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放課後TwilightZone 作者:水夜ちはる

1. セーラー服の復讐者

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第15話:「放課後の抱擁」

現代ファンタジー・吸血鬼モノの伝奇ライトノベルです。
 草薙を覗いた三人は裕也たちの自宅へ戻った。
 恵理の血を吸った草薙はしばらくは吸血衝動に襲われないだろう、と言った。いずれまた吸血衝動に駆られる。黒崎が指定した日時が短いのは彼女にとっては都合がよかった。
 草薙はなるべく平静と冷たさを装って裕也たちに背を向け、夜の闇に姿を消した。

 裕也はソファに体を沈めながら、草薙の姿を思い出し手のひらの指輪を見て胸が苦しくなる思いがした。
 千明は腕の血を吸われた恵理の手当てをしていた。綺麗に消毒し、清潔な包帯を巻くと落ち着いたのか恵理の腕にも血色が戻ってきているような気がした。

「ありがとう。千明ちゃん何でもできるのね」

 恵理が微笑んで言うと、千明はうれしそうに笑った。
 二人は処置が終わると裕也のところへ向かった。
 裕也は二人の姿を、いや恵理を見ると真剣な目つきで言った。

「なあ、森川さん。草薙と協力することで黒崎に勝てると思うか?」

 恵理はその質問に、少し眉をひそめた。

「正直に言うと草薙さんが協力してくれたとしても、五分五分が良いところだと思うわ。それに本当にその指輪が草薙さんの心を黒崎の支配から救っていると言う仕組みも良くわからないわけだし」

 恵理は裕也が持っている指輪をもう一度じっくりと見つめた。
 やや古さを感じる以外は特になんて事のないシルバーのリングで、クラウンに宝石がひとつついている。それはムーンストーンだったが、三人は宝石に詳しくなく、それほど高級なものではないだろうと言うくらいしかわからなかった。

「俺にも確証はないけど、草薙の言葉通りのような気がする。俺がこれをもっているから、彼女は黒崎ってやつに支配されずにいるんだと思う。一度、俺は草薙があいつと戦っているのを見たことあるしな」

 裕也の言葉に恵理が頷いた。

「そうね……下僕になった吸血鬼が、マスターに逆らって襲うなんて話、聞いたことがない。それにやっぱりこの指輪、不思議な力を感じる」
「草薙が俺に渡したんだ。それから自分が吸血鬼になる夢を見るようになったんだ。俺は未来を見る眼ががあるから、初めはそれかと思った。だけど今思えば、あれは草薙の意識だったんだ。俺が指輪を持っていたから、吸血衝動を抑えきれない草薙の心が、俺にあれを見せたんだろう」

 恵理が頷いた。下僕になった吸血鬼は、マスターのために獲物を集めるようになると言う。それは吸血衝動として現れるのだ。彼女はマスターのいる吸血鬼が、最も危険な存在だと一族から教えられていた。彼女が過去幾つか戦ってきた吸血鬼も同様だった。だが草薙にももちろんその兆候はあるにしろ、吸血衝動は比較的穏やかだと見て取れた。

 霊感と言うレベルであったが、恵理はこの指輪に何らかの力があることに納得がいった。

「草薙さんが奴のすきを作ってくれて、そのチャンスに私の刀が奴を捕らえることができたなら……と言うかそれしか奴に勝つ方法はないのだけれど……」

 恵理の声は暗かった。彼女はとっくに覚悟を決めていたが、勝率を考えて沈鬱にならざるを得なかった。

「もしそのチャンスを逃したら?」

 裕也は恐る恐る訊いた。
 恵理は目を細めて少しの間沈黙した。

「殺されるわ。私の兄と同じように……私も」

 彼女は声を低くして言った。
 裕也は天を仰いだ。生死を分かつ勝負だ。失敗すれば死ぬ。わかっていたことだが、言葉で聞くと彼も恐怖で膝が震えた。

 裕也は自身を情けないと思った。
 その恐怖は恵理も草薙も同じのはずだ。だが、彼女たちはそれでも戦いを挑む決意をしている。何故なら、それは裕也を守るためだからだ。彼は自身を守ろうとする彼女たちと比べ情けないと思った。

 裕也は深く息を吐いた。恵理を見る。美しい少女を見て、彼は決意した。
 俺は彼女を守りたい。
 強く思う。それが感情のなせる業ならそれでいいと思った。今はそれに身をゆだねるべきだと。

