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放課後TwilightZone 作者:水夜ちはる

2.ヒトガタに宿る魂

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第5話:「喪失」

現代ファンタジー・吸血鬼モノの伝奇ライトノベル。
 沢渡は閉ざされたドアに二度三度体当たりをした。だが、小柄で軽量な彼女では重厚なドアはびくともしない。彼女よりは十五キロは重い、杉本が後に続いたが無駄だった。
 ただならぬ雰囲気に通行人の視線を集める。

「だめだ。裏口を探そう」

 沢渡はそう言うと携帯電話を取り出して恵理をコールした。

「出てよ……お願いだから」

 唇をかむ。焦りと混乱が彼女を支配していた。

『もしもし』

 聞きなれた声が出る。沢渡の表情が一瞬だけ輝いた。

「恵理? 今何処?」
『瑞穂の駅に着いたところよ? もう少しで着くから』
「今、恵理の部屋に向かってない。駅前通りの……」

 看板を見る。

「ジュジュって名前の店にいる! そこで人形が動き始めて、香津美がつかまった!」
『え? ジュジュ? ちょっと陽子?』
「恵理、とにかく早く来て!」
『ちょっと、沢渡? いい、私が着くまで……』

 携帯電話の向こう側で恵理がまだ叫んでいた。だが沢渡は電話を一方的に切った。焦りが彼女の正確な判断力を奪っていた。

「先輩! こっち」

 杉本が店の横の路地の入り口にいた。人一人が通れるくらいのビルとビルの隙間のような路地だ。沢渡は瞬間的に駆け出していた。乱暴にポケットに入れたつもりの携帯電話は目標からずれて、地面に転がった。
 彼女はそれに気づかなかった。




 訳がわからないまま電話を切られた恵理は、やや不機嫌そうに携帯電話をみつめた。

「どうしたんですか?」

 傍らの夏希が訊いた。
 電話からは沢渡の判断力がいつもと違うことが伝わってきた。それも相当の焦っていると感じ取れた。

「『香津美』って子がつかまった、とかなんとか」

 夏希はその名を聞いた瞬間、足のつめの先から髪の先まで凍りつく思いがした。血の気がひき、真っ青な顔に変わる。彼女の変化に恵理も気が付いた。

「香津美が……どうしよう」

 焦点の会わない目が彷徨う。新宿で話した沢渡の後輩と、夏樹の友人はやはり一致していたのだ。恵理はやわらかく夏希の肩を抱いた。

「とにかく、急ごう。ジュジュってお店知ってる?」

 夏希は恵理の声でやや落ち着きを取り戻したようだった。だが、質問に対しては絶望的な顔で首を横に振った。恵理は自らを落ちかせるように軽く目を閉じる。

「駅前通りなら見逃すはずがない。行こう」

 恵理は夏希の手を掴むと、時間的に人が多くなったコンコースを人波をかき分けるように走り始めた。走り始めながら、彼女は携帯電話をどこかに繋げていた。
 夏希も恵理に引っ張られて走り出し、その行動で冷静に戻ることができた。だが焦燥は消えない。とは言え焦ったところで何も出来ないのだ。夏希はそれと戦いながら親友の元へ走り始めた。




 人一人がやっとの路地を進むと合板のドアを見つけた。店の建物と同じ建物だ。おそらく裏口だろう。沢渡はそれに手をかけたがやはり鍵がかかっている。だが、この扉は表のものにくられべれば随分と軽くて薄い。

「下がって」

 後ろにいる杉本に振り向かず彼女は手で合図をした。
 彼女は一つ大きく息をつくと、すばやく息を吸い込んで気合を入れた。
 反対側の建物に背が着くかつか否かの場所から電光石火の左回し蹴りがドアに直撃する。彼女はこの左回し蹴りを得意としていた。現役を退いたとはいえ、威力と鋭さは申し分ない。衝撃音とドアの軋む音が響く。

「つうっ」

 沢渡のうめきが聞こえる。
 回し蹴りの鮮やかさに我を忘れていた杉本がその声にはっとする。

「先輩、足っ!」

 いかに薄い扉とはいえ、あの勢いで足をぶつけて無事なはずはない。よりにもよって沢渡の脚には古傷があるはずだった。

「うちのエースに怪我させられないでしょ。私の足は元々壊れてるから大丈夫よっ!」

 沢渡は杉本を下がらせると、もう一度芸術的なまでの動きで蹴りを繰り出してドアを突き破った。

「杉本! はやくっ」
「くっ、よしっ」

 沢渡の額には脂汗がにじんでいる。相当の激痛が走っているはずだった。だが、それでも彼女は先立って室内へ飛び込んでいく。杉本は圧倒されながらも彼女の後を追った。

 扉の内側は倉庫と事務所を兼ねたような場所だった。明かりは薄暗く頼りない。おおよその方向感覚を頼りに店内を目指す。

 明かりの見える方向に二人は進んだ。
 ドアのノブに手をかける。鍵はかかっていない。この向こう側は店内だろう。先ほどのマネキンが一斉に動き始めた光景はまだ彼女に焼きついていた。
 沢渡はとなりの杉本の顔を見た。彼の顔も緊張を隠せない。沢渡は一つ頷くと彼も首を縦に振り答えた。沢渡はドアを思い切って開けた。

