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放課後TwilightZone 作者:水夜ちはる

1. セーラー服の復讐者

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第18話:「月と二人」

現代ファンタジー・吸血鬼モノの伝奇ライトノベル。
第一部「セーラー服の復讐者」はこの話で完結です。
 その日、夜更けから降り始めた雪は朝まで降り降り続き、登校時間には景色は一面の銀世界だった。新学期の一日目は見事に雪化粧となっていた。空はすでに晴れ上がっていたが五センチほど積もった雪は、踏みしめる毎にいつもと違う足音を残す。

「うー、寒いねー」

 裕也と沢渡はその中を歩いていた。沢渡が白い息をしながらつぶやいた。

「寒いとか言うならさ、その足、なんとかすりゃいいだろ?」

 裕也は呆れたように言った。沢渡はぎりぎりまでスカートをあげて太ももを外気に晒している。膝から下はソックスで覆われているものの、生足では寒いのも当然だった。

「なによう。裕也を欲情させるためにだしてるのに!」
「あのな」

 沢渡はおどけながら言う。裕也はため息をついた。確かに沢渡の脚は身長に比べて長く、それでいて健康的で綺麗だとは思う。
 裕也のため息はすぐに白く濁って彼の視界をぼやけさせた。
 彼は天を仰いで空を見た。
 雪の降ったあとの空は、研ぎ澄まされてピュアに青い。

「裕也?」

 沢渡の声がやや慎重だ。
 彼らは二学期の終業式を空席二つと共に迎えた。
 森川恵理と、草薙真奈美の席だ。




 外は軽く風が吹いているようだった。
 裕也は明かりを落としてベットの中にいたが、一週間も眠りつづけていた身体は睡魔を受け付けず、眠気は何時までたっても襲ってこない。
 カーテンを開け放した窓からは月光が差し込んでいて、白っぽい彩りの部屋の壁を青く染めている。
 裕也は身を起こして頭を掻いた。すべて解決したはずなのに、彼の胸の内にはわずかな不安が燻っていた。漠然とした何かが彼の胸を締め付けている。

 外から窓を叩くような音がした。
 二度、三度。

 風ではない。風はそれほどまで強くない。
 裕也は怪訝に思って窓を見た。

 ここは二階なのに窓に人影があった。裕也は驚いて目を凝らしたが月の光の逆光で誰かわからない。だが、その影に裕也ははっとなってベッドから跳ね降りた。慌てて窓の鍵を開ける。

「草薙!」

 窓を開けると草薙は軽い身のこなしで部屋に入ってきた。

「夜這いじゃないよ」

 彼女は悪戯っぽく笑うと、紅い目を裕也に向けた。やわらかい表情だ。

「ばか。でも、生きていたんだな」
「うん。まぁ、簡単に死ねない身体になっちゃったからね」
「……そうか」

 紅い目は彼女が吸血鬼であることを表していた。
 草薙は裕也にやわらかな表情のまま近づいた。距離がつまるごとに視線の角度が変って彼女は上目づかいの様になっていく。まるで拗ねたような表情になって裕也は思わずどきりとした。

「キス……して」
「え?」
「最後に」

 裕也の心臓が高鳴った。

「最後って?」
「私を吸血鬼にしたマスター……黒崎が死んで、あいつの支配が消えて、吸い上げられてた力が消えた。だからもう吸血衝動もそうは起らないみたい……それでも、私はもう何人もの命を奪い、そしてこれからも……これまでよりはずっと少ないと思うけど、人を襲って血を吸うと思う」

 草薙は体をゆっくりと反転させた。後ろに回した手を合わせて指を絡ませている。

「もう、春日井君たちと同じ世界にいられないの」
「草薙……」

 裕也が名前を呼ぶと、草薙は勢いよく振り返った。
 草薙はまっすぐ裕也を見つめ、わずかにあごを上げて目を閉じる。彼女はキスを待った。
 裕也はゆっくりと彼女に近づいた。
 それこそお互いの息がかかるくらいに接近する。

「森川さんだけしてるなんてずるいよね」
「……見ていたのか?」
「目に入った」

 裕也は恵理の名前に動揺した。いや、草薙が言ったからではない。元々彼の心のどこかに恵理の意識はあった。名前を聞いた時、彼女の存在は裕也の中であっという間に広がって一瞬にして心を埋め尽くした。
 裕也は草薙の肩を掴むと、彼女の身体を引き離した。

「え?」

 草薙は驚いて目を開ける。裕也はその顔を直視できず、彼女の両肩を掴んだまま視線を地面に落とした。

「ごめん」

 彼はやっとの思いで声を出した。彼は頭を下げたまま、ちらりと草薙の目を見る。草薙は真剣な目で裕也を見つめていた。彼女の顔は無表情で、裕也には何を考えているか読むことが出来なかった。