「いいぜ森川さん。付き合うしかないよな。のるかそるか、だ。森川さん一人を死に追いやって俺独り生きていけるわけがないよ」

 裕也は強がって笑った。恵理もそれにぎこちなく笑顔で答えようとした。

「お兄ちゃん!」

 千明が心配そうな顔で裕也に近寄った。まるで泣き出しそうな顔で兄に縋り付く。

「悪い、千明。お前が心配してくれているのはわかるけど、俺は……」
「ちがうの」

 千明は激しく首を横に振った。

「あんなのに、あんなのに人間が勝てるわけないじゃん。どうやったって無理よ。草薙さん、どんなことをしても……草薙さんだって普通じゃないのに……」

 千明は涙をこぼして言った。千明の表情は心配や悲しみで泣いているわけではなかった。その表情は恐怖にひきつっている。その異変に裕也は気付いた。

「千明?」

 裕也ははっとする。

「公園で過去を見たのか?」

 恵理が驚いた顔をする。

「え? 千明ちゃん、春日井君とは逆に……」
「ああ。千明は過去を見るときがある」

 震える千明の頭を裕也は優しく撫でた。恵理と草薙に気を取られ、裕也は公園で千明の変化に気付いていなかった。千明はその過去視の力で、草薙と黒崎の戦いを見てしまったのだ。

 その戦いは一方的だった。もちろん、少し前まではただの女子高生だった草薙は戦い方など知らない。それでも吸血鬼になったことで人でいたころと比べ物にならない身体能力を得ていた。その人を超えた力をもってしても黒崎には手も足も出なかった。黒崎もまた、人の力を超えた吸血鬼だったからである。

 恵理は絶望的な表情を浮かべる千明を見つめ、唇を真一文字に結んで目を細めた。

「駄目ね。やっぱり最初から考えていた方法で行くしかないわ」

 彼女は静かにつぶやいた。
 裕也は慌てて彼女を見た。彼女の表情は静かなものだった。ただ、覚悟だけが強く瞳に宿っていた。裕也はその気配を感じて何も言えなかった。

「春日井君。あなたの血を飲ませて、私の血に流れる力を使えば、より確実な戦いが出来る」
「でも、それじゃ……」

 恵理は首を横に振った。もうそれしかない、と彼女は目で裕也に訴えかけた。
 彼女は最後に少し申し訳なさそうな表情を浮かべ、自分のコートを取った。

「じゃ、手当てありがとう。おやすみなさい」




 翌日――。
 裕也は重い足取りで登校した。結局何も解決していない。今夜の夜は黒崎が指定した夜だった。

 教室に入るといつもの風景が目の前に広がって、教室には彼女がいる。森川恵理だ。
 彼女は平然としていた。
 まるで生きている世界が違うかのようだ。裕也は彼女の覚悟をそう思った。

 昼休み、居たたまれなくなった裕也は教室外に逃げ出した。
 そこを待ち構えていたのは沢渡だった。

「いつも以上に暗いじゃん」

 沢渡は笑っていた。

「そりゃ暗くもなるさ」

 沢渡の明るい声が癪に障った裕也は不機嫌そうに答えた。だが、沢渡はそんなことにはお構いなしに続けた。

「あれから何かあった?」

 裕也は即答できなかった。恵理と草薙が協力し合うという所までは良かったが、結局のところ状況は楽観視できるものではない。むしろ、恵理は自らの死と引き換えに黒崎と戦う方法を取ろうとしていた。

 裕也は視線を逸らした。

「教えてよ。裕也はもちろん、真奈美は私の大事な友達なんだよ。森川さんだってもう他人なんかじゃない……今夜、私も行くからね」

 沢渡の声は急に真剣になった。

「俺もね」

 沢渡の背後から現れた小田桐が言った。
 驚いた裕也は必死な表情で反論する。

「なんでお前まで、遊びじゃないんだぞ」
「わかってる。何もしないままじゃ、寝付きが悪くなりそうだからな。俺も沢渡も裕さんの助けになりたんだ。それに他人事じゃない。一歩間違えれば犠牲者は俺たちだったかもしれない」

 小田桐は真剣な表情をしていた。それに沢渡が続く。

「理屈じゃないよ。馬鹿だとは思うけどね」

 沢渡は笑って言った。

「理屈じゃない、か。わかったよ」

 裕也は二人に言われてため息をついた。危険に巻き込んでしまうと思えば複雑だが、二人の気持ちは嬉しかった。

 裕也は昨晩あったことを二人に話した。
 恵理が裕也の血を吸って戦いに挑むことまで。
 それを聞いた沢渡は視線を落として右手の親指のつめを噛んでいた。

「裕也は……」

 沢渡はそう言って、一度言葉を止めた。彼女の中で葛藤があった。だが、彼女はその葛藤を振り切って裕也を見た。

「裕也は森川さんに血を吸ってもらうべきだ」

 強い意思を込められた声だった。わずかに揺れた瞳もそれは一瞬だけで、後は強く裕也を貫いていた。裕也は沢渡に蹴落とされてごくりと唾を飲んだ。

「裕也は死ぬべきじゃない!」
「でもそれじゃ森川さんが……」
「いいんだ!」

 沢渡の声は強い。有無を言わせないように彼女は強く言った。

「いいんだ! 裕也、それで。みんなの願いがそれでかなう」
「え?」
「真奈美はあんたを護りたい。森川さんもそうだ。そして森川さんは黒崎って奴を殺したい。お兄さんの敵を取りたいんだろ……」

