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放課後TwilightZone 作者:水夜ちはる

2.ヒトガタに宿る魂

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第7話:「変化」

現代ファンタジー・吸血鬼モノの伝奇ライトノベル。
 四つのグラスに入れられた麦茶をそれぞれが口にし、ひとまずは一息をついた。冷たいものを入れ、心がひとまず落ち着かせる。
 恵理が一人暮らしをしているマンションは部屋の広さに対して家具や調度品が極端に少ないためにやたら広く感じる。よく言えばシンプルで清潔、悪く言うなら殺風景な部屋だ。

 相変わらずだなと、この部屋に何度も訪れたことのある沢渡は率直に思う。
 白いカジュアルテーブルを囲み、沢渡から見て右手に夏希、左に杉本。そして麦茶のポットを冷蔵庫に戻した恵理が正面に座った。

「夏希ちゃん……だったよね。落ち着いた?」

 面倒見のよい沢渡はとなりに座る夏希の様子を伺って訪ねた。
 視線はまだ下を向いたままだが、わずかに縦に首を振る。ショックが抜けきっていないのは当然だった。逆にその精神状態が人と接しているいつもと違う自分を落ち着かせていた。人の家に上がりこみ、テーブルを囲むなど何年ぶりだろう。記憶を探ってもすぐには出てこない。

「さて……夏希ちゃんには悪いけど、起った事を巻き戻すことはできない。だから、これからどうするか、それを考えなきゃいけない」

 恵理がやや遠慮がちに言った。彼女にしては珍しい口調だった。
 しばらくの沈黙の後、夏希が顔を上げる。

「大丈夫です。私のことは」

 自分でも思いのほかはっきりした口調だと夏希は思った。香津美を失ったことがそうさせているのか彼女自身わからなかったが、自分の意志を珍しくはっきりと口にする。
 恵理は頷くと話を続けた。

「私が持っている情報は、エンジェルハイロゥに関わった人間が既に五人が死んでいる、と言う事。私の家の情報網に引っかかってからだから、過去にもまだあるのかもしれないけど、エンジェルハイロゥのオフ会が始まった頃と同じぐらいだから、おおよそ正確な数字だと思う」

 そこまで言ったところで恵理は強い二つの視線を感じて言葉を止めた。視線の主は夏希と杉本だった。驚きと不可解が混ざり合った表情を作り、二人は恵理の顔を見つめていた。

「えーと、質問いいっすか、森川先輩。先輩って何者? さっきも簡単に警察とやりとりしちまうし、その情報網って……」

 杉本が質問し、夏希もそれに真顔ですばやく首を縦に振る。

「あー……確かに。そこからはじめないと」

 沢渡が手を打ち恵理を見た。恵理も確かにと思い、沢渡と視線を交し合った。
 森川恵理はその類稀な容姿だけでも存在感に溢れているが、彼女の持つ裏事情もまた尋常ではなかった。

「えーと、二人とも森川財閥を知ってるよね?」

 沢渡が言った。森川財閥はこの国の経済界を、いや経済界だけではないだろう。各分野に対し多大な影響力をもつほどの大財閥である。夏希と杉本も当然その名前を知っており、首を縦に振った。

「その御令嬢」

 沢渡が悪戯っぽく言う。期待通り驚いた二人が恵理の顔を見る。その勢いに恵理は少しだけ身をひいたが、沢渡はさらに言葉を続けた。

「と言うよりは、現当主、だったよね」

 夏希と杉本は目を白黒させた。どこかに居る存在だが、まさかそれが目の前にいるとは信じられなかった。

「ちょっとまってくれ。森川先輩って高校生だよな?」
「十八歳の高校三年生よ。偽りなく」

 恵理は軽く咳払いをしながら言った。
 杉本は頭を抱え込んでつぶやく。

「訳がわからなくなってきた」

 夏希も思わず大きく息をついて天井を見上げた。

「まあ、それは理解できなくってもいいわ。問題は森川家は表では財閥をやっているけれど、裏では今回のような超常現象に関係する事件の処理を請け負っているの……普通の警察では手に負えないような奴ね。今回のもそれに当たるわ」
「わかったよ、森川先輩。確かにあれば普通じゃない」

 杉本が諦め顔で相槌を打った。信じがたいことをかたくなに考えるより、考えることを諦めて素直に受け入れるほうが得てして理解できることがある。

「とにかく、私にはそういう組織の後ろ盾と、情報網があるってこと。だから、エンジェルハイロゥについて調べていたところなの」

 恵理の説明には一部、嘘が混じっていた。
 彼女は確かに森川家の当主ではあるが、超常的な問題に対応する組織からははずされている身だった。つまり彼女の後ろには組織的には何も存在していない。一部、森川家の中枢にいる彼女に好意的な人間が個人的に協力しているに過ぎなかった。

