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放課後TwilightZone 作者:水夜ちはる

1. セーラー服の復讐者

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第14話:「草薙の想い」

現代ファンタジー・吸血鬼モノの伝奇ライトノベルです。
 しばらくの時間が流れた。二人は時間を忘れてお互いの息遣いを感じた。

 ふと、裕也は自分たちを見る視線に気が付いた。すぐそばだった。裕也は慌てて視線を向けた。落ちかけた太陽は長い影を落としていてその視線がある路地には光を与えていない。だが、そこに確かに人の気配があった。

 裕也は目を凝らした。沢渡も気が付いて路地をじっと見た。
 かすかな足音がし、その視線の主が光の当たる場所へ現れる。

「草薙!」
「真奈美!」

 二人の声が重なった。
 路地から現れたのは草薙だった。
 夕暮れの光が草薙の表情に深く影を刻んだ。草薙は微笑んだ。陰のあるその微笑みは、あの時と同じだと裕也は思った。

 二人が驚いて彼女を見ていると彼女はさらに近づいた。

 草薙真奈美――。

 一連の連続猟奇殺人事件の加害者。
 一見、普通の女子高生。
 血に飢えた、吸血鬼。
 裕也に告白した、裕也のクラスメイト。

 裕也は彼女のプロフィールを頭の中で浮かべた。考えが錯綜する。
 沢渡も声を出せずにいた。

「ふふ」

 草薙は緩やかに笑うと二人を交互に見た。

「やっぱりね、陽子も春日井君のこと好きなんだ。見てたよ」

 草薙の言葉に沢渡が小さくはねた。驚いた表情で沢渡は恐る恐る裕也の顔を見た。裕也も驚いた顔で沢渡を見ていた。目が合う。沢渡は一気に顔を真っ赤にした。

「ななな、何を? 真奈美?」
「私が相談持ちかけたとき、驚いたっていうよりは焦ってたよ、陽子」

 明らかに狼狽える沢渡。草薙はそれを見て意地悪に笑っていた。

「でも!」

 草薙は強い口調で言った。口調に負けないくらいの強さの視線が裕也を捕える。透き通るような赤い瞳で見つめられた裕也は完全に飲まれていた。

「春日井君は森川さんのことを好きになった」

 はっきりと草薙はそれを口に出した。逃げもせず、ごまかしもせず。

「なっ……なんでそうなる?」

 裕也はたじろいた。千明も、沢渡も、草薙も同じことを言った。

「俺は、森川さんを守りたいってそれだけで……」
「それって同じことじゃない」

 草薙はいたずらっぽく笑って言った。彼女は少し強がっていたが、それでいいと思っていた。彼女はもう人ではないし、「勝負」は見えていたから。

「俺は……」
「素直になってよ。その方がみんなを傷つけないと思う」

 裕也はため息を深くついた。彼も自分の心の動きくらい悟っていた。

「強いな、俺の方が情けなくなるよ」

 横から沢渡が裕也の肩を叩いた。見ると沢渡が半分呆れたような、半分笑ったような顔でいた。

「まったく、裕也は情けないね……裕也が優しいことは十分に分かってる。真奈美も分かってるよね?」

 そう言うと沢渡は一歩前へ進んだ。

「私は真奈美の話を聞いて焦っただけ。今までの裕也が今までの裕也じゃなくなっちゃうような、私と近かった裕也じゃなくなっちゃうような、そういうことに怖くなっただけ……」

 沢渡はおどけて言った。彼女は少し嘘を言った。だが、ほとんどは本心だ。彼女はそう自分に言い聞かせた。

「いいの、陽子? それで?」

 草薙が訊いた。沢渡は一瞬困った表情を見せたが、笑って頷いた。

「うん、そっか……」

 草薙は頷くと、二人を見た。

「私は二人に謝らなきゃいけない」
「え?」

 異口同音に二人の口からでた。

「私、あの時、もう分かっていたの。自分のこと……とてもじゃないけど春日井君に好きになってもらおうとか、叶う事じゃないことはわかってたの」

 草薙が押し黙る。視線が地を向いて、髪が落ちて表情が隠れる。

「でも、それでも伝えておかなきゃ、自分が自分でいる間に……この気持ちを伝えておきたかったの」

 裕也ははっとして草薙を見つめた。
 草薙はもう人間ではないのだ。今、ここで話している草薙はクラスにいたときの草薙と変わらない。だが、昨夜や夜の学校で会った草薙は、裕也の知る草薙ではなかった。彼には未だ信じられないことだが。