「なんとなく、安心したかな」

 草薙は軽い口調で言った。
 裕也はその声に驚いて顔を上げた。

「ここでキスされちゃったら、きっと『さよなら』できなくなる」

 草薙は軽い笑みを浮かべて言った。裕也はその言葉の意味が理解できずただおろおろとするしかなかった。

「ここでキスしてもらって甘い気分を知ったら、きっとまた私は逢いにきちゃうだろうなって。それに、春日井君が好きなのは森川さんだってよく分かったし」

 草薙の言葉に裕也は何も答えられずに立ち尽くす。彼女は笑顔だった。その笑顔の裏には嫉妬や寂しさなどの感情があったが、彼には見せまいと彼女は努めた。

「じゃあ、私はもう行くから……」

 草薙はゆっくりと歩いて窓際に立って振り返った。

「また会えるよな?」

 裕也は言ってから後悔した。それは残酷な言葉だと思ったからだ。

「会えるかな、うん。たぶん、逢いに行く」

 草薙は苦笑した。その表情が収まり、開いた窓から吹き込む冬の風の様に厳しい顔になる。

「ありがとう。とても感謝してる……これは本当よ。本当の気持ち。だから言えるの『さよなら』って。また会おうね、春日井君。さようなら」

 最後に彼女は笑った。月の光に照らされて、白く青く輝いて。彼女は一つためを作ると大きく跳躍した。一瞬にして裕也の視界から消えて飛び立っていく。それは彼女が人間ではないと主張しているかのようだった。だが、その軌跡はとても美しいと裕也は感じた。




 森川家の屋敷で目覚めた裕也は、すぐに学校に復帰することができた。

 黒崎が滅んだあと、街を賑やかしていた殺人事件も起こらなくなっていた。裕也も自身の身体に異変はなかったし、夢に悩まされることもなくなっていた。だが、草薙はもちろんのこと、恵理も裕也の前に姿を現さなかった。

「これから一族の査問や、引き継ぎなどで忙しくなると思います」

 別荘を離れる時、恵理はいつもの表情で言った。
 ただ、一言が裕也の耳に残っている。

「さようなら」

 それが裕也の脳裏から離れなかった。彼女は再会の言葉を言わなかった。たった一言が足りない不安。

 事件が終り、彼女の目的も終わった。もう裕也たちの街には用がない。
 彼女はもう俺たちに会いに来ないのではないか。裕也はそんな不安を抱いていた。
 裕也と沢渡は会話を止めたまま、校門のあたりまで歩いてきた。
 他の生徒達は冬休みあけの再会をかわしつつ、校舎へと入っていく。二人はその場所で立ち止まり、その人の流れを見つめていた。流れていく生徒たちの姿を目で追う。探しているのは当然――。

「こんなのところにいたって、しょうがないよ」

 沢渡は裕也に言った。
 裕也はため息をついた。彼は一度校門を背にし教室に向かおうとしたが、どうにも気持ちがおさまらず、もう一度校門を振り返った。

 その時だった。

「本当にこんなところでぼんやりとしてたら、風邪引くよ」

 長い黒髪の女子生徒が颯爽と二人の前を過ぎ去って行った。
 裕也と沢渡は驚いて顔を見合わせ、その女子生徒の後姿を追った。

 黒いハーフコートに身を包んだ彼女の後姿は、二人のイメージとズレがあった。そのズレは大きくて、二人は思考が一瞬停止した。

 二人が彼女の後を追わないでいると、彼女は訝しそうに振り返った。
 その顔が二人から確認できるようになる。

「森川さん!」

 二人の声が重なった。

「おはよう」

 コートの下に真新しい裕也たちの学校の制服に身を包んだ森川恵理だった。

「え? どうして? 急に? 何でうちの制服を……えー?」

 沢渡がくるくる表情を変えながら矢継早に質問を投げかける。恵理は少し照れたような表情を浮かべて二人に訊いた。

「似合ってないかしら?」

 裕也と恵理の視線が合う。黒髪に紺のブレザーとミニスカート。灰色のベストセーター、足元は二―ハイソックスだった。

「いや、似合ってる。あ、でも……森川さんってセーラー服じゃ……」
「よかった。だって、あのままじゃ悪目立ちしない?」
「そりゃ、そうだけど」

 裕也はまだ混乱が収まっていない。森川恵理とは半ば会えないものと彼は思っていたからである。
 恵理はそんな彼の心境を見抜いたような顔をして微笑んだ。

「この街へ来た時、この学校へ来た時、事件が終わればすぐにいなくなるつもりだったから、あの制服のままでいたの。事件が終わって、私には吸血鬼の陽性反応が出たってことだけど、それは芹香のおかげで当面は様子見ってことに。とりあえず一線は退くことになったから、しばらくはこの街にご厄介になるわ」
「じゃあ、森川さん……」
「うん、これからもよろしく」