 エンジェルハイロゥの一連の件も、森川家が本格的に動くほどの事件ではない。恵理の独断の行動と言えた。だが、彼女の身近で事件が起こっているのは確かだった。偶然知ったエンジェルハイロゥと不可解な死。それを放置出来る彼女ではなかった。

「で……恵理、何か判ってるの?」

 沢渡が問い掛けた。香津美のことで恵理を頼ろうとしたのは彼女だった。彼女は恵理の裏の顔を知っている。
 だが、恵理は顔を横に振った。

「ごめん、まだ何もつかめていないの……だから、今日の事も私が間に合っていたとしても、何ができたかわからない」

 沢渡はまっすぐに恵理を見つめていた。恵理はその視線に彼女の期待を感じて後ろめたく思った。沢渡はしばらくその視線を続けていたが、ゆっくりと視線を外して微笑んだ。

「恵理を責めるつもりはないよ」

 沢渡は小さく言った。それに恵理は反応しようとしたが、彼女の携帯電話が鳴った。
 着信は吉岡からだった。

「もしもし」

 吉岡からの電話は香津美が殺された現場の情報だった。
 鑑識の初見は死因は心臓麻痺で、外傷はない。争った跡もはないが、香津美は逃げ出そうとした形跡があるということだった。そして沢渡が証言したようにマネキン達が動いた形跡もあるということだった。吉岡はもちろん、「動かしたあと」という表現を使ったのだが。

『ああそう言えば、遺留品に木偶人形のような人形は見つからなかったですよ』

 吉岡の報告に、恵理は少しを驚いた表情をして電話を切った。

「被害者の……香津美さん? あの人形を持っていなかったんだって」

 三人がざわめきたった。特に杉本と沢渡は顔を見合って信じられないという顔を作った。

「そんな、寸前まで香津美はあの人形を持っていたよ」
「間違いないっす」

 沢渡と杉本は強い口調で言った。
 恵理は頷いた。

「だとすれば、それを奪っていた人物がいる、ということよ」

 恵理は顎に指を当て、推理する。彼女はバッグから木偶人形を取り出した。沢渡たちが驚いてそれを見る。

「木偶人形を奪った人物……その人物が犯人だってことね。そして狙われるのはこの人形を持っている人達。これを渡された人たちはエンジェルハイロゥの『降夜祭』の催眠にかからなかった特殊な人……一つのラインが出来たわね」

 恵理は冷静に言った。その言をたどれば、次に狙われるのは彼女自身かもしれない。いや、次に被害者になる可能性だって十分にある。それなのに彼女の言葉の端からはその恐怖は微塵も感じられない。彼女は自覚はなかったが、危険を愉しむような性格をひそめている。沢渡はそれを知っていて、眉をひそめた。
 恵理の言葉に不安を抱いた夏希も木偶人形を取り出した。彼女もカエデから渡されていた。

「川村、おまえも?」

 杉本の驚いた声に夏希は頷いた。
 沢渡は神妙な声で言った。

「それって、恵理。それはあんたや夏希ちゃんが次に狙われるかもってことでしょ?」

 恵理は沢渡が心配をしていることを察した。彼女は視線を逸らした。

「かもしれない。でも違う人かもしれない。これをもっているのが何人いて、どんな人なのかはわからないから」

 恵理はそう言って言葉を濁しながら、沢渡の顔を見た。彼女の顔は納得していない。恵理はため息をついた。

「心配しないで。私も死にたくはないし、対策は練るわ……今、それがまだ有効な策がないってだけ、でも簡単にやられはしないわよ」
「けど、特殊な人ってなんすか? その、森川先輩はともかく川村や三浦って普通に思えるんだけど」

 杉本の質問だった。彼が恵理を除外したのは単なる偶然だった。恵理に流れる血は通常の人間とは確かに違う。現時点で彼はそれを知りようがなかったから本当に偶然だった。恵理はそれに少し驚いたが、彼が真相を知りようもないので特に気に留めなかった。だが、確かに自分は普通ではない。それに気づき、一つの疑問が生まれた。

「夏希ちゃん、もし何か自覚があるなら教えて」

 恵理は夏希に向って言った。一瞬だが夏希は身体を強張らせて恵理を見た。それは恵理たちに自覚があることを伝えてしまう結果になった。だが、過去のトラウマが彼女の口を固くした。身を固くして、うつむいて閉じこもる。

「川村……」

 杉本が案じて覗き込んだ。その声すら届いていないのか、両拳を握り締め、彼女は絶えている。
 重苦しい静寂が四人を包んだ。

「なぁ、川村。川村と三浦が仲良かったのって、そういう理由なのかもな……俺にはわからないけど、同じようなものを持っていること、三浦は知ってたんじゃないか? 他の女子たちが川村をハブにし始めても、三浦だけはずっと川村に話し掛けてたよな」