 だが、それで一番苦しんでいるのは草薙だった。むしろ、今こういう風に理性を保っている時こそ、もう一つの自分、吸血鬼の自分の行いの罪悪感に灼やかれている。

「草薙、俺は……」

 裕也は草薙の気持ちを察して言った。
 草薙は肩の力を抜いて笑った。

「いいよ、春日井君。言ったでしょ、森川さんを助けて守ってあげて。私はもう、あなたに助けられているから」
「え?」

 草薙の瞳が夕日を受けてさらに紅く輝いた。

「だから、私も守るから。私の大切なものと、その人が大切にしているものを」

 草薙は体の向きを変えて空を見上げた。闇に染まりつつある天空はわずかに星の光を許している。その横顔は泣いていたのかも知れない。草薙は裕也に背を向けると、歩き始めた。

「草薙……」

 裕也は彼女の名を呼んだ。彼女は振り返らなかった。だから彼は追えなかった。彼は彼女を失ってしまう予感がした。悪い予感だと振り払おうとした。だけど、それは黒く彼の胸の中に沈んだだけだった。




 日が落ちていた。

「真奈美……裕也と森川さんを護る気なんだ」

 草薙を見失った後、とぼとぼと帰途についた二人の静寂を破ったのは沢渡だ。

「どういうことだ?」
「裕也を護りたいんだ……真奈美にとって一番大切な人を。そして、裕也が失ったら一番辛いだろう人を……それが、真奈美にとって今選ぶことができる最大の幸せなんだよ」

 沢渡の声がひどく沈んで無感情に聞こえる。裕也はそれを黙って聞いていた。
 いつものであれば沢渡の表情はころころと変わる。今はそれがない。街灯のついた道の先をずっと眺めている。夜陰は彼女の表情をさらに暗く沈めた。

「強いな、真奈美。私にはできない強さだ。私ならずっと近くにいたいもん。でも真奈美はそれが出来なくなってしまったんだ。かわいそう、かわいそうだよ!」

 沢渡はぎゅっと両手を握りしめて言った。肩が震えていた。

「とにかく、裕也……私たちは私たちのやれること、やりたいことをやろう」

 沢渡は裕也に背を向けて歩き始めた。彼女も振り返らなかった。裕也は一抹の寂しさを感じたが、それも仕方のないことかもしれないと思った。




 裕也が帰宅すると千明がいた。いつもより言葉が少ないのは昨夜の影響だ。それでも家事等の日常をこなしているから、彼女はしっかりしている。
 千明はタイムリミットを知っている。昨夜はそれを知って言うことを言った。それ以上何も言わないのは、裕也に考える時間を与えているのだった。

 千明、沢渡、草薙……そして恵理。

 それぞれがそれぞれの意思と思いを持っていた。裕也はそれを聞いた。それぞれに理解が出来ると思う。それを踏まえたうえで彼は選択をしなければならなかった。だが、四人の考えが同時に攻め寄せてくる。裕也はどうしていいかわからなかった。彼は考え過ぎたのか、頭痛がしたのを理由に自室に引きこもった。

 ベットに仰向けに転がり、天井を見上げる。
 頭痛がひどくなる。

 裕也ははっとなって飛び起きた。
 あの夢はなんだったんだ? いや夢だけではない。この頭痛に似たこの痛みを俺はあの夜感じていたじゃないか。そして、あろうことか俺は千明を襲う寸前だった。痛みが、拡大していく。この痛みは何処から来るんだ。

 裕也は汗でぐっしょりとなりながらも神経を研ぎ澄ませた。
 見極めなければならない。もう時間はそうは残されていないのだ。

 ハンガーにかけた学校の制服が裕也の目に止った。裕也はそれをじっと見つめた。何かを感じる。突き刺さるような痛み。それはそこから発しているような気がした。
 裕也は頭を抱えながら制服を掴むと胸ポケットに手を突っ込んだ。そこから痛みはそこから発生しているような気がしたのだ。硬い、触り慣れないものに当たる。

 それは指輪だった。
 草薙が彼に告白したとき、草薙が投げたそれだ。

 裕也がそれに触れた瞬間、彼は激痛と渇きと飢えを覚えた。夢で見たときと同じ感覚だった。

「草薙?」

 裕也はこの感覚が草薙のものだと思った。そして、彼は草薙が今何処にいるかが分かった。彼にも理由がわからなかったが、彼女のいる場所が鮮明に彼のビジョンに広がったのだ。これは未来視ではない、それは裕也にもはっきりわかった。

 そしてもう一つ理解する。この痛み、苦しみは草薙のものだ。
 裕也は部屋を飛び出した。
 千明が驚いて兄を見た。

「お兄ちゃん? どうしたの? また、顔が真っ青だよ!」
「ちょっと……出てくる」

 千明を心配させないよう、強がるとか、演義をするとか、そんな余裕は裕也になかった。案の定、千明はすごい剣幕で兄の腕を掴んだ。

「何言ってるの! すごい汗だし、まともに歩けないじゃない!」

 裕也は首を横に振った。それでも草薙のところに行かなければならない。裕也はそう思い、千明を押しのけようとした。
 だが、千明はしがみつくようにして動かなかった。千明の目が裕也を刺す。裕也も視線を背けるつもりはなかった。

