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放課後TwilightZone 作者:水夜ちはる

2.ヒトガタに宿る魂

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第6話:「追憶の涙」

現代ファンタジー・吸血鬼モノの伝奇ライトノベル。
 大勢の人間が踏み込んでくる気配がした。夏希たちが店内に侵入したドアからブルーの制服の男たちが数名入ってくる。警察だった。

「恵理さん! やっはりあなたでしたか」

 一団の最後に黒っぽいスーツを着た青年が恵理の姿をみて声をかけた。

「吉岡さん」
「本家のほうから連絡がありましてね。慌てて駆けつけましたよ」

 スーツの男は県警の若い警部補だった。やや精悍な顔立ちと上等そうなスーツが年齢以上の風格をもたらしていた。
 森川家は普通起りえないいわゆる超常的な事件にかかわり、その上大財閥である。経済力、政治力を含め、公的な組織……今回は警察だが、超法的な介入も可能だった。吉岡宏一は森川家とつながりの強い警官だった。

「それで、今回は……」

 吉岡の視線が強くなった。恵理は頷いて半身をずらす。吉岡の視界が広がって香津美の姿を確認する。わずかに左の眉が上がり、香津美の姿を見つめた後、数秒だが目を閉じた。わずかな黙祷。

「陽子……大丈夫?」

 恵理は沢渡を見た。目の周りがはれぼったくなっていたが、落ち着きは取り戻しているようだった。

「顛末を話してくれる? 夏希ちゃんは離れてたほうがいいかな?」

 気を配って恵理は夏希の方に視線を投げた。夏希は数瞬戸惑ったものの、首を小さく横に振った。

「大丈夫です」

 その答えに恵理は頷くと沢渡と目を合わせた。
 沢渡は指で涙を拭うと、戸惑い気味に恵理を見た。

「顛末って行っても……逃げ出すまでしか」
「逃げ出した、ってことは何かあったって事でしょ?」
「うん、だけど」

 沢渡はその状況をうまく整理できないらしく、戸惑うように杉本を見た。杉本もまた彼の理解力を超えた状況だったために、困った顔を返しただけだった。

「見たままでいいよ、陽子。どんなことでもいいから」
「信じてもらえるかわからないけど? ここいっぱいマネキンがあるでしょ? それが……動き出して襲ってきたの」

 警官たちにどよめきが走った。吉岡も目を見開いて沢渡を見る。
 沢渡は思い出して青い顔をした。話している彼女自身あれが未だ信じられない。
 だが、恵理は真剣な顔をして頷いた。

「だから逃げ出したのね?」
「う、うん」

 沢渡の返答にはいつものような歯切れの良さがない。沢渡は白昼夢でも見たような、自分の記憶すら疑っている状態だった。
 結局、彼女の記憶にあるのはそれだけだ。杉本も同じだった。
 二人はそのマネキンたちから逃げるため、必死になって出口を目指しただけだ。
 恵理は吉岡を見たが、彼も首を横に振るしかなかった。到底、普通ではありえない話だったからだ。

 本来、第一発見者である沢渡たちは警察の事情聴取に付き合わされるはずだったが、状況と彼女たちの証言があまり奇妙だったために、その日の夕方には解放された。
 四人は香津美を失って、とぼとぼと歩いていた。




 自己紹介のとき、声が出なかった。
 この学校ではうまくやっていこうと思っていた。だから、はじめが肝心だと自分に言い聞かせていたはずだった。だが、教壇に立ち教師から紹介されて、クラス中の視線を受け止めた時、彼女は声を失っていた。

 それでもクラスは転校生に気を遣って、いろいろなことを教えたり面倒を見たりしていた。失敗に失敗を重ねてはいけないという重圧。もともとのコミュニケーションの経験のなさ。緊張が邪魔をしてクラスメイトの親切をうまく受け止められなかった。
 特に女子達はいくつかのグループを作っていた。いろいろなグループから声をかけられたが結局はそれも受け入れることができなかった。そのうち女子達は輪に入ろうとしない彼女を目の仇にした。
 徐々に転校生を敬遠し始めるクラスメイト。その視線に敏感な彼女はさらに言葉を失う。

 そして、川村夏希のクラスは四十人と一人のクラスになった。

 そんな時間が続いているうち、「どこにでもあるような」事件が起こる。
 おそらく肩が触れ合ったくらいだろう。夏希にも自覚があった。ただほんの少しのことだったし、「ごめんなさい」をいう事も怖くなっていた夏希はその場からそそくさと逃げ出そうとした。だが、相手の女子はそれを許さなかった。

