挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
放課後TwilightZone 作者:水夜ちはる

1. セーラー服の復讐者

16/59

第16話:「罠」

現代ファンタジー・吸血鬼モノの伝奇ライトノベルです。
 時計の針が今日が始まって二回目の「8」を指した。
 黒崎が指定した時間は午後十時すぎだった。

 裕也は家には戻らず、携帯の電源を切っていた。家に戻れば千明が一緒に行くと言って聞かないと予想したからだ。沢渡や小田桐から連絡があるのも避けたかった。彼女たちとの約束に違うことになるが、危険にさらす命は少ない方が良いと彼は判断していた。

 恵理はセーラー服の上に黒いハーフコートを着込み、白く昇った月を見上げていた。吸血鬼は月の下でその能力を強くすると言う。条件は良くなかったが、裕也と恵理に選ぶ権利はなかった。

 彼女はポケットから白いカプセルをゆっくりと取り出した。
 それを飲めば、彼女は死ぬ。
 裕也は嫌悪感を露にしてそれを見つめた。

「あと、二時間」

 恵理はそのカプセルを手のひらで転がしながら、小さくつぶやいた。白い息が唇から漏れる。瞳は月の光を浴びて、青く輝いていた。
 裕也はその瞳を見て、彼女と初めて会った時を思い出した。冷たい雨の降る夜、突然出会った彼女は感情を失ったような目をしていた。だが、今、彼の目の前にいる彼女は、その黒い瞳を小刻みに揺らしながら、自らの身に刻まれた運命を呪っていた。
 裕也には彼女に助けてもらうことが出来たとしても、彼には彼女を助けることができない。
 裕也は拳を握り締めた。ふがいなくて足元をにらみつける。彼は何かを言おうとして顔を上げた。
 赤い眼光。それが急に彼の目に飛び込んだ。

 現実ではない!

 彼の目だけに映る未来だ。

「森川っ!」

 裕也は弾かれたように恵理に向って走った。
 裕也は驚く彼女の細い身体を抱き、勢いに任せて跳ぶ。彼はわずか後方で空気を切る音を聞いた。そのまま彼女をかばうようにして倒れ込む。

「グール!」

 恵理が叫んだ。二人を襲ったのは恵理の一族がグールと呼ぶ、もはや人ではなくなった人の慣れの果て。吸血鬼にすべての生気を奪われ、人を襲うだけの蠢く死体だった。

 恵理は慌ててコートの裏に隠した例の刀を抜いた。
 そして二人は二人を囲むざわついた気配に気が付いた。
 気づかないうちに二人はグールの群に囲まれていた。無数の紅い目が二人を捉えている。恵理は戦慄した。

「……罠」

 彼女は厳しい表情でうめくようにつぶやいた。その声には悔しさが満ちていた。
 二人に一番近いグール、今襲い掛かってきたそれが恵理に飛びかかった。

 恵理は冷静に身体をさばき、刀を敵に向けた。相手の突進の力を利用してその身体を引き裂いていく。
 グールは断末魔の叫びをあげると、灰となって崩れ去った。

 あざやかな手並みだった。裕也はそれに美しさを感じた。だが、やはり常識レベルの強さだとも思った。黒崎はおろか、草薙にも及ばない。
 恵理がそうやってグールを一人斬っている間に包囲は一回り小さくなっていた。

「くっ」

 恵理は裕也を見て苦しそうな表情をした。

「春日井君、血を……お願い……」

 裕也は愕然として彼女を見た。心臓が高鳴り視界が狭まる。脈の音が脳裏に直接響き渡る。
 彼女が血を飲めば、彼女は吸血鬼になる。超人的な力を得て、その刃を振るえばこの場をしのげるだろう。だが、同時に彼女はカプセルを飲むだろう。その先にあるのは彼女の死だった。

 裕也は声を出せずにあえいだ。恵理が裕也に近づいた。それは死に近づくのと同義だった。裕也は首を横に振った。裕也は彼女の死に未だ納得が出来ていなかった。
 カプセルを唇に含んだ恵理が裕也の眼前に迫った。
 その時、二人を囲むグールの群の一角が、吹き飛ぶように崩れた。