 大きな声ではない。何か思い出すかのような口調で口を開いたのは杉本だった。夏希はその言葉にはっとなって顔を上げた。

「三浦、霊感が強いって話してた事がある。そういうことじゃないのかな? 森川先輩」 

 杉本が顔を上げて恵理を見た。恵理もその視線を受けたあと、夏希を見つめた。

「……夏希ちゃん」
「私、見えるんです。他にも、人の死を感じたりとか……たぶん、香津美や他の霊感が強いとか言っている人たちよりも、ずっとはっきりと強く感じるんです。昔、それでみんなに、いじめられて」

 一度口を開いた夏希は止まらなかった。
 過去のこと、香津美のこと、堰の切れたそれはとどまることを知らなかった。




 夏希が全てを話し終えた頃、時間はかなり過ぎていた。夜も遅くなったため皆は帰宅することにし、恵理のマンションの一階に降りた。今夜は湿気も少なく、風が吹けばかなり涼しかった。

「陽子……足、大丈夫?」

 前を行く沢渡は左足を引きずっていた。元々古傷があるところにドアを蹴破るなど無茶をして、痛めていたのだ。

「あー……まぁ大丈夫。これが痛いのはいつものこと。何もなくたってこの左足はやっかいなんだから」

 沢渡は自業自得だと笑った。この中の三人には理解できない笑いだ。

「まったく、人に無茶するな、って言う割には無茶なんだから」

 恵理は腰に手を当てて不機嫌そうに言った。誰でも親しい人が痛い思いをするのは嫌なものだ。

「ってわけなんで、私は夏希ちゃん送れないから、杉本、あんたがちゃんと送るのよ」
「はいはい」

 杉本は軽い口調で答えたが、沢渡はじっと彼を見つめた。

「なんすか、その視線」
「いや、あんたのことだから送り狼になる恐れを予測してみた」
「俺をなんだと思ってるんですか、それに送り狼って実は襲わないっすよ」

 杉本ががっくりと肩を落として視線を夏希にやった。夏希はその視線を感じて小さく苦笑いを浮かべた。

「川村、教室とはだいぶ違う表情するのな」
「えっ?」

 夏希は驚いて杉本を見た。それはかつて香津美に言われた言葉と同じだった。つまり夏希は杉本達を香津美と同じように感じているのだろう。
 香津美は自分に変化が訪れていることを感じた。

「森川先輩も、霊感が強いんですか?」

 恵理はエントランスの階段の上にいる。夏希は少し見上げる形になって訊ねた。恵理は少し意外そうな顔をして彼女の顔見る。そして空に浮かんだ月を見上げながら、小さくつぶやいた。

「そうね、強いと言えば強いんだけど……でも私の特別はちょっとあなたたちとは違うかもしれない」
「違う……?」
「たとえば夏希ちゃんの特別は、目が人より良く見えるとか、耳が良く聞こえるとか、そういうものの延長だと思う。だけど、私のは……違うのよ。その根本がね」

 夏希は理解が出来なくて不思議そうな顔で恵理を見つめていた。半分に欠けた月が彼女の横顔を照らしている。深く刻まれた陰影の奥底にある目が紅く光った気がして、夏希はわずかに戦慄を覚えた。

「私は夏希ちゃんがうらやましい」
「え? 私こんなですよ?」

 恵理は首を振った。長い黒髪が流れて夜に溶け込む。

「それでも普通の生活を送ってこれたのだし……私には……普通じゃない生活ばかり。普通じゃない敵と戦うための毎日。そんな毎日じゃ友達も作ることもできなかったし、作ろうとも思わなかった。生まれついて特別だったの。自分自身の存在も家も。学校だって、フェイノールと言う、森川家の出資しているお嬢様学校に行ったときなんてひどかったわ。私を私として見てくれる人は誰一人としていなかった」

 恵理はやるせないと言った表情で笑った。

「いえ、学校だけじゃない……森川の人間も同じだった。私は森川恵理ではなく『森川の娘』でしかなかった。みんなその外側の部分しか触れず、私も殻を固くするしか手段を知らなかった。私の回りにいる学校の同級生も、家の人間もすべて、プライドの高い人たちだったから、トゲトゲだったしね」

 そして、それは自分も同じだった、と恵理は付け加えた。

「でも、ここにきて随分変った。家のことから解放されたのもあったけど、それ以前に私の内側に触れてくれる人に出会えたから」
「沢渡先輩……ですか?」
「陽子もそうね、あと数名。多分普通の人たちから見れば、きっと少ないんだろうけど……それでも私は変われたわ」

 恵理の顔はどこか誇らしげだ。夏希はそう感じて直視できなかった。夏希は恵理をうらやましそうに眺めて言った。

「私も、変われるかな」
「きっかけはもらったんじゃない? ううん、香津美って子からもうもらってたはずよ。大事なのは自分の意思。きっと人は自分の意思で自分を変えられる」
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