「ちょっと!」

 鋭い声が背中から突き刺さった。夏希は足を止めたが振り返れなかった。
 足音が三つ。背後から近づいてきた。

「肩、当たったでしょ? 一言ぐらいないの?」

 明らかに威圧的な声。彼女は普段は普通の女子だ。たまたま機嫌が悪かったからかもしれない。仲間と一緒にいたから気が大きくなったのかもしれない。
 だが、夏希に対して鬱積したものがあった。それは事実だ。そして夏希自身それに気づいていた。

 夏希はなすがままに人気のいない校舎裏に連れて行かれ三人に囲まれた。
 相手の顔すら見れない。だが、泣かないのは彼女が最後に護っているプライドと悲しい慣れだった。泣けば相手が増長する。彼女は攻撃に対して、貝の様に閉じて耐え忍ぶしか手段を知らなかった。

「なーにやってんの!」

 囲んだ三人の後ろから大きな声が飛んだ。奇襲と威圧には十分だった。
 五人の少女。彼女たちも普通の生徒だ。真中にメガネをかけたクラスメイト、三浦香津美。声を出したのも彼女だった。
 三人のグループはうろたえた。元々うしろめたいことをしていたのと、自分たちより大人数のグループ、そして香津美が空手部であることを知っている。争えば自分たちが不利なのは明白だ。
 三人はばつが悪そうな顔をして逃げ出した。

 別に彼女たちと香津美たちが仲が悪い、と言うわけではない。女子たちの間にはクラスの中で数グループに分かれていて、お互い何もなければ不干渉、といった位置付けだった。

「大丈夫だった?」

 怯えている夏希に香津美が明るく声をかけた。
 夏希は香津美を見た。彼女とその仲間たちが夏希を見ていた。夏希は勇気を振り絞って御礼を言おうとした。顔を上げて口をあける。だが、声が出ない。意識とは何か別の力。香津美が不思議そうに首をかしげた。他の女子たちも怪訝そうに見つめた。その表情が怖かった。

 たまたま助ける側に立った少女たち。それでも、彼女らにも逃げた三人のような鬱積はあるはずだ。夏希はそう思うと怖くなった。そして逃げ出した。
 その背に呆れたような声が飛んだ。それは負の感情の言葉だった。夏希は過ちを繰り返した。




「こんなところでご飯食べてんだ」
「え?」
「川村夏希さん。私、三浦香津美。覚えてくれた?」
「うん、知ってる……あの」
「うん?」
「この間は……ありがとう」
「ん? ああ。なんだ、ちゃんとしゃべれるじゃん」
「たくさんの人に見られるの、好きじゃない」
「そっか、なるほどねー。ごめんね、あなたの事わかんなくって」
「ごめん?」
「だから、あなたのことが知らなくて。まぁあれでキレちゃった子もいたけどさ」
「……」
「あはは、ごめんごめん。脅かすつもりじゃなかったんだけど」

「だからあ。ああ言うのは自分から……」
「無理」
「無理な訳ないでしょ。私にはしゃべれるんだし」
「それは、香津美だから」
「あのねえ」
「いいの、香津美がわかってくれれば。私はそれで十分」
「それがダメだって言ってるじゃない」
「……うん、ごめん」

「夏希っていつもパンだね」
「うち、母子家庭で母さん忙しいから」
「ありゃ、そりゃ大変だね。あ、でも自由でいいかも」
「その逆。普段一緒にいないからだろうね。いろいろうるさくって。そのくせ自分は疲れてるからってロクに会話もしない」
「うーん、家庭でのコミュニケーション不足も夏希の性格の一因かな? ってあちゃ。ごめん、禁句っぽい?」
「あはは。でも確かにそう言われるとね、そうかもしれない」
「でも、夏希、随分自然にしゃべれてない?」
「……それは香津美だから」
「クラスじゃまだ固いもんね。私としゃべってる時でさえね」
「だって……」
「ね、今度友達連れてくるからさあ」
「だ、だめだよ。私相手がネガティブなこと考えてると……わかるもん。そしたらしゃべれなくなっちゃう」
「だから、その辺克服しないと! ね」
「う、うん」