「パーティは十時からじゃなかったっけ? 森川さん」

 そこにいたのは草薙だった。赤い眼光が煌めく。それは吸血鬼の証だった。
 月の光を浴びた彼女はその細腕からは信じられない膂力で数体のグールを吹き飛ばした。

「草薙さん!」

 恵理が叫んだ。草薙は約束通り恵理と協力して黒崎と戦うつもりだった。少し早めに彼女が駆け付けたのは裕也たちにとって僥倖だった。

 草薙は辺りのグールたちの注意を惹きつけるため、堂々と立っている。その意図は成功し、グールたちの注意は彼女に向いた。
 一体のグールが飛び掛る。だが草薙は微動だにもしなかった。
 かわりに彼女の背後から白い足が伸びて、襲い掛かったグールの顔面にカウンターで決まった。もんどりを打って倒れるグール。

「やるじゃん、陽子」

 草薙が微笑んで言った。彼女の影から現れたのは沢渡陽子だった。

「沢渡、なんで……」

 裕也は呆気にとられてつぶやいた。彼女には時間も場所も伝えてはいない。

「真奈美に聞いたのよ。たくっ……裕也の考えてることはわかってるつもりだけど、こっちの気持ちも考えろっての」

 沢渡は両手を組んで仁王立ちで笑った。その隣には金属バットを構えた小田桐もいた。

「妬けるね、裕さん。でも二人で駆け落ちはまだ早いぜ」

 小田桐はこの状況でも軽口を叩いた。その彼に一帯のグールが襲いかかった。だが、小田桐はバットを振るうとその顔面を容赦なくとらえていた。涼しげな顔に似合わず、彼も荒事には滅法強い。
 同時に草薙も一体のグールを引き裂くように打ち倒していた。

「まったくお前ら好き勝手言いやがって! とにかく気をつけろ。捕まれたら終わりだぞ!」

 裕也がそう叫んだ時だった。
 裕也と恵理の背後、月影が落ちた場所が微かに揺らめいたかと思うと、黒い物体が浮き上がった。否、物体ではない。それは黒崎だった。

「なっ……」

 二人が驚愕する間もなく、その腕が恵理に伸びた。
 黒崎の病的に白い手のひらが、恵理の細い首を捕らえる。

「ぐ……くろ、さ、き!」

 万力のような力で首を締め上げられた恵理は苦しそうにうめく。そのまま宙吊りにされたその光景は草薙が首を折られたその光景に似ていた。

「くっ、森川を離せ!」

 裕也は黒崎に飛びかかろうとした。裕也は黒崎の力は知っていた。だが考えるより早く体が動いていた。だが、黒崎と目があった瞬間、裕也はあの時と同じように金縛りに捕らわれていた。

「くっそ……ぉ」

 体の自由を失い、もんどりを打って倒れた裕也が呻いた。
 その裕也の姿を見て黒崎はにやりと笑い、次に恵理に視線を移した。そして彼は恵理の首を絞める力をわずかに緩めた。恵理は呼吸をわずかに許されて、苦しげにわずかに目を開いた。黒崎は不敵な笑みを浮かべてその恵理を見た。

「お前が血を飲んで俺に向ってくることは予測がついていた。それもギリギリになるまで血を飲まないとな」

 恵理はわずかに顔を動かして黒崎を睨みつけた。

「血のつながりの濃さを感じるな。お前の兄もまったく同じ行動だったぞ」

 恵理の目が驚愕に開かれる。

「愚かな一族だな。そんな情まみれでよくも闇払いの一族の当主が張れるものだ!」

 不意に黒崎は恵理の首を離した。恵理は支えを失って地面に転がり落ちた。彼女の身体は酸素を求め大きく息を吸い込んだ。そこに黒崎の蹴りが彼女の腹にヒットした。つま先がその細い身体にめり込む。

「げはっ」

 恵理は仰向けに伸びたあと咳き込みながら丸くなった。涙と嘔吐が彼女の美しい顔を汚した。

「情けないものだな……」

 黒崎はゆっくりと彼女に近づき、うつぶせに丸くなった彼女の横顔に足を乗せた。
 黒崎は高圧的な笑みを浮かべた。圧倒的な実力差を確信した彼は恵理を屈辱と苦痛で弄ぼうと考えた。
 裕也は歯ぎしりをしながら目が痛くなるほど黒崎を睨みつけた。
 恵理のマンションで見たあのビジョン。血塗れのセーラー服の彼女。役立たずの未来視だ。判っていながら、何故それを変えれなかったと裕也は自分の無力さを罵った。

「そう……あなたはやっぱり……」

 靴で踏みにじられる屈辱と痛みをこらえて恵理が声を出した。

「私と同じように、吸血鬼の因子を持っていて……吸血鬼になっても生き残った慣れの果てね!」

 恵理は無理な体勢から刀を突き出した。だが、黒崎はそれを簡単に躱した。黒崎は嘲笑を浮かべながら蹴りで反撃をする。軽量な恵理の身体は数メートルも宙を舞い、彼女の身体はコンクリートの上で撥ねる。