「……何か関係があるのね」

 千明の洞察は正確だった。
 裕也は応えなかった。それで千明は理解した。裕也が否定したところで明察な妹を騙せなかっただろう。

「私も行く。お兄ちゃんを止められないなら……今のお兄ちゃんを一人で行かせるわけには行かないよ」

 頑と意地を張った千明はてこでも動かない。それを良く知っている裕也は大きくため息をついた。千明と言い争っているひまはないと思った裕也は千明を連れて出ることにした。
 もっとも第三者からみれば、まともに歩けない裕也を千明が連れているような状態だったのだが。




 裕也は指輪の導きのまま進んだ。それが示した先は公園だった。誰もいない深夜の公園。冷たく静まり返ったそこに草薙がいる。裕也はその予感のまま進んだ。
 すると裕也が感じていた痛みが急速に消えていく。裕也は近づけば痛みは強くなるだろうと予想していただけに拍子抜けした。

 だが、その公園では裕也の予想を超えた光景を目にした。
 そこには恵理と草薙がともにいたのである。

 恵理は吸血鬼を殺す、つまりは草薙を殺すと言った女だ。
 その恵理が左手の二の腕を晒し、そこに草薙が口付けていた。

 晒した左腕が月光に照らされて白く輝いている。そこに桜色の草薙の唇が触れている。なんと言う美しさだろうか、と裕也は呆然と見入ってしまった。

 草薙は目を硬く閉じていた。彼女は血を吸っていた。それと同時に裕也の頭痛と渇きが消えていく。その間、恵理は静かに草薙を見つめていた。

 草薙の目がゆっくりと開く。
 唇が腕から離れ、わずかに皮膚に残った紅い血を、さらに紅い舌がふき取った。

 ゆっくりとした動作で草薙が裕也たちを見た。
 裕也を襲っていた頭痛はきれいに無くなっていた。

「春日井君」

 草薙がつぶやいた。
 恵理は裕也たちに気付いておらず、驚いた顔で振り向いた。

「春日井君! なんで……」
「訊きたいのはこっちほうだな、どっちかって言うと」

 裕也は少し混乱気味に言った。本来なら殺しあうべき二人がこうしていること自体が彼には信じられない。
 恵理は少し戸惑って口籠った。口数が少ない彼女だが、言うことははっきり言う彼女にしては珍しい仕草だった。

「同盟よ」

 恵理に代わって草薙が言った。

「同盟?」

 裕也が訊き返した。

「うん、黒崎と戦うのに、私と森川さんで協力してやろうっていう訳」

 裕也は呆然としてその言葉を聞いた。

「敵の敵は味方ってわけか……」
「草薙さん」

 恵理が割って入った。

「教えて。普通吸血鬼はマスターに逆らえないものよ。何故、あなたは……」
「心は春日井君が持っていてくれるから」

 草薙はわずかすら間をおかず即答した。恵理は驚いた表情で、草薙は穏やかな表情で裕也を見た。

「……これだな? 草薙」

 裕也はポケットの指輪を取り出して言った。彼は曰くなど知らない。そう感じただけだ。草薙の心とこの指輪は繋がっているのだ。ポケットから取り出した指輪は月の光を受けて妖しく輝いた。
 四人の八つの瞳をそれが独占していた。

「それは?」

 恵理が怪訝そうに聞いた。彼女はそれに特別な力を感じ取っていた。彼女の持つ霊刀と似たような力を感じたのだ。

「指輪にね、文字が彫ってあるでしょう? 今はもう使われていない言葉らしいんだけどね。『心をあなたに預けます』という意味なんだって。昔海外を旅行したときに、偶然骨董屋で見つけたのよ。そのいわれはすっかり忘れてたんだけどね」

 それは偶然か運命なのか。その指輪にそう言った魔力が本当にあるのか。それはこの場にいる誰にもわからない。
 しかし確かに草薙と裕也の体調は同調していた。この指輪をずっと持っていた草薙は心のかけらをこの指輪に託していた。それは確かに無意識だったかもしれない。草薙は指輪の力を理解していたわけではなかったから、それは確かに偶然かもしれない。

 だが、その指輪には不可思議な力があった。吸血鬼となった彼女は、心の一部を他の誰かに持ってもらうことで黒崎の支配を完全に受けることを避けれたのである。
 偶然、それをその言葉でかたずけるのは簡単だ。だが、それを運命ととらえるならば、なんという奇跡だったのだろう――。
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