「……うそ」

 沢渡は思わず声を上げた。
 ドアを開け広がった光景は、彼女たちが表から店に入ったときのような静けさであった。まるで何もなかったかの様子だった。

「なんだったんだ?」

 杉本も呆気に採られてフラフラと店内の様子を見回る。

「三浦?」

 すると、彼は入り口のドアに背を預けてぐったりとしてる香津美を見つけた。
 その姿を見た瞬間、彼の胸の中になんとも言いようのない黒い不安が広がった。




 駅から目的の店まで人波をかき分けてほとんど全力疾走ではなかっただろうか。夏希は肩で息をしながら思う。
 ジュジュと言う店は難なく見つかった。

 構内の駅周辺地図で恵理が店の名前を探したからだ。おそらく闇雲に探しながら走るより時間的に早かったであろう。冷静沈着で合理的に行動する森川恵理と言う少女に夏希は驚嘆する。学年が一つ上なだけとは信じられなかった。
 恵理は走って乱れた髪の毛を左手で簡単に整えた。その男性的な行為も彼女の手にかかると艶っぽく見える。

「陽子……やっぱり待ってなかったか」

 恵理は一応行き交う人波に目を走らせるが、彼女の友人の姿はない。振り返ったそこにはジュジュというブティックが建っていたが、特に変哲もないように見える。その時、店の奥では沢渡達は裏口から入ろうと言うところだった。

 夏希は息を整えながら恵理に近づこうとした。
 その時、針を指してえぐられたかのような痛みが彼女の頭を襲った。

「うっ? あ……」

 脳内をかきむしられるかのような激痛に夏希は一瞬目の前が白くなる。
 ふらついた夏希を恵理は慌てて抱きとめた。

「夏希ちゃん? どうしたの?」
「あの時と……同じ」

 夏希は荒い息を吐いて恵理の制服のすそを掴んだ。その力は強い。だが、それは何かから怯えるような力みだった。

「あの時と同じ?」

 恵理は訊き返した。夏希は即答しなかった。恵理は夏希が激しく震えていることに気が付いた。恵理は安心させるようにやわらかく彼女の肩を抱いた。

「この間、学校で……自殺がありましたよね……その時と同じ……同じ感覚」

 夏希は怯えた声でようやく吐き出した。
 おそらくこの子には人の死を感じ取る能力があるのだ。恵理はそう判断した。

 通常の人と異なる感覚を持つ人間がいることを彼女は知っている。夏希にもその自覚があった。彼女は『死』と言うものが他の人間よりも少し近い。

「どうしよう、先輩……香津美が……香津美が」

 消え入りそうな声と涙が溢れそうな目で訴えられ、恵理は戸惑った。唇を噛み、辺りを見渡す。と、路地の入り口に携帯電話が落ちている。

「待って」

 恵理は夏希から離れるとその携帯電話を拾い上げる。マスコットが二つついたストラップはそれが沢渡のものだとわかった。彼女は中にいるのだ。

「行こう」

 恵理は沢渡の携帯電話を握り締めると夏希を見つめた。
 夏希はからからになった喉に唾液を流し込んだ。ゆっくりと頷く。まるで覚悟を決めたように。




 沢渡達が通ったであろう裏口からの進入経路を辿り、夏希たちは店内へと入った。表のドアが彼女たちを拒んだからだ。 声を殺して泣く気配があった。空気が湿気を纏ったようないやな感覚。夏希はそんな錯覚を抱き、気配のする方向へゆっくりと店内を進む。 見覚えのある男子が女子の肩を抱いていた。泣いていたのはその女子の方だろう。杉本と沢渡だった。夏希にとって沢渡の顔は初めてだった。

 その後ろにはドアを背もたれにして身体を投げ出している少女。それは三浦香津美だった。
 杉本は夏希の姿を捉えた。

「川村?」

 杉本は怯えたような声で言った。彼は川村夏希と三浦香津美の関係を知っていた。人付き合いが下手でクラスで孤立してハリネズミの様になっている夏希が、唯一心許せる友達。夏希の笑顔を香津美以外の前で杉本は見たことがなかった。川村夏希にとって三浦香津美は特別な存在だった。