「森川ぁ!」

 裕也は必死に叫んだ。その声に彼女は僅かに体を震わせた。
 血反吐を吐き、そして刀を杖代わりによろよろと立ちあがった。
 ぼろぼろになったコートを脱ぎ捨てて剣を構える。額から血が流れ、白いセーラー服には所々血がにじんでいた。立ち上がったものの、足元がおぼつかない。それが彼女のダメージを現していた。

 黒崎が一歩、恵理に近づく。
 恵理はもう立っているのがやっとという姿だ。肩で息をしながら口元を汚した血をぬぐう。彼女は最後の力を振り絞って黒崎に一矢報いようとした。

 だが、草薙が恵理の前に割って入った。グールの方は沢渡と小田桐が絶妙の距離感を保って戦っている。裕也の言葉を受けて、捕まれないように二人は注意深く戦っていた。

「結局、血は飲んでないって訳ね……」

 草薙が困ったように言った。

「ええ……ごめんなさい」
「例の薬は?」
「落とした。さっきやられたから……」
「まあいいけどね……元々あなたには死んで欲しくなかったし」

 草薙は呆れたような安堵のような笑みを浮かべて身が構える。いつでも飛び出せる体勢だ。

 恵理、草薙、黒崎挟んで裕也と言う位置関係になる。ほぼ一直線だった。すると、裕也は草薙と目が合った。何か意味のありげな視線を草薙は裕也に送った。裕也はポケットの中の指輪の存在を感じた。

 裕也はいつのまにか身体が自由になっていることに気が付いた。黒崎の金縛りは視線に入っていないと効果を発揮しないものだった。恵理を吹き飛ばしたおかげで、逆に裕也は奴の死角に入っていた。裕也は注意深く身をかがめた。

「……いい? 森川さん」
「わかった」

 草薙はそばにいる恵理にしか聞こえないほどの小声で言った。恵理も小声で答え、小さく頷く。

 次の瞬間、草薙が走り始めた。

 黒崎から見て右、彼女から向って左に少し曲線を描きながら突進する。それは囮だった。彼女一人でかなう相手ではないことを彼女自身が一番よく知っている。
 彼女にあわせて恵理もスタートを切っていた。
 だが、

「またマスターに逆らうつもりか!」

 黒崎の一喝で草薙の身体が硬直する。
 黒崎の強烈な眼光を受けて、草薙の身体が先ほどの裕也の身体の様に固まった。

「くっ……」

 恵理がそれを見て減速する。
 彼女が危惧したように、草薙は血を飲まれた吸血鬼、つまり黒崎に逆らうことができないのだ。黒崎の注意が恵理に移る。一対一ではどうしようもない。

「どうせそんなことだと思ったが、幼稚な策だな、え?」

 黒崎の勝ち誇った顔が恵理に向けられる。恵理はがっくりと肩を落として剣を下げた。

「……大丈夫。春日井君が私の心を持っていてくれるなら」

 裕也の脳裏に草薙の声が響いた。それは音ではなかった。裕也の持つ指輪から直接脳が感じ取ったのだ。否、それは指輪ではなく、彼女の意識の一部だった。裕也が感じていた夢、苦痛、衝動。それもすべて彼女の意識の一部、この指輪が起こした現象だった。だが、この場では唯一無二の切り札となった。圧倒的な力をもつ黒崎を出し抜くために。

「草薙!」

 裕也は叫んだ。手にした指輪を強く握る。
 その刹那、草薙は見えない扉を破るかのように黒崎に向って飛びかかった。

「何っ! 馬鹿な!」

 黒崎が始めて狼狽する。黒崎が支配していたはずの草薙の意識を、その一部を別の人間、つまり裕也が握っているとは黒崎も夢にも思わなかった。
 草薙が踊りかかる。恵理はもう一度剣を構えて間合いに入っていく。すべて二人のプラン通りだった。黒崎は二人の策にはまっていた。

「ダメだ!」

 その時、裕也は叫んでいた。全身という全身の毛穴が開く。恐怖という恐怖を感じる。失うという恐ろしさ。命の砕ける凄まじさ。裕也はその未来を見てしまった。
 裕也は考える間もなく、身体を動かしていた。その砕かれる命の未来を変えるために、他の命を差し出してもかまわない。裕也は黒崎と恵理の間に身体を滑り込ませた。

「春日井君!」

 目の前にある恵理の驚愕の表情と声。裕也はそれを鮮明に聞いた。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