 朝日を受けた恵理が微笑んで手を伸ばす。裕也はそれを受けて彼女の手を握った。冷え込んだ朝の冷気を受けて、彼女の手はやや冷たく感じたが、やわらかくて安心感があった。
 しばらく二人は見つめ合ったあと、ふと視線に気が付いてそちらに目をやる。視線の主は当然沢渡だった。
 沢渡は何か含みを持った目で笑った。
 裕也は慌てて手を離した。恵理は赤面して恥ずかしそうにうつむく。

「ひゅーひゅー」

 沢渡が冷やかしで言った。

「なんだよ、裕さん朝から熱いねえ」

 そこへ通りがかった小田桐が裕也の肩を叩いた。

「な、なんだよ。そんなんじゃねえって」

 裕也は狼狽して反論したが、あまり意味をなさなかった。

「よし、まあいいか」

 沢渡はいつもの様に歯切れよく言うと裕也と恵理の背中を押した。雪に足をとられた恵理が裕也にしがみついた。彼女の驚いた顔はわずかに赤味が差していた。それは寒さのせいだけではないのは明らかだった。




 新しい一年を迎え、三学期が始まった。裕也たちのクラスは新年会を開いた。新年会と言うよりは森川恵理の歓迎会と言う雰囲気だった。
 裕也たちは今までそういう区切りを迎えることを当たり前だと思っていた。

 しかしその場には草薙の姿がなかった。
 彼女は生きているが、この教室にはいない。

 何かバランスが一つでも狂えば、裕也もいなかったもしれない。沢渡も、小田桐も、恵理もそうだ。
 バランスの崩れた草薙は裕也たちの前から消えてしまった。また、その草薙がいなければ、今の裕也たちの現在も違ったものになっていただろう。

 裕也はぼんやりとそんなことを考えた。

 恵理の歓迎会の帰り、裕也と恵理は夜の公園へ来ていた。事件の真相は彼ら以外知る者はいなかったから、人通りも少なく閑散としている。夜は静かなままだ。

「どうしたの?」

 裕也がぼんやりと月を眺めていたので、恵理が訊いた。
 裕也は制服のポケットから草薙の指輪を取り出した。

「月が綺麗だな、って思ってさ」

 月の光が指輪を照らす。くすんだ白色の石がかすかに月の光を反射する。まさにムーンストーンの名にふさわしい輝きだった。
 月のかけらのようだ。裕也はそう思った。そして草薙の心のかけら。それが裕也を恵理を、草薙を救った。裕也は今彼女がこの場所にいなくても彼女が近くにいる気がした。
 恵理も裕也にならって空を見上げた。

「もし私が一族の血の力に負けて、吸血衝動に駆られるようになったら、春日井君、あなたが私を殺して。ううん、他の人じゃ絶対イヤ」

 月の白い光に照らされた恵理はその輪郭を輝かせて、いつも以上の美しさを際立たせていた。裕也はそれにどきりとしたが、彼女の表情には悲しみが浮かんでいた。彼女は草薙の切なさを感じ取っていた。そして彼女は草薙にとても近い存在だった。いつ彼女は吸血鬼となって、草薙のように血を求めるようになるかわからない。
 恵理の言葉に裕也は思わず息をのんだ。だが、彼は唇を一瞬固く結ぶと強く言った。

「できない」

 裕也は強い表情で首を横に振った。

「俺は森川を殺さない。そうなったら森川が生きられる方法を考える。俺、森川のことが好きだから――そんなことできないじゃないか」

 裕也は強い眼光で恵理を見つめて言った。
 強い意志、強い口調。
 恵理は裕也の意外な強さに驚いた表情を見せたが、すぐに微笑んだ。少し頬を赤らめて裕也を見る。その言葉は彼女にとって優しくて、とても暖かった。

「ありがとう。私もあなたの事が、好きよ――」

 彼女は言った。裕也は少し照れくさくなって歩き始めた。恵理も彼の心中を察し、彼を追って歩いた。手が触れる。裕也たちは手を繋ぎ、お互いの顔を見て微笑んだ。

 きんと冴え渡った空に月がただ一つあって、二人を見つめていた。


1.セーラー服の復讐者編・了
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