に「そんなことがありえるなら、ね」と付け加えた。
 沢渡は口に手を当てて考え込んだ。小田桐の説は一考する価値があるだろう。しかし相手が木霊だとして、それでどう対応していいかまではわからない。
 沢渡は苛立ちの表情を浮かべていた。それを見て小田桐が小さく息をつく。

「焦ってもしょうがないさ。次の被害者が出るまでに俺たちでできることをするしかない」
「でも、それを持っているのが恵理と夏希ちゃんなのよ……」
 沢渡がその表情をするには理由がある。小田桐はそう思い、口を閉ざした。それでも彼は焦っても仕方がない。冷静に考えるべきだと自分に言い聞かせた。




 香津美が……いないんだ……もう。

 週明けの朝、夏希は教室に入った瞬間、心を黒いものが鷲掴みにした。
 唯一、彼女と交流のあったクラスメイト、三浦香津美はもう二度と会話を交わすことはない。全身の力が抜けて暗闇に包まれるような感覚に襲われた。

「……村、川村?」

 夏希は肩を叩かれはっとした。そこにはクラスメイト、杉本健司がいた。香津美の一件から言葉を交わすようになったクラスメイト。だが夏希は彼にはまだ慣れていない。

「顔色悪いな……って、そりゃ無理もない、けどな」

 そういう彼も目の下にくまを作っている。
 杉本の夏希を心配する言葉が皮肉にも夏希の心の均衡を崩した。いや崩れかけていたところにわずかな追い風となったのだ。
 夏希は小さく悲鳴をあげて杉本を押しのけた。彼の制止を振り切って廊下を駆け出していく。杉本は不意をつかれたこと、夏希の思いの他、強い勢いにすぐに追うことが出来なかった。

「川村!」

 声が廊下を走る。
 それは夏希の耳にも届いた。
 夏希は一瞬走る速度を緩めたが、すぐに全力で走り出した。
 杉本はそれを見て駆け出した。何人かの生徒にぶつかって、とばっちりを受けた生徒から文句が飛んだ。
 予鈴が杉本の耳に飛び込んできた。杉本はそんなものどうでも良かった。




 息が上がって、足が重い。夏希はよろけるように校庭の木に寄りかかる。これ以上走ることはできない。一度止まってしまった足は鉛のように重くなっていた。

「川村!」

 さすがに運動部で日頃から鍛えている杉本が追いついてくる。
 夏希は膝に手をついて頭をたれている。髪が落ちてその表情を隠す。肺活量の限界を超えて走ったために、彼女は激しく咳き込んだ。

「川村……大丈夫か?」

 杉本は心配そうに声をかけた。

「なんで、私にかまうの?」

 杉本にはその言葉の意味がわからない。彼は当然のことをしていると思っているからだ。親友を亡くし、取り乱しているクラスメイトが目の前にいたら、気にかけて当然だった。それが彼のあたりまえだった。

「ねえ……私に優しくしたって何もないよ? 何も返せないよ。返し方を知らないんだもん。優しく心配されたって、応え方を知らない」

 夏希は知っていたのだ。転校してきた時、べつにクラスメイトは彼女をよそ者扱いをして仲間はずれにしようとしたわけではない。むしろ、転校してきた彼女をうまく仲間に入れるように親切に振舞ったと思う。だが、夏希は親切にされることに慣れていなかった。それにどう対応していいのかわからないまま、時間と想いのすれ違いだけが重なった。どんなにクラスメイトが親切にしようが、反応の薄い彼女にクラスメイトは戸惑い、そして遠ざかるようになった。何かしらのアクションを起こした時、リアクションを求めてしまうのは仕方のないことだ。アクションを起こした側が期待したリアクションがない場合、その対象に失望し、諦め、そして感情はマイナスへと転化してしまう。見返りになしに親切を続けられる人間は極少数でしかなかった。たとえばそれは香津美だった。

「別に何も求めちゃいないけど……でもなるべくなら、つらそうな顔とか、その泣き顔とかはあまり見たくない。だから、放って置けなかったんだ……」

 杉本は困ったように言った。困っているのは彼が優しいからだ。人の感情の動きに敏感な夏希はそれが分かった。
 夏希はぼろぼろと涙をこぼした。また、泣いた。どんなに辛くても人前で泣くことがなかった夏希は、この少年の前ではこれほどにも涙をこぼしてしまう。なぜ、彼の前では泣いてしまうのだろう。夏希はそれがわからなくて、悔しくて恥ずかしくて、さらに涙がこぼれた。彼女は涙を止められなかった。