 今、知られたくない。杉本はそう思った。そしてそれが顔にでた。

 夏希はそれに気づいた。子供の頃から負の感情を受けつづけた彼女は人並み以上に回りの人間の感情に敏感だった。杉本の顔と、泣いている少女、沢渡の姿で三浦香津美が今どういう状況なのか判った。

 判りたくはなかった。

 理性と感情が彼女の中で渦巻いて混沌としている。
 彼女は糸の切れた操り人形の様にふらふらと香津美の側へ歩いた。

「夏希ちゃん……」

 その後ろで恵理が苦しげに言った。

 香津美の体に触れる。まだ暖かい。だが、呆然とした表情のままの彼女の息はない。心臓の音もない。夏希はそれを確認して愕然とした表情のまま、動けずにいた。
 三浦香津美は死んでいた。

「川村……ごめん……」

 杉本がやっとのことで声を出した。その声すら彼女に届いていないかもしれない。彼は夏希の表情を見て思った。

 何故。その言葉が夏希の中で渦巻いていた。

 何故、香津美がこのような目に遭わなければならないのだろう。夏希は何故自分が死ななかったのだろうと考えた。自分なら代わりに死んでも構わなかった。彼女にはもう何も残されていなかった。三浦香津美が、彼女の唯一のよりどころだったのだ。

 サイレンが、鳴る。

 警察と救急車だった。恵理が駅から電話で連絡したものである。彼女は自分の本家に連絡を入れた。大財閥の森川家は警察にもコネクションがある。彼女は最悪の事態を想定して出来うる手配を迅速にしていた。だが、その彼女の想像よりも結果はひどいものとなった。死人を生き返らせるなど、どんな医療機関を手配しても不可能だろう。

「あんたは……」
「森川恵理。陽子から聞いてるかもしれないけど」

 杉本の質問に恵理は簡潔に答えた。無駄口を叩く気分ではなかった。

「恵理」

 沢渡は声を殺していたが、涙はぼろぼろと流れていた。その顔で沢渡が恵理を見る。

「ごめん……間に合わなかった」

 間に合っていても香津美を助けられたかどうか。それは恵理自身にもわからない。原因や犯人は彼女もまったく知らないからだ。解決方法はこれから探すものだった。

 しかし、香津美が死んだ、と言う事実には変らない。
 恵理は香津美との面識はなかった。だが、彼女にも三人の痛みは良くわかった。彼女もかつて大切な近しい人、たった一人の兄を失った経験がある。

 恵理は感情を押し殺して携帯電話をかける。
 彼女は静かなやり取りをしたあと、小さく息をついた。

「あの時、香津美を先に逃がすべきだったんだ。あの子が狙われてるってわかってたのに。ほんの少しの距離だったのに……私の、せいだ」

 沢渡が床をにらみつけて言った。見開かれた目からは涙が溢れている。
 沢渡は自分を責めた。それは杉本も同じだった。

 夏希も香津美に触れながら自分を責めていた。自分が思っている危機感を彼女にはっきりと伝えていれば。エンジェルハイロゥについてもっとはやく知っていれば、彼女を助けられたかもしれない。哀しみと自責の悔しさで彼女は香津美の服を無意識に強く握り締めた。

「あまり触らないで」

 恵理の声は冷静だった。それが夏希を苛立たせた。

「くっ……」

 夏希は振り返って敵意のある目で恵理を見つめた。その感情的な視線にも恵理は眉一つ動かさなかった。

「犯人を捕まえなきゃいけない。どんな小さな手がかりさえ貴重なの。わかって」

 恵理の声は淡々としている。それは正論だった。ただ、正論が逆に癪に障ることは時としてある。この場合がそうだった。夏希の心に怒りの炎が広がる。
 夏希は立ち上がって香津美の身体から離れた。怒りのこもった視線を恵理に向ける。恵理は彼女に目を合わせてじっと見つめ返した。一見恵理の目は平静のように見える。だがその奥には夏希と同じように様々な感情が渦巻いていることを夏希は感じ取った。
 恵理もまた、香津美の死に対して何らかの感情を抱いているのだと知った。

 夏希は怒りが散っていくのを感じた。今恵理に対して怒りを覚えても、何の解決にもならない。自責と後悔、哀しみで固まっていた思考が、怒りとはいえすぐに動きだすことができたのは、恵理の意図ではなかったのだろうか。
 夏希の視線が緩む。それを見て恵理は少し安心した表情を見せた。

「気持ちは、わかってるつもりだから」

 恵理は夏希を見て言った。彼女の澄んだ瞳に見つめられた夏希は、不思議と心の動揺が収まって行った。その瞳の奥には夏希に似た深い悲しみを感じさせたからかもしれない。
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