 公園は夏祭りに向けて、色とりどりの提灯が吊られている。夜にはライトがともされて鮮やかでにぎやかだ。

 夏希は香津美に夏祭りに誘われていた。
 恵理の部屋へ向う途中、彼女はそれを思い出した。そしてさかのぼっていく記憶。出会ってから、会話と言う会話は香津美とだったような気がする。その彼女のおかげで、ある程度人と言葉を交わせるようになった。クラスでは相変わらず過去の失敗に囚われて、上手く話すことが出来なかったのだが。

 夏祭りに誘われたのは初めてだった。これまで行こうとも思わなかった。人の多いにぎやかなところは苦手だったし、独りで行ってもつまらないから。香津美と一緒なら、きっと楽しい。夏希はそう思って楽しみにしていた。とても楽しみにしていた。

「……あ」

頬に熱いものが流れた。それが伝ってあごから落ちる。一度流れ始めたそれは、もう止まらなかった。

「どうした? かわむ……」

 先を行く杉本が振り返った。振り返った彼は言葉を失った。
 川村夏希は顔をゆがめるでもなく泣いていた。
 大粒の涙をこぼし、無表情に泣いていた。
 号泣するよりも、ずっと悲しい顔だ。杉本は思った。
 香津美の亡骸を前にしても、涙しなかった彼女が今こうして泣いている事。後追って襲ってくる喪失感の恐怖に襲われていることを知った。
 恵理と沢渡も振り返った。
 沢渡は哀しみが蘇った。落ち着かせた心にまた波が襲ってくる。
 恵理も夏希を直視できなかった。

「川村……」

 触れば壊れそうな夏希に声をかけたのは杉本だ。夏希と香津美のクラスメイトである彼は夏希と香津美の関係を知っていて、今一番彼女の痛みを知っている人間だった。
 夏希は反射的に杉本を見た。
 杉本も見ていられなくて声をかけたものの、上手く次の言葉が出てこない。彼は必死に言葉を探して言葉を紡いだ。

「泣けよ。今泣いたって誰も責めないと思う」

 杉本は自分でも不器用だなと思った。その代わりできるだけ優しく言った。
 夏希が手を伸ばした。甘え方を知っている少女ならきっと彼の胸で泣いただろう。彼女は杉本のシャツのすそを強く掴んで、はじめて顔をゆがめて泣いた。
 シャツのすそを掴む強さと、その距離感が今の彼女を現していた。




 夜の闇が透けて見える硝子には、自らの顔が映し出されている。いや、それは自分の顔だろうか。彼女はわずかながらにそう思う。

 一つ息をつく。
 水上鏡子は木偶人形を細い指で握り締めていた。

「私が、望んだこと」

 小さく声に出して確認する。小刻みに揺れていた瞳が一つの場所に定まる。それは心の動きを代弁しているかのようだった。
 明かりを落としたその部屋は暗く、窓から差し込む欠けた月の光がが唯一の灯だった。 彼女は静かに振り返ると闇に沈む部屋の奥へと進んだ。
 重厚な扉を開ける。その向こうにも闇は続いていて、そこにひとつ人影が浮かんでいた。それは車椅子に座ったまま、眠っているかのようだった。

「お父様……もうしばらくお待ちください……」

 鏡子は扉の位置にたち、悲しそうに父を見た。
 反応はない。
 ため息をつくと彼女は扉をゆっくりと閉めた。ドアが閉まり視界が無くなっても彼女は父のいた方向を見つめつづけた。静寂の時間が続く。部屋に差し込んだ庭木の陰が風に揺れて不気味に揺らめいていた。

 と、電子音が鳴る。
 部屋に置かれた無機質なパソコンからの音だった。ネットに繋ぎっぱなしにしてあるパソコンが、電子メールを受信した音だった。

 鏡子はゆっくりとパソコンに向かい、マウスを動かしてモニタを点灯させる。
 メールはエンジェルハイロゥからだった。それは新しい犠牲者を予感させるものだった。メールに添付された写真が徐々に開いていく。
 鏡子の顔が一瞬強張った。

「この子……」

 やや焦点がぼけ、斜めからの角度の写真だったが十分に顔を判別することが出来た。それは川村夏希、少し前に学校の演習室で会話をした後輩だった。

「『木霊』……どうして……」

 彼女は苦しげに闇の中でうめいた。握り締めた木偶人形が震えていた。
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