 そして、沢渡は左の拳で裕也の胸を突いた。

「そして千明や私はあんたに生きていてもらわなきゃ、困るんだ……」

 沢渡はわなわなと震えると裕也に背を向けて走り出した。小柄でも運動神経は抜群の彼女だ。裕也が呆気に囚われている内に彼女は彼の視界から姿を消していた。
 三人の会話を意図せず影で聞いてしまった恵理が、裕也と小田桐の前に姿を現した。

「沢渡さんは正しいと思う……」

 彼女は静かに言った。

「私もそうすべきだと思うわ……いえ、そうするから。春日井君、私のことはあなたが決めたわけじゃない。私が決めたことなの。あなたのせいじゃないわ」

 恵理はそう言って颯爽と立ち去った。
 裕也は彼女の言葉を聞いて沢渡の真意に気づいた。
 沢渡はいつもよりも強引に決断を迫った。それは裕也への彼女なりの配慮だった。それは裕也が自身の意思で、恵理を死なせることを選べば、彼は自身を責めることになる。だが、沢渡や恵理は彼の決断よりも早くそれを選ぶように言った。それは彼の罪悪感を減らすためだった。

「くそっ……」

 裕也は拳を廊下の壁に叩きつけた。
 小田桐が彼の心中を察して肩を叩いた。彼にも他に方法は浮かばなかった。

「裕さんが望むこととは違うかもしれないけど、あいつらの言いたいことはわかるよな。それが正しいことか、わかんねえけど……」

 小田桐は力なく言った。
 裕也は天を仰いだ。




 時間は無常に過ぎていく。
 午後も日常だけが淡々と進んだ。

 放課後、裕也は恵理に呼ばれて屋上へでた。
 草薙が裕也に告白をした、そのときと同じ夕焼けが空いっぱいに広がっていた。
 その赤い空を背にして恵理がいる。気温は随分下がっていたが、風がないためにそれほど寒さは感じなかった。

「いよいよね」

 彼女が言った。いつものように冷静な声だった。

「怖く……ないのか?」

 裕也は訊いた。
 彼女は微笑んだ。その微笑みは常の彼女と違って優しいものだった。裕也は思わずそれに見とれた。

「怖くないわけないわ。死ぬ覚悟をするんだもの。痛いかもしれない、苦しいかもしれない。不安にならない方がどうかしてる……いいえ、違うわね。一番怖いのは自分がこの場所からいなくなってしまうこと」

 恵理はゆっくりと裕也に近づいた。

「私がいなくなってしまったら、春日井君、あなたは覚えていてくれるかしら。皆は私を覚えていてくれるかしら……死んで消えてしまったらもう、後は風化するだけなのかしら」

 恵理は裕也のすぐ目の前まで歩いた。氷のような整った顔は、今は水のように優しい。裕也はそう思ってどきりとした。裕也の顔は真っ赤に染まった。

「これまで、全然考えたことのないことだった」

 恵理はゆっくりと裕也に体を預けた。
 女子としては長身の彼女の頭は裕也の顎を超える。さらさらの黒髪が彼の頬を緩やかに撫でた。

「も、森川?」
「春日井君が悪いのよ……こんな、こんな気持ちにさせるなんて」

 遠慮がちの恵理の抱擁に、裕也も遠慮がちに腕を彼女の背中に回した。
 二人はぎこちない近さがもどかしかった。もっと、求められたら、もっと求めることができたなら、と。

 陽が傾いていく。二人は時の流れが恨めしかった。裕也はこのまま時間が止れば、誰も不幸にならないのにと願った。だが、それはかなわぬものだと悟ったとき、彼は強く恵理をだきしめていた。

「あっ……」

 恵理から驚いたような小さい悲鳴が漏れた。裕也の力は華奢な恵理には少し苦しいくらいだった。だが、その強さが彼女の心を揺らした。それだけ彼の想いが強いものだとわかったからだ。

「ごめんなさい。私はもうすぐいなくなってしまうから……春日井君。苦しいよね……苦しませてるよね。自分勝手な私を、許して。せめてあなたの血で逝かせてください」

 太陽が落ちる。夜が、来る――。
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