 杉本は携帯に届いたメールに書かれていたとおり、昼休みに屋上に上がった。メールの差出人は彼の部活の先輩マネージャー沢渡陽子だ。杉本は購買で昼食を手に入れた夏希を連れ立っていた。夏希は母子家庭のために母親が仕事で忙しく、昼食はいつも購買だった。

「お、ちゃんと連れてきたね。結構結構」

 沢渡が手を振って二人を呼んだ。その隣では森川恵理がブロックを腰かけ代わりに座っている。

「森川先輩……それなんかイメージ違うっす」

 杉本は恵理の姿を見てつぶやいた。恵理は左手に牛乳パックを握りながら焼きそばパンをかじっている。
 その指摘に沢渡はけらけらと腹を抱えて笑った。

「あはは。だよねえ。その正体を知れば誰もが驚く森川財閥のお嬢が、焼きそばパンに牛乳だもんね」
「ほっといて。結構気に入ってるのよ。焼きそばパン……」

 口に含んだパンを牛乳で流し込むと、恵理は不機嫌そうに反論した。
 彼女自身、イメージに会わないというよりは一年前までは想像すらできなかった姿である。第一、彼女は沢渡に教えられるまでパックの牛乳のストローの刺し方すら知らなかったぐらいだ。だが今の環境を彼女は心地よく思っている。
 恵理は夏樹の下げたビニール袋を見て言った。

「夏希ちゃんもパンなんだ」
「あ、はい……いつも、大抵は屋上で」
「なんだ、じゃ結構顔見てたのかもね、私たちもよく屋上でお昼してる」
「屋上、好きなんですか?」

 夏希のその質問に恵理は苦笑いをした。校庭を方に視線をやり、小さくため息をつく。
 たしかに屋上の風は嫌いではない。

「ここが好き、っていうよりは教室に居場所がないから……ここの方が落ち着けるから、ってとこね」

 元フェイノール学園、森川財閥の娘。その噂は誰かが意図的に広めようとせずとも広まってしまうものだ。それでいて成績優秀容姿端麗とくれば、妬みなどの降りかかる負の感情も少なくなかった。彼女が人並みの人間関係を築けるような器用さがあればまた違っただろうが、彼女はそうでなかった。彼女が傷つかないためには、その場所からなるべく遠ざかる。それが彼女の処世術だった。
 それでも沢渡ら、心許せる友人たちがこの場所に彼女を留まらせている。

「夏希ちゃんも、今度から一緒にお昼しよう。よかったら」

 恵理は微笑んだ。
 沢渡らが恵理に手を差し伸べた時の様に、今度は彼女が夏希に手を差し伸べる時だと、彼女は無意識ながらも言葉にしていた。
 夏希は驚いて恵理を見た。

「……いいんですか?」
「もちろんよ、ね、沢渡」

 沢渡は一瞬驚いた様子だったが、すぐに彼女らしい屈託のない笑顔で頷いた。

「もちろん、歓迎するよ」

 夏希は信じられないことだった。どう反応していいかわからない。転校したてのときクラスメイトに言われた言葉に似ている気がする。だが、他人の感情に敏感な夏希は、その言葉の裏に義務感や偽善のような薄い灰色な感情を感じ、それを拒否した。その感情を今は感じない。

「よかったな、川村」

 杉本が夏希の肩を叩いた。
 川村夏希は三浦香津美という絶対無二の親友を失った。だが、それによって彼女は新しい関係を手に入れることが出来た。それは運命の悪戯なのか、必然なのかはわからない。
 左腕のリストバンドに隠された傷を右手で押さえながら、夏希は自らの名を関した季節の空を見上げた。
 彼女には香津美がいなくなったことに新しい傷が出来ていた。それは目に見えないものだが、とても深く彼女の生きる糧を奪い去るほどのものだった。

 だが――。

「でも生きていける。この人たちがいるなら私は生きていける」

 夏希は言い聞かせた。それを言葉にせず心の中で何度もつぶやく。生きると言う勇気を強く自分に言い聞かせて。
 だが、彼女たちは生き残るための術を、手に入れなければならなかった。彼女たちの手元には香津美を殺したあの木偶人形があった。
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